第12話:続・決闘
生徒会長の男と向かい合う。
……大前提として、これは負けイベントである。
理由としては三つ、単に年齢の差で骨格の差があること、迷宮探索の年季の違いで成長の回数……俗に言う『レベル』に大きく差があること、そしてスキルが直接戦闘に向いていないこと。
まぁ簡単に言えば「格上だから」だ。
生徒会長の構え……いや、構えと言えるほどのものではない。俺に対して半身に立つというだけの格好。
ちゃんと構えないのは「これで充分」という余裕と「強さを見せつける」という目的のためだろう。
……「勝つ」必要はない。
もう俺の目的である「ヒナ先輩を戦わせない」は果たしている。
後は流せばいいだけ……だが、それはそれとしてあまり無様な姿は見せたくない。
目標は『一矢報いる。』それだけで十分だ。
『生徒会長』『最高学年第四位』『強者として勧誘しにきた』
それが大前提。つまり、目の前の男は俺に先手を打つことはない、確実に。
ゆっくり、ゆっくりと周りに『攻撃するつもりだ』と思われないように近寄り、手を伸ばして生徒会長の後ろにまで右手が向かう。
それでも動かない。余裕か、それとも矜持か。
どうでもいい。手で生徒会長の後ろの虚空を掴む。
姿を表す【404亜空間ルーム】の扉、だが、俺はそれを開かない。
そのままゆっくりと離れて、軽く礼をする。
「ヒナ先輩は苦手みたいですけど、俺はそれなりに好きですね。矜持があって、目的に対して真摯だ」
「……僕の背中で何をしたかは、尋ねないよ。いい度胸だ。これは褒めている」
生徒会長は俺が『何かしらのスキルを発動した』ことに気がついている。
だが、その正体を確かめるよりも俺の動きを追うことに集中しているらしい
余裕か、警戒か、その両方か。
生徒会長は分かりやすく腕を振り上げる。
それが示す意味は「小細工はここまでだ」「不意打ちはしない」のふたつ。
つまり、先程のスキルの発動時のように「ゆっくりした動きだから見逃してくれる」ということはもう期待出来ないのだろう。
拳が振り下ろされる直前、トンと、前に踏み込んで生徒会長に突進。振り下ろされた拳を肩で受け、痛みに顔を歪めながら彼の身体を扉に押し付け、短く拳を振るう。
「……なるほど、壁を作るスキルか何かか。で、壁に押し付けた状態なら衝撃が逃げなくてちょっとした攻撃でもダメージが入る……と、面白い使い方だ」
生徒会長は振り向いていないためにそれが扉であることには気がついていないらしい。
「……だけど、レベル差が大きいね」
俺の拳は直撃していたはずで、しかも扉のおかげで衝撃の逃げ場もなかったはずだ。……というのに、うめき声のひとつもない。
既に短いパンチが当たるほどの近くの中、もう一歩足を踏み入れる。
生徒会長はその俺の意図に気がついたように俺の襟を掴み、お互いが投げ合うような体勢に入る。
その瞬間にスキルの解除、そして生徒会長に投げられやすい形に体重を移動させて、俺の予定通りに生徒会長が背負い投げをしようとした瞬間、俺は手を生徒会長の頭の前方に伸ばす。
【404亜空間ルーム】
背負い投げの最中に突如として前方に発生した扉に生徒会長の頭はぶつか──ることはなかった。
何かを警戒するように背負い投げを中断して俺から手を離した彼は、目を開いて目の前に発生した扉を見る。
「素晴らしい」
「っ……なんで、投げを中断して……」
「投げやすすぎた。寸前に、君の足取りも体勢も僕を誘導するものなのではないかと警戒して止めたが……なるほど、これか。僕の腕力で二人分の体重をかけた状態で頭をぶつけたらダメージがすごいだろうな」
完全に看破された。
生徒会長は面白そうに俺のスキルを見る。
「壁かと思ったけど、扉か。開くのか? 何と繋がっているんだ? 不思議なスキルだ。……ふむ、扉を出すのはメインじゃなさそうだな。なのに、手元に発生させられる壁として使ったってところか、発想力もある」
