第16話:タイミング

 生徒会長と決闘し、生徒会長補佐……という新設の役職で生徒会の仲間入りをした。


 その夜、寮の大浴場に入っているとマッチョたちがボディビル大会を始めたのでさっさと風呂を上がって夜風に当たる。


 なんだか……短い間に変なところにきてしまったな。

 まさか入学してその直後に生徒会に入ることになるとは一瞬も考えていなかった。


 …………世話になってるヒナ先輩の誘いを断って、アホ生徒会長の誘いに乗るのは少しどうかと思うところもあるが、けれども、ヒナ先輩のところに入ったらまた世話になってしまう。


 お世話になりっぱなし、甘えっぱなしというのは……。


「かっこわるいからなぁ」


 つまり、生徒会に入ったのは、ただの男としてのかっこつけである。かっこわるい、かっこつけだ。


 寮の外にあるベンチ、春の夜風の涼しさは風呂で移った俺の熱を冷ますのにはちょうどいい心地だ。


 一応メールで謝ったけど、後で直接ヒナ先輩に謝っとくか。


 そう考えていると、ザッ、と自分の居場所を知らせるような足音が隣から聞こえる。


 ヘッドホンから漏れ出る音と共に、細っこい体の少女がぽすりと俺の隣に腰掛ける。


 上は学校指定のジャージ、下はハーフパンツの体操服。

 靴下は履いておらず、細く白い足がハーフパンツから伸びているのがよく見えた。


「……えっと、川瀬ミン先輩? どうかしましたか?」


 音漏れするほどの音楽を聞いている少女に声をかけると、彼女は頭からヘッドホンを外して首にかける。


「……」


 奇遇……というわけでもないか。

 よく考えたら全寮制で寮に住んでいるのだから、部屋の外にいれば知り合いにはいくらでも会うだろうし、見かけたら話にくることもあるだろう。


「あー、えっと」


 返事がない気まずさから目を逸らすと、足の爪に色の付いたマニキュアが塗ってあることに気がつく。


 手にはしていないところを見ると、校則を逃れてオシャレをしたいのだろうか。

 いや、この高校は服飾に関する規定はなかったように思う。


 なんとなく足を眺めてしまっていると、ふと顔をあげたとき、川瀬ミン先輩が俺を見つめていることに気がつく。


「……ショック、受けてたよ」


 誰が……というのは、まぁ聞かなくても分かる。挨拶を一度交わしただけの仲、共通の知り合いはひとりしかいない。


「すみません。不義理な真似をして」

「謝ることじゃないけど」

「……」

「……」


 微妙な空気、何を話したらいいのか迷っていると、川瀬先輩が口を開く。


「……さっき「かっこわるい」って独り言」

「あー、聞かれてたんですか。そのまんまですよ。俺がかっこわるいなと」

「……?」


 ブカブカのジャージの袖を弄りながら不思議そうな顔をする彼女を見てから、逃げるように近くの建物から漏れる光に目を向ける。


「ヒナ先輩に、お世話になりっぱなしなのが格好悪いと思ったのもあるんですけど、そうやって格好つけてるのがダサいな、と」

「……そうだね」


 そこは否定してほしかった。

 まぁ、俺の心情がダサいのは間違いないけども。

 何の気なしにゆらゆらと動く細い脚を見ていると、先輩はゆっくりと立ち上がる。


「案外、男の子、だね」

「……そりゃそうですけど。あー、ヒナ先輩に、理由をぼかして伝えてくれませんか? 嫌ってるとかそういうのは全くなくて、むしろ逆だって」

「……やだ。んべ」


 川瀬先輩は薄い表情の綺麗な顔を俺に向けて、寮から出てくる光を浴びながらチロリと舌を出す。


 川瀬先輩が去ってから遅れてそれが「あっかんべー」であったことに気がつく。


 ……嫌われた……のか?


