No.011
メリーナは俺の胸に顔を埋めてブルブル震えている。
気持ちはわかるが、このままだとメリーナの震えのせいでバランスを崩しかねない。なので、俺は彼女に伝えることにした。
「もう大丈夫だから見てみな」
「えっ? あれって……ミサイルの炎が空中で固まってる……?」
メリーナがそのことに気づき、驚きの声を漏らす。震えのほうは止まってくれたようで何よりだ。
「ミサイルの周りの時間の流れを遅らせたんだよ」
「<
「あいにく両手が塞がってる」
「呪文も唱えてなかったし、魔法書も魔法陣も見なかった……。それってもしかして……<
「知ってるのか?」
俺が尋ねると、メリーナは少しだけ口を尖らせた。
「十三
「ありえないか」
「
「そう聞くと、すごいことみたいだ」
「すごいどころじゃない。一万年に及ぶ魔法史の中で、
自分で解説しておきながら、メリーナの表情がだんだん強張っていく。
「俺のことが恐くなったか?」
「そんなことない! だって、あなたはわたしが恋する人だから……」
俺の身体にしがみつくメリーナの腕に、さらに力が込められる。
それは、自分の中の恐怖を必死に抑え込もうとしているように、俺には見えた。
……………………。
少しの沈黙が流れ、先に口を開いたのは、メリーナだった。
「わたし、ライのことをもっと知りたい」
意外な言葉だった。
てっきり化物扱いでもして諦めてくれると思ったんだが。
「話をするにしても、無事に下に降りてからだ」
「あとどれくらいで着くの?」
周りが暗すぎて距離感が測れない。それでも確実に降下はしているはずだ。
ここまで離れればミサイルが爆発しても大丈夫か?
ただ、あのミサイルの正確な威力は把握してないんだよな。もう少し距離を取ったほうが――。
その時、突然パラシュートがガクンと下に引っ張られる。
「きゃああぁぁぁっ!」
「落ち着け! 横風に押されただけだ!」
メリーナが必要以上にギュッと抱きついてくる。思った以上に力が強くて、俺の骨がミシミシ鳴ってる。
……ヤバい、集中力が切れる。
「あっ」
と思った時には遅かった。
「えっ……? ミサイルの火が動いて――」
メリーナが言いかけた時には、ミサイルはビルに突っ込んでいた。
――――――――。
一瞬、あらゆる音がかき消され、無音の空間の中に閉じ込められる。
ボンッ!
低重の破裂音が耳の奥を突き抜ける。
花火を何重にもしたような爆発の光が、闇夜を照らす。
ドンッドンッドンッドンッドンッ――。
音というよりは、衝撃波の連発を全身で受け止めるような感覚を味わった。
そしてほぼ同時に、土埃をまとった突風に巻き込まれる。
ゴッオオオオオオ――。
爆風を受け、パラシュートが大きく揺さぶられる。
「ぐっ……」
俺はクレルモン氏を離さないよう腕に力を込め、全身をよじってバランスを取る。
メリーナも俺の身体に必死にしがみついていた。
そんなギリギリの状態で俺たちは風に乗り、海の方へと運ばれていく。
◆◆◆
「うぅ……ハァハァ……」
メリーナが懸命に、耐えるように呼吸をしている。
宙吊り状態もそろそろ限界といったところだ。
そんな彼女に、俺は声をかける。
「メリーナ、もう大丈夫だ」
「えっ……? 本当に? 爆発は?」
「ほら、あっち」
爆風に飛ばされたおかげで、俺たちは随分とビルから離れた位置にいた。
幸いなことに、爆発の威力は俺が懸念していたほどじゃなかったらしい。直撃したビルもまだ原型を留めている。
「それじゃ、あとはこのまま下に降りるだけなの……?」
「ああ。でも1つだけ問題が残ってる」
「なにかしら?」
「下が海ってことだ」
「えっ……きゃっ!」
メリーナが気づいた時には着水していた。
落下の勢いのまま、海に頭まで浸かる。
夜だけあって、水がかなり冷たい。もうすぐ夏だっていうのに。
「――ぷはぁっ」
俺はすぐに海面に浮上し、パラシュートを処理。クレルモン氏の縄を解き、彼も海面に浮上させる。
この状態でまだ目を覚まさないのだから、クレルモン氏はなかなか豪快な人物なのかもしれない。
しかしそうなると、メリーナにも協力してもらって、二人でクレルモン氏を岸まで運んでいくしかないな。
「って、メリーナ? どこ行った?」
「あっぷ……いや……うっぷ……たすけ……」
メリーナはすぐ側で両手をバシャバシャさせてもがいていた。
これってもしかして溺れてるのか?
