No.007
そうこうしているうちに、武装した男たちが部屋になだれ込んでくる。
三人組だ。それぞれ目出し帽をかぶり、手には銃を構えている。
「テメェら、ナニモンだ!?」
「クソが! どこの警護隊だ?」
「もう突入してきたのかよ! 交渉はどうなってんだ!」
部屋に入ってきた三人の男は、それぞれ好き勝手に怒鳴っていた。やはり誘拐犯の一味らしい。
そのうちの一人が銃を構え、こっちに狙いをつけて――マズい!
パーンッ!
銃声がする一瞬前に、俺はメリーナをかばうように飛びかかった。
その勢いのまま、俺たちは抱き合うような形で床を転がる。
部屋の隅まで転がっていき、止まってすぐに俺は顔を上げた。
メリーナと目が合う。すると、なぜか彼女は頬を染めながら言うのだった。
「もしかしてあなたもわたしに恋してるの? それは嬉しいけど、急に抱きしめられると心の準備が……」
よくこの状況で、そっち方面に思考を回す余裕があるものだ。
「キミが銃を向けられてるのに棒立ちになってたからだよ!」
パンッ! パンッ! パンッ!
連続する発砲音。俺はメリーナを抱えながら、柱の陰に身を隠す。
そして間髪入れず、自分の銃を撃って牽制する。
これでひとまず膠着は作れた。時間の猶予はわずかしかないが、その間にメリーナの思考を正常に戻さないと。
「今はここを脱出することだけを考えてくれ。妙な妄想をするのはその後だ。さっきは、俺が助けなかったらキミは銃弾をくらってたんだからな」
「えっ? わたしが狙われたの? どうして……?」
「薄暗い部屋の中で蛍みたいに光ってるんだ。狙えって言ってるようなもんだろ」
「それにしたって、いきなり撃ってくるなんて……栄光を損なう行為でしょ!」
「覚えておけ。栄光を捨てた奴らのことを犯罪者って呼ぶんだよ」
俺は、今が危険な状況だということをメリーナに認識させる。と、そこで耳の奥から甘ったるい声が聞こえてきた。
『ライちゃん! またポップコーンの音がしたのよ!』
お前はポップコーンのことしか頭にないのか……? それは銃声だよ。
「プリ、赤い点は3つだけか?」
『そうなのよ!』
赤い点が敵を示しているんだが……少ないな。最低限の見張りを置いていただけなのか? あるいは魔力を帯びてない人物が……いや、それはあり得ないな。
「あなた、誰と話してるの? プリって……?」
『プリはプリよ! プリって言ってるでしょう!』
メリーナの質問に、無線越しに答えないでくれ。
こっちの声がプリに聞こえても、プリの声はメリーナには聞こえないんだからな。
「おい、どこの警護隊だか知らねぇが、武器を置いて出てこい! 人質がどうなってもいいのか?」
「さっさと出てくりゃ苦しまずに殺してやるよ!」
連中が怒鳴ってる。
さて、どうしたものか――。
「自首しなさい! わたしの恋は邪魔させないわよ!」
俺が解決策を考える前に、メリーナが声を張り上げた。
頼むから勝手に交渉しないでもらえるかな。
「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ! ナニモンなんだよ、テメェは!」
奴らはかなり興奮していて危険な状態だ。
というわけで、俺はまずメリーナと話し合うことにした。
「落ち着いてくれ。下手に刺激したら人質の身が危うい」
「それは……良くないわね。人質になってるのは、サンダーブロンド家に近い貴族家の者なの。名前は確か……<クレルモン>だったかしら?」
「そうか。なんでキミがここに来たのかわかったよ」
いや、本当はおかしいんだけどな。名前もちゃんと覚えてないほど遠い貴族家の人間を、わざわざ王族の人間が助けにくるなんて。
だけど、気になるところをいちいち確認してたら、永久に彼女との話が終わらない。
なので、俺は細かいことは無視することにした。
「次はあなたがここにいる理由を話す番よ。あなたが何者なのか。出身はどこなのか。それと、好きなものとか、休日は何をしてるとか……あっ、趣味とかあるのかしら?」
「初デートの会話か?」
「えっ!? これってデートに入るの?」
メリーナが興奮と期待の入り混じった笑顔を見せる。
……悪い。今のは俺の失言だ。
パンッ、パンッ、パンッ!
