10th Lesson『揶揄い少女、キレる』
【ノックリース魔術学校,食堂にて……】
昼休み。
昼飯を食べる為、食堂へとやってきた。
まだ文字が読めない為、今日の日替わりランチを頼む。
「すみませーん。今日の日替わりランチお願いしまーす」
「あいよッ!! ──って、テメェは……!」
「ひぃッ!!」
俺の注文を受け取ったのは、昨日、包丁で俺を惨殺しかけたあのヒトヒト信者の親父だった。
「何だテメェ、また喧嘩売りに来たのか? 殺したろか?」
「いいいいえ、ちちちち違いますすす!」
恐怖で呂律が回らない。
「きょ、今日は昼飯を食いに来ただけで…………てか、別に昨日だって喧嘩売りに来たわけじゃ……」
「うるせぇ。だったら早く注文言いやがれ。後がつかえてんだろ」
振り返ると、いつの間にか長蛇の列ができていた。
嘘だろ、コイツらどっから湧いたんだ。さっきまで俺以外いなかったのに。
──てか、俺、最初に注文言ったよね?
「……今日の日替わりランチ、お願いします」
「あいよッ!!」
そう言えば、この学校の食堂、厨房に直接オーダーする二郎系システムなんだな。
絶対、レジ入れた方がいいだろ。
──ヒトヒト親父から今日の日替わりランチを受け取り、俺は空いている席に座る。
ちなみに、親父から受け取ったトレイには、昨日と同じくヒトヒトメンが置かれていたが、俺は何も言い返しはしなかった。
「嫌がらせかな……」
まぁ別に、ビャンビャンメンは嫌いじゃないからいっか。
「いただきます」
全ての食材に感謝し、ビャンビャンメンを口に運ぼうとした時──
「ワキバラさん」
モネさんとリーシャがやってきた。
しかし、その手にはトレイが無く、どうやら昼食を摂りに来たようではないみたいだ。
「お話、よろしいでしょうか?」
「うん、いいよ。それゆか、二人とも昼ご飯は?」
「構いません」
なんかモネさん元気ないな。
リーシャも全然話しかけてこないし。
「ワキバラさんはそのままお食べになっていてくださいまし」
「あー、うん」
俺はヒトヒトメンを口に運び、モネさんとリーシャは正面の席に座り、俺と向かい合って話し始める。
「……今朝は申し訳ありませんでした。私の軽率な判断から、ワキバラさんたちを危険に巻き込んでしまって」
「別にいいよ。今のところ、銭湯やプールに入れなくなったぐらいで、身体に何の異変もないし」
イカしたタトゥーが刻まれただけだからな。
「それに、モネさんたちも呪いの被害者なんだから、謝る必要なんてないよ」
「…………」
しかし、モネさんは答えない。
「モネさん?」
目線を逸らし、下を向いたまま押し黙る彼女を見て、俺は不信感を覚えた。
俺の呪いへの「熟知度」を上げない為の沈黙──かとも思ったが、どうやら違うみたいだ。
彼女の反応に違和感を感じ、試しにリーシャの方に視線を移してみる。
「…………」
リーシャは手を頭の後ろで組み、天井を見上げていた。
どうやら、直接的に俺と話す気は無いみたいだ。
──なんだかモヤモヤする。
「……すみません、ワキバラさん」
モネさんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「あぁ、いいよ。謝らないで」
「……いえ、悪いのは私なのです」
「モネさん……」
問いたい気持ちをグッと堪える。
彼女にも色々と都合があるのだろう。
「……ですから、私にできる事があれば何でも仰って下さいまし。僭越ながらお手伝い致しますわ!」
「ありがとう、モネさん。でも今は特段困った事は────」
あった。
今一番、困った事があるじゃないか。
良い機会だし、彼女たちにも相談してみるか。
「──じゃあ早速お願いがあるんだけど、いいかな?」
「はい、勿論ですわ! 何なりとお申し付けくださいまし!」
俺は今一番、困っている魔術学会の視察について、モネさんたちに話す。
「実は、魔術学会が授業の視察に来るらしくてさ」
「魔術学会が、ですか」
「うん。それで魔術学会の人に、藤わ──藤田先生のあの授業を見せるわけにはいかないでしょ?」
「まぁ、はい……控えめに言って、あの授業は最悪ですものね……」
草。
「それで今、授業の改善を考えてるところなんだけど、なかなか良い案が浮かばなくてさ。相談に乗ってくれないかな?」
「あの授業の改善……難しいですわね」
この難題に対して、モネさんは顎に手を当て考える。
一方、リーシャは手を頭の後ろで組んだまま、他人行儀に踏ん反り返っていた。
そんな態度に少々の苛立ちを覚え、彼女に話しかける。
「なぁ、リーシャも少しは考えてくれよ。俺たち、このままじゃ解雇なんだって」
