第二章
No.005
今から約1年前。正体不明の
この事件では、第九
そのうちの一人、メリーナ・サンダーブロンドは事件から程なくして発見されたが、ドラム・ピンクコインについては現在も消息不明である。
これらの出来事は、全世界に二つの事実を知らしめた。
一つは、魔導兵器の急速な進化――。
そしてもう一つは、人類の歴史よりも長い
◆◆◆
『こんばんは。ライ・ザ・キャッチーくん。今回の任務は、とあるテロリスト集団による誘拐事件の解決だ』
『事件発生は本日の正午過ぎ。さる貴族家の子息が、自宅近くで連れ去られた。犯行を起こしたのは<泥だらけの太陽>と自称する者たち。反継王家の思想を掲げ、目的のためなら手段は選ばない凶悪なテロリスト集団だ』
『奴らの要求は2つ。22億グランダの身代金と、<十三継王家>が所有する<古代魔法書>のすべてを全世界に向けて公開すること。期限は明日の日の出までだ』
『すでに各王家直属の特務部隊が本件解決に向けて動き出している。だが、これは我々の組織にとっても、<
『君には3時間以内に人質を生きたまま救出してもらいたい』
『いつものように、これは極秘任務であり、いかなる者にも存在が露見してはならない。存在が露見した際の責任は、すべて君がとることになる。また、君の身の安全について当局は一切関知しない』
『では、君が栄光を獲得することを願っている――』
◆◆◆
<グランダメリス大帝国/首都ニュールミナス市/湾岸地区>
23時19分。
いつもの雑な指令が俺の元に届いたのは10分前だ。その短い時間に、ここまで来られた自分を褒めてあげたいね。
「ハァハァ……せっかくスーツを新調したってのに……もう汗まみれだ……」
今から1年前に起きた<豪華客船メロディスター号沈没事件>。その影響で、再開発が中断された港湾地区には、新築のまま放置された高層ビルが立ち並んでいる。
俺はそのど真ん中にあるオフィスビルの73階まで、ようやく昇ってきたところだ。階段で……。
「そりゃ電気が通ってないなら、エレベーターが動くわけないよな……」
73階のフロアは、夜の砂漠かってくらい暗く、静まり返っている。窓の外も、月明かりか、灯台の光くらいしか見えない。
とまあ、それはそれとして……。
「サポート。こちら目標ポイントに到着。
俺は耳の奥に張り付いているイヤーピースに呼びかけた。
だが、返事はない。
「聞こえてないのか、
無線相手を名指しで呼びかけるが、反応はなし……と。
『……ザザッ……ザッ……』
ノイズ交じりに向こうの環境音は聞こえてくるし、機器の故障じゃないと思うんだけどな……。
『ん〜あれ〜これわね〜? よっと……おっ! 緑のランプがついてるのよ! あ〜あ〜聞こえるわね〜?』
マジかよ……。
耳の奥から聞こえてきた舌足らずな甲高い声に、一瞬思考が雲の上までぶっ飛びかけた。
『ね〜ね〜聞こえるわね〜? プリよ! プリなのよ!』
このクセ特盛の喋り方は間違いない。ていうか、自分の名前も言ってるし……。
だぶだぶのオレンジ色のパーカーを着て、長いオレンジ色の髪を振り回す、元気すぎる女の子の姿が、俺の脳裏に浮かぶ。
しかし、なんであいつが……?
『あっ、スイッチを押す必要あるわね? じゃあ、このデッカイ赤い四角いボタンを押すのよ――』
「やめろ! それは<緊急抹消プログラム>の起動ボタンだ!」
『ライちゃん! ライちゃんでしょう! プリの声、聞こえてるわね!』
相変わらず耳に甘ったるいジャムを流し込まれるような声だ。
「プリ……声のボリュームを落としてくれ。任務中だ」
『ライちゃん! ね〜ね〜聞くのよ〜! 今日のお昼にアクアストリートのおスシ屋さんに行ったら、30分食べ放題をやってたわね! プリがイワシのお寿司を食べてたら途中で店員さんがもう頼まないでって言ったのよ! プリは120皿しか食べてなかったわね!』
「任務中だって言ってんだろ!」
『ぴみゅ!?』
思わず大声を出してしまった。
ヤバいヤバい。敵が近くにいたらどうするつもりだ?
