No.022

 水色のローブを着た男がゆっくり近づいてくる。

 男は目の前までくると、俺の顔を舐め回すように見る。見開いている男の目は、相変わらず蛇に似て不気味だった。


「これはこれは……どこぞの腐れくんじゃないか」


 男が至近距離から俺に話しかけてきた。

 その言葉の一つに、メリーナがかすかに反応する。


「探偵――」


 俺は手で合図して、メリーナを黙らせる。そして彼女を、水色のローブの男から隠すようにして立った。


 しかし男はそんなことは気にしていないようで、俺を馬鹿にするような笑みを浮かべ、話を続ける。


「どうしたんだ、探偵くん? 少し会わないうちに、随分と無口になったものだな。以前のように私を挑発してみたまえ」


 この男とは、これまでも何回か関わっていた。

 とんでもなく嫌な奴だが、ぶっ飛ばして済む相手ではない。


「うーん? もしかして黙秘でもしてるつもりか? この私を相手に?」


 男は粘着質な口調で語りかけてくる。

 俺はとりあえず様子見しようと思い、返事をしないでおいた。

 それが良くなかったらしい。


 次第に男の口調が荒くなってきた。


「さっさと返事をしろ! そして敬意を示したまえ。私は第二継王家つぐおうけ<アクアリウスブルー家>の<第一類貴族>。いわば準王族と言える身分だぞ」


 早口で捲し立てるこの男の名は、<スネイル・アクアリウスブルー・ワン>。本人の言う通り、王族に近い地位にいる貴族だ。


「わかってますよ。その準王族様が、俺みたいな身分の低い人間になんの用ですか?」


 一応、俺はへりくだっておいた。

 それの何が不満なのか、スネイルの表情が歪む。


「相変わらずふざけた男だな。お前が生きていられるのは、私が寛大な慈悲の心を持っているからに過ぎないのだぞ?」

「そいつはどうも。じゃあ、帰らせてもらいます」


 俺はメリーナの手を引き、さっさとその場を後にしようとするが――。


「我らが<帝国魔法取締局ていこくまほうとりしまりきょく>をなめるな!」


 スネイルに回り込まれてしまった。

 軽いノリで交わそうとしたのだが、これはまあまあピンチかもしれない。


 スネイルが口にした<帝国魔法取締局>は、通称<マトリ>と呼ばれている。

 その名の通り、魔法の使用を取り締まっている組織だ。この国では珍しく、十三継王家つぐおうけと、国民政府が共同で運営している。

 その権限は帝国軍よりも強く、首相ですら口出しできないほどである。


 こいつらに睨まれたら最後。普通の人生は諦めたほうがいいとまで言われている。


 俺はGPAのエージェントだということを隠しているが、仮に身分を明かしたところで、帝国魔法取締局マトリが相手では分が悪い。


「腐れ探偵、お前の名はなんだったかな?」


 スネイルは獲物を狙う蛇のような目で俺を睨み、尋ねてくる。


 どうやら簡単には逃げられそうにない。少しだけ相手をしてやるか。


「俺はライって言います」

「職業は?」

「……まあ、探偵というかなんというか」

「以前は、ピンクコイン家に師事する貴族家のゴシップを漁っていたな」

「はい……」


 俺からも色々と言いたいことはあるが、ここは素直に頷いておくのが無難だろう。


 と思っていたら、ふいに耳の奥から声が聞こえてきた。


『センパイ、それは探偵じゃなくて、記者の仕事じゃないですか?』


 この状況でアイマナが、いらんツッコミをしてきた。

 俺はともかく、もう一人にも聞こえてるんだから、黙っててもらいたいものだ。


「……そっか、わかったわ。ライは身分を隠すために、探偵って名乗ってたのね」


 ほら、言わんこっちゃない。メリーナが反応したじゃないか。


 彼女も多少は声のボリュームを落としていたが、それでも目の前の蛇男が反応するには充分だった。


「何か言ったか?」

「いえ……なにも……」


 俺は否定するが、スネイルは疑い深そうな顔でこっちを見ていた。

 そして、ようやく俺の背後の人物にも興味が向いたらしい。


「その後ろに隠れている女は、お前の仲間か?」

「仲間というか……」


 なんと答えればいいものか。仲間と答えたら、最悪メリーナも一緒に連行されかねない。


 たとえ一時的に拘束されることになっても、俺だけならどうにかできる。しかし、メリーナがマトリに拘束されるのは、最悪の展開だ。


 俺が返答に困っていると、スネイルが吐き捨てるように言う。


「チッ、お前の女か」

「まあ……」


 俺は微妙に肯定しておいた。そのほうが丸く収まる気がしたのだ。

 すると、俺の背後から騒がしい気配が伝わってくる。

 メリーナが俺の服を引っ張り、小さくピョンピョン跳ねているようだ。


