No.003


 魔法を使い、パーティー会場をめちゃくちゃにしたドラム・ピンクコイン。

 奴を追って、俺は豪華客船内をひた走る。


 しかし……任務は完了したはずなのに、なぜこんなことになってしまったのか。

 今さらだけど、少し後悔してる。


『今さらですね』


 耳の奥からアイマナの声が聞こえてくる。


「俺の心を読むな」

『ただの予測ですよ。マナ、センパイの言動を普段から分析してるので』

「他にすることないのかよ……」


 そんな話をしているうちに、俺は最上階の甲板へと行き着ついた。

 夜の闇の中、ピンク色の服の男がライトに照らされ、たたずんでいる。


「逃げられると思うのか?」


 俺はドラムに声をかける。

 さすがにこれで奴も観念するかと思ったが、どうやらまだ自分の置かれた立場を理解していないらしい。


「オレ様は継王家つぐおうけの人間だぞ? この世界の魔法を管理し、自由に魔法を使うことを許された存在だ。貴様のような下賤な輩には想像もつかないだろうな。魔法が使えるとはどういうことなのか!」


 言い終わるが早いか、ドラムは指揮棒を振った。


「【絶叫し続ける魔笛サイレンムンク】」


 ドラムの魔法が放たれると、甲板全体が大音量の不快な音に包まれる。

 両手で耳を塞いでも、音は少しも防げない。頭がガンガンする。


 俺はいったん船内に退避した。


「……さてどうしたものか」


 とりあえず耳が破壊されるのは免れたが、このまま奴を逃すわけにもいかない。

 

 などと俺が思案していると、そこへ駆け寄ってくる人物がいた。


「ウェイターさん、大丈夫!?」


 メリーナだ。じっとしてろと言ったはずなのに……。まあ、そんな気はしてたけど。

 ていうか、いまウェイターさんって呼ばれたな。


「バレてたのか……」


 俺が仮面を外しながら尋ねると、メリーナはにっこり笑う。


「わたし、耳はいいの」

「だったら外には出るなよ。自慢の耳が使い物にならなくなる」

「その話し方が本当のあなた?」

「緊急事態だ。無礼は見逃してくれ」

「ううん。わたしはそっちのほうが好きよ」


 メリーナが金色の瞳でじっと見つめてくる。実に楽しそうな笑みを浮かべながら……。

 この子も状況を理解してないのか?


「とりあえず俺が奴を止めてくるから、王女様はじっとしていてくれ」

「名前で呼んでほしいな。あと、あなたの名前も教えて」


 なんか恐い要求をされた気がするが、スルーしよう。


「絶対に外には出ないでくれよ。また人質に取られると面倒だ」

「さっきは自力で逃げ出したでしょ? わたしも戦うわ」


 王女のくせに、なんでこんなに血気盛んなんだ?

 と、俺が疑問に思った一瞬の間に、メリーナは外へと駆け出していた。


「なに考えてんだ!」


 俺は慌ててメリーナを追いかけた。

 外に出ると、さっきまでの攻撃的な音は消えていた。

 ドラムはまだヘリポートに立ったままだ。その顔には、余裕の笑みが浮かんでいる。


「ドラム様、もうやめてください!」


 メリーナが声を張り上げて訴える。するとドラムの表情が険しくなる。


「オレ様に命令する気か? バカな娘だ。大人しくしていれば、子供の一人くらいは産ませてやったのに」


 このピンク男、人を不快にさせることにかけては天才的だな。


 それにしても、どういうつもりなんだ? ドラムは魔法を解除しておきながら、逃げそうな気配もない。ヘリの迎えでも待っているのか? 


『センパイ!』


 ふいにアイマナの声が耳の奥に響いた。


「どうした?」

『すみません、連絡が遅れました。無線が不調だったもので……』

「ドラムの魔法の影響だな。それより何かあったのか?」

『異常魔力を検知! その船よりも巨大な何かが接近してます!』

「距離は?」

『あと5秒で重なります!』

「そんな近くに!?」


 周りの海に目を凝らすが、それらしきものは見当たらない。

 ということは――上か!?


