第3話:ダンジョン探索

 ダンジョン探索者の主な収入源は魔石である。

 モンスターを倒すとその肉体は光となって消えて、魔石という結晶を残して消える。


 この魔石というものがそれなりに使いやすいエネルギー源らしく、安定して手に入って安定して売れるものとして探索者たちから重用されている。


 今回の目的もその魔石で、とりあえずのお試しとして数体のモンスターを狩ろうという話だ。


 ダンジョン探索といっても、普通に素人が叩けば倒せるウィスプという光の玉と、核を壊せば死ぬ鈍重なスライムという流体のモンスターの二種類のみを相手にしているためあまり苦労もない。


 早々に目的の額は集め終わり、今は出口のすぐ近くで「ダンジョンの雰囲気に慣れる」作業として周りに警戒しながらヒナ先輩と話をしている形だ。


「今日はありがとうございます。助かりました」

「いやいや、いいって。普通に戦えてたし、余計なお世話だったかな」


 戦えてたって……そりゃ、どちらも子供でも倒せるようなモンスターだ。

 たぶんネズミよりも弱い。


 まぁ、生き物を殺すことに抵抗があるかどうかもあるのだろう。


「それにしても、低階層だから目立ってないけどトウリくんのスキルは本当にすごいね。大量の補給物資を抱えていけるし、すっごい便利」

「個人的にはヒナ先輩みたいな直接的な戦闘能力が高いスキルが羨ましいですけどね」

「いやー、私のはレア度コモンってところだよ。トウリくんはUR。まぁ、一部の脳筋の人からは受けが悪いだろうけど」


 お互いのスキルの利点を話しながら、出口から遠のかないように気をつけてダンジョンの道をグネグネと歩く。


「本当に私のところのパーティに入らない? ヒナ先輩という可愛い子いるよ?」

「考えときます。というか、パーティって学年離れていてもいいんですか?」


 ヒナ先輩は自分の唇に手を当てて「んー」と考える。


「ダンジョン探索の試験とかだと学年単位だけど、普段の探索なら問題ないかな」

「試験に合わせた方がいいんじゃないですか? 学校なんだし」

「んー、知っての通りダンジョンって最大で6人パーティだけど、なんだかんだ完全に6人固定パーティってのも少なくてさ、10〜20人ぐらいのグループがあって、そこから時間とか目的の都合の良い6人で集まってパーティを作るみたいなことが多いんだよね。だから割と学年が違っても平気だよ」


 ヒナ先輩は近くに飛んでいたウィスプを刀を引き抜かず鞘で「えいっ」と倒しながら俺に説明する。


「そのグループを『ギルド』って呼んでて、そのギルドの中でも交流があるギルド同士の集まりを『派閥』って呼んでるね」


 パーティの集まりをギルドといい、ギルドの集まりが派閥……か。


「急ぐ必要はないけど、いずれどこかの派閥には所属してた方がいいよ。近くに中高大一貫のダンジョンのサポートをする人員を育成するでっかい学校があるんだけど、そこと関わるのにコネとかあった方がいいからさ。あと、卒業後の進路にも」


 ヒナ先輩は「この刀もそこで打ってもらったんだー」とご機嫌な様子で言う。


「結構面倒くさいですね。もっと探索だけしてたらいいものかと」

「あー、まぁ、パーティメンバーとかに任せちゃうのもアリだよ。そこは役割分担でさ」


 俺が「本当にこのままこの先輩の世話になってもいいかもな」と思いながらウィスプを素手で掴んで近くの壁に叩きつけていると、ヒナ先輩は懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。


「3000円分ぐらいの魔石は集まったからこんなもんかな」

「まだ早くないですか?」

「あー、まぁそうなんだけど。ダンジョン探索とかスキルを使ったりとかモンスターを倒すと、スキルが強化されていくんだけど。一気にあげると身体がムズムズして寝苦しくなるんだよね」


 彼女は踵を返しながらそう言う。


「藤堂くんは入学したばかりで慣れてないし、寝不足になると学校しんどいでしょ?」

「あー、まぁそうですね」

「素直でよろしい。……と、あー、ちょっと待って、面倒なのがいるね」


 引き返してすぐ近くの出口に向かおうとしたそのとき、小さな手が俺を止める。


 どうしたのかと注視すると、ヒナ先輩の目線の先には核を中心とした流体状のモンスターのスライム……それのやけに大きく、核が幾つもある個体がいた。


「……合体してる?」

「時々あるんだよ。スライムが合体しちゃってること。核が多いし大きいから核に攻撃が届きにくいしでちょっと普通よりも厄介でさ。多分春休みで討伐が少なかったから発生しちゃったのかな」


 俺が【404亜空間ルーム】の扉を開けて、扉の先から効果的そうな槍を引っ張り出そうとするが、その手はヒナ先輩に止められる。


「大丈夫だよ」


 と言った彼女は、とことことまるで学校の廊下を歩くときのように何の気負いもなく合体スライムに向かう。


 スッ、と、その手が腰に提げた刀に置かれたかと思うと、チン、という納刀の音がダンジョンに響く。


 そして遅れて大きなスライムの体が細切れになり、光となって消えていく。


「どう? 私もなかなかやるでしょー」


 褒めて褒めて、とばかりに笑顔で振り向くヒナ先輩。


 俺は後に知ることになるのだが、三年Aクラスの三番。

 つまり、彼女はこの学校の最高学年の中でも、最強に近しい実力者だった。



 ダンジョンから脱出し、魔石などの採集物の買取カウンターの前に並ぶと、ヒナ先輩が髪を整えながら俺の方を見る。


「私の分あげるからさ、今日自分で倒した分は換金しないで持っときなよ」

「え、いいですよ。なんでですか?」

「多分、明日ぐらいに『実際にダンジョンに入ってモンスターを倒しましょう』って言われるんだけど、一斉に入るからモンスターが全然いなくなっちゃって長い時間探し回る羽目になるよ」


 なるほど……。

 いや、でも、先輩とは言えど女の子からもらうようなのは少し気が引ける。


「それ、そのときに倒さないとダメなんじゃないですか?」

「単にほっとくと全然ダンジョン探索しない生徒が出るから無理矢理放り込むってだけだから大丈夫。心配なら先生に聞けばいいよ」

「うーん、でも、ヒナ先輩からもらうというのも……」

「いいよいいよ。あー、でも、そんなに気にするなら、その空いた時間に荷物持ちになってよ」

「まぁ、そういうことなら」


 スキルを買われてちょっとした金額で雇われた……ぐらいに思えば、申し訳なさもない。


 先輩から受け取った魔石を買い取ってもらって時間を見ると、午後四時前ぐらいだった。


「お疲れ様。あ、連絡先交換しよ」

「ああ、はい。ありがとうございました」

「いえいえ、別に私いなくても全然大丈夫そうだったし。でも、今日は早めにおやすみ、ダンジョンは平気でも、入学式は肩凝るでしょ」


 ヒナ先輩はクスクスと笑って俺を建物の外まで見送ってから自分は中に戻る。


 まぁそうだな。

 確かにダンジョンは特別疲れるものではなかったが、入学式でずっと座りっぱなしなのは疲れた。


 それに知らない環境で過ごすのもなんとなく気疲れがある。


 ヒナ先輩に言われた通り、寄り道せずに寮へと帰って早めの就寝をとることにした。

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