第15話:生徒会

「落ち着いて、落ち着いて高木くん。彼を引き入れるのは君にとっても大きいメリットがあるんだ。彼がいたら探索がグッと楽になるし、成長の機会も増えるし、安全になる。ダンジョン探索の最深記録も更新出来るだろうし、そうしたら君の卒業後も安泰だろう」

「そんなのっ! どうでもいいんですっ! わた、私は会長の隣にいたかった!」

「そ、そんなに副会長の座に執着が……!?」


 副会長の座の話ではないだろう。


 なんだこの男……明らかに好意を向けられているのにも気づかず……。

 鈍感主人公か、この男。


「こ、この、馬鹿っー! 馬鹿会長! 会長が好きって言うからコーヒーだってたくさん勉強したのに!!」

「えっ、こ、このぶぶ漬けコーヒーって勉強の成果だったのかい!? す、すまない、不勉強でツッコミを入れてしまって」

「あほあほあほー!!」


「……あの、痴話喧嘩するなら帰っていいですか?」

「ま、待って、ほら、高木くん、落ち着いて。そうだ、久しぶりに僕がコーヒーを淹れようじゃないか、君はそこで座っていて……」

「やだやだやだー! 私がコーヒーを入れるんです! それに会長の隣にその男が座ってるのもヤダもん!」

「え、ええ……」


 御影堂先輩は立ち上がり、気まずそうに俺を見る。


 あの押しが強くて人の話をあんまり聞かなさそうなこの人が押し負けることってあるんだ。


 流石は生徒会副会長だ……。


「あ、あー、なんか変な感じになりますけど、そっちの……たぶんいつも生徒会長が座ってる席に俺が座って、ふたりがこっちの二人がけに座ります?」

「……うん」


 高木先輩が納得したため席替えを行う。

 ……何故か新入生の俺が生徒会室で会長と副会長を迎えるみたいな配置になったけど、気にしないでおこうと思う。


「あー、それで、まぁ、生徒会のお話は、断らせていただこうかと思っていまして」

「会長の隣に価値がないとでも言いたいんですか!?」

「なんだこいつめんどくせえ」


 思わず本音が口から漏れ出てしまいながら、首を横に振る。


「いや、まぁそういうわけじゃないんですけど」

「じゃあなんだって言うんだよ!」

「最初の大人の女性感を返してほしい。心底、返してほしい」

「会長の隣は私がいて、みんなにはそれを羨みながらもお似合いだから仕方ないと思ってほしいんで大人の女性。それが私の望みで大人の女性」

「語尾を大人の女性にすることにより大人の女性感を出してくるのはパワープレイすぎるだろ」


 はあーと、深くため息を吐くと、頬を引き攣らせている御影堂先輩がおずおずと口を開く。


「あ、あー、その、副会長……以外の、役職でもいいかい?」

「いや、そもそも生徒会に入るつもりはないんです」

「あー、そうだね。説明がまだだったね。結構いいものだよ、生徒会。楽しいという話だけではなく、実利としてね」


 実利? と、俺が尋ねると、御影堂先輩は高木の方を気にしながら頷く。


「実は今日の勧誘会も生徒会主導でね。というのも、この学校における生徒会というのは非常に力が強いんだ。あー、君ぐらいの子に分かりやすく言うなら漫画の生徒会ぐらい権力がある」

「そこまで詳しくはないですけど……。なんか、教師よりも発言権があるってことですか? 流石に現実的ではないというか」


 会長の隣を脅かされないと分かったからか高木が多少落ち着き、それを見た御影堂先輩は少し昼間の調子を取り戻しながらコーヒーを口にする。


「ところがね、本当に発言力が高いんだ。部活とかもあるけど、僕の一存で潰せたり、存続させたりも出来るぐらいにはね」

「そりゃあ……なんというか、どういう理屈で」

「この学校、OB会がめちゃくちゃ強いんだよ。というのも、高校卒業と同じ資格を得られるには得られるけど、探索が忙しくて学業は酷いものになるだろう。そうなると専門の探索者やそれに近しい職に就くしか出来なくなる」