 空を見上げる。と同時に、分厚い雲を割って、巨大な物体が現れた。


「こいつは……」


 俺たちが乗る豪華客船。その真上に現れたのは、巨大な<浮遊魔導艦ふゆうまどうかん>だった。


 潜水艦のような見た目の無骨で巨大な船が、空を飛んでいる。

 これこそ、最新の魔導科学が生み出した最悪の兵器だ。


 俺も実物を見たのは初めてだが……。


「ふはははは! どうした? 魔導兵器は押収したんじゃないのか?」


 ドラムが高笑いをあげている。確かに、これは俺も想定外だ。魔導兵器の押収が任務に入ってなくて良かったと、心から思ってるよ。


「やってしまえ!」


 ドラムが声を張り上げる。

 すると突如、魔導艦から巨大な光線が放たれる。


 その光線は、豪華客船メロディスター号の後部に直撃。爆発音とともに、船体が激しく揺れる。


「きゃっ!」


 メリーナは短い悲鳴をあげ、バランスを崩す。俺は彼女が倒れないように身体を受け止めた。


「あ……ありがとう……」

「メリーナ様、客を船外に退避させてもらえませんか?」

「えっ……でも……」

「あいつは、この船ごと沈めるつもりだ」


 俺が睨みつけると、ドラムは嫌らしく笑う。


「当然だろう。オレ様の秘密を知った連中など生かしておくわけにはいかない」

「お前が勝手に告白したんだろ。間抜け野郎」

「なるほど……貴様だけはオレ様が自ら始末してやろう!」


 ドラムが指揮棒を構える。

 メリーナが心配そうな目で俺を見つめてくる。なかなか離れてくれなそうな雰囲気だ。

 なので俺は彼女に言い聞かせた。


「乗客を逃がせるのは、あなた以外にいないんだ」

「……わかったわ」


 メリーナはようやく船内へと駆け込んでいく。

 それを見届けてから、俺は改めてドラムに向き直った。


「馬鹿なことを考えるのはやめろ。この船には王族も乗ってるんだぞ? 傷つけたら、ピンクコイン家と、他の十三継王家の間で戦争になる」

「むしろ願ってもない。王族の人間が死ねば死ぬほど、オレ様が大帝王になるチャンスも増すからな」

「……思った以上に馬鹿なんだな」

「馬鹿は貴様だ! なんの武器も持っていないじゃないか。もちろん庶民が魔法を使えるわけもない。それでどうやってオレ様に対抗するつもりだ?」

「試してみろよ」


 ドラムはニヤリと笑う。それから大げさに両手を上げ、指揮棒を振り下ろした。


「死ね! 【破滅に繋がる息継ぎブレスカタストロフィ】」


 空気を切り裂く無数の衝撃波が、俺に向かって飛んでくる。

 だが――。


絶対不変の防御膜アイアンブランケット


 俺の身体を覆うように出現した薄い膜が、すべての衝撃波を無効化する。


「バ……バカな……。何が起きた……」


 ドラムは驚愕の表情を浮かべていた。


 そんな奴に向けて、俺は一歩ずつ歩みを進めていく。


「くそっ……【破滅に繋がる息継ぎブレスカタストロフィ】」


 ドラムは同じ魔法を何度も発動させる。だが俺の髪の毛一本、揺らせない。


「もう終わりだ」


 俺はドラムの胸ぐらを掴み上げる。すると、ようやく奴の顔にも怯えの色が宿った。


「ヒェッ……き、貴様……何をした……?」

「お前と同じだよ」


 ドラムの疑問に、俺は短い言葉で返した。それだけで奴も理解したらしい。


「ま、魔法だと!? 媒介物ばいかいぶつも使わずにどうやって? 呪文も魔法陣もなかったはずだ……。それどころか魔法名を口にすることもなく……そんなことは不可能だ!」