そういえば、彼女は1年前も海に沈んでたけど、あれって泳げなかったからなのか。
なるほどな……。
「って、納得してる場合じゃない!」
俺は慌てて彼女の方に手を伸ばす。
だが――。
「おわっ!」
「きゃっ……あっぷ……離さないで!」
信じられないほどの力で引っ張られ、しがみつかれた。
「おい、待て! 暴れるな! 俺まで溺れ――うっぷ」
思い切り海水を飲んでしまった。
このままじゃ三人そろって溺れ死ぬぞ。
俺はいったんメリーナから距離を取り、体勢を立て直すことにした。
「あっぷ……置いてかないで……うぇぇん、助けて……うっぷ」
溺れた人間がパニックになった時は、距離を取って落ち着かせるのがセオリーだ。
しかし、彼女はがむしゃらに俺を追いかけてくる。
「待って……うっぷ……逃がさない……あっぷ……」
なんかメリーナが泳げているように見える……。
とはいえ、どっちみちクレルモン氏は気絶したままだし、この状態で岸までは戻れないか。
「あれ? そういえば彼は……」
しまった!
メリーナの相手をしていて、クレルモン氏の補助をするのを忘れていた。
慌てて周囲を見回すが、暗すぎて見つからない。
まさか、もう海中に沈んでしまったのか?
俺は海に潜ろうとした。まさにその時だった。
すいーっと、目の前を何かが横切った。
一瞬、木の板かなんかだと思ったが、よく見てみれば、人だ。クレルモン氏だ!
彼は仰向けになった状態で、海面に浮いていた。意識は失ったままだ。なのに浮いている。原理は不明だが、彼の身体がとんでもない浮力を発揮してくれたらしい。
「これにつかまれ!」
メリーナの手を取り、クレルモン氏の身体を掴ませる。
ありがたいことにクレルモン氏の浮力は、俺とメリーナが掴まっても維持できていた。
「あっぷ……ハァハァ……」
メリーナもようやく落ち着いてきたみたいだ。
これで俺も余裕が持てる。
「離さないでって言ったでしょ!」
急にメリーナが抱き着いてきた。
彼女の身体から熱が伝わってくる。海水で冷えていたから余計に暖かく感じて、思わず抱き返してしまった。
「まさか泳げないとは思わなかったんだ」
「別にいい……仕方ないもの。でも恐いから……もう少しこのままでいて……」
メリーナの身体が小刻みに震えている。
「ねぇ……」
メリーナの金色の瞳が見つめてくる。
彼女の顔も髪も、すっかり濡れそぼっている。羊のように膨れ上がっていた金色の髪も元のボリュームに戻り、しっとりと艶やかにまとまっている。
「ライの温もりが伝わってくる。なんだかすごく安心できるわ……」
「海水よりは体温のほうが高いからな」
「さっき海に落ちて溺れた時……すごく恐かったんだからね……」
「あれは全面的に俺が悪かったよ」
「じゃあ約束して。もうわたしのことを離さないって」
どっちの意味でだ?
俺は危うくそう聞き返すところだった。だが寸前で、これ自体が罠だと気づいた。
「海から上がるまではな」
「ぶー。『どっちの意味』って聞いてくると思ったのに」
メリーナが子供っぽくほっぺたをふくらませる。
そんな純粋な目で、とんでもなく恐ろしいことを考えやがって。
「ちなみに、聞き返してたらどうなったんだ?」
「そうしたらわたしに選択権があるから、『この先ずっと』の方を選んだわ」
それは約束というより呪いだよ……。
「俺のことが恐くなったんじゃなかったのか?」
「あの話をした時は少しだけね。でも、わたしの気持ちは変わっていなかったから」
「気持ち?」
「あなたが好き」
ほぼゼロ距離のまっすぐな告白に、さすがの俺も思考が止まってしまった。
メリーナがじっと見つめてくる。吸い込まれそうなほど深く、綺麗な瞳をしている。
もしここに、二人の他に誰もいなかったら、俺はほんの少しだけ心を揺さぶられていたかもしれない。
その意味では、クレルモン氏に感謝している。
俺は一つ深呼吸し、気持ちを整えてから彼女に言った。
「今日だけは、家に帰るまで一緒にいるよ」
「ふふっ、約束よ」
屈託のない笑顔を見せると、彼女はまたぎゅっと俺にしがみついてくる。
その時……確かに俺は、一瞬だけ心が揺らいだのを自覚した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます