第9話:新入生勧誘会とナンパ
朝、目を覚ますが佐伯と鷲尾との約束には早い。
寮の周りで訓練をしてもまだ時間が余ってしまったので、昨日一昨日の間にはまだ行っていない学校の設備を見に行くことにする。
手早く制服に着替えて学校に行くと、休日だからか祭りの日だからか、私服の生徒が多い。
新入生を勧誘……というか、小規模な文化祭のような様相の通りを抜けて校舎に入り、図書室の扉を開く。
図書委員らしい生徒が一人いるだけの静かな空間。
あまり期待していなかったが、やはりというべきか小規模だ。
けれどもダンジョンやスキル関連専門の棚があるのは流石だな。
まぁ、けど、あまり来る機会はなさそうだな、と考えながら棚を見て回っていると『J・ポケットマン』と書かれた本を見つける。
「……本になるぐらい有名な人だったのか」
なんとなく気になってその本を手に取って席に着いて本を開く。
内容自体はヒナ先輩に聞いていたのと同じようなものが詳しく書かれているだけだが、なんとなく引き込まれる。
「……『世界よ、私の勝ちだ』か」
随分と後ろ向きな暗い言葉で、明るいヒナ先輩が共感するとは思いにくいものだ。
明るく振る舞っているのは演技なのだろうか。
なんだかんだとヒナ先輩のことを思い出しながらページをめくっていくと、本の最後に貸し出しカードが入っていた。
今時電子管理じゃないのかと思ったが、本の数が少ないからこういう随分と古いやり方で十分なのかもしれない。
ぺらりと何の気なしに見てみると『山本陽菜』という名前が二年前の日付で書かれていた。
陽菜……ヒナ先輩だよな。これ。
昨日の雑談のときは「昨日調べた」と言っていたのに、もっと前から知っていたらしい。
無意味な嘘を吐く人とは思えないから、たぶん、何かしらの意味が……隠したいことがあったのだろう。
……許されない、犯罪者への共感。
ああ見えて、暗いところもあるのだろうか、世界やら社会に思うところがあったり……。
けれども、それを隠して明るく振る舞っている。
……というのは、俺の勝手な妄想かもしれない。
知り合ったばかりでヒナ先輩のことは何も分からない。
けれど、特に理由も意味もないけれど、ヒナ先輩のことを知りたいと思った。
本を閉じて棚に戻す。時計を見ればそろそろ約束の時間だ。
急ぐ必要もないのでゆっくりと歩いて向かうと、佐伯と鷲尾が焼きそばを食って待っていた。
「おーっす、準備はいいか、藤堂!」
「いや、準備も何も、適当に祭りを回って良さそうなところがあったら話を聞くぐらいだろ」
「……藤堂、き、昨日の話を忘れたの? 僕達は今から可愛い女の子と仲良くなるためにきたんだ」
「堂々と不純なことを……。可愛い女の子がいるギルドとかパーティを探すのか?」
俺が尋ねると鷲尾は『分かってねえなコイツ』みたいな目を俺に向けてくる。
「ナンパ……ナンパをするんだよ……!」
「が、学校の中で!? 三分の二が先輩のこの状況で!?」
「ああ、そうだ。俺たちはそれをする」
「やめとけよ。入学式で悪目立ちしたうえにそんなの。あと普通に迷惑だぞ」
「と、藤堂。止めないでくれ。僕たちは本気なんだ。そのためには、あらゆるリスクを負う覚悟がある」
「お前はなんで気弱キャラのくせにこんなしょうもないことには乗り気なんだよ」
と、俺が止めている間にも二人は動き出してしまう。
まぁ本気で嫌がってる子にしつこく話しかけているようなら止めよう……。
「おーい。そこの彼女、俺と一緒にこれから焼きそばでも……っす、はい、興味ないっすよね。っす、はい」
「こ、ここ、こんにちは。お、お姉さん今ヒマ? あ、あの……聞こえて……」
見事に二人とも撃沈しておられる。
「おーい、やめとけよ。迷惑そうだし」
「うるせえ! 男にはなぁ! やらなきゃいけないことがあるんだ!!」
「だとしても今じゃないだろ」
「っ! と、藤堂は黙ってろ! ちょ、挑戦する気もないのに、挑戦する他者を嘲笑うだけしてればいいさっ!」