こっちの会話中も銃声は鳴り止まない。
あいつら、遠慮なく撃ちまくりやがって。こっちはそれどころじゃないっていうのに……。
「いいか、王女様。妙な話をする前に、ここを切り抜けるのが先だ」
「……わかったわ。まずはあいつらをやっつけましょう」
そう言って、いきなり飛び出そうとするメリーナ。その腕を、俺は引っ張る。
「待て待て、何をするつもりだ?」
「わたしがあの三人を斬り伏せるわ」
「相手は銃を持ってるんだぞ? しかもキミはピカピカ光ってて、敵は暗がりから狙ってるんだ。考えもなしに出ていったらマトにされる」
「栄光を捨てた者の銃弾なんて当たらないわ!」
メリーナが力強く宣言する。
この子、思った以上に脳筋タイプだな。理解が早いように感じることもあったけど、もしかして考えるのを放棄してただけなんじゃないのか?
『ライちゃん! ピンチなの? プリを呼ぶのよ!』
無線のほうも相変わらず騒がしい。さすがにプリの相手をしてる余裕まではないからな。
「お前の役目はモニターを見ておくことだ。なにか変化があるまで黙っててくれ」
『わかったのよ〜!』
俺が言い聞かせると、プリは素直な返事をした。と思ったら、目の前の王女様がムスっとした顔で睨んでくる。
このパターン、何度目だよ。
「黙ってろってどういうことかしら?」
「いや、こっちの話だ」
「こっちって、わたしもこっちでしょ?」
俺の頭まで混乱してくる。理解させるのはもうやめだ。必要なことだけ話そう。
「ただ突っ込んでもダメだ。奴らは俺の銃で始末する」
「言葉を返すようだけど、相手は暗がりに潜んでるのよね? それなら、あなたも狙いをつけられないんじゃない?」
「そこで提案がある。あんた、サンダーブロンド家の人間なら、魔法は使えるよな? それも光系統のやつ」
「雷とか光系の魔法は、サンダーブロンド家の得意とするところよ」
「その剣を<
「……随分と詳しいのね。もしかして<
「残念ながら、そんな上等なモンじゃない。だからキミに頼む。一瞬この部屋を明るくする魔法を使ってもらえないか?」
「それくらい朝飯前よ」
「じゃあ俺が合図したら使ってくれ」
俺はやろうとしていることを、手短に彼女に説明する。その後、しつこく銃を撃ち続けてる奴らに呼びかけた。
「もう降参する! こっちの負けだ。だから撃つのはやめてくれ」
「だったら、武器を捨てて出てこい!」
俺は自分の銃を、奴らの方に投げる。
「チッ、届いてねぇぞ、ヘタクソが。まあ、いい。出てこい!」
俺は両手をあげ、柱の陰から前に出る。
すると、武装した男たちも物陰から出てきた。
「その場を動くなよ。少しでも動いたら蜂の巣だからな」
三人の男は、銃口を俺に向けたまま警戒を緩めない。初めは素人かと思ったが、それなりの訓練は受けてきているようだ。
しかし、これだけ騒いでも増援が来ないってことは、他に仲間はいないのか?