「んー、大丈夫大丈夫。だって、あの授業受ければ、魔術学会の人たちだって、確定寝るでしょ」
「……それの何が大丈夫なんだよ」
「だって、評価する人が寝ちゃうんだもん。評価できないじゃん」
「それが大問題なんだよ」
「じゃあ魔術学会の人たち買収するしかないねー」
「お前な……」
駄目だ、コイツに聞くのはもうやめよう。
俺がイライラを募らせていた時、モネさんは一つの提案を話す。
「他の先生の授業を参考にしてみてはいかがでしょう?」
「他の……?」
「はい。おそらく、藤田先生の授業が最悪なのは、この世界に適した授業じゃないからだと思うのです。元居た世界ではそんな事はなかったのでしょう?」
「あ、いや…………」
俺は言葉を詰まらせる。
「元居た世界でも不適切な授業でした」なんて言えるわけない。
「……ですから、他の先生方がどのような授業をなさっているのを、ワキバラさんが偵察して、それを参考になさればよろしいのではないでしょうか?」
「なるほど……」
確かに名案だ。
参考にできるかはさておき、後学のためにも一度、この世界の授業を見てみるのも良いかも知れない。
「ありがとう、モネさん。早速、次の授業時間にやってみるよ!」
「頑張って下さいまし、ワキバラさん」
モネさんは優しく俺に微笑みかける。好き。
「おい──」
その時、野太い声が俺の背後から聞こえてきた。
「先生……?」
いつになく真剣な表情の藤原がそこにいた。
「……お嬢、ちょっと話ええか?」
藤原はモネさんを見てそう告げた。
「何でしょうか?」
「ここじゃちょっと話しずらい。わかるやろ、呪いの件や」
「ッ…………」
そのワードを聞いた途端、モネさんの顔色が悪くなる。
「わかり、ました…………」
モネさんは震えた声で返答し、立ちあがろうとする。
──瞬間、さっきまでうわの空だったリーシャが、鋭い眼光で藤原を凝視する。
そして────
「ちょっと待ってよ」
普段の彼女からは考えられない、殺意すら感じられるその表情に、俺は肝を冷やした。
しかし、その眼差しを向けられている藤原に、動揺はない。
「話なら私がする」
「アカン。お前は当事者ちゃうやろ。話があんのはお嬢や」
藤原の言葉に、さらに不機嫌さを増幅させるリーシャ。
「呪いの事なら、もうモネのお祖父ちゃんに聞いたんでしょ。何を掘り返そうってのさ……?」
「安心せえ。お前が思ってるようにはならん。お嬢がやらかした事について、今更、説教するつもりもない。俺の任期前の事やしな」
モネさんの、やらかした事……?
「ただ知っておきたいだけや。なんかの手掛かりになるかも知れん」
「……ならないって」
「聞いてみなわからんやろ──」
「ならないって言ってんだろッ!!」
瞬間、俺はリーシャの豹変ぶりに戦慄した。
「うざいんだよ、この偽善者共がッ!!」
リーシャの怒号に一瞬、食堂内が静まり返る。
しかし、彼女はお構い無しに声を荒げて、藤原に言い放つ。
「アンタら教師はいっつもそうだ! 偽善ぶって、他人を傷つけて、結局どうにもなんねーじゃねぇかッ! 担任が変わる度に、そうやって根掘り葉掘り聞かれて、もうこっちはうんざりなんだよ! 生徒の気持ちもわかんねぇなら、教師なんか辞めろ────!」
「やめて、リーシャ!!」
ヒートアップした彼女の怒号を止めたのは、モネさんだった。
モネさんは席から立ち上がり、俺たちに背を向ける。
「……行きましょう、藤田先生」
藤原とモネさんはそのまま食堂を後にした。
「「…………」」
喧騒を取り戻しつつある食堂。
俺は、放心したままのリーシャと共に、その場に取り残された。
──気まずい。
「あ、あの、リーシャ──」
気まずさのあまり、言葉を口にして誤魔化そうとした。
けど、その選択は間違いだった。
彼女の触れてはいけない部分に触れてしまったのだ。
「モネさん、なんかやっちゃったの……?」
この問いに、彼女は静かに怒りを見せる。
そして、たった一言──
「死ね」
──とだけ呟き、リーシャは食堂を後にした。
「……」
俺は、汁を吸って伸びきってしまったヒトヒトメンを啜った。
【ノックリース魔術学校,図書館にて……】
昼休み。
昼食を終え、俺は一人、図書館で文字の勉強をしている。
「……全然覚えられない」
この世界の文字は規則性が乏しく、形も歪でわかりづらい。
それに、英語のような「綴り」の概念もあれば、漢字のように文字そのものに意味があるものも混在している。
こりゃ全部暗記するまで時間がかかりそうだな。
「……」
──モネさん、何やらかしたんだろう。
「あぁ、駄目だ!」
ペンを投げ出す。
食堂での件が引き摺ってて、全く勉強に集中できない。
「モネさん……」
いっその事、他の誰かに聞いて見るか?
