No.019

 俺はメリーナとロゼットを引き連れ、GPA本部へ戻った。

 そしてオフィスのメインルームに入ると、全身オレンジ色の少女が飛びついてくる。


「ライちゃん、帰ってきたわね!」


 プリが俺の顔面に張り付く。そして頭をペシペシとはたいてくる。痛くはないが、前が見えない。


 そんな状態で、ロゼットが寂しそうにプリに話しかける。


「ちょっと、プリ。あたしもいるのよ? 忘れちゃったの?」

「ロゼちゃん、いたのね」

「いたのね、じゃないでしょ! 二ヶ月ぶりなのよ? もっと喜んでよ! あたしがいなくて、プリも寂しかったでしょう?」

「プリは寂しくなかったのよ」

「くっ……相変わらずの塩対応ね……。でもあたしはめげないわ。いつかプリから飛びつかれる女になってみせるから」


 俺の頭越しに会話するプリとロゼット。賑やかなのはいいが、そろそろ真面目に話したいところだ。

 

 俺はプリを引き剥がし、ソファーに下ろした。

 そこへ、ちょうどアイマナも部屋に入ってきた。彼女は相変わらず全身真っ白で、遠目に見れば儚げな雰囲気をまとっている。


「センパイ、お疲れ様です」


 アイマナの挨拶に俺は軽く手を上げて応えた。

 すると、またロゼットが割り込んでくる。


「マナ、ただいま」

「ロゼットさん、もう帰ってきたんですね。さっき連絡したばかりなのに。本当に仕事してたんですか?」

「ぐっ……変わらないわね、あなたも」

「人間と違ってマナは劣化しないので」

「それは、あたしが劣化してるって言いたいのかしら?」

「単なる一般論です」


 表面的には穏やかに会話するアイマナとロゼット。しかし二人の間には火花が散っている。

 どうやらアイマナとロゼットの相性はあまりよくないらしい。おかげで、出会ってからずっとこんな感じだ。


 普段なら放っておくところなのだが、今回ばかりはそうもいかない。


「お前ら、客がいるんだぞ」


 二人に呼びかけ、俺は後方に控えるメリーナに視線を送る。

 それでアイマナとロゼットも、さすがに俺の言わんとしていることに気づいたらしい。


「失礼しました。まさかメリーナ様が来ているとは思わなかったので」


 アイマナは深々とメリーナに頭を下げる。

 と、メリーナは慌てた様子でそれを止めた。


「あっ、そういうのはやめて。わたし、みんなとはもっと気軽に接したいわ」


 メリーナの言葉は本心だろう。それにしたって普通は額面通りに受けとるものじゃない。


「そうよ。気軽でいいの。あたしなんか、メリーナちゃんの師匠になったのよ」


 妄言を口にし、馴れ馴れしくメリーナと肩を組むロゼット。

 いくら本人が構わないと言っても、少しくらいは遠慮するものだろうに。


「マナ、たまにロゼットさんのこと、すごいなって思います」


 アイマナはわざとらしくため息をついた。

 一方、ロゼットは不遜な態度を崩さない。


「あなたも、ようやく素直になれたみたいね、マナ」

「はい。そんな性格で、今までよく生きてこられたなぁって思います」

「ケンカ売ってんの!?」


 勝手に会話させると、すぐに言い合いを始めるアイマナとロゼット。

 いちいち、その仲を取り持つのも俺は疲れてきた。


 そう思っていたら、二人の会話にメリーナが割って入った。


「ダメよ、二人とも。そんなふうに言い合ってると、ライが疲れちゃうわ」


 アイマナとロゼットが俺のほうを見る。それからまたお互いの顔を見合う。

 そして、それ以上は何も言い合おうとしなかった。


 まさか、アイマナとロゼットを黙らせるなんてな。

 メリーナにこんな能力があるとは驚いた。


「メリちゃんって言うわね?」


 プリがメリーナに声をかける。これも珍しい。チーム以外の人間には、ほとんど興味を持たないやつなのに。


「あなたがプリちゃんね。ライから教えてもらったわ」

「ライちゃん、プリのこと褒めてたわね?」

「うん、ライにとって大切な仲間だって」

「そうなの!? プリ、ライちゃんの役に立つわね!」


 プリがメリーナの言葉でやる気を出している。

 なんか俺より彼女のほうが、このチームを上手くまとめてないか?

