No.021

 俺とメリーナは、工場をぐるりと周るように走っていく。

 銃を持った男たちも追いかけてくるが、まだ距離はある。

 これだけ離れていれば、銃を撃ったところで――。


 パンッ! パンッ! パンッ!


 銃弾の一発が俺の頬をかすめた。


「くっ……今のはちょっとヤバかったな」


 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってやつか。

 俺はちらりとメリーナの様子を窺う。


「大丈夫だったか?」

「いまのは平気! でも、このまま逃げ続けるのは無理よ。反撃しましょう。わたしが突撃するから、ライはサポートして!」

「ダメだ! いったん作戦を練り直す」


 元々は、敵に気づかれる前に奇襲するつもりだったのだ。

 しかし状況が変わったからには、当初の作戦は使えない。

 この場合、何より優先するべきはメリーナの身の安全だ。


 俺がそう考えていると、耳の奥から声が聞こえてくる。


『マナはメリーナさんに賛成です』

「アイマナ、冗談はやめろ。敵の配置もわかってないんだぞ」

『敵の現在地は把握しています。魔導武器を装備した人間が、建物の外に10人、中に10人です』

「思ってた以上に多いな……。それなら、なおさら慎重にいくべきだ」

『でも、カリーニ・ロックが逃亡しようとしてます』

「それを先に言え! 奴の現在地は?」

『センパイたちのいる場所からちょうど倉庫を挟んだ反対側ですね。車に乗り込もうとしてます』


 倉庫を周っていたら間に合わないか? くそっ、今日は使わずに済むと思っていたのに――。


 俺はメリーナの身体を抱き上げる。


「きゃっ! こんな状況で? わたし、まだ心の準備が――」

「黙ってろ。舌を噛むぞ!」


暴風の遊び心ローカルトルネード


 足元から竜巻のような突風が吹き上がる。

 その風に乗り、俺とメリーナは、あっという間に夜空に舞い上がった。


 遥か下の方に、倉庫の建物が小さく見える。


「――きゃああぁぁぁ! なになに? 魔法? ライのやつ?」

「ああ、そうだ。落ち着け。……と、あそこだ!」


 俺は眼下を見渡し、倉庫から少し離れた位置に4台の車が停まっているのを確認した。

 そこへ向かって走る一団も丸見えだ。


「メリーナ! 前に使った、光を放つ魔法を使ってくれ!」

「えぇ!? ちょっと待って! わたしはライみたいに、すぐには使えないんだからね……」


 そう言いつつも、メリーナは剣を構えた。そして俺に抱えられたままの体勢で、彼女は集中に入る。


 しなやかにまとまっていた彼女の髪が少しずつふくらみ始め、身体を覆う光も大きくなり――。


 ん? なんか、これ……まずくないか?


 バチバチィッ!


 気づいた時には、放電の音が聞こえていた。

 と同時に、俺の全身を電流が駆け巡る。


「――ッ!!」


 声すら出ない。身体が痺れる。


 そうか……メリーナ、魔法を使う時は必ずこの状態になるのか。

 で、触ると痺れるわけか……。


 身体から力が抜けていく……。


「えっ!? きゃああああぁぁぁぁぁ! 落ちてる! 落ちてるわよおおおおぉぉぉぉ!」


 魔法を維持しておくことができなかったんだから、しかたない。

 それにしても、まずい。このままだと地面に激突だ――。


 【微風の揺籠ストップニュートン


 ぶつかる寸前、俺は気力を振り絞って魔法を発動した。

 

 柔らかな風が俺とメリーナを包み込み、そっと地面に下ろしてくれる。


「うぅ……きゅうぅ……」


 しかしメリーナは、相変わらず俺の腕の中で両目を閉じ、身を縮こまらせていた。まともに声も出せない様子だ。


 まあ、見たところ怪我はしてないようだし、その点は良かった。

 問題は、落下地点を選べなかったことくらいか。


「何者だ!? 無礼だぞ! 私が誰だかわかってるのか!」


 すぐ目の前にいる人物が、怒鳴りつけてくる。

 倉庫から漏れる明かりが、その小太りのシルエットと、狡猾そうな中年男の顔を浮かび上がらせていた。

 この男が議員の<カリーニ・ロック>だ。


「どうした! まずは名乗れ! お前がどこの組織の者か知らないが、私に手を出すつもりなら、それ相応の処分が下る覚悟をしておけよ!」


 ロックが矢継ぎ早に怒鳴ってくる。どうやら自分の悪事を指摘される前に、逆ギレで誤魔化すつもりらしい。


 一方、彼を取り囲む武装兵たちは、人が降ってきたことに面食らったのか、動きが止まっていた。


 とはいえ、ここで対応を間違えれば、俺たちは銃弾の雨を浴びることになるだろう。


 さて、どうしたものか。

 こうなってしまったら、もはや魔法を控える意味もないが――。

 

 そう思った瞬間、俺は違和感を覚え、とっさに目をつぶった。


「【蛍雪の爆発フルブライトネス】」


 いきなりメリーナの魔法が発動した。

 

「「「ぎゃああああぁぁぁぁ!」」」

 

 ロックと、武装兵たちの叫び声がこだまする。

 この至近距離で、太陽が爆発したみたいな光を見てしまったのだ。当分、視界は戻らないだろう。


 俺は一瞬早く魔力を感知し、目をつぶったので被害は免れたが……。


「ライ! 大丈夫だった!?」


 メリーナの声が聞こえてくる。声の調子から察するに、かなり慌てている様子だ。


「ああ。結構ギリギリだったけどな。もう目を開けても平気か?」

「うん、魔法は解除したから……」


 目を開けると、辺りは元の薄暗さに戻っていた。

 メリーナは、息が重なるくらいの距離で、俺の顔を覗き込んでいる。


 彼女の表情を見る限り、かなり心配しているようだった。なので、俺はちゃんと言ってやる。


「俺は本当に大丈夫だ。なんともない」

「でも……ごめんなさい。魔法の発動を途中で止められなくて……」

「謝ることじゃないさ。俺が頼んだことだ。それに、結果的にちょうどいいタイミングになったよ」


 俺はそう言い、横に視線を向けた。

 すぐ側では、議員のロックと、護衛の武装兵たちが苦しそうに身悶えている。


 とりあえず、こいつらを拘束しておくか。



 ◆◆◆



 俺は、ロックと、護衛の武装兵たちを縄でしばりあげた。

 

 ただ、これで全員ではないはずだ。

 残りはどこかに隠れているのか?


 俺はそのことについて、無線の向こうに確認してみることにした。


「アイマナ、残りの護衛はどこにいるんだ? それと、取引相手も見当たらない」

『センパイ……それどころじゃなさそうです』


 珍しくアイマナの声が深刻だ。

 ということは、本当にまずいパターンか……。


 ふと俺は気配を感じ、夜空を見上げる。

 そこに、一台の車が飛んでいた。<魔導車ホバーカー>だ。


 魔導車ホバーカーはゆっくり降下し、俺たちのすぐ近くに停まった。

 そして車の中から、一人の男が出てくる。


 男は水色のローブを身にまとい、キザったらしい嫌みな笑みを浮かべていた。


 なるほど、アイマナが深刻になるわけだ。

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