第6話:協力者

 先輩に連れられてやってきたのは『保存食研究会』というサークルで、ダンジョン探索に有益な保存食を作ることを目的とした集まりらしい。


「よーっす、どもどもー! いつもお世話になってます、山本ヒナですよー!」

「お、ヒナちゃん。やっときたか。いつもの用意してるよ」


 サークルの人達は俺たちが入っても興味がなさそうにしていたのに、ヒナ先輩の名前が出た途端、調理の手を止めてこちらに集まってくる。


「おっ、そっちのは新入生?」

「そうそう。藤堂くんだよ。ギルドに入ったわけじゃないけど、お得意さんになりそうだったから連れてきてあげたよ」


 ヒナ先輩は「えっへん」と胸を張り、俺が見ていることに気がつくと手で胸を隠す。


「胸ばかり見てエッチ野郎め……」


 胸ばかりは見てない。


「どうも、藤堂です。よろしくお願いします」

「彼は入学初日からご飯のためにダンジョンに潜った食いしんボーイでね。しかも荷物をめちゃくちゃたくさん持てるというスキル持ち! もはや保存食のために生まれてきたような男と言っても過言ではないよ!」


 それは過言もすぎるだろ。

 保存食研究会のメンバーは女性が多いようで、ヒナ先輩はわちゃわちゃと囲まれている。


 こうして他の人と並んでいるのを見ると、ヒナ先輩は他の女性たちよりも少し背が低いな。


 肩幅や体型も華奢で、なんとなく頼りにしていたことで感じていた印象よりも幾らか小さいことに気がつく。


 ふと先輩の目がこちらを向き、手で胸を隠す。


「エッチ野郎め……」

「冤罪です」


 まぁ胸は少し大きいようだけど、改めて見ると全体的には小さめだ。


「新作もあるけど食べていくよね? 藤堂くんもちょっと食べて感想聞かせてよ」

「あ、はい。いただきます」


 近くの席に座らされて、皿の上にパッケージが何もない無地のパックが運ばれてくる。


 パックには付箋で『フルーツパン』や『フライドチキン』『ビーフジャーキー』などと書かれていた。


 そのうちのフルーツパンを開けると小麦粉とフルーツの匂いがして、齧って見ると硬いビスケットの感触がする。


「どう? 忌憚のない意見を聞かせて」

「あー、なんか粉っぽいですね。すごくパサパサしてます。フルーツもかなりアレな感じが」

「保存食だから水分減らしてるんだよね。嵩張るし、腐るしで。防災用のなら腐らないなら水分があっても大丈夫なんだけど、探索用だと水分の分だけ重さがね……。でもすごいよ、ハイカロリーだし、栄養バランスもいいし、なんと三年も保つ!」

「保存性、オーバースペックじゃないですか? そこまで長時間探索しないですし、せいぜい一月も保てば十分だと思うんですけど。それに水分は水分で持っていく必要があるので無理にカラカラにする必要はないですし」