 

 まあいい。これで当初の目的は果たせたわけだし。

 と、俺はその場にいる全員に向けて言う。


「顔合わせも済んだことだし、今後の話をしておきたい」



 ◆◆◆



 今回の任務内容と、そのために何をしようとしているか、俺はみんなに説明した。


 アイマナはもちろん、プリもロゼットも、とりあえず疑問はないようだった。

 ただ、メリーナは他にも聞きたいことがあるらしい。


「ねぇ、ライ。GPAの任務っていうのは、ここにいるみんなで一緒にやるものなの?」

任務モノによる。今回の任務は長期間に渡るし、内容も複雑だからな。ウチのチーム全員で取り組むことにしたんだ」

「じゃあチームのメンバーは、今いる人で全部なの?」


 メリーナが視線を巡らせる。

 この部屋にはメリーナの他に、俺、アイマナ、プリ、ロゼットが揃っている。

 ただ、実はこれで全員じゃない。


 俺がそう答えようとすると、先にアイマナが口を開いた。


「あと、使えない男性と、変態の男性がいます」


 かなり極端な表現だった。しかし完全に間違ってると言えないから困る。

 とはいうものの、メリーナを恐がらせるのもよくない。

 なので俺は、一応フォローしておくことにした。


「話が通じないわけじゃないから安心してくれ」


 俺の言葉に、メリーナは微妙な表情でうなずく。

 もしかしたら言葉選びを間違えたのかもしれない。


「センパイ、なんのフォローにもなってませんよ。というか、フォローなんてしなくてもいいんです。あの二人は、マナの連絡を無視したんですから」

「二人とも任務中なんだ。帰ってこいって言われて、すぐに帰れるほど暇じゃないさ」

「その言い方だと、ロゼットさんが暇だったみたいになっちゃいますよ?」


 アイマナの言葉に、ロゼットの気配が一瞬だけピリつく。

 これはまた怒鳴り合いでも始まるのかと思いきや、意外にもロゼットは余裕をもって対応していた。


「ふふっ、今日は随分と荒れてるじゃないの、マナ」

「そんなことはないですよ。マナは普段通りです」

「いいのよ、隠さなくても。あたしも似たところがあるからわかるわ」

「はて? どういう意味でしょうか?」

「なにげに、このチームで一番独占欲が強いのってあなただものね。あたしや他のメンバーがいなかった数ヶ月は、楽しかったでしょうよ。それが急にメンバー全員集合で、さらにゲストまで現れたんじゃ、構ってもらえる時間も減っちゃうものね」

「ロゼットさんに分析されるなんて……マナの中に屈辱という感情が芽生えそうです」


 アイマナがムッとした表情になる。しかし何も言い返せないようだ。


 さすがにフォローしてやるか。

 と思ったのだが、俺よりも先にメリーナがアイマナの手を取る。


「わかるわ、その気持ち! マナちゃんもわたしと同じなのね!」


 メリーナは、アイマナに熱く語りかけていた。

 それに対して、さすがのアイマナも少し引き気味だった。


「なにを仰ってるのかわかりかねますが……。マナには、メリーナ様との共通点なんてないと思いますよ?」

「あるわよ。だってマナちゃんも、恋してるもの!」


 ……………………。


 空気が固まったかと思った。


 その場にいる全員が呆気に取られ、成り行きを見守る。

 そんな中、最初に口を開いたのは、アイマナ本人だった。


「違うと思います」


 アイマナは感情のこもっていない声でつぶやいた。

 しかしメリーナはさらに追い込んでいく。


「マナちゃんも、わたしの恋のライバルだね!」


 完全に決めつけてしまったメリーナ。

 この子は、恋の伝道師なのか?


「…………」


 アイマナは完全に言葉を失っていた。

 すると、急にオレンジ色の少女が立ち上がって言う。


「プリも恋のライバルわね!」


 違う。それだけは違うから、ややこしくするな。

 俺が心の中でつぶやいているうちに、メリーナはプリの手を取っていた。


「うん! 一緒にがんばろうね!」


 部屋内の空気がとんでもないことになってしまった。


 アイマナとロゼットが、呆れ半分、怒り半分の目で俺のことを見てくる。

 二人が何か言い出しそうなので、俺のほうから先に釘を刺しておくことにした。


「もう決まったことだ。任務に関する文句は、一切受け付けないからな」

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