「おい、女はどうした? 女のほうも出てこい! 出てこないなら、こいつをぶっ殺すぞ!」
「待ちなさい! 出ていくわ!」
メリーナも柱の陰から出てくると、俺の横に並ぶ。
すると、彼女の姿を目の当たりにした男たちは、驚きの声を漏らしていた。
「お前……なんなんだ? なんで全身が光ってんだよ? なんかの魔法か?」
「許可なく魔法を使うことは法律で禁止されてる。もちろん魔導の武器や兵器を使うこともな」
奴らの疑問には、俺が代わりに答えてあげた。
「誰がテメェに喋れって言った? 死にてぇなら、今すぐやってやんぞ!」
「この状況で俺たちが助かる可能性はあるのか?」
「まあ、ウチのリーダーにお伺いを立てるってパターンもあるが、それだとオレらがサボってたのがバレちまうしな。どっちみち死んでもらうしかねぇか、ヒヒッ」
男の一人が下卑た笑い声を漏らす。
それを聞いたメリーナが、怒りのこもった声でつぶやく。
「最低な人たちね……」
「誰が最低だって? よーし、決めた。テメェは、オレらのオモチャにしてやんよ」
男たちが一斉に、耳障りの悪い高笑いをあげる。
ただ、余裕ぶっていられたのはそこまでだった。
「おい、ちょっと待て。そっちの女、剣を持ってなかったか?」
男の一人がようやく気づいたらしい。
「女、剣はどうした? 武器はこっちに投げろって言ったろうが!」
「両手をあげてるんだから問題ないだろ」
と、俺は反論してみる。
「ふざけんなよ。どこに隠した?」
奴らの一人がそう言った瞬間、俺はメリーナに目配する。
彼女は頷く。と同時に、ふわふわの髪の毛の中から剣を引き抜き、頭上へ掲げた。
「【
メリーナが魔法を発動させる。
すると一瞬で、辺りに光が満たされたのを感じた。
「「「うぎゃあああああああぁぁぁ!!!」」」
男たちの絶叫がこだまする。薄暗い部屋に目が慣れていたところに、すさまじい光を浴びたのだ。さぞかし眩しかろう。
ちなみに俺はちゃんと目を閉じていた。
「クソッ!! 撃て撃て撃て!!!」
奴らが適当に銃を乱射する。だが、俺たちはすでに移動していたので、当たるわけがない。
俺は、さっき自分で投げた銃を拾うと、順番に奴らを撃っていった。
「ぐぁっ――」
「げぇっ――」
「ぎゃっ――」
武装した男三人を無効化すると、部屋を満たしていた光が消えるのを感じた。
そして俺が目を開けた時には、もう薄暗い室内に戻っていた。
室内の様子を確認していると、メリーナと目が合う。彼女は不思議そうな様子で俺に話しかけてくる。
「あなたが全部倒したの?」
「見てなかったのか?」
「だって目を開けたら眩しいでしょ? あなたは目を開けてたの?」
「いや、俺も目を閉じてたよ」
「目を閉じたままで、よく敵を撃てたわね」
「あいつらは<
「……それがなんなの?」
「魔導銃は火薬の代わりに魔法を使って銃弾を打ち出す。だから火薬の臭いはしない。その代わり魔力が大量に漏れる」
「魔力を探知したってこと?」
「銃に使う程度の魔力は、携帯型の探知機じゃ探知しきれないよ」
「じゃあ、どうやって……」
「魔力を見ただけだ」
「魔力を見るって……どういうこと? そんな話、聞いたことないわ」
メリーナが疑問に思うのはもっともだが、いちいち答えていたら日が暮れてしまう。
「奴らの仲間がまだいるかもしれない。まずは人質……クレルモン氏だったか? 彼を連れて逃げるぞ」
「話が先よ。さっき約束したでしょ」
「約束はしてないけどな。どっちにしろ、話はここを脱出したあとに――」
「ヤダ。なんかそれだと誤魔化されそうな気がするもの」
そう言うと、メリーナはほっぺをぷっくりとふくらませた。
いい勘をしてるじゃないか。まさか、前の時の記憶が残ってたりしないよな?
「わかった。それじゃ1つだけ質問に答える」
「本当に? でも、嘘はナシよ」
「いいだろう」
「今度はちゃんと約束よ」
「……ああ、約束する」
「じゃあ聞くわね。わたしがあなたに恋したきっかけを覚えていないのはなぜ?」
メリーナの質問は、俺が思っていた以上に鋭かった。
この返答に、俺は嘘をつくわけにはいかない。約束したからな。
俺に約束までさせるなんて、本気で記憶を失っていないんじゃないかと思えてきたよ。
「それは俺が――」
そう言いかけた時、ふいに背後から嫌な気配を感じた。
振り返ると、そこには一人の男が立っている。さっきまで椅子に縛られていたはずの人質、クレルモン氏だ。
しかし様子がおかしい。彼からは、まるで空が黒い雲に覆われた時のような不気味な気配が漂っていたのだ。
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