第11話:生徒会長
「う、うう、覚えてやがれ、覚えてやがれよー!」
そう走り去っていく鳩羽……と思っていたら、クレープの屋台のレジの方に戻ってくる。
投げ出さないのは偉い。
「やれやれ……。危なっかしい子猫ちゃんだこと」
「佐伯と鷲尾はもう二度と俺に話しかけないでほしい」
戦いが終わってからやってきた佐伯をスルーして、ヒナ先輩達の方に戻ると俺が食うはずだったクレープはもう別の先輩の腹の中に収まっていた。
「……俺のクレープ」
「あはは、はい、私の分けてあげる」
ヒナ先輩は元からそうするつもりだったのか、まだそんなに食べていないクレープを両手に持って俺の口に近づける。
クレープはヒナ先輩の小さな口で齧られた後があり、チョコソースが彼女のほっぺについている。
どうしても間接キスという言葉が浮かんで、何度もクレープとヒナ先輩の唇を交互に見てしまう。
「わ……わー! もう、トウリくんのエッチ野郎! バレバレだからね、目線!」
「えっ、あ、い、いや、その、すみません」
「ううー。気にしないようにしてたのにさぁ……ほら、早く食べてよ」
ヒナ先輩からクレープを受け取って小さく齧る。
包丁で切ったのとは違うバナナの形。少しそれを噛んで飲み込むことに躊躇われて口の中に残してしまうと、その噛んだ跡から先輩の口の形が伝わってきてしまい……急いでクレープを口の中に詰め込んで、ごくりと嚥下する。
俺は何を……何を味わっているんだ。クレープを食ってクレープ以外のものを味わうな。
「おー、いい食べっぷり。食いしん坊だねー。あ、鳩羽とも仲良いみたいだし、うちのギルドに入らない? スキルは知らないけど、アレだけ動けてたら即戦力だ」
「あー、いや、今のところどこかに加入する予定はないです」
「そう? でも、早めに決めた方がいいよ。やっぱり危ないし、後ろ楯はあった方がいいしね」
そんな話をしていると、先ほどの戦いで騒ぎになっていたのを聞きつけてのことか。
一人の男がパチパチと拍手をしながらやってくる。
「今の、校舎の中からだけど見させてもらったよ。素晴らしい動きだった」
「げえ、生徒会長」
「うわ、生徒会長」
先輩二人はその男を見て明らかに嫌そうな表情を浮かべる。
……見た覚えがないな、と、思ったけど佐伯たちのせいで入学式を途中で出て行ったせいだろう。
「身体強化系と感覚強化系の組み合わせって感じのスキルかな。いいスキルだ」
なんか爽やかな人だな。
あまりヒナ先輩が苦手にしそうには思えないが……。
「山本ヒナが可愛がっているようだし、身体能力が万能で伸びるタイプだろうな」
「私は君と違ってスキルで人を見ないよ」
「ん? 違ったか。だが、面白そうじゃないか。あの山本ヒナ……【刀姫】のお気に入りなんて」
「結構、かわいいんだよ、トウリくん」
生徒会長は「ふーん」と俺の目を覗き見る。
俺を見ている……はずなのに、俺を見ていないような気がする。
「うーん、スキルはハズレか。じゃあ単に技量ってことかな。なかなかすごいね」
……確か最速で迷宮の二桁階層に到達したのがこの人だったか。
俺を見ていない。俺越しにヒナ先輩を、あるいはその技量やスキルを見ている。
「これがお気に入りか。確かに優秀そうだ」
「……だから、私は人をスキルとか能力で見ないよ」
「そーだそーだー! 生徒会長はそんなんだから3番のヒナより下の4番なんだぞ」
3番……Aクラスのということだろう。
あれ、だとしたら学年で3位の成績なの、ヒナ先輩。強いとは思っていたけど……思っていた以上だ。
「僕が山本ヒナに劣っているのは仲間の質だけだよ。去年はしてやられたな。川瀬ミンは掘り出し物だったね」
