No.017

<ニュールミナス市/サンクリアビーチ駅前>


 GPA本部の鉄道の最寄り駅。

 この辺りはビーチに遊びに来る観光客が多くて、朝から晩まで人であふれている。


 サンダーブロンド家の王宮から移動してきた俺たちは、この駅前広場で小休止を取ることにした。


 というわけで、俺はメリーナと並んで木陰のベンチに座った。

 すると、さっそくメリーナが弾けんばかりの笑顔で言うのだった。


「それじゃ、わたしが大帝王になればいいのね」


 メリーナの笑顔は純粋で、屈託がなく、戸惑いも恐れも感じられない。

 今回の任務について詳しく説明し、その上で協力を求めた際の反応がこれである。


 俺はもっと揉めたり、説得が必要だったり、大変な思いをするかと思っていたのだが。

 メリーナは驚くほど簡単に受け入れてくれた。

 それがむしろ俺には恐かった。


「本当に理解してるのか? 大帝王って何か知ってるか?」

「ライってば、バカにしないでよね。これでも継王家つぐおうけの人間なのよ? 大帝王ってアレでしょ。この国で一番偉い人!」


 あれ? この子、思ったよりも抜けてるのかな?


「違う。大帝王は、十三継王家を束ねる存在であり、この国の伝統と歴史、文化の象徴だ。魔法の管理者という側面も持っている。一方、実質的な政治は、国民によって選ばれた<国民政府>が担っているんだよ」

「あっ、首相ね。じゃあ首相が一番偉いってこと?」

「偉いとか偉くないとかの話じゃなくて――」

「ねぇ、ライ! アレ見て!」


 俺の言葉を遮り、メリーナは広場の真ん中あたりを指差す。

 そこには、ジェラートを売る露店があった。


「買ってきていいぞ」


 そう言ってやると、メリーナはスキップしながら露店に向かっていった。

 その姿は、年頃の女の子らしくて好感が持てるんだけどな。


 しばらくすると、メリーナは両手にジェラートを持って戻ってくる。


「はい、これがライのね」


 二つあるうちの一つ。青いほうのジェラートを渡された。


「別に俺はいらないんだけど」

「ちゃんとライが好きそうなフレーバーを買ってきてあげたのよ」

「何味なんだ?」

「ブルーサファイアだって」

「なんか硬そうだな……」

「わたしのはレモン味だよ。味見してみる?」


 メリーナが自分のジェラートをスプーンですくって差し出してくる。

 なので、俺はもらっておいた。


「ふむ……」

「えっと、あの……おいしかった?」


 なぜかメリーナが顔を真っ赤にして聞いてくる。


「まあ、なんの変哲もない普通のレモン味って感じだ」

「そうなんだ……。それで、その……」


 メリーナがモジモジしながら、じっと俺のほうを見つめてくる。

 そこで気づいた。


「ああ、こっちも食べるか?」


 真っ青なジェラートをスプーンですくい、メリーナに差し出してやる。


「えぇ!? そ、それは……」


 メリーナは戸惑っている様子だった。まさか自分では食べたくないものを俺に渡したわけでもあるまい。


「いらないのか?」

「そ、そんなことはない! 食べる! 食べるから!」


 たかがジェラートを食べるだけで、なぜ気合いを入れるのか。

 メリーナは顔を真っ赤にし、両目をギュッとつぶり、口を大きく開け、少しずつ顔を近づけてくる。

 俺も、彼女の口にちゃんとスプーンが入るように、細かく微調整する。


「はむっ!」


 唐突にメリーナの口が閉じられた。

 予備動作がほとんどなかったので、一瞬俺もビクッとなってしまった。


「お……おいふぃ〜」


 メリーナはとろけそうな笑顔で感想を口にする。


「よかったな」


 俺はまだ食べてないのでわからないが、とりあえず普通の味らしくて安心した。

 そういう意味では、メリーナが先に食べてくれてよかったよ。


 では、俺も自分の分を食べるとするか。


「…………」


 しかしメリーナが顔を真っ赤にしたまま、俺を見つめている。

 何かと思えば――。


「も、もう一回……」


 おかわりを要求された。

 そんなにうまいのか? だったら交換してもいいんだけどな。


 と思いつつ、俺は再びメリーナの口に、ジェラートの乗ったスプーンを挿し込む。


「うぅ……ふえぇぇ……おいひぃ……」


 メリーナは身体をビクンと震わせながら、とろけそうな顔で感想をつぶやく。

 変なクスリでも入れられたかのような反応だ。


 本当に大丈夫なのか……コレ。


 俺は青いほうのジェラートを食べるのが恐くなってきた。

 すると、ちょうどいいことに、メリーナがまたおかわりを要求してくる。


 そんな感じで、俺はメリーナの口に何度もジェラートを放り込み続けた。


 なんか、小動物に餌をあげてるみたいだ。

 思えば俺って、プリとかアイマナにも、こんなことばかりしてるよな……。


「お、おいひぃ……」


 もはや、それしか言わないメリーナの口に、ジェラートを運ぶこと十数回。

 ふと気づくと、メリーナのジェラートが溶け始めていた。


 しかたないので、俺はメリーナの口にジェラートを運びつつ、隙を見てレモン味のジェラートにかぶりついた。


「へ……えぇっ!?」


 そのことに一瞬遅れて気づいたメリーナが驚きの声をあげる。

 なので、俺は一応謝っておいた。


「悪い。溶けそうだったからさ。そっちも食べたかったか?」

「わ、わたしは全然! 大丈夫! また買えばいいし……」


 メリーナが怒っていないようで一安心した。

 その時だった。


 パリーンッ!


