第8話:無双

 ダンジョンを戻りながら道中現れたゴブリンを槍で狩る。


 絶好調は継続している……というか、先程のオークとの戦いで、中学生のころに探索者学校に入学するためにしていた自主練習と実戦が繋がってきている感触がある。


 ゴブリンの手を払い上げて体勢を崩させたところを一突き、スライムの核をそのまま一突き。


 オークも倒したことだし俺もなかなかやるんじゃないか? と、思ったけど、ヒナ先輩の見えない速度の斬撃とは比べられないレベルだ。


 しばらくダンジョンをウロウロとしながら戻っていると、パン、と乾いた発砲音が響く。


「誰かいるのか?」


 と、一応誤射されないように声を出しながら発砲音の方に歩くと、見慣れた顔……。


 佐伯と鷲尾のふたりが驚いた顔をして俺を見ていた。


「おー、藤堂。お前も結局来てたのか」

「と、藤堂。ひとりなの?」


 気弱そうな鷲尾が俺の顔を見て安心したように銃を下す。


「ああ、まぁ荷物持ちはすぐに終わったから、ダンジョンに慣れるためにな。……さっき、少し深い階層のモンスターと接敵した、少し気をつけた方がいいかもな」


 遠回しに帰るように言うと佐伯は頷く。


「あー、そうするか。もう二人分の課題はなんとかなったし」

「それにしても鷲尾、銃使ってるんだな。弾代とかどうなんだ?」

「い、一発100円ぐらいだよ」

「案外安いな……」

「あ、ゴブリン」


 話していると近くをゴブリンが通りかかり、鷲尾が銃を構えてパンと発砲する。

 そして何の抵抗もなく光の粒となって消えていくゴブリン……。


「いや銃つっよ」

「だろ。俺、ずっと出る幕がなくて魔石広い係になってる」

「僕なにかやっちゃいました?」


 まぁあまり鷲尾と佐伯は問題なさそうだ。

 それにしても銃強いな……。


 まぁ、ヒナ先輩の動きを考えると、それなりに強くなれば銃よりも強くなれるのかもしれないが。

 俺も金貯まったら銃買おうかなぁ。


「よし、そろそろ帰るか。藤堂もラーメンでも食いに行こうぜ」

「ん、ああ、そうするか」


 佐伯と話していると、奥の方から少し重い足音が聞こえてくる。


「……っ。佐伯、鷲尾、少し下がれ」


 先程聞いた足音と一致する。つまりコイツは……。


「っ! マジかよっ! 地下10階とかで出るようなモンスターがなんでこんなところに……!」

「オーク。……俺がやるから、二人は出口に」


 そう言って俺が槍を構えると、鷲尾が手を伸ばしてオークに拳銃を向ける。

「パン」と乾いた音が響く。


 そしてゴブリンと同じように光の粒となって消えていくオーク……。


「いや銃つっよ」

「藤堂があんなに緊迫感出してたのに一撃なの笑う」

「あれ? 僕またなにかやっちゃいました?」


 鷲尾はトコトコと歩いてオークの魔石を拾い上げる。


「お。オークは確か6000円ぐらいだったよね。ところで……さっき、ふたりでラーメンを食べに行こうって話をしてたけどさ」


 オークの魔石を持った鷲尾はニヤリと笑う。


「行かない? 焼肉の食べ放題」

「焼肉の食べ放題……!?」

「焼肉の食べ放題だと……!」


 焼肉の食べ放題。

 それは俺たち男子高校生にとって何よりも甘美な言葉……特に今は不慣れなダンジョン探索で筋肉が疲れていて肉を欲している。


 俺たちは駆け出した。

 焼肉を求めて、迷宮を飛び出し、魔石を換金してそのついでにオークの出現を報告してから、夜の街へと向かったのだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇


