第10話:決闘

 俺ひとり気まずさを感じながらヒナ先輩とクレープの屋台の列に並ぶ。

 ポケットに入れていたスマホが鳴ったので確かめて見ると鷲尾から『禿げろ』とメッセージが届いていた。


 ああ……まぁあの二人からしたらナンパが一発で成功したように見えているのか。


『お前が禿げろ』と返信してからポケットにスマホを突っ込み、遠くに見える二人の姿を見る。


「ん、どうしたの?」

「いや、なんでもないです。クレープ、俺が誘ったんで俺が出しますよ」

「えっ……いや、トウリくんお金そんなに持ってないでしょ?」

「いや、昨日ダンジョン潜ったんでこれぐらいなら全然」


 ヒナ先輩は俺を見て「うーん」と口にする。


「あまり無茶するのはダメだよ? 連日というのもペースが早いし」


 そう言ってから、けれども俺を見て揶揄うように笑う。


「でも、ナンパについてきた感じだからお願いしちゃおうかな、なんてね」

「……そっすね。先輩のところのギルドはどこで勧誘してるんですか?」

「うちはこんな風に屋台までやる余裕はないからチラシ配ってるだけだよー」

「結構チラシは貰ったのに仲良し迷宮探索同好会の分はないな……」

「あれ? ミンちゃんいなかった?」


 ミンちゃん……ああ、あのヘッドホンと銃の先輩か。


「見てないですねー。……と、あ、どれにします」

「じゃあチョコバナナクレープお願い」

「はーい、すみません、チョコバナナクレープふたつ」


 と俺が注文すると屋台でレジをしていた女子生徒が「うえ……」と俺の方を見て顔をしかめる。


 知り合いだっけ? と考えながら顔を見ると、なんとなく見覚えがあるような……。


「うっわ、藤堂」

「あー、同じクラスの……誰だっけ」

「鳩羽よっ! 失礼ね、これだから底辺は」

「いや、底辺って……同じクラスだろ」


 俺がそう言うとクラスメイトの鳩羽は「おっほっほー!」と笑う。


「私はFクラス一番の成績を持つ上位者、あなたは底辺。貴族と奴隷ほどの格の違いがあるのよ!」

「何をどうすれば120人中101位の奴が拗らせられるのか……。ここまでの特権意識を」

「おーほっほっほー、跪きなさい、この底辺めが」

「いや、いいからクレープくれよ。というか、鳩羽はもうギルドに入ったんだな」


 近くに置いてあるチラシを見ると【白鍵組】と書いてある。

 募集要項のようなものも乗っていて、どうやら感知系スキルを持ってる人を特に募集しているらしい。


「おっほっほー! その通り、私が手に入れた【危険予測】のスキルが求められたのよ!」

「あー、そっか【白鍵組】リーダーさんが卒業したから感知系いなくなってたんだ」


 ヒナ先輩が奥で制服にエプロンをつけてクレープを焼いている人を見てそう言うと、彼女はクレープ生地を持ち上げながら返事をする。


「そうそう。さっき来てくれたんだけど、もうお手伝いしてくれてすごくいい子だよ。去年も思ったけど、どうしても毎年探索に必要な人材が卒業しちゃうから大変だよね。ヒナは全部ひとりで出来るから平気だろうけど」