「……あの子は優しくていい子だから誘ったんだよ。そういう言い方はやめて」
「どうだか。こんなに良さそうな奴に目をつけといてよく言うよ」
「……トウリくん、相手しなくていいからね」
ああ……なるほど、因縁……というか、生徒会長がヒナ先輩をライバル視しているのか。
「Fクラス20番。藤堂トウリ。……実技試験も筆記試験も事実上不参加。それをこんなにも早く見出すなんて、本当にめざといね」
「……用がないなら帰りなよ」
「あるよ。後輩達にはいいものを見せてもらった。お礼に僕らも見せようじゃないか、上級生の実力を」
そう言う生徒会長にヒナ先輩は呆れた目を向ける。
「馬鹿らしい。……おおかた、自分の強さを見せたらトウリくんがついてきてくれると思ってるんだろうし、実際そういう子も多いんだろうけど。……トウリくんは違うよ」
「そうだよ! 藤堂くんの視線を見なよ! ネッチョリした視線でヒナの唇とか胸とか脚を舐め回すように見てるでしょ! 藤堂くんは強さ以外も見てるんだよ!」
「あの、先輩。それ、俺のこと全然庇えてないですから。単に変態みたいになってますから」
そりゃ……そりゃ、どうしても横目で少しは見てるけど、そんなネッチョリとはしてないだろ……!
「トウリくんは強さではなく、友達だから私と仲良くしてるだけだよ」
「そうだそうだ! 藤堂くんの気を引きたかったらおっぱいを大きくしてからきやがれ!」
「あの、先輩、俺のこと嫌いなんです?」
生徒会長はやれやれとした様子で俺たちを見下す。
「この場における俺の味方がヒナ先輩しかいねえ……。鳩羽も佐伯も鷲尾も敵だし、生徒会長も先輩も敵だし……」
「でも藤堂くんがチラチラとヒナのおっぱいを見て興奮してるのは事実だし……」
そこまでは……そこまでは見てないだろ……! そりゃ可愛い女子の先輩だと思っているし、ヒナ先輩は女性的な膨らみがある胸も魅力的だと薄々思っているけど……!
「……俺、そんなに、見てないですよね。ヒナ先輩」
不安になってヒナ先輩に尋ねると、ヒナ先輩は恥じらうように苦笑しながら俺を見る。
「えっと、その……ちょ、ちょっと、恥ずかしいからあんまり見ないでほしい……かな。い、いやってわけじゃないから、ふたりの時ならいいけど人前ではさ」
「……すみません」
無意識……無意識のうちに、視線が誘導されていたのだろうか。
俺が自分の気がついていなかった自分に落ち込んでいると、生徒会長は苛立ちを隠しきれない様子でヒナ先輩に言う。
「つまらない話は終わったかい? 僕とやろう、山本ヒナ」
「……」
ヒナ先輩が仕方なさそうに動こうとして、俺はそのふたりの間に入り、すっと生徒会長を見据える。
「要は、俺の勧誘で会長さんの強さを見せつけたいという話でしょう? なら、ヒナ先輩とやるよりもいい方法がありますよ」
「なに?」
ゆっくりと息を吐く。
……少し、痛い思いをしそうだ。というか……勝つのはまず無理だろう。
現時点での勝敗は分かっている。分かりきっていた。
「俺とやりましょうよ。会長。その方が分かりやすい」
恥をかくだけと分かっているのにそう決闘を申し込んだのは……ヒナ先輩の方を見る。
可愛らしく、オシャレな服を着ている。
昨日、服を受け取ったときの嬉しそうな先輩の顔を思い出す。
「……ボロ雑巾にしかならないよ、君」
「俺がボロ雑巾になるなら、まぁいいかと」
先輩の服にシワが出来るよりかはずっとそれの方がいい。
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