No.012

 海面にぷかぷか浮かぶこと5分ほど。

 メリーナがふと俺に尋ねてきた。


「どうやって岸に戻るつもりなの?」

「泳ぐか」

「イヤ! わたし、泳げないって言ったでしょ」

「でもクレルモン氏に掴まってる限り、沈むことはないんだし」

「足の動かしたかがわからないもん……」


 メリーナがシュンとなってしまった。

 そんな今にも泣き出しそうな顔を見せられたら、さすがに俺でも心が痛む。


 仕方ない。また魔法で飛ぶか。けど、この状況で派手な魔法を使えば、間違いなく魔法取締局マトリに探知されるだろうな。

 その後に起こる面倒事を考えると……やっぱり魔法は使いたくない。


 俺が頭の中でグルグルと、どうするべきか悩んでいる時だった。


 ドッドッドッドッ――。


 腹に響くエンジン音が近づいてくる。

 何かと思っていたら、一隻の船が俺たちのすぐ横に停まった。


 文字通りそれは、いろんな意味で助け船のような気がした。


「セーンパイ、今日も全身真っ青なスーツがよく似合ってますね」


 そう言ってほほ笑む少女は、全身真っ白だった。髪も、着ているワンピースも何もかも、相変わらず白銀のように白くて儚げだ。


「アイマナ、来てくれたのか」


 そう、彼女こそ俺にとって最高のサポーターなのだ。


「それにしても、またマナ以外の女の子を口説いてるんですね、センパイ」


 いや、訂正。こいつはこいつで厄介なやつだった。


「……えっ、口説いてたの?」


 さっきまでしおらしかったメリーナの金色の眼差しに、ギラリと炎が宿った気がした。

 俺は即座に訂正に入る。


「冗談に決まってるだろ」

「ううん、冗談じゃないわ。だってわたしたち、恋に落ちてるもの」


 いつの間にか、俺まで恋してることになってないか?

 こういう勘違いを放置すると、のちのち大きな問題になるのだ。今のうちにはっきり言っておいたほうがいい。


「俺はキミと恋に落ちてないし、この先も恋に落ちることはない」

「……永遠に?」

「永遠に」

「何があっても?」

「何があっても」


 俺の受け答えは完璧だった。こう答えることがお互いのためになると思ったのだ。

 それなのに、なぜか船の上から残念そうな声が降ってくる。


「あーあ、失言しちゃいましたね」


 アイマナはそう言うが、俺には何が悪かったのか全く理解できない。

 ただ、メリーナの反応を見ると……まあ、俺が悪かったんだろうな。


「わかった……じゃあ、わたしはもうライに頼らないから……」


 メリーナは消え入りそうなほどか細い声でつぶやいていた。

 そしては俺から距離を取ろうとする。

 しかも、あろうことか、クレルモン氏からも手を放して――。


「あっぷ……うっぷ……たすけ――」


 溺れやがった……。

 何をしてるんだ、この子は……。


「ほら、こっちに手を伸ばせ!」


 手を差し出してやるが、なぜか掴まないメリーナ。抵抗したいという意思を感じる。

 でも、そんなことをしている場合じゃないだろ。


 と思っていたら、彼女も限界を迎えたらしい。


「ごめんなさ――ぶくぶくぶくぶく……」


 なぜか謝りながら、メリーナは海中へと沈んでいった。

 その姿が妙に可愛げがあるというか、面白いというか――。


「って、見てる場合じゃない!」


 俺は慌てて海中へ潜った。



 ◆◆◆



 ドッドッドッドッ――。


 一定のリズムを刻むクルーザーのエンジン音が心地いい。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、アイマナは楽しそうな笑顔で話しかけてくる。