「まぁ、それは確かに」

「しかも、探索者というのは普通の企業とは違ってフリーランスの寄り合いみたいなものでさ、就活よりもコネが重要……。となると、まぁ生徒たちも生徒たちの面倒を見る教師もOBに頼ることになりがちで」


 ああ……なるほど、実質的に大概の生徒の進路をOB会が握っているから、逆らえないような状態になっているのか。


「その後ろ楯というか、学校とOB会の橋渡しとなっているのが生徒会だし、生徒会メンバーもほぼ確実に将来OB会に入るからね」

「それで力が強い……と」

「で、どう? 入らない?」

「あんまり、興味は湧きませんね。権力」


 俺がそう言うと、御影堂先輩は口を開く。


「部室棟の最上階。不当に占拠されてるね」

「っ……」


 ヒナ先輩のいる【仲良し迷宮探索同好会】のいる場所……。


「脅迫、ですか」

「ああ、脅迫だとも」


 気を許すべきではなかった。

 そう考えながら冷や汗を流すと、御影堂先輩は頷く。


「ほら、生徒会に入って権力を握ったら「居場所を奪うぞ!」と脅迫したら山本ヒナを手に入れることが出来るよ?」

「ヒナ先輩を脅迫するの俺の方かいっ!」

「そりゃ……僕はしないよ、脅迫なんて。増しては君は俺の最愛の相棒だしさ」

「最愛の相棒が権力を傘にきて女性を脅迫して手に入れようと画策してるなら止めろよっ!?」


 ……コーヒーカップの底に視線を落とす。


 思考するために目を下に向けたのだが、コーヒーカップの底に米粒があるという狂気のせいで微妙に思考が阻害されるのを感じながら頷く。


「…………俺はヒナ先輩を脅して手に入れようとはひとつも、これっぽっちも、全く思ってないですけど。本当ですからね。それはそれとして……」


 軽く咳払いをして、御影堂先輩を見る。


「客観的にヒナ先輩は魅力的な人なので、そういうことを考える人が出てきてもおかしくないので、それから守るためなら生徒会に入るのはやぶさかではないです」


 真剣な俺の表情を見た御影堂先輩は頷く。


「この提案で頷かれたのは正直ドン引きだけど……。嬉しいよ、歓迎しよう!」

「ドン引きするな。俺は脅迫しないからな」

「あと異性の趣味が悪いよね」

「あくまで客観的に見ての話だからな。俺がどうのじゃないから。それと、普通に、ヒナ先輩はいい人でしょう。可愛らしいし」


 御影堂先輩は「ええー」という表情で俺を見る。


「まぁいいや。役職は……庶務は味気ないね。生徒会長補佐、これにしよう。これからよろしくね」

「ああ、よろしく、御影堂……会長」

「いいよいいよ、そんな堅苦しい呼び方しなくて。いつもみたいにくーくんって呼んでくれたらさ、俺もとっくんって呼ぶから」

「一度たりとも呼んだことないよ、くーくんと」


 俺が突っ込むと高木先輩が「うぎぎ」と唸る。


「わ、私もくーくんなんて呼んだことないのに……!」

「奇遇だな。俺もないよ」

「悔しい……悔しい。なのにどこか脳に妙な快感が走るのを感じる……!」

「変な趣味に目覚めないでほしい」


 俺は深くため息を吐く。


「生徒会のメンバー、全員同じギルドなのか?」

「お、敬語外れてきたね。親しみを感じてるのかな」

「敬意が失せたんだよな」

「そうだね。生徒会はギルドメンバーから集めてる。……会計は週に二日しか働かないから今日はきてないし、書記はアイドルの追っかけに行ったからお休みだから、また紹介するよ。なかなか揃わなくて、探索も稀にしか出来ないんだよね」


 あっけからんと御影堂会長は言う。


 御影堂会長、さっき「仲間の差で山本ヒナに負けた」と言っていたけど。


 その言い訳をするやつで、本当に仲間に恵まれてないことってあるんだ……。


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