No.006

 ……………………思い出した。


 メリーナ・サンダーブロンドだ。

 1年前の<豪華客船メロディスター号>での任務で知り合ったんだ。


 確かあの時は、第三継王家つぐおうけの王女として、誰かと婚約しようとしていて、その相手がとんでもなく嫌な奴で、闇取引とかしていて――。


 そして俺に関する情報は、彼女の記憶からすべて消したのだ。


「観念しなさい! これ以上抵抗するなら、大怪我をすることになるわよ!」


 メリーナが激しい口調で呼びかけてくる。


 なんか彼女……1年の間に、随分と力強くなってないか? メリーナはもっと穏やかな雰囲気の子だった気がするんだが……。


 いずれにしろ、このまま誘拐犯として成敗されるのは勘弁だ。


「俺は誘拐犯じゃない」

「じゃあ何者なの? こんなところで何をしてるの?」


 説明するのが面倒くさい。というか、俺は正体を明かすわけにはいかないし……。

 こんなことになるなら、1年前にメリーナの記憶を消さなければ良かったか?

 いや、それはそれで問題があるわけで――。


「ん? あれ……?」

「なに? 観念したの?」


 メリーナに関して何か重要なことを忘れている気がする。

 普段は、終わった任務のことはだいたい忘れてしまうのだが、そのことは覚えておいたほうがよかったような気が……。


「よくわからないけど、他に弁明がないなら……」


 俺が考え事に時間をかけすぎたせいで、メリーナも痺れを切らしたようだ。

 彼女が構えている剣に、バチバチと電気が溜まり始めている。


 まずい。とりあえずメリーナを説得しなければ――。


「待ってくれ! 詳しい事情は話せないが、俺も人質の救出にきたんだ!」

「えっ、そうなの? それなら……ごめんなさい」

 

 信じるんかい。と、危うくツッコミそうになった。


 そういえば、メリーナはこんな子だった気がする。危なっかしいというか、世間知らずというか、天然というか……。


 とりあえず一般的な忠告だけはしておこう。


「俺が言うのもなんだけど、そんな簡単に人を信用しちゃダメだぜ?」

「大丈夫。あなたの目を見ればわかるから。本当のことを言ってるか――」


 その言葉の途中で、急にメリーナの動きが止まった。


 彼女は目を見開き、口を大きく開け、なぜかじっと俺の顔を見つめている。

 いや、見ていたのは俺の目か?


 しばらくのあいだ、メリーナは瞬きもせず俺の目を見つめていた。


 そして、また唐突に言うのだった。


「わたし、あなたに恋してる!」


 ……違う! 勘違いだ!


 即座にそうとでも言っておけば良かったのだろうか。

 

 しかし愚かにも、俺は1年前の出来事が脳裏をよぎり、メリーナの言葉をすぐに否定することができなかった。


 そう、忘れていた重要なこととは、そのことだ。


 だがしかし、俺はともかく彼女の記憶は消したはずだ。

 それなのになぜ?


 思い出せるだけの記憶をたどり、俺は謎の解決に挑む。

 その気配を察知したのか、メリーナが口を開く。


「やっぱりそうだったのね。あなたがわたしの――」

「待て! 一度、冷静になってくれ。俺たちは初対面だよな?」

「それはそうね」

「なのに、なんで『恋してる』ってなるんだ?」

「わたし、1年前から恋してるの。でも、その相手が思い出せなくて……ずっと探してたのよ」

「ちょっと言ってる意味がわからないんだけど」

「わたし自身もよくわかってないけど……でも、この恋する気持ちだけは間違いないわ!」


 ……嘘だろ? 記憶消去剤でも、恋する気持ちは消せないってか?


「どうしたの、恐い顔をして」

「いや、なんでもない。大丈夫だ。そして、キミの言ってることは、すべて妄想だ」

「そんなことない!」


 さっきは簡単に人の言うことを信じたくせに、そこは譲ってくれないんだな。


 さて、どうしたものか。


 ……本当にどうしよう?