 あの先輩、表情が小さくてよく分からないな。


 それから少しまたひとりで風に当たって、今日という日を終えた。

 明日は日曜日だし、たぶん生徒会もないだろうから朝からダンジョンにでも潜るか。


 生徒会には入ったが、御影堂会長のギルドやパーティに入ったわけではないのでダンジョンに関しては自由でいいだろう。


 何か言われたらそのときにまた考えよう。



 翌日、目を覚ましてから寝不足はないかを確かめて、部屋の中で少し動いて身体の調子を確認する。


 昨日、会長の蛇が暴れたせいで壊れたスキルの内部がしっかりと直っていることと備蓄品や装備に問題がないことを点検して、さあ出よう、としたところで扉がノックされる。


「あれ、誰だ? ヒナ先輩? 会長?」


 鷲尾や佐伯なら蹴っ飛ばそうと考えながら扉を開けると、昨夜話した少女……川瀬ミン先輩が立っていた。


「おはよ」

「ああ、おはようございます。……えっと、どうしました?」


 この人は本当によく分からないなと思っていると、袋に入った大きな銃を取り出そうとして、それから迷ったように「んー」と言ってから袋を廊下に置く。


 そのあと突然制服のスカートをまくりあげたかと思ったら、細いふとももに巻きつけられていたレッグホルスターから拳銃を抜いて俺に手渡す。


「これ、あげる。ダンジョンで使い方教えるからついてきて」

「えっ、は、はい?」

「……あ、ホルスター、いる?」


 川瀬先輩はもう一度スカートを持ち上げてふとももを締めているベルトを見せる。


「いやいいです。というか、なんで……」

「武器は多い方がいい。……怪我されるとヒナさんが悲しむから」

「……あー、はい。まぁ、その、後で何かで返します」

「いいよ。入学祝い」


 慌てながらついていき、ふたりでダンジョンに入る。

 ウィスプやスライムなどの雑魚を無視しながら川瀬先輩は取り扱いについて実物を用いて説明していく。


「どう、分かった?」

「まぁ、なんとなく……」

「ダンジョンみたいな狭い場所だととくに、撃つ時は音に気をつけて。耳栓もあげる」

「先輩は銃がメインなんですか?」

「……うん。スキルが弱いからね」


 ……スキルが弱い? 会長もヒナ先輩も高く評価していたが……と考えているとゴブリンが出てきて、彼女はヘッドホンをつけて俺も手で耳を抑える。


 発砲音のあと、ゴブリンは呆気なく光の粒になっていく。


「昨日、友人が撃ってたのよりも音が大きいですね」

「普通のよりも火薬量が多いから。反動も強いから、撃つ時は気をつけて」


 またゴブリンが出てくると、川瀬先輩は俺の後ろに回って密着しながら俺の手を取り銃をゴブリンに向けさせる。


「うん。上手。落ち着いて、構えて、焦らなくて大丈夫」


 耳元に少女の吐息がかかる。


「腕のブレも、呼吸も、脈拍も。完全には止められない。だからそれは受け入れて、タイミングを図るの。……今」


 ただただ言われたまま引き金を絞る。

 強い衝撃を手の中に抑え込み、ゴブリンの頭部に穴が開く。


 槍と違って直接触れてないはずなのに、感触はさして違わないように感じた。


「……上手だね。あと何回か撃ってみよう」

「……はい」


 たぶん、俺の才能や要領ではなく川瀬先輩の教え方がいいのだろう。

 教わりながら歩き、ゴブリンが近づくと撃って実践するということを繰り返しているうちに技術が手のひらに染み付いていくのを感じる。


「……今日はこれぐらいかな。整備、教えるから、今晩、私の部屋に来て」

「えっ、先輩の部屋に……」


 川瀬先輩は俺の驚いた反応に不思議そうに首を傾げる。


「あ、6階の8号室だよ。……またね」


 いや、部屋の場所が分からないから驚いたわけでは……と、言おうとするが、先輩は言葉を続ける。


「好戦的なモンスターは音に寄ってくるから、使うときは気をつけて。あと、音を使う斥候とは相性が悪い」

「ああ、はい」

「……銃、弾薬の持ち運びが大変だからあんまり人気ないけど、君のスキルとは相性いいから。……気をつけて、ね」


 そう言って彼女は来た道を引き返していく。


 ……川瀬先輩に嫌われてる……わけではなさそうなのはよかったかもしれない。


 けど、それはそれとして……夜、どうしよう。行くのか? 夜に女子の先輩の私室に。


 焦りながら、先程の先輩からの助言を思い出す。


「腕のブレも、呼吸も、脈拍も。完全には止められない。だからそれは受け入れてタイミングを図る。……だったか。……よし、考えるのは後回しにしよう。これは逃げではない、タイミングを図っているだけだ。よし」


 俺はそう現実逃避をしてから、今度は一人での探索を開始する。

 とりあえず、この前行った場所まで行ってみるか。

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