第7話:イレギュラー

 仲良し迷宮探索同好会の人に聞いたが、この学校で最速で迷宮を駆け降りていったのは今の生徒会長で、1年の1学期の間に地下11階まで進んだとのことだ。


 個人的な感覚としては「最速の割にはそんなに早くないんだな」というものだ。


 迷宮は度々大改変と呼ばれるものによって内部構造が変化してしまうが、そんなに頻度が高いものではなく低階層の人が行き来するところの地図はすぐに作られる。


 俺も仲良し迷宮探索同好会の人に地図をもらったが、この地図を使えば新入生でもどんどん階を降りていくことが出来そうなものだ。


 と、地下3階でゴブリンと呼ばれる魔物を槍で突きながら考える。


 ゴブリンは小さく、その間合いは素手の人間よりも短い。

 槍先の照準を合わせて、体勢を確かめ、息を整えて、撃つ。

 そんなお行儀の良い型通りの槍術でも安定して捉えられる程度の相手だ。


 槍で突いたゴブリンが光の粒となって消えていくのを見届けて、周りに敵がいないことを視覚と聴覚で確かめながら魔石を拾い上げる。


 魔石の値段は一匹400円程度……あまり苦戦する相手ではないとは言え、ほぼ危険性がないスライムに比べたら厄介な割には値段が安い。


 骨や皮はそれなりに固く、何度も戦えば武器も欠損する可能性があるのでゴブリンは収支が悪そうな気がする。


 地下3階に入り、2匹のスライムと4匹のウィスプ、そして2匹目のゴブリンを倒した当たりで体が妙にムズムズとした感覚に襲われる。


 調子が悪い……というわけでもなく、むしろ身体は調子がいいぐらいだ。

 だが。その身体の調子に精神のピントが合いにくい妙な感触。


 遅れて、それがヒナ先輩の言っていた一気に迷宮を攻略するとムズムズする感覚であることに気がつく。


 まだほとんど何もしてないんだけどな。

 稼ぎとしても1600円と一日の食費程度しかなく、生活費としても心許ない。


 だがこのまま探索を続ければこのムズムズとして集中しにくい感覚は悪化していくだろうし……学校に戻るべきか。


 いや……ここまで探索するのにも時間がかかるし、落ち着くまで亜空間ルームで休んで落ち着き次第、探索を再開する方が効率がいいか。


 近くにモンスターがいないことを確認してから何もない虚空を掴み、扉を開けて中に入る。


 しっかりと扉を閉じて、外界との繋がりを完全にシャットダウンしたことを確認してから制服を脱いでウェットティッシュで身体を拭く。


 軽く汗を拭き終えてから、先程まで使っていた槍の点検を行い、重ねたダンボールの上に寝転がって毛布を被る。


 少し仮眠をとってから探索を進めよう。

 生徒会長の最速記録がそれほど早くないのも、このムズムズとした感覚のせいかもしれないな。


 この感覚が発生するたびに帰還していたなら、そりゃあ進むのに時間もかかるだろう。


 毛布の中でうとうととし始めてしばらくして、佐伯と鷲尾のことを思い出す。

 アイツらは上手くやれているだろうか。


 別に友達というわけでもないが、一度少し話した手前、困っているようなら手助けぐらいはしてもいいかもしれない。


 そう考えてから、半分眠った頭で疑問に思う。


「あれ、俺ってそんなに親切なやつだったっけ」


 と。

 ああ、もしかしたら、ヒナ先輩のが移ったのかもしれない。


 あの人、やけに世話焼きで……。

 と、思わずクスリと笑っていると、誰もいないはずのスキルによる異空間の中で『カチャリ』鍵が開いたかのような音が聞こえた。



 少しして目が覚める。

 体のムズムズとした感覚はいつのまにか消えていて、欠伸をしながら身支度を整えている間に気がつく。


「……扉が増えてる」


 覚えがあるのはダンジョン探索によるスキルの成長だが……俺の場合こういう風にスキルが育つのだろうか。


 緊張と警戒の中、扉を開けるとマンションの廊下のような場所に出る。


 周りを見渡すと、403号室や405号室などの扉が並んでいて、一番奥は防火扉によって遮られていた。


 なんとなく……全く似ていないはずの、ヒナ先輩に連れられていった【仲良し迷宮探索同好会】の廊下を思い出す。


 等間隔に並んだ扉をひとつずつ開けていこうとするが、どの扉も開かない。どうやら新しく行けるようになったのはこの廊下だけらしい。


 意味がない……わけでもないか。細長くはあるが、別にここに何か物をおいてはいけないというわけでもないので、荷物を置けるスペースが増えたと考えよう。


 別に他の人が行き交いするわけでもないので幾ら物を積んでも問題ないだろう。


 元の部屋に戻って入学前に佐倉と買った保存食を食べ、軽く体をほぐす。