「そこまで言わなくていいだろ」
二人は次々と女の子に声をかけていき、撃沈していく。……アホだ。
近くの屋台でたこ焼きを購入すると、屋台の人からギルドの勧誘のチラシが配られる。
それなりに強いところらしく、大きく『ギルドメンバー平均15階層突破!』と書かれている。
まぁそれが本当にすごいのかは俺にはまだ分からないが。
他にも歩いているだけでチラシをたくさんもらい、それをしばらく眺めてから二人の方に戻る。
「おーい、もうやめとけよ。変な噂になるぞ?」
「くっ……」
「せめて学校の外でやれよ……。これからお世話になるところとかにナンパした人がいたら気まずいだろ」
俺の言葉に佐伯が吠える。
「っせえ! 挑戦することもせずに諦める卑怯者がよ……!」
「だ、ダサいよ藤堂。同じテクノブレイカーズとして恥ずかしい。こんなにみっともないやつだと思わなかったよ」
「いや、ダサいのはお前たちでは……」
「挑戦して失敗することは……挑戦もせずに指咥えて突っ立ってるのより、遥かにかっこいいだろうが!!」
お、俺が怒られる流れなのか……?
それから二人に『ダサい』『ダサい』と囃される。
「だから山本先輩にもフラれるんだよ! ばーかばーか」
「いや、だからフラれてないって。そもそも俺も先輩のことはそういう目で見てないし……」
「な、なんでもかんでもそうやって斜に構えて負けたときの言い訳ばかり……。き、君はいつまでもそんなことを繰り返すんだね」
無限に悪口を言われて少し苛立ってくる。
「……あー、分かったよ。すりゃあいいんだろ、すれば。一回ちょっと適当に声かけるだけな」
「ひゅーひゅー! やれやれー!」
「そ、そして失敗しろー!」
「カス共」
そう言って二人に背を向ける。
……とは言っても、当然ながらナンパなどしたことはなく、それに特にそれをしたいと感じるような女の子もいない。
どうしても近づきたいなんて感じる人なんてそうはいないわけで、ましてや道端で見かけた人に一目惚れなんて……。
そう考えていたそのとき、スッと可愛らしい少女が近くを通る。
華奢な体格と端正ながらあどけない顔立ち。
綺麗な長い髪が編み込まれていて、ふわふわとしていながら落ち着いたパステルカラーの服装。
何よりも楽しそうながらどこか憂いが覗く黒い宝石のような目に惹かれて。
「あ、すみません」
声をかけてしまった。
いや、鷲尾と佐伯の二人に対する言い訳のためなのだから別に声をかけてフラれてもいいのだが……。そう考えながら、目についた屋台の文字を読みあげる。
「クレープ。あ、そう、クレープ、一緒に食べませんか?」
言ってる自分でも分かる下手くそすぎる、あの二人を笑えないようなナンパ。
俺が声をかけた少女は一瞬だけ少し嫌そうな顔をして、俺の顔を見てから表情を変えて足を止める。
「トウリくん。もー、どうしたの急に。びっくりしちゃった、ナンパかと思ったよー」
俺の名前を呼ばれて驚くと、少女は不思議そうに首をこてりと傾げる。
「クレープ? いいよいいよ、食べに行こっか。優しいヒナ先輩が奢ってあげよう」
遅れて、やっと気がつく。
俺がかわいいと思って思わず声をかけたこの子……ヒナ先輩だ。
土曜日だからかこの祭りがあるからか、いつものサイドテールではなく服も私服なだけのヒナ先輩である。
……お、思いっきり知り合いをナンパしてしまった。
「どうしたの? 固まって。あ、もしかしてナンパした相手が私だって今気がついてびっくりしたとか? なーんて、トウリくんはそういうのするタイプじゃないよね。入学式の日の意趣返しかな?」
「……いや、まあ、はい。そうですね」
ヒナ先輩は不思議そうに俺を見る。
ヒナ先輩をヒナ先輩と知らずに一目見てかわいいと思ってしまったことは、墓場まで持っていくことにしよう。
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