 そぐ近くでガラスが割れた音がした。

 見ると、地面に瓶の残骸のようなものと、花が落ちている。

 どうやら花瓶でも落としたらしい。


 花瓶の落とし主は、瓶の残骸の前に立っている女性だろう。

 その人物は、赤く長い髪に、ゆるふわのウェーブをかけ、メイクもバッチリしている。髪色よりも赤い服は、やたらと露出度が高い。大人の色香を漂わす女、という表現がぴったりの人物だ。


 その女性は、なぜか俺のほうを見ている。

 目が合った――。


「げっ……」


 コンマ1秒、確実に俺の心臓が止まった。

 この女は、知り合いだ。

 だけど、まさかこんなところにいるとは……いや、いてもおかしくないか。


 赤髪の女は、わなわなと全身を小刻みに震わせていた。その表情は、親の仇でも見つけたのかってくらい険しいものになっている。


 なんと声をかけていいのかわからず、俺も黙ったまま彼女を見つめ返す。

 と、横からメリーナの声が聞こえてくる。


「ライ……続き……して」


 メリーナはすでに目を閉じ、大口を開け、ジェラートの受け入れ態勢をとっていた。

 俺はなんとなく、言われるままに彼女の口にジェラートを放り込む。


 ガシャンッ! バリッ……バリッ……!


 赤い髪の女が、地面に散らばったガラスを踏み砕き、さらに、すり潰すようにグリグリと足を動かしていた。

 その表情は、腹を空かせた野獣と見間違えるほどに恐ろしい。


 そして再び睨み合うこと数十秒。

 赤い髪の女はぷいっと顔をそむけ、どこかへ歩いて行ってしまった。


 俺はほっと胸を撫で下ろす。

 一瞬、この広場でドンパチが始まることも覚悟したからな。


「ライ……なにかあったの?」


 さすがにメリーナも、おかしな雰囲気に気づいたらしい。

 だが、その元凶となる人物はすでにいない。


「大丈夫だ。嵐は去った……と思う」

「どういうこと?」

「気にするなってことだよ。それより、ジェラート食べちゃったほうがいいんじゃないか?」

「あっ、そっか! うん、それじゃ……」


 メリーナはなぜかまた大口を開ける。

 まさか全部、俺が食べさせないといけないのか?


「別にいいけどさ……」


 メリーナの口にジェラートを放り込んでいる途中で、俺は周りの視線が集まっていることに気づいた。


 注目を浴びているのは、さっきの赤髪の女のせいだろう。

 と思ったが、半分くらいはメリーナにも原因がありそうだ。


「あれってもしかして……」

「ほら、あの人じゃない?」

「確か継王家の……」

「ウソ? じゃあ本物の王女様?」


 遠巻きにこっちを見ている連中のヒソヒソ話が聞こえてきた。

 メリーナも元々、目立つ見た目をしているのだ。それに加えて、昨日の事件のことを知っている人間も多少はいたらしい。


「じゃあ、そろそろ行くか」


 ちょうどジェラートも食べ終わったので、俺は立ち上がる。

 しかしメリーナは首を大きく横に振るのだった。


「イヤ! もっと食べたい!」

「ダメだ」

「お願いだから……」


 メリーナはわずかに瞳を潤ませ、上目づかいで俺を見つめてくる。


 ここは、たとえどんなに懇願されても、拒否するのが正しい対応だ。だが、彼女の泣き出しそうな顔に、俺はトラウマがあった……。


「もう1個だけだからな」

「やったー!」


 メリーナは大げさに喜び、ジェラート屋の方に駆けていく。

 俺はその間に、別の露店で買い物をすることにした。



 ◆◆◆



 メリーナは俺より先にジェラートを買い、ベンチに行儀良く座っていた。

 そして俺を見つけるなり、嬉しさ半分、もう半分は怒ったような顔をする。


「ライ、どこに行ってたの? 帰っちゃったのかと思って不安だったんだから」

「置いて帰るくらいなら、初めから連れてきてないよ」


 そう弁解しつつ、俺は彼女の頭に大きな麦わら帽子を被せた。


「えっ……これ……」

「日が高くなってきたからな。嫌なら取ってくれていい」

「そんな、イヤなんて……ううん、すごくうれしい……」


 そう言いながら、メリーナは麦わら帽子をギュッと深くまで被る。

 おかげで顔もだいぶ隠れたし、気に入ってくれて何よりだ。


「じゃあ、続き……する?」


 メリーナがジェラートを俺に差し出してくる。


 また俺が食べさせるのかよ……。


 と思いつつも、俺はジェラートをしっかり受け取ってしまう。

 そしてスプーンでジェラートをすくい、メリーナの口に運ぼうとした。

 その時だった――。


「続き……するの?」


 背後から、地獄の炎が燃え盛るような禍々しい声が聞こえてきた。


 振り返ると、さっき立ち去ったはずの赤い髪の女が、俺のすぐ背後に立っている。

 ただ、彼女はさっきと少し服装が変わっていた。


 頭に巨大な黒いトンガリ帽を被り、全身を覆う赤いローブを纏い、手には太めの杖を持っている。

 その姿は、まるでオールドスタイルの魔女だ。


 そして彼女は言うのだった。


「ライライ、よくも裏切ったわね……」

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