第14話:恋と泥棒猫
「な、何を言ってるんだろ、私。ごめんね、変なこと言って」
ヒナ先輩な顔を紅潮させて、パタパタと服の胸元をつまんで仰ぐ。
それから俺の視線に気が付いたのか、また顔を赤くして胸元を隠す。
「…………。あー、その、藤堂トウリです」
「へ?」
「両親はいなくて中学生まで祖母と暮らしていました。この高校にきたのは祖母との折り合いが悪かったのと金がなかったので、全寮制かつ学生の身でも金が稼げるからです」
俺の言葉に驚いているヒナ先輩は、それから何故か背筋を伸ばして体勢を整えて俺の言葉を聞く。
「誕生日は8月20日。血液型はB型。趣味は……特に浮かばないです。好きな食べ物はオムライスで、車に乗るのが苦手です。自覚している欠点は金に執着があるところです」
そう言って、ひとつ息を吸う。
「……ヒナ先輩は、どうですか」
俺の言葉に彼女はくすりと年齢よりも幼く見える笑い方をして、照れながら、俺を真似するように口を開く。
「山本ヒナです。誕生日は3月5日。血液型はAB型。趣味は……選ぶのあまり得意じゃないけど、可愛い服を見ること。好きな食べ物は……アイスクリームで、ジッと座っているのが苦手です。欠点は……ワガママを言ってよく人を困らせちゃうところです」
恥ずかしさと楽しさを混ぜたみたいな不思議な様子で、ヒナ先輩は俺に向かって語る。
「この高校にきたのは、家にお金がなかったのと、テレビで見た憧れの女の人が探索者をしてたから自分もそうなりたいと思ってです。……ふへへ、なんだか恥ずかしいね、これ」
そう言いながら赤く染まった耳を触るヒナ先輩を見る。
たぶん俺もこれから話そうと思っていることへの羞恥で、顔が赤くなっているだろうことを理解しながらヒナ先輩を見つめる。
「これからも話しましょう。俺はヒナ先輩に話しかけるので、ヒナ先輩も話しかけてください。……話しかけるとき、話しかけるための理由とか探さずに、話題とか言い訳とかそういうのなしに、話しかけるので」
「……理由もキッカケもなく話しかけるのはちょっと難易度高くないかな」
「そこは……お互い頑張る感じで」
まあ、うん、でも理由もなく話しかけるのってちょっと難易度高いよな。
不本意ながら佐伯と鷲尾に乗せられてヒナ先輩をナンパしたけれど、正当な理由もなく人に話しかけるというのはなかなか難しいものだった。
……けど、ヒナ先輩が俺を知りたいと言ってくれたんだ。だから、頑張りたいと思う。
「えっと、トウリくん」
「あ、はい。なんですか?」
「れ、練習。呼んだだけだよ」
「ああ、なるほど」
俺が頷くとヒナ先輩は手振りで「かもんかもん」とジェスチャーをして、俺はグッと羞恥を堪えながら名前を呼ぶ。
「……ヒナ先輩」
「ん、どうしたの?」
「呼んだだけです」
俺がそう言うと、何故かツボにハマったのか口を抑えてけらけら笑い、それからもう一度俺を呼ぶ。
「トウリくん」
「ヒナ先輩」
「トウリくん」
「ヒナ先輩。……あの、自分から言い出しといてアレなんですけど、これ、バカップルっぽくないですか」
「ふへへ、そうかも。顔、あっついよー」
……もしかして、俺は知り合ったばかりの先輩にめちゃくちゃキモい提案をしたのではないだろうか。
少し落ち込みながら、いつのまにか動くようになった体を立ち上がらせる。
「……そろそろ、大丈夫そうなんで。これ以上話していたら黒歴史が無限に増えそうだからいきますね」
「寮まで送ろっか?」
「いえ、御影堂先輩のところに会いにいきます」
俺がそう言うとヒナ先輩は分かりやすく「うえー」という表情をする。
「そんなに苦手なんですか」
「うー、だってあの人、成績とか実績にすごいこだわってて張り合ってくるしさー」
「まぁ、気絶して挨拶も出来なかったから少し話すだけですよ」
「……気をつけてね、めちゃくちゃ……そりゃあもう、すっごい気に入られてるから」
気に入られているから気を付けろ……か。
贅沢な悩みだと思いながら頷く。
ハンガーにかけてあった制服を羽織り、ヒナ先輩と一緒に廊下に出る。
「……トウリくん」
「ん、なんですか?」
「……ありがと」
散々世話になっている俺がお礼を言うなら分かるけど……と、思いながらも頷く。
ヒナ先輩と別れて、どこか速くなってしまう足取りのまま生徒会室に向かう。
