No.013
街外れの海沿いの一画は、美しいビーチが広がる高級リゾート地として知られている。
GPAの本部はこの地区にあった。
秘密組織のくせに、本部の建物は高級ホテルのような見た目だ。しかし逆にここまでオープンだと、むしろ怪しまれなかったりする。
俺のチームには、7階のフロアが割り当てられている。
チームのメンバーが主に集まっているメインルームは、ホテルのラウンジのような部屋で、居心地も悪くない。
「ライちゃん! おかえりなのよ!」
本部のメインルームに入った途端、ぶかぶかのパーカーを着た、オレンジ色の長髪の少女が飛びついてくる。
「はいはい、プリちゃん。センパイは疲れてるから、やめてあげましょうね」
アイマナが俺の顔に張りつくオレンジ色の塊をはがそうとする。
だが、その小さな身体からは想像できないほどの強さで、塊は張りついていた。
「イヤわね! プリはライちゃんと遊ぶのよ!」
プリは俺の頭をペシペシと、鳥の羽ばたきのように叩いてくる。痛くはないが、なかなかの騒がしさだ。
「わかったから落ち着け」
俺はプリを顔からはがすと、ソファーに降ろした。
「お仕事は終わったのよ! ライちゃんはプリと遊ぶって約束したでしょう!」
約束はしてないし、仕事も終わっていないが、いちいち訂正するのもメンドウだ。
というわけで、プリの相手はアイマナに任せることにしたのだが――。
「プリちゃん、センパイはマナが助けたんですよ? つまりセンパイはまずマナにお礼をしないといけないんです」
「じゃあマナちゃんも一緒に遊んでいいわね!」
「なにをして遊ぶんですか?」
「それはライちゃんが考えるわね〜」
いっこうに静かになる気配がない。そろそろ止めないと俺が怒られそうだ。
何しろこの部屋には俺たち三人以外にもう一人、恐いオジサンがいるからな。
茶色いスーツの紳士然としたオジサンは、澄ました微笑みを浮かべ、しばらくのあいだアイマナたちを眺めていた。
だが、さすがに痺れを切らしたらしい。
「そろそろ、話してもいいかね?」
彼がそう声をかけたところで、ようやくプリとアイマナはその存在に気づく。
しかしプリは、相変わらず何も考えずに喋っていた。
「誰なのよ!」
「<スミス・タイトマン本部長>ですよ。この方の機嫌を損ねると、センパイのお給料が減らされちゃうんです」
アイマナが説明しても、プリは要領を得ていない様子だった。頭の上にデカい『?』が浮かんでいるのが見える。
とはいえタイトマンも、この程度のことには慣れっこだ。
彼はアイマナたちの相手は諦めて、俺のほうに話しかけてくる。
「キャッチーくん、君のチームは相変わらず楽しそうだ」
「おかげさまでね。どうぞ本部長さまも気楽にしてください」
タイトマンとは、俺も長い付き合いになる。昔は同じエージェントだったのに、いつの間にか随分と偉くなったものだ。
「私は成果主義者だ。過程について何か言うことは極力避けたいと思っている。ただ、今回ばかりは長官からお叱りを受けてね」
「あれだけ派手にやればな」
「『秘密組織が聞いて呆れる』とのことだ」
タイトマンは口調こそ穏やかだが、声の奥から明確な怒りを感じる。
ということを、俺しか理解できないあたりが、このチームの問題点なんだろうな。
プリとアイマナのひそひそ話からは、反省のかけらも感じられない。
「ライちゃん、またなにかしちゃったのよ?」
「たぶんプリちゃんのせいですよ。ほら、ミサイルぶち込んだじゃないですか」
「プリはそんなことしてないわね〜」
「じゃあマナの記憶領域にエラーが生じたのかもしれません。一度、総点検したほうがいいですね、センパイ」
アイマナが最後に俺に話を振ってくる。
それで誤魔化せると思ってるのか、こいつらは……。
「オホン! 私は個別の責任者を探しにきたわけじゃない。チームのメンバーは、キャッチーくんがコントロールしているのなら、それで構わないのだよ」
タイトマンはプリとアイマナを完全に無視し、俺にだけ話しかけてくる。
「確かに問題があったのは認める。ただ、今回はイレギュラーなことが多すぎた」
「詳しい内容は後で報告書にまとめてくれ。今は先にしてもうらことがあるんだ。キャッチーくん、ついてきたまえ」
歳をとると説教が長くなるよな……。
という言葉が喉元まで出かかったが、俺はどうにか飲み込んだ。
◆◆◆
プリとアイマナにはついてこないよう言い聞かせ、俺はタイトマンと二人で目的の場所へ向かう。
その道すがら、俺からも先に話しておきたいことがあった。
「なるほど……それで、きみはGPA内部に裏切り者がいると考えているのかね?」
俺が懸念していることを話すと、さっそくタイトマンが尋ねてきた。
ただ、その点については、俺もまだ確信を持っていない。
「正直、俺も組織の人間をすべて把握してるわけじゃないからな」
「内部の人間であっても、データベースへのアクセスは厳しく制限されている。きみのことを調べようとしても、簡単にはいかないだろう」
「すでに俺のことを知っている人間が、情報を流している可能性もあるけどな」
俺の言葉に、タイトマンの髭がピクリと動く。いつもは余裕ぶった態度のタイトマンも、さすがに表情が強張っていた。
「私を疑うのかね?」
「いや、反応が見たかっただけだ」
「それで、どうだったんだ?」
「本部長は、ほぼシロってことにしておくよ」
「きみに保証されたなら、私も安心というものだ」
タイトマンはそう言って、穏やかに微笑んだ。
実際、彼が俺の情報を流すメリットは何もない。
「今回の件の事後処理はどうなってる?」
「メディアは対処済みだ。明日の朝刊には、『第三
「彼女はどんな状況だ?」
「まだ医務室で休んでいるよ。ただ、すでに治療は完了している。後は、きみが例の措置をするだけだよ」
「人質のほうは?」
「クレルモン氏なら、すでに帰ってもらった。彼の記憶については、こちらで消しておいたよ」
「彼は何か言ってたか?」
「いいや。誘拐されてから、ここで目覚めるまで何も覚えていないらしい」
そうだと思った。彼については、記憶消去剤を飲ませる必要すらなかったかもしれない。
問題は、もう一人のほうなのだ。
ふと脳裏に、メリーナの屈託のない笑顔が浮かぶ。
しかし、それは今後の任務に必要のないものだ。
俺はそう自分に言い聞かせ、ポケットの中にある小瓶を握りしめた。
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