「君は……ないね、ロマンが。と、まぁ市販品でいいのも事実なんだけどね」

「まぁ市販のやつよりかは美味いですけど……。ああ、いや、スキルで水を出せる人にとってはかなりいいのか。……あ、この肉めちゃくちゃ美味い」

「探索者用に塩分めちゃくちゃ濃いから食べすぎないでね。ちなみにパックも特別性だから30年は保つよ、それ」

「オーバースペックすぎる」


 ああ、塩分を濃い目にしたりなどの探索者向きの食事に出来るというメリットは大きいか。


「……確かに普通のよりもかなり良さそうですね」

「でしょー? 買っとく? 一パック300円」


 技術や質の割に、確かに安いのだろう。


「……3257」

「……?」

「俺の……全財産です」

「…………そっか。……苦労してるんだね」

「出直してきます。今度またすぐにダンジョンに潜るので、それでそれなりの額が貯まったらまた来ます」

「そっか。あ、でもお土産は持って帰りなよ。ほら」

「いえ、試食もいただきましたし」


 俺が断るとヒナ先輩が仕方なさそうに間に入る。


「トウリくんは甘えるのが苦手なんだよ。あ、これ美味しいからこれもあるだけちょうだい」

「毎度ありー。藤堂くんもまた来てね」

「ああ、はい、また今度買いに来ます。すみません冷やかしみたいになって」

「いやいや、別に商売をしてるわけじゃなくて、研究とか練習のために作ったものを買い取ってもらってるだけだからさ。そういうの気にしないで遊びに来て」


 そう言われて、礼を言ってからヒナ先輩が購入したダンボールをひとつ抱え、ヒナ先輩はみっつほど抱えて持つ。


 スキルがあるとは言え力持ちだな。

 なんとなく敗北感を感じながら研究会を後にして、近くのあまり人のいない廊下でスキルを使って中に放り込む。


「いい人たちでしたね」

「でしょ? 次は……探索用の服を作って貰ってるからそれをもらいにいこうかな」


 ヒナ先輩に連れられて廊下を歩いて別の部屋に入る。

 今度の研究会はあまり人がいない……というかたくさんのマネキンを除けば一人だけしかいない。


「よーっす、ヒナちゃんがきたよー」

「……山本か。そこ置いてるからさっさと持って帰りな」

「リーちゃんは釣れないなぁ。試着していい?」

「この前仮縫いのときにしたろ」


 シャッシャと何かの図面を引いている女性がヒナ先輩を面倒くさそうに追い払う。


「あ、この子、新入生の藤堂くん。今日は挨拶だけだけど、今度作ってあげてよ」

「あー? 野郎かよ。興味ない。適当に作業着でも買えよ」


 彼女は一瞬だけこちらに目を向けたかと思うと嫌そうな顔だけして作業に戻る。


「リーちゃんは照れ屋さんなんだよ。あと、可愛いもの好きで女の子向けの服の方が嬉しいみたいで」

「あー、確かに、マネキンに着せてある服、結構オシャレですね。肌は保護されてるけど可愛らしい感じで」

「そうそう。ほら、これも可愛いでしょ」


 先輩は受け取った服を自分の身体にぴたりと合わせて俺に見せる。


 普通に街の中で歩いていても違和感のない、今風で可愛らしい服。

 けれど、よく見るとそれなりに頑丈そうだし、汚れても目立たないような色や柄が使われているのが分かる。


「やっぱりダンジョンでも可愛い服は着たいからね。機能性が最優先だけど」


 そういうものだろうか。

 ……まぁでも、ここも確かに高い技術があるのが伝わってくる。


 特注となるとそれなり以上に高くなるだろうし、当の作る本人が男性用の服を作るつもりがなさそうだが、頼むことが出来たら質のいい探索用の服を作ってくれそうだ。


「それにしても……トウリくん、見過ぎだよ? ヒナ先輩の下二文字の部分を……」


 ヒナ先輩は自分の胸を隠すようにしながら口にする。


「そんなに見てないです。……というか、本当に見ていて頷かれたら嫌でしょう。否定されても肯定されても嫌な話題を振るのはどうかと思いますよ」

「こ、後輩からの怒られが発生しまった……。すみませんでした……」


 ヒナ先輩は胸をアピールするように隠していた手をおろす。


「おい、うるさいからイチャイチャするなら廊下でやってくれ」

「はーい。服ありがとうねー。じゃあ廊下で続きしよっか」

「しませんよ。お邪魔しました」


 廊下に出てヒナ先輩に「服も預かりましょうか?」と聞こうかと思ったが、嬉しそうに抱えているので後でもいいだろう。


「ダンジョンでもオシャレするんですね」

「まぁねー、やっぱり可愛い服を着るのは楽しくて。ほら、この高校を選んだのも制服が可愛いからだし」

「存在しないだろ。探索者学校の志望動機が制服の可愛さという人類」

「ふふ、まぁ冗談だけど、でも、可愛いでしょ、制服」


 ヒナ先輩はくるりと回って制服を俺に見せる。


 ちょっとしたアクセントが入ったブレザーの制服とプリーツのかかったチェック柄のスカートそれに綺麗な青のリボンが首に巻かれていて、よくあるような格好だけど、確かに可愛らしいとも思う。


「あ、そろそろ時間かな。戻ろうか」

「ああ、はい」


 集合場所に帰ると、みんなダンボールをいくつも抱えて待っていた。

 みんな力強いな……まぁ、スキルによるものも大きいのだろうけど。


 行きと同じようにみんなには中に入ってもらい、電車に乗って学校に帰り【仲良し迷宮探索同好会】の倉庫に今日買った物資をみんなで運び込む。


「今日はありがとね、すごく助かったよ。あとごめんね、無理言って来てもらって」

「いや、俺も助かりました。ありがとうございます」

「今日はどうするの? もう寮に帰る?」

「あー、いや、ちょっとダンジョンに潜ろうかと。一年生がみんな潜ってて効率悪いというのは、逆に言えばモンスターと出会いにくい中でダンジョンに慣れられるってことなので悪いわけでもないかと」

「そっか、気をつけてね。怪我、すごく痛いから」


 その言葉に、昨日見せてもらったヒナ先輩のふとももの怪我を思い出す。


「……はい。気をつけます」


 そう言ってから、ダンジョンの方に向かった。

 とりあえず、色々と慣れていくところから始めようか。

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