第三章
No.015
俺は朝から、GPA本部の裏手にあるプライベートビーチに来ていた。
正直、寝覚めは最悪だ。だからこそ、ここで気分転換したかった。
青い空。白い砂浜。登り始めた太陽の下、ビーチパラソルを立てて、ビーチチェアに寝っ転がり、ジュースを飲む。
気分はまるでバカンスだ。
朝は大抵、この落ち着いた場所で新聞に目を通すのが日課になっている。
俺にとっては唯一、リラックスできる時間なのだが――。
「キャハハハッ! マナちゃん! 次はプリの番って言ったわね〜!」
「ふふっ、そんなルールはありませんよ。早い者勝ちですー!」
目と鼻の先から、賑やかな声が聞こえてくる。
オレンジ色の髪の少女と、白銀髪の少女が波打ち際ではしゃいでいるのだ。
何が楽しいのか、朝っぱらから二人とも水着に着替えて、1個のビーチボールをずっと奪い合っている。
「マナちゃんばっかりズルいわね! プリにもポンポンさせるのよ!」
「プリちゃんが先に落下地点に入ればいいんですよー」
「そうなの? じゃあプリが――わっぷ……しょっぱいわね!」
「アハハハハハ! プリちゃん、頭から波をかぶっちゃいましたねー」
あの二人のことは気にしたら負けだ。
と、俺は新聞に目を向ける。
今朝の新聞には、デカデカと昨日の事件の記事が書かれてある。
『第三
派手な見出しだ。主要メディアでは、朝からこの話題で持ちきりになっている。
「思ったより騒がれてるな」
一通り記事をチェックしたが、GPAや、俺に言及する内容は一文字たりともない。
どうやら情報工作はうまくいったようだ。
ある意味、これでようやく1つの任務が完了したと言える。
そして、任務が終われば任務が始まるのだ。
「少しくらい休ませてくれないもんかね……」
横のテーブルに置かれているモノを見ると、ため息が出てくる。
そこには、拳ほどの大きさのクリスタルが置かれてあった。
俺がそれに手をかざすと、映像と音声が流れ出す。
『おはよう、ライ・ザ・キャッチーくん。昨日の誘拐事件はご苦労だった。さっそくだが、君には次の任務を依頼する』
映し出された映像には、黄色を基調とした巨大な宮殿が映し出されていた。
なんか嫌な予感がする……。
『今回の任務は、次の<グランダメリス大帝王>に、メリーナ・サンダーブロンドを就任させることだ――』
「冗談だろ!?」
思わず叫んでしまった。
でも、しかたないだろ?
苦労して、すべてを終わらせたんだぞ? 多少なりとも葛藤があったけど、俺はちゃんとやり遂げたんだぞ? 彼女の記憶を消して永遠の別れを誓ったんだぞ?
昨日の夜にな!
などという俺の思いを少しも汲まずに、音声と映像は進んでいく。
『知っての通り、<グランダメリス大帝王>の任期が迫っている。しかし現状、次の大帝王に相応しい候補者はいない』
『このままでは、現大帝王の<フィラデル・グランダメリス=シルバークラウン>が、三期目を継続することになるだろう。そうなれば権力の集中がさらに進み、<国民政府>とのパワーバランスが崩れる』
『そこで我々は、メリーナ・サンダーブロンドに目をつけた』
ふいにメリーナの写真が映し出される。ドレスを着ていて、気品も感じさせる良い写真だ。
『ただし彼女が大帝王に即位するためには、圧倒的に
『そこで君に依頼したいのは、メリーナ・サンダーブロンドを、大帝王に相応しい人物に育てることだ』
おいおい……とんでもないことを言ってないか?
