9th Lesson『無能教師も、呪われる』

【ノックリース魔術学校,理事長室にて……】


 俺は、呪われてしまった。


「え、お、おれ、これ、ど、どうするの、どうしたらいいの?! 擦っても取れないよ?! どうしよう! 俺どうなるの?! 死ぬ?! 死ぬの?! 激痛を伴って死ぬんでしょ?! 教会を! 教会は何処だ! 教会で解けるよね?! ね!!」


 や、やばい、頭の中がパニックだ。考えがまとまらない。

 そんな狂える俺とは対照的に、藤原は、まるで他人事のようにこう言ってきた。


「安心せえ、ワキバラ。その魔法陣、タトゥーみたいで結構イカしてんぞ! 銭湯は、入られへんけどな! モホハハハー!」

「うるせぇ! 変な笑い方しやがって! 何でそんな他人事なんだよ! アンタだって胸に入ってんだろ?! イカしたタトゥーがよぉぉぉ!!」


 俺は藤原のシャツを引き裂く。


「きゃーーーー!!!」←藤原の悲鳴


 しかし、藤原の胸に呪いの陣は無く、何度見返しても真っ黒乳首しか見当たらなかった。


「あ、アンタ……なんで……?!」

「実はな、俺、黒乳首がコンプレックスやねん……誰にも言うなよ♡」

「それはどうでもいい! なんでアンタは呪われてないんだよ?!」

「逆に何でお前呪われてんねん?」


 そ、そうか……わかったぞ!

 コイツ、察しが悪くて呪いの性質に気づいてないんだ!

 だから呪われてないんだ!


「くそ、馬鹿が生き残るシステムかッ……!」

「ワキバラ。お前、今なんか言うたか?」


 その時、慌てふためく俺の元へ、アマリリス先生がやってきて、今の俺の状況を正確に伝えてきた。


「安心しなさい。拷魔の呪いは『熟知度』によって、呪いの強さが変化するの。貴方はまだ初期段階よ」

「じゅくちど……?」


 わからない用語が出てきて少し困惑したが、同時に、思考を凝らしたことにより、動揺が和らいだ。


「拷魔の呪いは、知れば知るほど、その人に掛けられた呪いが強くなるの。それを私たちは『熟知度』って言ってるわ」

「な、なるほど……」

「『熟知度』が一定の値を超えると、貴方のように初めて呪いに掛かる。ちなみに、その状態は『レベル1』よ」

「レベル……」

「レベルが上がれば、初めて呪いにかかった時のような緊縛感が来るから、自分のレベルが幾つなのかは数えておいた方がいいわ。呪いの強さの指標になるから」

「ちなみにレベルは幾つまで────ぐあッ!!」


 瞬間、心臓が締め付けられるようなあの痛みが、俺を襲う。


「こ、これって……?!」

「えぇ。貴方は今、『レベル2』になったわ」

「な、なんで……?」

「私が教えたからよ。それで、貴方の呪いへの『熟知度』が上がったの」


 なんて事しやがる、この女!!!