普通の教室に『生徒会室』とだけ書かれた札のかかっている扉をコンコンとノックする。
「どちら様ですか? 入室はご自由にどうぞ」
御影堂先輩とは違う声。
落ち着いた女性……生徒会のメンバーだろうかと考えながら入室すると、品よく座っている女子生徒が見えた。
コーヒーが入ったカップを傾けた彼女は、ニコリ、優しく俺に微笑んだ。
随分と御影堂先輩とは違う雰囲気の人だな。
「ああ……。御影堂先輩……生徒会長はいますか?」
「今は少し席を外していますが直に戻って来られると思います。こちらで待たれますか?」
「ああ、じゃあ、お邪魔でなければ」
案内されるままソファに座ると女性は立ち上がる。
「コーヒーでよろしいですか?」
「あ、いえ、お構いなく」
「コーヒーは私の趣味のようなものなので、苦手でなければお付き合いいただけたら嬉しく思います」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
趣味というのは、もてなすための方便かと思ったが、それに凝っていることは確からしく専用の機器にいい香りのするコーヒー豆をセットしていく。
「会長には何のご用事でしたのですか?」
「あー、スカウトされたことに関してと、挨拶とちょっとした相談を──」
俺が言葉を言い終わる前に、にこやかだった先輩の顔が歪む。
「──シャー!」
「シャー!? い、威嚇された!?」
「貴様、さては藤堂トウリ……! ぶぶ漬けでも食ってろ!」
落ち着いた大人の女性然としていた女子の先輩は突如として豹変する。
「こ、この女狐……! いや、男狐……! ……泥棒猫!」
「ええ……いや、何の話か……」
「私から会長の隣を奪おうとしているんでしょ! ぶぶ漬けでも食べて帰り……」
と、先輩は言いながらごにょごにょと語気が小さくなる。
「で、でも……会長からは歓迎するように指示されて……コーヒーを……。いや、でも追い返したいしぶぶ漬けを……。ぶぶ漬けか、コーヒーか……」
「何も出さなくていいですよ」
「ハッ、ぶぶ漬けコーヒー!!」
「最悪の折衷案やめろ」
そう話していると、生徒会室の扉が開く。
「おや、高木くん。誰かお客さんでもきているのか……」
生徒会長の御影堂と目が合うと、御影堂は一瞬停止してから「やあやあやあやあ」と異常なテンションで自分の席ではなく俺の隣に詰めるように座ってくる。
「藤堂トウリくん。君なら来てくれると信じていたよ。おっと、怪我や魔力欠乏は平気かい? ああ、僕は平気だよ。怪我はしたけれど、高木くんは治癒系スキルの使い手でね。もし何か身体に不調を抱えているなら直してもらうといい」
「っす……。あー、はい。いや、まず、今回は完敗だったことを認めようと」
「いやいや、いい勝負だった。本当に素晴らしい動きだったよ。ああ、高木くん、彼にコーヒーを」
「ぶぶ漬けコーヒーでいいですか?」
「ぶぶ漬け……? まぁよく分からないけど、君が淹れるコーヒーなら間違いはないさ」
よく分からないものを了承するな。
生徒会長からのお墨付きを得た高木と呼ばれた先輩はコーヒーに炊飯器から出した白米をよそう。
……ないんだ、迷いとか。
「……た、高木くん?」
「どうぞ、ぶぶ漬けコーヒーです」
「ど、どうしたんだい、急に。えっ、熱でもあるのかい?」
御影堂先輩が心底驚いたように高木先輩に尋ねると、高木先輩は悔しそうに言う。
「だ、だって……二年間ずっと一緒にいた私じゃなくて、その男を選ぶんでしょ! この浮気会長!」
「い、いや、どうしたと言うんだ。彼はとても優秀なスキルと能力を持っていて、僕の右腕に相応しい……」
「私は相応しくないと言うんですか! あなたのパートナーに!」
……生徒会、断りにきたのに、修羅場に巻き込まれている。
捨てるのは勿体無いのでぶぶ漬けコーヒーを口に含む。
…………まぁ、こう……コーヒーは美味いし、白米もそれほど邪魔をしないし、和スイーツ的なものと考えたら不味くはない。
普通に食べれるけど……あんまりこういう食べ物で復讐みたいなのはよくないんじゃないかと思うよ、高木先輩。
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