『そのためには、大量の
つまりは全部、ぶん投げってことね。
『これは極秘任務であり、部外者には任務の内容、GPAの存在が露見してはならない。存在が露見した際の責任は、すべて君がとることになる。また、君と、君のチームの身の安全について当局は一切関知しない。では、君が栄光を獲得することを願っている』
映像と音声は終わり、クリスタルはただの石へと変わった。
俺は全身の力が抜け、ビーチチェアに横たわる。
そこへアイマナが笑顔で近づいてきた。
「センパイも一緒に泳ぎますか?」
「昨日、一生分は泳いだよ」
と言って俺は断る。
だが、今度はオレンジ髪の少女が走り寄ってきた。
「ライちゃん! プリとボールドンドンするのよ! 波にバシャーンしたら負けよ!」
どんな遊びなんだよ……とツッコむ気力もない。
俺が何も答えずにいると、プリが頭の上に乗り、ペシペシと叩き始める。
その相手をする気力もなく、俺はアイマナに必要なことだけを伝えた。
「メリーナと第三継王家について、情報を集めておいてくれ。それと他のメンバーも、全員招集だ」
「センパイ、今回の任務を受けちゃうんですか? せっかくの任務達成率100%が終わっちゃいますよ」
「スタート前から失敗判定するなよ。任務の内容、わかってるのか?」
「マナは常に先輩の会話を盗聴してますから」
「こわっ……」
それ以外の感想がなかった。
しかし、アイマナの笑顔は少しも崩れない。
「すべては先輩の危機を回避するためです」
「どんな危機が待ってるんだよ?」
「マナの分析、聞きたいんですね。では、コレを……」
アイマナが、何かが入ったビンを差し出してくる。
「なんだ?」
「サンオイルです。日が出てきたので、センパイがマナに塗ってください」
「……部屋に戻れよ」
「賢いセンパイなら、ここでの言い合いは不毛だってわかりますよね?」
俺はもう反論せず、黙ってサンオイルを受け取った。
そして、ソレをアイマナの背中に塗っていく。
「んっ……センパイ、もう少し優しくできませんか?」
「お前がふざけて変な声を出すからイヤだ。俺が譲歩できるのはここまでだからな」
「もう、センパイのイケズ……」
「今回の任務達成が厳しい理由はなんだ?」
「この国の大帝王は、いわば大勇者グランダメリスの生まれ変わりを意味します。すなわち、その名に恥じない英雄であることが大前提なんです」
「今さら言われるまでもない。要するに、
「問題は、期限です。次の大帝王を選ぶ<大帝王降臨会議>は、半年後に迫っています。それまでにメリーナ王女は、この国の誰もが認める英雄にならなければいけません。そうでなければ、降臨会議に立候補することもできないでしょう」
なるほど……確かにアイマナの言う通りだ。
今のメリーナは、国民のほとんどに名前すら知られていない。昨日の事件のおかげで少しは知名度も上がっただろうが、それも高が知れている。
ここから半年で、誰もが納得する英雄に祭り上げるのは、不可能に近い。
「そしてさらなる問題があります。仮に大帝王降臨会議に立候補できたとしても、最終的な大帝王の選出は、十三継王家の投票によって決まります」
「他の継王家から支持を得ないといけないわけか」
「しかしどの継王家も、自分たちこそが大帝王に相応しいと考えています。そんな人たちに、最も勢力の小さい<サンダーブロンド家>を支持させるなんて、マナの白銀の魔導AIをもってしても不可能ですよ」
考えれば考えるほど、任務の厳しさを実感する。
しかも
「メリーナは、他人に助けてもらって
「だからこそセンパイの出番なんじゃないですか?」
「どういう意味だ?」
「恋する人の頼みなら、彼女も素直に聞いてくれるはずです」
「最低なやり口だな」
「今さら情や道徳を持ち出すんですか?」
アイマナが振り向く。笑顔こそ変わらないが、言葉には強い感情がこもっていた。
「怒ってるのか?」
「
「ウソつくな」
「はい、怒ってます。だってセンパイ、メリーナ王女だけ特別扱いするんですもん」
「そんなつもりはない」
「だったら、いつもみたいに『任務の達成はすべてに優先する』って言ってくださいよ」
「……ああ。手段を選ぶつもりはない。ただ、そうだとしても1つ問題がある」
「なんですか?」
「昨日、メリーナの記憶を消した。つまり、あいつはもう俺に恋心を抱いてはいないってことだ」
「1年前と同じようにですか?」
「今回は違う。俺に関する記憶は完全に消したし……たぶん、嫌われたはずだし……」
「だといいですねー」
そう言うと、アイマナは立ち上がる。
そして一人で、本部の方へ歩いて行こうとする。
せっかくサンオイルを塗ってやったのに、結局戻るのかよ。
まあ、それは別にいいんだけど――。
「本部に戻るなら、コレを連れて行け」
俺の頭の上では、プリが寝息を立てていた。
どれだけ俺が動いても、器用に張りついて離れないのだ。
「センパイが相手をしてあげないから、寝ちゃったんですよ」
「頼むから連れて行ってくれ。俺はここでもう少し考えたいことがあるんだ」
「マナ、センパイに指示されたことをやらないといけないから、忙しいんです」
ぷいっと顔をそむけ、アイマナは行ってしまう。
なんで彼女が不機嫌になっているのか、俺にはさっぱり理解できない。
しかたなく、俺は頭の上にプリを乗せたまま、しばらく海を眺めていた。
しかし考えは少しもまとまらなかった。
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