「なんて事すんねやッ!!」


 俺と同じことを思った人物がもう一人──藤原だ。


「お前のせいで、俺、飛び級してもうだがな! 連続で来たぞ、グッてなるやつ!」

「じゃあ貴方も『レベル2』ね」

「わかっとるわ、ボケ!」


 藤原、ザマアミロ。

 俺が藤原の不幸にほくそ笑んでいると、アマリリス先生がまた暴走を始めた。


「あ、そうそう。さっきのワキバラくんへの解答だけど、拷魔の呪いのレベルは最大で──」

「「うわああああああああああああ!!!!!」」


 俺と藤原は全力の大声を上げ、アマリリスの暴挙を止める。


「アマリリス先生、もう何も喋らないでッ!!」

「誰かこの呪いテロどっかやってくれやッ!!」


 この日、俺たちは呪われた。




 数分後、テロリリスを追い出し、F-8の生徒を教室へ返して、今、理事長室には俺と藤原とナルガ理事長の三人だけ。

 俺たちはソファーに座り、この呪いに関して話をしていた。


「なんでこんな呪いがあると知ってて、俺らをF-8の担任にしたんですか!」


 俺は怒りを露わにして理事長を問い詰める。

 理事長はずっと下を向いて、小刻みに震えるのみ。

 俺は、このジジイを一発ぶん殴ってやりたい気分だった。


「俺たちが、異世界から来た人間だからですか? 死んでもいいって、だから、担任にしたんですか!」

「い、いえ! 断じてそんなことは────」


 見苦しい言い訳をだらだらと続けるのかと思ったが、俺の予想に反して、ナルガ理事長はそれ以上先を続けることなく、こう言い切った。


「……いえ。その通りです」


 瞬間、怒りが頂点に達し、自然と俺の拳が振り上がる。


「このッ──!!」


 しかし、俺の拳はナルガ理事長に当たる前に止まった。


「何で止めるんですか、先生!」


 拳を止めたのは藤原だった。

 藤原は俺の拳を握ったまま、首を横に振る。


「最後まで聞いてからや」

「……さっきは『いてこます』とか言ってたのに」

「今は落ち着いてるからな。やからお前も落ち着け」

「……」


 俺が拳の力を抜くと、藤原はそれを察し、俺の腕から手を離す。


「ワキバラ、よう我慢した。今日からお前は、社会適合者を名乗れ」

「絶対嫌です」


 俺と藤原が再び、ナルガ理事長に視線を向ける。

 それを合図と受け取ったのか、ナルガ理事長は話を続けた。


「わしは教育者として……人として、やってはいけない禁忌を犯した。私益の為に他者を陥れて、さもそれを善行として振る舞った。わしは外道以下の畜生じゃ。殺されても文句は言えん。じゃが────!」


 その時、下を向いたままだったナルガ理事長の視線が上に向き、彼と目が合った。

 理事長は懇願するような目でこう喋る。


「ただ、わしを殺すのは、話が終わってからにして欲しい……!」


 すると、ナルガ理事長はソファから飛び降り、床に頭を擦りつけた。


「頼むッ! この通りじゃ!!」


 彼の必死さの由縁を、俺はおそらくわかっている。

 だからこそ、最終的には、俺がこの男を許すことも何となく理解していた。


「話してくださいよ。俺たちを誑かしてまで、やろうとした事を」


 ナルガ理事長は床から頭を上げ、こう言った。


「モネは……あの子たちは、もう長くない。もってあと一年あるかないか」

「なんだって……?!」


 俺も藤原も、あまりの衝撃に顔を見合わせ、驚きを隠せずにいた。


「黒魔術を解呪できたお主らなら、きっと、孫たちに掛けられた呪いを解けると……!」


 ナルガ理事長は拳を握り締め、小刻みに震えている。


「魔力炉の停止に魔術学会の派閥が重なり、わしにはもう……研究をするアテも人材も持ち合わせておらんのです……!」


 ナルガ理事長の瞳から涙がこぼれ落ち、床に敷かれたカーペットにシミをつくる。

 また、握り締めた拳は爪が食い込み、血を流していた。

 自分の非力さに打ちひしがれているのは、一目瞭然だった。

 ──でも、どうにも信じられない。

 モネさんたちが、あと一年しか生きられない、なんて……

 嘘は無いとわかっていながら、俺は問わずにはいられなかった。


「あと一年しか生きられないって、そんな、嘘でしょ……? 皆、あんなに元気そうに……昨日だって、俺の財布が空になるまでバカスカ食ってましたよ……?」

「それは……」


 ナルガ理事長はまたも言い淀む。

 その態度にまた腹が立った。


「理事長さん、アンタ、まだ隠し事を──!」

「呪いか?」


 俺の横で、藤原が理事長にそう問いかける。


「呪い────? あっ」


 そこで俺は気づく。

 彼女たちの容態を知ること、すなわち、呪いに対する「熟知度」を上げる行為。

 ナルガ理事長が言い淀んだのは、俺たちへの配慮だったってことか。

 それを、藤原が気づいた。


「ワキバラ」


 次の瞬間、藤原は俺にこう命令する。


「お前は外、出とけ。あとは全部、俺が聞く」

「なにを、言って────?!」


 それはつまり「俺が犠牲になる」と言っているようなものだ。


「ワキバラ、お前には苦労かけてる。まだ下の毛も生えてない、ケツの青いガキやのに、教師の助手なんかやってもらってる」

「そ、それはアンタにやらされてるだけで……下の毛だってもう──」

「あぁ、そうや。やからもう充分や。お前は出てけ」


 頑なに、藤原は俺を外へ出そうとする。


「嫌っすよ! 俺だって皆を助け──」

「ガキが一丁前なこと抜かしてんちゃうぞぉ!!!」

「ッ…………」


 藤原の本気の威圧に、俺は何も言い返せなかった。

 そんな俺に、藤原はさらに詰め寄る。


「文字は読めへんし、喧嘩は俺の見てるだけ! そんなお前に何が出来んねん! お前は俺の言うこと聞いとけばええんや、思い上がんな! 命賭けるなんか百年早いねん!」


 藤原に詰め寄られ、本能的に、徐々に後ろへ下がってしまう。

 ──気づけば、理事長室のドアの前まで来ていた。


「おら、早よ出ろ。お前は次の授業の準備や。茶色チョーク切らすなや」

「…………はい」


 俺は藤原の威圧に勝てなかった。




【ノックリース魔術学校,職員室にて……】


 藤原に追い出された俺は、職員室に戻って授業の準備を行っていた。


「…………」


 なんだかモヤモヤする。

 きっと藤原は、これ以上俺を危険に巻き込まない為に、あんな言い方をしたんだ。

 全ては、俺を守る為────


「わかってる、けど……」


 あんな言い方はないよな。まるで俺のこと、役立たずや無能みたいに言いやがって。

 ──無能はお前じゃねぇか、ばーか。


「おやおや? あのベビーシッター……失敬。藤田先生は一緒じゃないのですか?」


 落ち込む俺の前に、藤原にメガネブレイクされたキザ野郎が、眼鏡をクイクイさせながらやってきた。


「貴方は確か……ナイル先生!」

「ギヌマ・ダスティ・ミラーです。おかしな名前を付けないでください」

「えっ……じゃあ何で『ナイル先生』って呼ばれてるんですか……?」

「知りませんよ! こっちが聞きたいくらいです!」


 なんか喧しい人だな。何しに来たんだ?