「……まだ、スキルを使ってすらないですね」
生徒会長は驚いたような表情を俺に見せる。
「案外、怖いもの知らずだ」
笑っていた。あるいは俺を認めていた。
生徒会長の周りに黒い文字が列を成して浮かび上がり、まるで蛇のような形を取る。
その蛇は文字の舌をぴらりと動かして生徒会長に親愛を示す。
「可愛いだろう? お気に入りなんだ」
そう言ってから、まるで俺に諭すようにスキルを教える。
【
「僕の魔力から生み出されたインクで生き物の情報を書き記すと、その文字が生物を形取り、僕の使役獣となる。それなりにたくさん文字を書く必要があって下準備は大変だけど、その分だけ汎用性が高くて強力だよ」
輪郭を文字で形作られた大蛇がトグロを巻き、こちらへと跳ねる。
避けることは出来──いや、後ろにヒナ先輩達がいる。
手元に武器はない。瞬時の判断で【404亜空間ルーム】の扉を俺と文字の大蛇の間に開き、入った瞬間に閉じる。
「っ!」
「おおっ!?」
スキルの中で大蛇が暴れているのか、スキルの内部空間の修復のために魔力が吸われていく。
「扉を潜ってワープさせるスキル……? いや、違うな」
生徒会長は魔力が急激失われて膝をつく俺を見て考察を続ける。
「随分と顔が青ざめているけど、魔力不足かな。スキルに目覚めたてなら珍しくもないけど、それにしても……扉を括った瞬間というか、潜ってから間があるし、今も悪化しているように見える。……まさか、異空間を作るスキルか……? その異空間で蛇が暴れているから苦しんでいる……」
俺のスキルを詳細まで看破した生徒会長は目を見開き「まさか」「ありえない」と口にして、地面に倒れ込む俺の肩を掴む。
「空間系スキル持ちか!? しかも、特殊な異空間を保有する!」
「っ……」
「素晴らしい! 素晴らしい! 素晴らしい! 君は、僕の、御影堂クイナの、ギルド……パーティ……いや、相棒になるべきだ! これは運命の出会いだ!」
生徒会長……御影堂は大袈裟に俺の手を取って立ち上がらせる。
「ああ、そうだ。今から生徒会室に行こう。君は副会長だ。どうだ、いい箔付けだろう!」
魔力の欠乏とスキルの内部の破壊で、全身が避けそうなほど痛む。口から血液を吐き出すも、御影堂は気にした様子もない。
俺の腕を引っ張る御影堂の足が、立ち塞がったヒナ先輩によって止まる。
「……なんだい、先に目を付けていたとでも言うつもりかい?」
「どこの誰と仲良くするかはトウリくんの勝手だよ」
「ならそこを退いてくれないか?」
「でも、倒れた後輩を連れて行かれるのは見過ごせないね」
「僕とやる気かい? 刀もないのに」
「君程度に刀を抜く必要があるとでも」
一触即発。否、もう戦いが始まることは決まっていた。
……俺の意思を無視して。
「っ……ヒナ先輩。俺はまだ、今、立ってますよ」
「……ありがとう。私を守ろうとしてくれて。でも……今は休んで」
俺はかたっと体勢を崩しながら、指先でヒナ先輩に退くように指差す。
「じゃあ、やろうか。山本ヒナ!」
「っ! 俺との戦いが、まだ終わってないだろ!!」
最後の気力。最後の魔力。
虚空を掴み、ドアノブを動かす。
扉を開く必要はない。──扉は、勝手に開く。
俺のスキルによって発生した扉が、内部から猛烈な勢いで開け放たれる。
目を見開く御影堂。俺の扉から暴れ狂う文字の大蛇が凄まじい勢いで飛び出し、ヒナ先輩に向かっていた彼に衝突する。
「ぐっ! うおおお!?」
御影堂は大蛇に跳ね飛ばされ、まるでトラックにぶつかったかのように吹っ飛んで校舎の壁にぶつかって止まる。
「……一矢、報いたぞ」
俺はそう言って、ヘラりと笑ってその場に倒れた。
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