リーシャは無理だろう。
──であれば、マーガレットさん、次いでユナさんが望ましい。
「ベロニカちゃんは……」
──あの子は無理だな。
「意思疎通できないからなぁ……」
「……」
背後から視線を感じる。
「……」
まさか、な。
「ベロニカ、さん……?」
「……」
いや、わかる。
振り返らずともわかる。
俺の背後にはベロニカが立っていて、さっきの悪口を聞き、怒りの視線を向けている。
そうに違いない。
「ち、違うんだ、ベロニカさん。その……意思疎通ができないってのは、決して悪い意味で言ったわけじゃなく──」
「悪いと思ったら何するの?」
「……ごめんなさい」
振り返って、ベロニカに謝罪する。
相変わらず無表情──かと思いきや、ちょっぴり頬を膨らませていた。
──小動物みたいで可愛いな、心が癒される。
さっきまで食堂で地獄の時間を過ごしてたから、この癒しの時間がとても尊く感じられた。
「ちなみに、ベロニカさんは昼休み、いつも此処にいるの?」
「……」
ベロニカはこくんと頷く。
「勉強熱心なんだね、偉いぞ〜」
思わず彼女の頭を撫でてしまった。
「あっ、ごめん、つい……!」
やってしまった。
子供だからすっかり忘れていたが、彼女は一応うちの生徒だ。
女生徒の頭──身体を触るなんて、セクハラって言われても言い逃れできない。
「ご、ごめん! マジでごめん! 嫌だったよね! 本当ごめん! 妹と同じ感覚で頭撫でちゃった! セクハラで訴えるのだけは勘弁してください!」
けど、彼女の反応は、俺の予想に反して──
「おう、とも……」
彼女は頬を赤くして、俺に撫でられた頭頂部を触る。
そして、すぐさま顔を背けてしまった。
──これは、どっちだ?
照れ臭かっただけなのか、それとも、本気で嫌がっているのか、俺にはわからない。
「……妹」
「え?」
「妹、いるの……?」
ベロニカはこっちを振り返り尋ねる。
──しまった。
つい「妹」って単語を口に出してしまった。
あまり家族の事について話したくはないが──
「……」
まぁ、この子にならいっか。
「うん、いたよ。1つ歳下の妹がね」
「いた……?」
──またやってしまった。
どうにもこの子が相手だと油断してしまうと言うか。
……まぁいいや。
「うん。もういないんだ」
「……そう」
それ以上、彼女が俺に尋ねる事はなかった。
事情を察して、気を遣ってくれているのだろうか。
──思えば、昨日のお茶会でも、この子が気を利かして話を中断させてくれた。
感情表現が苦手なだけで、結構、気遣いなんだな。
その時、ベロニカは俺の右手を掴んできた。
「ん? なに?」
「……」
そのまま俺の手は、ベロニカの頭へと運ばれる。
「はい、妹」
「……撫でて良いってこと?」
「……」
ベロニカは頷く。
「ありがとう、ベロニカさん」
「おうとも」
亡き妹の影を重ね、彼女の頭を撫でる。
俺は昼休みギリギリまで、この幸せな時間を満喫した。
しかし、楽しい時はあっという間で、そろそろ次の授業が始まってしまう。
「……ごめん、ベロニカさん。俺、授業の準備あるから、そろそろ行くわ。ありがと、元気出た」
彼女の頭から手を除け、図書館を出ようとしたその時──
「……に、気をつけて」
彼女は確かにそう言った。
何で、どういうつもりで、俺にそれを伝えたのか。
──わからない。
俺には彼女の意図がわからなかった。
しかし、最後に言った彼女の言葉は、確実に、俺の身を案じてのことだとわかる。
それを聞いてしまった俺は、今後、『彼女』にどう接すれば良いのだろうか……
──マーガレットに気をつけて──
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