No.018
突如として現れたオールドスタイルの魔女は、今にも強大な魔法を放ちそうな雰囲気を醸し出していた。
いや、こいつなら実際にやりかねない……。
なので、俺は慎重に彼女に話しかける。
「落ち着け、ロゼット」
とりあえず俺は彼女の名前を呼んでみる。
興奮した立てこもり犯に対して、情に訴えかけるように、可能な限り親しみを感じさせる。それが、自暴自棄になった相手を落ち着かせる秘訣だ。
と思ったのだが――。
「ふっふっふっ……ふふふふふふふ……あはははははははははは――」
魔女、もといロゼットは、いきなり破滅的な笑い声をあげた。
そうかと思えば、急に糸の切れた操り人形のように崩れ落ち、地面に両手をついた。
まるで予想外の反応だ。魔法を放たれるよりも、よっぽど恐い。
「おい……大丈夫か?」
俺が声をかけると、ロゼットが顔をあげる。その表情は笑っているのに、両目から大量の涙が流れていた。
「あたし……ダメね。あんなにドス黒い嫉妬心と怒りが渦巻いていたのに……久しぶりに名前呼ばれただけで嬉しくなっちゃって……」
ロゼットが口にした内容はともかくとして、危機を脱したってことでいいんだよな?
「落ち着いたのか?」
「ええ……とりあえずこの辺りを火の海にするのはやめたわ」
「いちいち恐いんだよ……」
俺がほっと胸を撫で下ろしたところで、後ろからチョイチョイと服を引っ張られた。
振り向くと、メリーナが少し不満そうな顔で尋ねてくる。
「誰なの?」
「彼女は<ロゼット>って言って、俺の――」
そこまで言いかけたところで、俺とメリーナの間にロゼットが割って入ってくる。
「愛人よ」
ロゼットが言い放ったのは、実にくだらない冗談だった。
だが、そもそもメリーナには、その言葉の意味が正確に伝わっているかどうか怪しかった。
「あ……愛人……? それって恋の上の愛?」
メリーナが何を言っているのか、俺にはよくわからなかった。
しかしロゼットは、さらにグッとメリーナに顔を近づけ、語りかける。
「ええ。愛ってのはね、恋なんかよりずっと強いのよ、メリーナ王女様」
「王女様はやめてほしいな」
「じゃあメリーナ様? メリーナさん? メリーナちゃん?」
「あっ、メリーナちゃんがいい! そんなふうに呼ばれたことないから!」
そう言ってから、メリーナがちらりと俺を見る。
まあ、身分が明らかになる呼称以外なら、好きに呼び合ってくれ。
そんなことよりも問題なのは、二人の会話に明らかな嘘が含まれている点だ。
「それで……ライの愛人さん? あなたのことはなんて呼べばいいの?」
メリーナがロゼットに尋ねた。
するとロゼットは満足そうな笑みを浮かべ、愚かしい会話を続ける。
「『愛の達人ロゼット様』でいいわ」
「えっ、愛の達人なの?」
「ちなみに、恋もいけるわ」
「すごい! じゃあ――」
意味不明すぎる会話で、メリーナが洗脳されかけていた。
そこで俺は二人の会話を断ち切る。
「やめろ、ロゼット。それ以上嘘を重ねるなら、今度は俺が怒る番だからな」
「はーい、ごめんなさい。ちょっとからかっただけです。だってメリーナちゃん、純粋で可愛いんだもの」
ロゼットの言葉に、メリーナは首を傾げる。いまいち理解していない顔だ。
なので俺は、改めてロゼットのことをメリーナに紹介した。
「ロゼットはGPAの一員だ。俺の愛人じゃないし、愛の達人でもなんでもない」
「チッ……」
俺の説明に、ロゼットが軽く舌打ちしていた。
全然反省してないな、こいつ……。
まあいい。重要なのは、メリーナに誤解させないことなのだ。
「じゃあライの仕事仲間ってこと?」
「ああ。魔法と魔導に関しては、GPAでも一二を争うくらい詳しい。何か知りたいことがあれば遠慮なく聞いてくれ」
俺はそう紹介したのに、メリーナはいまいち興味をひかれていない様子だ。
というか、彼女の興味は一貫していた。
「本当に愛人じゃないの?」
「そもそもキミは、愛人が何かわかってるのか?」
「恋人の上位互換版みたいな感じ……?」
「違う。だいたい、ロゼットは愛も恋も偉そうに語れるほどの経験はないんだからな」
俺がそう言ってやると、ロゼットが眉間に皺を寄せ、すごんでくる。
「ライライ、あたしにそんなこと言える立場なの? 誰のせいであたしが恋も愛も経験不足になってると思ってるの?」
「別に俺は、任務以外でお前に何かを強制したことはないぞ」
「任務任務って、いつもそればかりじゃない! だいたい今回だって、あたしは<
ロゼットが、とんでもない早口で捲し立ててきた。
その主張はともかくとして、機密事項が含まれていたのはいただけない。
ちゃんと注意しておかないと。
「ロゼット、人目があるところで任務内容に触れるのはやめろ」
「……あなた、いつか刺されるわよ」
「誰にだ?」
「あたしに決まってるでしょ!」
ロゼットがほぼゼロ距離で、俺にガンをつけてくる。
これさえなければ優秀なエージェントなんだけどな……。
そんなことを思っていると、今度はメリーナがハッとなって言うのだった。
「わかったわ! ロゼットさんも、ライに恋してるのね!」
ロゼットの顔が見る見るうちに真っ赤になっていく。と思ったら、彼女は顔を隠すように、地面にうずくまってしまう。そして、うめくような声とともに、何かをつぶやいていた。
「もーやめてよー……そんな直球な……ライライだって困るでしょー……あたしたち、同僚だしー……仕事に支障をきたすかもしれないしー……でもーいい返事くれるなら聞いてみたいなー……」
誰に向けて喋ってんだ?
という俺の疑問をぶつけてもいいのだろうか?
いや、下手に刺激すると何が起きるかわからない。こいつはそっとしておこう。
「…………ん?」
そこで俺は、辺りを見回した。
さっきから変な気配を感じると思ったら、遠巻きに人だかりができていたのだ。
まあ、これだけ騒げばそうなるよな……。
「本部に戻るぞ」
俺は立ち上がり、メリーナの腕を引く。
さらに、うずくまっていたロゼットの腕も引いて立ち上がらせる。
そして歩き出そうとするが、メリーナは難しそうな顔をして、何か考えているようだった。
メリーナの視線の先には、ロゼットがいる。
何か言いたいことでもあるのか?
すると、メリーナは急に晴れやかな笑顔を浮かべ、言うのだった。
「ロゼットさんは、わたしの恋のライバルってことね!」
そのセリフ、そんな爽やかに言うものだっけ?
言われたロゼットも面食らった顔をしている。
とはいえ、今はのん気に話している場合じゃない。
俺はメリーナとロゼットの腕を引き、人混みの中を突っ切るのだった。
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