 俺が少しだけくじけそうになっていると、突然耳の奥に甘ったるい声が流し込まれてくる。


『ライちゃん! 光の点が増えたのよ! プリ、ちゃんと教えたわね!』


 無線の向こうでプリが騒いでる。

 教えてくれたところ悪いが、そいつはすでに目の前にいるんだよ。


『ね〜ね〜助かったでしょう! プリ、ほめられるのよ〜。ごほうびもらえるわね〜。ライちゃん、プリにおみやげ買ってくるのよ! プリがほしいのは――』

「ちょっと黙っててくれ」


 思わず無線の声に応えてしまった。

 おかげで目の前にいるメリーナは、自分が言われたと勘違いする。


「それは……わたしと話したくないってこと……?」

「いや、まあ……あながち間違いではないが……」

「わたしはあなたと話したいことがたくさんあるの。まずは名前を教えて!」


 メリーナって、こんなに押しの強い子だったっけ? 恋する乙女は強いってやつか?


 いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃない。ダメだ。この子が相手だと、なんだか調子が狂ってしまう。

 とりあえず話を本筋に戻そう。


「話よりも人質を救出するのが先だ」


 俺は至極真っ当なことを言ったつもりだ。

 なのに、なぜか彼女には伝わらなかったらしい。


「名前、どうしても教えたくないってこと?」


 メリーナの全身を包んでいる金色の光が徐々に輝きを増していく。


 バチバチッ! バチバチッ! バチバチッバチバチッ!


 彼女の周りで激しい火花が散る。まるで全身に雷をまとっているみたいだ。構えている剣にも、黄金の雷がまとわりついている。


「……何をするつもりだ?」

「教えてくれないなら、無理やり聞き出す」

「えぇ……? 恋する相手じゃないのか?」

「わたし、自分の人生は自分の力でことにしてるの!」


 切り開くって、そういう意味じゃないだろ。物理的に斬ってどうすんだよ! ていうか、恋する相手に斬りかかるやつなんて聞いたことないぞ!


 などという俺の心の叫びが届くわけもなく……。

 俺はどうやってこの場を乗り切ろうか、脳をフル回転させる。

 と、次の瞬間――。

 

 ボンッ!


 メリーナの方から爆発音が聞こえた。

 溜まりすぎた電気が放電でもしたのか。彼女のさらさらだった金髪が、羊のようにもこもこふわふわになっている。


 たとえるならこれは……うん、まさに金色の羊だ。


「……毛量がすごいことになってるぞ」

「てへへ……強い魔法を使おうとすると、髪に電気が集まってこうなっちゃうの」


 メリーナは照れくさそうな笑みを浮かべていた。


 本人は気にしていないらしいが、かなり面白い変身をとげてくれたな。なにしろ髪のボリュームが何倍にもなってるんだ。


 ヤバい、笑っちゃいそう……。


『ライちゃん! ポップコーンができた音がしたわね!』

「ぷっ――」


 プリが変なこと言うから吹き出してしまった。


「あー! いま、わたしのこと笑ったでしょ! ひどい!」


 メリーナがほっぺを膨らませる。そして彼女のまとう光が、さらに明るさを増していく。


 まさか、さらなる大爆発とか起こさないよな?


「落ち着け! 誘拐犯が近くにいるかもしれないんだぞ」

「あなただって騒いでたでしょ!」


 ごもっともで。


「それじゃ、いくわよー!」


 軽いノリの掛け声と共に、金色の羊が俺に向けて突っ込んでくる。


 シュンッ――バチバチッ!


 雷を帯びた刃が俺の鼻先をかすめる。

 ギリギリでよけたつもりだったが、ちょっとだけ鼻が痺れたぞ。


「今の本気だったろ!」

「本気なら、もっと強力な魔法を使ってるわ。当たっても、ちょっと痺れるだけよ。ただ、髪がわたしと同じ感じになっちゃうかもね」


 嫌すぎる。そんなリスクを抱えるくらいなら、名前を教えてやるよ。

 俺がそう言おうとした時だった。


 タタタタッ――。


 近づいてくる複数の足音に気づいた。

 恐らく誘拐犯たちだ。別の階にでも控えていたのだろう。こっちの騒ぎに気づいて、慌てて向かってきたといったところか。


「遊びは終わりだ。本物の誘拐犯がこの部屋に向かってきてる」


 俺はメリーナを止めようとする。しかし事の重大性が、いまいち彼女には伝わらない。


「それって、わたしの恋よりも大事なこと?」

「当たり前だろ!」


 いよいよ面倒くさいことになってきた。


 このままだとテロリストと一戦交えることになりそうだし、恋する少女は暴走してるし、サポートはプリだし……。


 どう考えても無理だ。穏便に任務を完了させる未来が見えない……。

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