「よし、行くか」


 慎重にスキルの外に出て、地図を見返しながら道を歩く。

 ネズミのようなモンスターを見つけるが、動きが速すぎて捉えられないまま見逃す。


 ……やっぱり、スキルが戦闘用ではないと追いつけない速さがあるな。

 あちらもあまり攻撃してくる様子はなかったので遭遇しても問題はないが。


 今まで倒したゴブリン、スライム、ウィスプぐらいなら問題はないが、何かしら方策を考えなければ厳しいものがあるかもしれない。


 などと考えながら出てくるゴブリンやスライムを倒していく。

 スキルがなくともダンジョンで成長すれば強くなれるそうだが、スキルに比べると僅かなものだ。


 うーん、地道に実力を伸ばしていくのが正道か。そう思いながらダンジョンを歩いていると、ゴブリンとは違う重い足音が響いてくる。


 他の生徒か? と少し考えるが、足音は一つだけだ。

 ソロで潜るやつは非常に珍しいそうなので……と考えて槍を握る。


 イレギュラーの可能性がある。

 考えられるのは異常に成長したゴブリンか、あるいは5階層以降に出てくるホブゴブリン、8階以降のクレイゴーレム……は、まぁないか。


 とにかく、二足歩行の人間よりも大きそうな……。


 足音が近づく。……獣臭い、人ではない。


 角から出てきたそれが人間ではなくモンスターであると認識すると同時に槍を突き出し、その身体を捉える。


 硬……! 獣毛に遮られて、分厚い皮と筋肉に止められて、内臓にまで届いていない感触。


 遅れて、そのモンスターと目が合う。


「オーク……!」


 10階層よりも下に生息しているはずのモンスター。まだしばらくは関係ないかと考えてほとんど下調べもしていないモンスター……!


 どうしてこんな浅い階に……という考えは自分の槍がもう一度オークの腹を突いていることに気づいて霧散する。


 頭より先に体が動いていて助かった。オークの持つ剣が振り上げられるが、俺の槍の方が間合いが広く、焦りさえしなければ安全に捌くことは可能だ。


 距離を保ちながら槍で突き、すぐに引いてまた突いて牽制する。

 全身から出血をするオークだが、けれども勢いが衰えるところは見えず、その吠え声だけでこちらにダメージが入ったと錯覚するほどだ。


 ……会ったのが少しの経験がある俺でよかった。他の一年生だとどうなるか分からない。


 集中──俺の槍の穂先が、オークが剣を持つ指先を捉える。

 腕でも手でもなく、オークの指先、その関節。


 俺の体重をかけたその穂先がオークの指の一本を落とす。


 連続して二本、三本。一度引いて息を整えてから斬り払いで四本目。


 槍で狙った箇所を突くことは難しいが、どうやら今の俺は絶好調らしい。指の関節などという1センチのズレも許さない場所に精密な攻撃を出せている。


 そして五本目。剣を持つ両手のうち、その半分の指が失われ、ゆらりと剣の先がブレる。


 踏み込んで、槍の振り上げ。


 オークの手から剣が上方に弾き飛ばされたその瞬間、オークは身体を前傾させて俺に突進を試みる。


 一切の戸惑いのないその行為。

 相手はモンスターであるが内心讃えてしまいながら、穂先をオークに向け、柄尻を地面につっかえさせる。


 槍を振るいはしない。ただ強く握って保持をして、オークの身体が向かってくる向きと角度を合わせる。


 オークの突進のその力は、地面により固定されている槍を弾き飛ばすには至らず、ただオークの身体に深々と突き刺さるだけで終わる。


 その衝撃によりオークがうめいた瞬間にその傍を通り抜け、上から降ってきたオークの剣を掴み、背後から肉の薄い膝関節を斬り払う。


 槍に腹を貫かれ、膝の腱を断たれたオークは地面に倒れ込む。


 慎重に下がり、オークがもがくのを警戒しながら見ているうちに動かなくなり、剣を残してオークが光の粒となって消えていく。


 ……少し周りを警戒してから、壁に手をついて息を吐く。


「……なんとか、なったか、一応」


 怪我はしていないがどっと疲れた。なんでそんな深いところのモンスターがここにいるんだよ……。


 何故かオークの剣が俺の手に残されていることに気がつき、その重さを確かめる。


 ドロップアイテム……というやつか。


 オークの魔石を拾い上げて、スキルの中に剣と共に放り投げる。

 槍も曲がっていないし問題なさそうだ。


 ……さっきのオーク、一匹とも限らないか。


 なんとなくアホの佐伯と鷲尾のことを思い出して来た道を戻る。まぁ、平気だろうけど。

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