No.008

 静まり返った部屋の中に、低音の声が響く。


GPAジーピーエー


 その一言を口にしたのは、俺ではないし、メリーナでもなかった。


『邪魔をするな……GPA』


 再び聞こえた。岩をすり潰すような濁った声だ。


「……あなたが言ったの? 立ち上がって大丈夫?」


 メリーナがクレルモン氏に話しかける。声が彼の方から聞こえてきたのは間違いない。

 ただ、様子がおかしい。というか、ヤバい気配がプンプンしてる。


『死ね』


 その声が聞こえる寸前、俺はメリーナを抱きしめ、かばうようにして横に飛んだ。

 

 ――ゴオオオオオオッ!


 それまで俺たちが立いた場所に、轟音とともに炎の柱が立ちのぼった。


「ぁっつ……」


 幸い直撃は免れたが、熱風で俺のうなじが焦げた気がする。


「大丈夫!? どこか怪我したの?」


 メリーナが心配そうな顔で聞いてくるので、俺は否定しておいた。


「心配ない……」

「本当に?」

「ああ、見てわからない程度の傷なんて大したことないよ」

「それならいいけど……。でも、いまのって魔法なのよね? しかも<炎系えんけい>で、あんな強力なのって……」


 メリーナがクレルモン氏をちらりと見る。そんな強力な魔法を使えるようには見えないと言いたいのだろう。だが、本人が魔法を使ったわけじゃない。


傀儡くぐつか?」


 俺が問いかけると、クレルモン氏がゆっくりと身体をこちらに向ける。その全身を、紫色の靄みたいなものが覆っている。禍々しい雰囲気だ。


『GPAの犬は鼻が利くな……』


 その言葉は、一応クレルモン氏の口から発せられている。だが、彼の首は横に倒れたままで、口からはよだれが垂れている。ぱっと見で、普通の状態でないのがわかる。

 なので、俺は言ってやることにした。


「下手くそな傀儡だな」


 俺の言葉に、クレルモン氏の全身がビクンと震える。操ってる本人にも届いたようだ。

 さて、どうしてやろうか。


 と、そこで横からメリーナが俺の腕を引っ張ってくる。


「ねえ、傀儡の魔法ってことは<精神系せいしんけい>ってこと?」

「属性までは断定できない。パッと思いつくだけで、3属性くらいは候補がある」

「あなた、なんでそんなに魔法について詳しいの? それに、さっき言ってたGPAってなんのことなのよ?」


 聞かれても、丁寧に説明してやるわけにはいかないんだ。

 と思っていたら、クレルモン氏が勝手に答え始める。


『<グレート・プロデュース・エージェシー>。それがGPA。栄光値ポイントを意のままに扱い、この国を裏から操る極悪な組織だ』


 解説どうも。こっちは必死に正体を隠そうとしてたってのに。


「聞いたことがあるわ。様々な事件を秘密裏に解決し、その成果を特定の人物の手柄だと工作する。それにより<栄光値ポイント>を振り分け、英雄や偉人を意図的に生み出す機関があるって……」


 何も知らないと思っていたが、メリーナでもそのくらいのことは知っているのか。まあ、第三継王家の王女様となれば、知っていて当然のことではあるが。


 一方、にしては、クレルモン氏(を操っている奴)は知りすぎていた。


『この世界……特にこの国では栄光こそがすべてだ。栄光は数値化され、その数値の多寡によって人間の価値が決まる。誰もが栄光を求め、見せかけの善行に精を出す。しかしそれは他者へのアピールでしかなく、打算に基づいた利己的行為だ。そして偽善的な英雄、偽善的な偉人、偽善的な天才が世の中に氾濫していく……』


 随分とおしゃべりな奴だ。これ以上、王女様に偏った知識を植え付けるのは勘弁願いたい。


「俺たちに批判的な意見を持ってるのはわかった。だけど、他人の身体を借りて喋るのは、ちょっと卑怯じゃないか?」

『卑怯? これは立派な魔法……能力だ! 私がいかに優秀な能力を持っているか見せてやっているのだ。貴様たちこそ栄光値ポイントを独善的に振り分け、国を操る卑怯者ではないか!』

「闇取引で栄光値ポイントを売買するのが流行ってる現代で、他人に栄光を譲ってやるなんて慈愛に満ちた組織だと思うだろ?」

『……お前はどれほどの栄光値ポイントを他人に稼がせてやったんだ? GPA最高のエージェント……ライ・ザ・キャッチー』

「チッ、名前まで……」


 極秘機関がここまで情報流出してるなんて笑えないね。


「ライ・ザ・キャッチー? それがあなたの名前なの?」

 

 メリーナがじっと見つめてくる。こんな時に、わざわざ俺の顔を覗き込んでまで確認することか?