 まあいい。これでスネイルも興味をなくしてくれるだろう。

 そう思っていたのだが――。


「お前たちは二人とも、ウチの本部に連行する」


 スネイルの言葉は、俺には到底受け入れられるものではなかった。


「なんでだ? 俺だけ連れて行けばいいだろ」

「ほう。では、お前は罪を認めるんだな? 腐れ探偵」

「罪って、なんの罪だよ?」

「魔法乱用罪だ」

「証拠は?」

「語るに落ちたな。<M-システム>に反応があったからこそ、私はここに来たのだ。まさか<M-システム>を知らないとは言わせないぞ」


 やっぱり引っかかってたか……。

 表情に出さないが、俺は心の中でため息をついた。


「<M-システム>って、なに?」


 メリーナが俺の背中をチョイチョイと引っ張り、尋ねてくる。

 しかし、この状況で質問されても返答しづらい。


 俺はスネイルと睨み合ったまま、口を開けずにいた。

 すると、また耳の奥から声が聞こえてくる。


『<魔力探知システム>、通称<M-システム>です。この国ではいたるところに、魔力探知機が設置されています。これにより、魔法や、魔導武器などを使った際に漏れ出る魔力を探知し、その使用を即座に把握できるようになっているのです』


 ありがたいことに、俺の代わりにアイマナが説明してくれた。

 ただ、メリーナが口に出して受け答えするってことを、もう少し考慮してほしいものだ。


「じゃあ、魔法を使ったらバレちゃうってこと?」


 もちろんメリーナは、アイマナに聞いたのだろう。

 しかしその声は、目の前の蛇男にも届いていた。

 そして奴は、偉そうに講釈を垂れるのだった。


「魔法を使えば、すべて我々が知ることになる。この国では王族でもない限り、勝手に魔法を使うのは違法だ。その愚かしい犯罪者を捕まえるのが、我々の誇り高き使命である。もっとも、平民ごときに魔法は使えないがね」

「それなら、ここで魔法を使うのも、平民の俺には無理なんじゃないですか?」


 俺は反論を試みる。が、そもそもスネイルは道理を通すつもりなどなかったらしい。


「お前がどんな形で魔法を使ったかなど興味はない。最近は魔導兵器も進化しているからな。その類のモノで、魔法と似たような効果を発揮したのだろう」

「じゃあ結局、俺が魔法を使った証拠はないってことか」

「以前も似たようなことを言っていたな。だが、今回は前とは違う。何しろ、証人がいるのだからな」


 そう言うと、スネイルはカリーニ・ロックの縄を解きだした。

 それはさすがに俺も見逃せない。


「何をするつもりだ?」

「ロック氏の身柄はこちらで預かる。大事な証人だからな」

「そいつは栄光値ポイントを密売してたんだぞ。逃がす気か?」

「我々にとって重要なのは、違法に魔法を使用する者だ。それ以外のことに興味はない」


 どうやらスネイルの狙いは俺だけのようだ。


 解放されたロックも、いち早くスネイルの意図に気づいたらしい。

 彼は立ち上がると、大げさな身振りと、芝居がかった口調で訴え始めた。


「アクアリウスブルー・ワン殿、感謝します! いやぁ、とんだ災難でしたよ。妙な言いがかりをつけられ、魔法で攻撃され……。あなたがいなければ、私はどうなっていたことやら」


 ロックはスネイルとうなずき合う。

 それから二人そろって、勝ち誇った笑みを俺に向けてくる。


「汚いやり口だな……」


 俺は恨み言をつぶやきつつ、ロックとスネイルを睨みつける。

 と、また耳の奥から声が聞こえてきた。


『でも、実際にセンパイがその人の前で魔法を使ったのは事実ですよね』


 こいつ……誰の味方なんだ?


『マナは、いつだってセンパイの味方ですよ』


 俺の脳内を読むなと言ってるだろうが……。

 あと、不用意な発言をしてはいけないって、いい加減に理解してくれないかな?


「わたしも! わたしもライの味方だから!」


 この状況を一切鑑みず、メリーナは大声で叫んでいた。

 当然、スネイルはいぶかしげな顔をする。


「なんだ……?」


 スネイルはじっと、メリーナの顔を見つめていた。

 すると奴は急にハッとなり、二、三歩後ずさる。

 

 スネイルはよほど驚いたのか、あと少しで後ろに倒れるところだった。

 しかしどうにか踏ん張ると、奴は声を震わせながら言うのだった。


「あ、あなたは……もしや<メリーナ・サンダーブロンド>……様?」


 最悪だ。もっとも嫌な奴に、メリーナの正体がバレてしまった。


 しかしメリーナ本人は、事の重大性を何も理解していないのだった。


「あれ? もしかしてわたし……なにかまずいこと、しちゃった?」


 しちゃったんだよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る