「肉……美味い。たまらん。Fクラスの下の方で絶望したけど、この学校入って正解だった」

「さ、佐伯くんは単純だね」


 美味え、肉美味え。

 無言で肉と米をかき込んでいると、鷲尾が俺の方を見る。


「や、山本先輩とは一緒じゃなかったんだね」

「そりゃ、まぁ、あっちも自分ところの探索もあるわけだし、甘えっぱなしというわけにはいかないだろ」

「はあー、藤堂が山本先輩を連れて来てくれてたらなぁ」

「いや、探索にはついてきてくれても多分ここには来ないだろ」


 身体も少し小さめであまり食べるようには見えないし、こんな無限にカルビを焼き続けてる集団には混じらないと思う。


「藤堂は明日も潜るのか? 土曜だけど」

「いや、今日それなりに強敵を相手したからなぁ。鷲尾は一瞬で倒してたけど」

「あれ、僕また何かやっちゃいました?」

「多分ダンジョンのあのムズムズした感覚がまたくると思うから明日は休むつもりだ。技も冴えているから、その間に自主トレして感覚を掴んでおきたいし」


 佐伯は「おー、ちょうどいい。俺と鷲尾もレベルアップの感じだから休もうと思っててな」と笑う。


「明日、色んなギルドが新入生を勧誘するための会……というかちょっとした文化祭的なのがあるらしいから一緒に回ろうぜ」

「そんなのあるのか。先輩は何も言ってなかったけど……」


 ああ、俺がギルドに所属するつもりがなさそうだから気を遣ったのか。


「で、でも、Fクラスの僕らを入れてくれるようなギルドなんかあるのかなぁ。特に藤堂はほら、20位だし、ふふ」

「19位が笑うな。ギルドに所属する予定は今はないな」

「あ、あれ? や、山本先輩に誘われてないの? あー、フラれたのかな、ど、ドンマイ」

「俺の肉を分けてやろう」

「嬉しそうに言いやがって、はっ倒すぞ」


 佐伯に押し付けられた焦げた肉を食いながらため息を吐く。


「別にフラれたわけじゃない。あまり世話になりっぱなしになりたくなかっただけだ」

「っしゃ! っしゃ!」

「人の不幸を全力で喜ぶな。あと肉を焦がす前に食え」

「や、やっぱり、藤堂、下ネタが多いからだと思う」

「俺は言ってないだろ、俺は」

「じゃあ明日見つけようぜ、彼女候補を……!」


 佐伯の言葉に鷲尾が乗っかる。


「そ、そうだね。ぼ、僕たちの恋愛偏差値は30ぐらいしかないかもしれない。け、けど、三人合わせたら90もあるんだ……!」

「偏差値低そう」

「じゃあ、明日11時に校門の前で集合な!」

「やる気満々の割にはだいぶ遅いな……」

「休日はたくさん寝たいタイプなんだ!」


 自信満々に言うことではない。


 焼肉の食べ放題の制限時間まで腹一杯に肉と米と野菜を詰め込み、外に出るともう真っ暗だ。


 三人でダラダラと寮まで帰って、寮で雑事と風呂を済ませた後、ベッドで寝ようとしたところでスマホが震える。


 鷲尾や佐伯なら無視しようと考えながら画面を見ると『佐倉アルカ』の文字列が見えてスマホを耳に当てる。


『あ、す、すみません。夜にお電話して。ご迷惑じゃなかったですか?』

「いや、平気だ。どうかしたのか?」

『あ、い、いえ、学校どうかなって……』

「あー、マジでガンガンダンジョンに潜らされて面白いな」

『大丈夫なんですか?』

「今は怪我のひとつもしてないな。面倒見のいい先輩もいるし。まぁ気をつけるよ」


 カーテンを開けて夜空を見ると、街の中の明かりが空に伸びているのか、ふわりと雲が漂っている。


 星空も綺麗だと思うが、街の光に照らされた夜の雲もなかなか嫌いじゃない。


「佐倉の方はどうだ? 新しいクラスに馴染めてるか?」

『え、えっと……それは大丈夫です。けど』

「けど?」

『その、この前、先輩に告白していたところとか、先輩と一緒に出かけたのが見られていたらしくて、友達から質問攻めに合ってます……』

「あー……そうか、悪い」

『い、いえ、全然、まったく。それでその……映画のチケットが2枚余っていまして……』

「映画のチケットが2枚余るイベントってこの世に存在するんだ」

『いや……その、友達に売りつけられてしまって』


 ああ……だいぶ友達にオモチャにされてらっしゃる……。


 まぁ、佐倉、恥ずかしがり屋で赤面したり照れたりしやすいのに、変なところで大胆で行動的なので、からかったら面白そうというのは分かってしまう。


「明日明後日の休みはちょっと用があるから、その次の土日のどちらかでいいか?」


 俺がそう言うと佐倉は嬉しそうな高い声を出す。


『は、はい! もちろんです。え、えっと、その、よろしくお願いします』

「大袈裟だな。……こちらこそ、よろしくお願いします」


 それからも少しお互いの近況の話をしてしばらくすると、佐倉の声が小さくなっていき、言葉がふわふわした要領のえないものになる。


 それからまた少しすると寝息が聞こえてきて、苦笑してから電話を切る。


 ……頑張るか、ダンジョン。

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