「魔導エンジンじゃないですから、探知される心配もありませんよ。安心してくださいね、センパイ」

「そんなことは気にしてない」

「じゃあ、何を考えてたんですか?」

「今回の任務を振り返ってたんだよ。思った以上にキツかったなって」


 俺はため息ついでに愚痴を吐き出した。

 すると、アイマナは変わらぬ笑顔で応じる。


「センパイが普段こなしている任務に比べたら、楽なほうだと思いますけど」

「想定外のことが多すぎたからな」


 特に最後の潜水が余計だった。沈むメリーナを真っ暗闇の海中から掴み上げ、クレルモン氏と一緒に船に乗せたところで、俺の体力は完全に底をついた。


「彼女……大丈夫ですかね? 人工呼吸とかします?」


 アイマナはそう言いながら、甲板に横たわっているメリーナをちらりと見る。


「呼吸は確認したから必要ない。彼女は気を失ってるだけだ」

「それなら安心です。でもセンパイ、マナが目を離すとすぐに綺麗な女性を口説いちゃうんですね」

「何をどう解釈したらそうなるんだ?」

「じゃあ、なんでまた会ったんですか? メリーナ王女様と」

「気づいてたのか」

「魔力探知はずっとしてましたから。マナも驚きですよ。記憶を消した任務の関係者と再会するなんて……これが運命ってやつですか?」


 アイマナがいたずらっぽく尋ねてくる。

 いったい何を考えてるんだか。


「その言葉、絶対にメリーナが起きてる時に言うなよ?」

「もちろんです。マナにとっても不利益になるだけですからね」

「それと、魔力探知してたんなら、さっさと助けにきてくれよ」

「マナ、戦闘タイプじゃないので。様々な情報を総合したら、船でここに来るのが最適解だと出ました」

「初めからこうなるとわかってたのか?」

「マナの白銀の<魔導AI>にかかれば、センパイの行動くらい簡単に予測できますよ」


 アイマナは自分の頭を指差し笑う。

 彼女がどこかまで本気なのかわからないが、俺のほうには言いたいことが山ほどあった。


「それでサポートしてなかったのか? アイマナが本部にいればプリが代わりをすることもなかったし、ミサイルも発射されなかったし、もっとスムーズに任務を果たせたと思うんだけどな」

「いいえ。マナの計算によれば、このパターンしか任務達成の可能性はなく、センパイは必ずこのパターンを選ぶと出てました」

「……恐ろしいもんだな。アイマナを敵に回したら俺も一巻の終わりだよ」

「安心してください。世界中に裏切られても、マナだけは最後までセンパイの味方ですから」


 アイマナの言葉に、俺は苦笑することしかできなかった。


 実際、アイマナがGPAに入ってくれたおかげで、随分と仕事がやりやすくなった。今や任務のサポートや情報分析は任せきりなのだ。


「アイマナ、<ディープジニー>の情報はあるか?」

「十三継王家つぐおうけ撲滅を掲げるテロリスト集団<泥だらけの太陽>のリーダーとして知られています。自ら名乗る<ディープジニー>という名前以外、ほとんど情報がないですね。メンバーでも顔を知っている者はいないようです」

「そいつは魔法の使い手としてはどうなんだ?」

「GPAのデータベースにも情報はありませんね。継王家の諜報機関のデータベースに潜りますか?」

「そこまではしなくていい。ウチが掴んでないなら、他も大したことは知らないはずだ」


 奴の正体は気になるが、直接任務に関わってこないなら、俺たちが動く必要はない。

 ただ、俺には1つだけ気になっていることがあった。


「アイマナ、ディープジニーはGPAの内部情報にアクセスしてる可能性がある」

「あらら、それは結構まずいですね」

「外部から情報にアクセスすることはできるか?」

「無理です。センパイが懸念するほどの情報が漏れてるなら、ほぼ間違いなく内部の人間が流してます」

「特定できるか?」

「GPA内の裏切り者を探せってことなら、マナには不可能です」

「だよな……」

「センパイ、なんだか厄介なことが始まりそうな予感がしますね」

「そう言いながら楽しそうな顔をしてるぞ」

「ふふっ、感情変数のバグですね」


 そう言うと、アイマナは微笑んだまま目だけ伏せる。その儚げでいたずらな顔から視線を外し、俺は甲板に横たわる金色の少女に目を向けた。

 すると、アイマナが目ざとく声をかけてくる。


「また記憶を消しちゃうんですね」

「それがルールだ」


 メリーナはまるで眠っているようだった。

 その穏やかな顔を、俺はしばらくのあいだ眺めていた。

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