「かもしれないな」

「そもそも王族でも貴族でもない奴がどこで魔法を会得できるというのだ!」

「お前が知る必要はない」

「くっ、この下郎が! 放せ! この――」


 ドラムが至近距離で魔法を使おうとした。この状況でまだ諦めないしぶとさだけは認めてやるが――。


「いい加減にしろ!」


 俺が先に奴の顔面を殴りつける。


「ぐはっ――!」


 派手に吹っ飛び、地面を転がっていくドラム。ピンク色の派手な服も、すっかりボロボロになってしまった。


「うぇぇ……いてぇ……いてぇよ……」


 ドラムは顔をあげるが、その目には涙が浮かんでいた。


「うぅ……殴られたのは初めてだぞぉ……オレ様が王族だというのを忘れたのか……」

「王族だろうがなんだろうが、俺たちには関係ない」

「関係ないだと? そんなことが言える人間はこの国には……ヒェッ! き、貴様……まさかあの組織の――」


 ドラムは気づいたらしい。どんどん顔色が悪くなる。どうやら、よほど怯えていたらしく、ズボンの股の辺りが濡れ始めた。


「うぅ……なんでだよぉ……なんでオレ様をターゲットにすんだよぉ……。クソォ……これじゃ初めから勝ち目はなかったじゃねぇか……」


 ドラムの声は震えていた。今までの尊大な態度からは想像もできない情けない姿だ。


「観念したなら、上に浮かんでる浮遊魔導艦デカブツを引き上げさせろ」

「わ、わかった……」


 さすがに素直に応じるか。


「――とでも言うと思ったか! 全員、死ね!」


 ドラムが両手を上げる。すると、浮遊魔導艦から無数の光線が放たれる。

 それは全てこの船に向けられていて――。


時間圧縮の犠牲者リップヴァンウインクル


 だが、浮遊魔導艦から放たれた光線は、この船に当たる寸前、全て空中で固まった。


「なっ!? な、なにが起きた……?」

「あのデカブツの周りだけ、時間の流れを一時的に遅らせた。でも、そんなにはもたないぞ。いずれこの船は吹き飛ぶ。観念するなら、一緒に連れて行ってやる」

「い、行くと思ってるのか? どうせ、オレ様は終わりだ……。ならば、この船の連中も道連れにしてやる……」

「身勝手さだけは一流だな」


 さて、どうしたものか。考えてる時間はあまりないんだけどな。


 俺がそう思った時、下の方から声が聞こえてきた。


「ウェイターさーん! 乗客はみんな、ボートで避難させたわよー!」


 メリーナは、下のデッキの甲板から声を張り上げていた。


 俺が思っていたよりも早くて助かった。ただ、一つだけ確認しておきたいことがある。

 と、俺も声の音量を上げて彼女に話しかけた。


「メリーナ様、なぜ一緒に避難しなかったんだ?」

「えっ? だって……」


 なぜか口ごもるメリーナ。

 まあ仕方ない。彼女は俺が連れて行こう。


「ボートは今、どのくらいのところにいるんだ?」

「各王家の護衛隊もいたし、すでにこの船からは、だいぶ離れてるわ!」


 メリーナの返答を聞き、ドラムは苦虫を嚙みつぶしたような顔になる。


「だいぶ離れただと……?」

「残念だったな。お前と地獄に行きたい人間はいないみたいだ」

「だといいがな!」


 そう言うと同時に、ドラムは素早く柵を越え、下のデッキへと飛び降りた。ほとんど身投げのような、捨て身の行動で、俺も止めるのが間に合わなかった。


 ――ドスン!


 下の甲板の床に、ドラムの身体が落下する。仰向けに、全身を打ち付けるような格好だった。その状態で、奴はメリーナに向けて魔法を使った。


「きゃあっ!」


 メリーナの悲鳴が夜空を切り裂く。


 衝撃波を受け、彼女の身体が甲板の柵の外側に吹き飛ばされる。


「くうぅっ――」


 メリーナは指先を柵に引っ掛け、ギリギリのところでこらえていた。

 だが、今にも海に落ちそうだ。


「メリーナ!」


 俺もすぐさま下のデッキに飛び降り、彼女に向けて手を伸ばすが――。


「くだばれ! グズども!」


 再びドラムの魔法が放たれる。

 衝撃波が柵を打ち、メリーナの指が離れる。


「きゃああああぁぁぁぁぁ――」


 あとほんの少しで、俺の伸ばした手は届かなかった。


 彼女の身体は暗い海へと落ちていき、すぐに荒波にのまれ、見えなくなった。


「メリーナーーーッ!」


 俺は大声で彼女の名を呼んだ。しかしなんの反応もない。


 静寂の中に、ドラムの嫌らしい笑い声だけが響く。


「くくくっ……くはははははははは――」


 ドラムは仰向けに倒れたまま、起き上がろうとはしない。飛び降りた時に着地を失敗し、どこか痛めたのだろう。


 そんな奴を見下ろし、俺は告げる。


「あと10秒もすれば、俺の魔法が解け、この船も粉々になるだろう」

「オレ様がそう命じたからな」

「お前を助けてやる余裕はない」

「貴様のような下賤の者に救いを求めるものか……。これでオレ様は一族の笑い物として永遠に語り継がれるのだ……くくく……くはははははは……」


 ドラムは狂ったような笑い声をあげていた。もはや完全に心が壊れてしまったらしい。

 これ以上付き合うのは無駄だろう。


 俺はもう何も言わず、海へと飛び込んだ。


 海に潜るとすぐに、豪華客船メロディスター号が爆発した衝撃が、水中に伝わってきた。

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