『それでプリはアジのお寿司を頼もうとしたわね〜。そしたら――』
まだ続けるんかい……。
ダメだ、こいつにまともな対応を期待した俺が悪い。
「プリ、スシはあとで俺がいくらでも食わせやる」
『本当に!? ライちゃん、約束なのよ?』
「いいから、お前の目の前にあるはずのモニターを見ろ」
『モニターってなによ?』
「……目の前にあるでっかい板だ。そこに光る青い点がないか?」
『あるわね』
「それが俺の現在位置を示してる。んで、白い線で描かれてのが、俺が今いる建物の見取り図ってことになる」
『見取り図ってなにわね!』
……俺の心がちょっとくじけそうだ。
「もういいから、一つだけ確認してくれ。その画面に、光る青い点以外で、何か光ったり動いたりしてる点はないか?」
『えっとねぇ……ないのよ!』
「1つもか?」
『あっ、青の光の側に緑の点滅があるのよ! 一番上の白い四角の中!』
恐らくそれが人質だ。捕えられてる場所は、73階の北側の大部屋。ここに来る前に確認した時と変わってない。
「他はないか? 赤い点は?」
『ないわね〜』
妙な話だな。人質だけ残して犯行グループの連中は撤退したってのか?
わざわざリスクを冒して貴族を誘拐したのに?
『ね〜ね〜、ライちゃん。プリはなにしてればいいの?』
「なにっていうか、本部に誰かいないのか?」
『プリが帰ってきたら誰もいなかったわね』
大丈夫なのか、この組織……。
「とりあえずその画面とにらめっこしてろ。それで、他の光る点が現れたらすぐに俺に知らせてくれ」
『は〜い!』
プリが元気よく返事をする。
そう、彼女は素直だし、悪い子ではないのだ。ただちょっとだけ行動が読めないだけなのだ……。
俺は自分にそう言い聞かせ、心を落ち着けた。
◆◆◆
俺は銃を構えながら、廊下の突き当りにある扉をそっと開いた。
ギィ――。
扉が軋んだ音を立てる。
わずかに開いた隙間から部屋の中を覗きこむ。
この部屋だけは、常夜灯が点いていた。
それで肝心の人質はどこかな……と、いた。
広い部屋の中央に、パイプ椅子に縛り付けられた人間が一人。恐らくあれが誘拐された貴族だろう。
『ライちゃん!』
「――っ!!」
耳の奥で大きな声が聞こえ、心臓がギュってなった、ギュって……!
あれほど言ったのにプリのやつ、いきなり大声を出しやがって。
「何かあったのか?」
『青い光が動いて、大きな白い枠に入るわね!』
「ああ、俺が今そうやって動いてるからな」
『うんうん、なるほどなのよ』
オレンジ色のパーカーを着た女の子が、深くうなずいている姿が脳裏に浮かんでくる。
とりあえずプリのことは我慢しよう。どうせ声は俺にしか聞こえてないし。
俺は部屋の中に入り、頑丈そうな椅子に縛り付けられている人物に声をかけてみた。
「おい、あんた……大丈夫か?」
「…………」
反応はない。目と耳と口をふさがれているせいか。
「いや、眠らされてるな」
だから犯人がいないのか? それにしたって見張りの一人くらいは置いておくべきだろ。まあ、こっちとしてはありがたいが。
「それじゃ、せっかくの好意に甘えさせてもらうか」
ただ、この人質はどうしたものか。できれば自分の足で73階分の階段を下りてほしいんだけどな。
とはいえ、下手に起こして騒がれるのもメンドウだし……。
「……いや、やっぱり起こそう。人を担いで1階まで降りるなんて拷問すぎる」
『ライちゃん!』
「今度はなんだ――」
尋ねようとした瞬間、俺は背後に気配を感じてドアの方を振り返った。
そこに、一人の少女が立っている。
すらりとした長い手足。長身でスタイルもいい。恐ろしく整った顔立ちをしている。長い金髪は腰に届きそうで、さらさらと揺れている。
そしてどういうわけか、彼女はおぼろげな光を全身にまとっていた。まるで月のような淡く綺麗な光だ。
目が合った。瞳も金色の光を放っている。
なぜだろう……見覚えがある気がする。前にも同じ目を見た気が――。
「栄光を損なうマネはそこまでよ!」
金色に輝く少女が力強い声を発する。
そして俺が一瞬意識を奪われている間に、彼女は走り始めていた。
剣を構え、こちらに向けて距離を詰めてくる。
速い!
シュンッ――。
彼女が振るった剣の先端が、俺の鼻先をかすめた。
「あっぶねぇ! いきなり、なにするんだ!?」
「人質を解放しなさい! 従わないなら、このメリーナ・サンダーブロンドが相手になるわ!」
俺の抗議を歯牙にもかけず、金色に輝く少女は腰に手を当て、ビシッとポーズをとった。
…………ん? いま、<メリーナ・サンダーブロンド>って言ったか?
その名前、なんか聞き覚えがあるようなないような……。
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