「覚えて得なことはないぞ」

「二度と忘れないわ。これからは、ライって呼ぶから」


 なんか距離感がおかしい気がする。

 まあ、いいか。どうせ忘れてもらうことになるんだ。


 できれば、このクレルモン氏を操ってる奴の記憶も消したいところだが……。


『ライ・ザ・キャッチー……お前がこれまでに稼いだ栄光値ポイントは、国家の命運すら左右するほどだ。お前がその気なら、千年に一人の英雄……いや、万年に一人の英雄になれたかもしれない。<大勇者だいゆうしゃグランダメリス>の名に比肩することさえあり得ただろう』


 大げさな奴だ。俺はそう言ってやろうと思った。

 けれど、それよりも先にメリーナが瞳を輝かせ話しかけてくる。


「ライ……そんなにすごい人だったの? やっぱりわたしが恋する人ね」


 いや、その反応でいいのか?

 大勇者グランダメリスってのは、一万年前にこの世界を救い、創造したとまで言われてる人物だ。十三継王家はその子孫を自称している。そのおかげで、この国はもちろん、いまだに世界に多大な影響力を持っているのだ。


 そんな神のようなご先祖様と、俺みたいなのを一緒くたにされて、怒らないのか?


「わたしの目は狂ってなかったのね、ライ」


 メリーナが目をキラキラさせながら迫ってくる。これって、恋の告白なのか自慢なのかどっちなんだ?


 というか、この状況でよく自分の世界に没入できるものだ。


『貴様……私を馬鹿にしているのか?』


 案の定、クレルモン氏の口からは、低く抑えた怒りの声が聞こえてくる。


『この国を、この世界を堕落させた責任は、大勇者グランダメリスにある。欺瞞と虚栄に満ちたハリボテの世界……私はその世界を浄化する。ライ・ザ・キャッチー、貴様は私に協力する義務があるのだ。共に戦え!』


 なぜかいきなりスカウトされた。

 なので、俺は丁重にお断りしておいた。


「バーカ、世界征服の妄想はテメェの頭の中だけでやってろ」

『貴様!』


 奴が何を言いたかったのかはわからないが、俺のお断りにキレたのだけはわかった。

 そして次の瞬間――。

 

 俺は何度目になるだろうか、メリーナを抱きかかえ背後へ飛ぶ。


 ブオオオオーーンッ!!


 山が唸ったかのような轟音と共に、部屋内に暴風が吹き荒れる。


 バリンッ! バリンッ! バリンッ! バリンッ!


 窓ガラスが次々と割れていく。デスクや椅子やガラクタが壁に、天井に、床に激しくぶつかり散乱する。


「くっ……なんて威力だ……」

 

 俺はメリーナを連れて柱の陰に隠れ、壁に腕をめり込ませて強風に耐える。

 ここなら、奴からは死角になるから追撃はこないはずだ。


「きゃ……うぅん……」


 メリーナも俺の腕の中で、必死に踏ん張っていた。

 俺もしっかり抱きしめているので、簡単には吹っ飛ばされないと思うが……。


「大丈夫か? 俺がキミを掴んでるから、無理に力をこめなくても大丈夫だ!」

「ううん……この状態がイイの。互いに全力で支え合ってる感じがして」

「……は?」


 一瞬、気が抜けて危うく外まで吹っ飛ばされるところだった。


 この状況で、よくそっち方面の思考回路が働くな、この金色羊さんは……。

 身体が飛ばされなくても、すでに思考がぶっ飛んでるじゃないか……。


 などと俺がくだらないことを考えている間に、少しずつ風が収まってきた。

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