「いやー、私の【ハイスタンダード】は何をするにしても半端だからね。魔法は使えないし」


 などと話していると「うぎぎ」と後ろから謎の声が聞こえて、振り返ると鷲尾と佐伯が憎たらしそうに俺を睨んでいた。


「で、出たわね、三馬鹿トリオ!」

「俺を巻き込むのはやめてほしい。というか、三馬鹿トリオって三とトリオで被ってない?」

「うるさいわね! 今日という今日は許さないわよ! この底辺め!」


 いや、今日という今日というか、そもそも話したのは今日が初めて……と思っていると、鷲尾が前に出てくる。


「あのね、鳩羽さん、学校というものにはさ、学ぶためにきたんだから今の順位は気にしなくてもいいんじゃないか?」

「コイツ俺が入学式で言った言葉をまるパクリしやがった。しかもなんだあのドヤ顔。やめろ、俺のセリフでドヤやめろ。俺が恥ずかしくなるだろ」

「む、むぎー! け、決闘! 決闘を申し込むわ!」


 鳩羽さんがレジをするのにつけていたゴム手袋をパシーンと地面に叩きつける。

 ……決闘……いや、決闘って……鷲尾の武器って……。


 と、俺たち三人が鷲尾の腰に提げられた拳銃を見る。


「…………やるわよ! 藤堂!」

「こ、こいつ煽ってきた鷲尾が銃持ってるからって俺の方に……。いや、俺は関係ないだろ……」


 俺がさっさと離れようとすると佐伯に肩を掴まれる。


「逃げんのか? 『また』逃げんのか?」

「やめろ、俺が何か昔逃げ出したことで後悔しているみたいな謎のキャラ付けをしてくるな」

「大丈夫、お前は強くなった」

「師匠面もやめろ。なんなんだよお前は」


 ヒナ先輩はクレープを二つ持って、少し離れたところで観戦ムードを出し始めている。


「……くそ。やればいいんだろ、やれば、かかってこいよ!」


 もうヤケクソである。


 制服姿で飛び出してきた鳩羽と向かい合う。

 だが……よくよく考えると女子を殴るとか絶対出来ないけどどうしよう。


「……あー、やっぱりババ抜きとかで勝負しないか?」

「しゃっあっ!」

「初手顔面」


 顔に向かって放たれたハイキックを、腕を挟むことで防ぎながら下がる。

 普通、一発目からくるか……顔へのハイキックなんて。


 フットワークを刻んでいる鳩羽を見て思わず表情を歪めて、先輩たちに助けを求める。


「待って、殴るのとか無理だから。というか明らかに何か格闘技やってる動き……」

「しっ!」


 俺に向かって振るわれる拳を捌き、飛んでくる膝を受け止める。


「っ!? マジ!? Fクラスの最上位ってこんなに動けるもんなの!?」


 俺が驚きながら先輩達の方を見ると、感心したようにクレープを食いながら俺たちを見ていた。


「おー、やるねー。あんなに動ける娘、二年生でもなかなかいないよ。あ、我ながらこのクレープおいし」


 俺のクレープ食ってんじゃないよ。

 空中でぐるりと周りながら蹴りつけられて、防ぎはするものの体が後ろに下がる。


「いやー、それにしても二人ともFクラスとは思えないぐらい動けるね。二人とも身体強化系のスキルじゃないのに」

「だねー。よっぽど座学が悪かったのかなぁ」


 ああ……鳩羽、ちょっとしか話してないけどアホそうだもんな。

 攻撃を受け止めながら考える。


 現実離れした乱撃ではあるが……案外防げている。


 単純な体格差と筋力差か、それとも動きが演舞めいていて派手な割に無駄が多いからか……。


 防ぐ分にはどうにでもなるが、かと言ってこちらの攻撃手段もない。

 女の子だからというのもあるが、単純に人を殴る蹴るというのはやりたくないし、かと言って投げ技や締め技なども危険がある。


 ……あれ、やれることなくないか?


「やる気はあるの!? 私が昨日手に入れた【危険予測】に一切反応がないわよ!」

「やる気はねえよ……。うおっと」


 再びのハイキックを避けながら、なんとなくのパターンに気がつく。

 この鳩羽、間違いなく動きはいい……動きはいいのだが、多分……対人戦は慣れていない。


 演舞めいた武道……格闘技には触れたことがないためそれが何かは分からないが、あまり実践的な流派ではないのだろう。


 跳ねて回って蹴って舞う。

 美しく派手ではあるが、仮に直撃したところで仰け反るほどの威力ではないし、距離や俺の体勢が同じときには同じ技が飛んでくる。


 おそらくは「この距離の時はこの技」と決めているのだろう。


 半歩下がって少しだけ身を屈める。


 「来い」と思ったタイミングに「来い」と思った飛び回し蹴り。

 完全に予測……いや、操作した通りの鳩羽の動き。


 事前に決めていた通りにその蹴りをスカさせて、全力で一歩前に踏み出し、両手を前に突き出す。


 パチンッ! 全力の猫騙しが、空中にいる鳩羽の目の前で炸裂する。


「フニャア!?」


 突然の音と光景に鳩羽は空中で反射的に身を強張らせて体勢を崩す。

 そのまま着地を失敗しかけた鳩羽の腰を支える。


「……と、俺の勝ちでいいか?」


 はあ……腕が痛い。そう思いながら俺は彼女を立ち上がらせた。


「う……うう……」


 悔しそうにする鳩羽の前に、鷲尾がやってくる。


「鳩羽さん、学校というものにはさ、学ぶためにきたんだから今の勝ち負けは気にしなくてもいいんじゃないか?」

「俺のセリフを気に入りすぎだろ」



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