「それで、ギ……ギ……ギヌ……ギヌオ……ん? んー……ん? …………ナイル先生は何しに来たんですか?」

「諦めてナイルを出すな!」


 えーもう、めんどくせぇなコイツ。


「いやぁ〜、だってぇ〜、長くて覚えづらいっていうかぁ〜」

「ギ・ヌ・マのどこが長いんだ?!」

「いやぁ〜、なんかぁ〜」

「なんか……?」

「全部言われると全部覚えようとして全部覚えられないって言うかぁ〜」

「馬鹿なのか?! 異世界人は!!」


 失礼な奴だ。もういい加減どっか行ってくれないかな。


「もうギヌマだけ覚えろ! ──いや、駄目だ! 全部覚えろ! だが、まずはギヌマを覚えろ! ミラーの方でもいいんだ!」

「えー、もう、どうでもいいじゃないっすか、名前なんて。俺なんてワキバラって名前つけられたんすよ?」

「それは……すまなかった」


 なんか同情された。


「……だが、名は大事にしろ。この世界においては特に、だ」

「え? どういうことっすか?」

「この世界における魔術の発動は、全て主語が必要だ。誰が、何を、使役するか。便利な道具も扱う者が居なければ無意味だろう?」

「へー」


 まぁ俺、魔法使えないけど。


「……そんで、何しに来たんすか?」

「え────? あぁ、そうでした。無能と名高い藤田先生のことですよ!」


 あ、敬語に戻った。


「今週末、魔術学会が授業の視察に来るんですよ」

「魔術学会……」


 さっきナルガ理事長が言っていたのを思い出す。

 授業の視察……魔術学会は、この学校にとっての教育委員会みたいな組織のようだな。


「あー、楽しみですねー! 厳格で名高い魔術学会の人間が、藤田先生のあの授業を見たら、一体どうなるのか……いやぁ、あっはっはっは! 週末が待ち遠しいですね!」

「藤田先生の、あの授業……?」

「えぇ、そうです! あの授業を、です!」

「あの、授業を…………」


 ────解雇、確定!!!!!!!!!


「それはまずいって!!!」

「でしょうね」




【ノックリース魔術学校,とある教室にて……】


 理事長との話を終えた藤原と合流し、今はとあるクラスで授業をしている最中だ。

 顔を合わせた時、藤原とは多少の気まずさもあったが、それより何より、俺にはもっと気掛かりなことがあった。


「つまりやな、作者が何を言いたかったかって言うとやな──」


 それは授業これだ。

 藤原はbotを疑うレベルで作者の主張を重要視する為、進展がなく、永遠と同じ映画を見せられているようでとにかく眠い。

 おまけに文法は「覚えろ」の一点張りで、長文読解は「こんなん考えたらわかるやろ」という始末。


「つまりやな、作者が何を言いたかったかって言うとやな──」


 こんなの、教育委員会──もとい、魔術学会の方に見せるなんて出来るわけない!

 絶対、教師辞めさせられちゃう!


「つまりやな、作者が何を言いたかったかって言うとやな──」


 ──もし、藤原が教師を辞めさせられたら、F-8の皆はどうなるんだ……?

 誰かが、何とかしてくれるのかな……?

 偶然、新しい先生が赴任してきて、その人が超有能で、拷魔の呪いなんて一瞬で解いちゃう、とか。


「つまりやな、作者が何を言いたかったかって言うとやな──」


 そんな都合の良い話は、きっと起こり得ない。

 今、俺たちが解雇されれば、学校との繋がりが学長との生活支援だけになり、拷魔の呪いを解く手掛かりを失ってしまう。

 そうなれば、彼女たちはもう…………!


「うっし、今日の授業はここまでや。お疲れさん!」


 藤原は、いざという時は頼れるが、いざという時以外は無能そのもの。

 今だって、授業終わったのに、誰も終わったことに気づかないくらい、全員爆睡している。

 こんなんじゃ、解雇は免れない。


 ────決めた。


「お? ワキバラ、今日はちゃんと起きてるやんけ! いつもは立ったまま寝てんのに」

「えぇ、ちょっと考え事してたんで」

「授業聞けや」


 呪いは藤原先生に任せる。

 代わりに俺は、藤原先生を全力でサポートする。


「俺が、この無能野郎を……有能教師にしてみせるッ!!!」

「……ワキバラ。お前、最近、露骨に悪口言うようなってきたな」

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