8th Lesson『無能教師の助手、呪われる』
【ノックリース魔術学校,職員寮にて……】
夜。寝支度を済ませた俺はベッドの上に寝転がっていた。
電気も消えた真っ暗の部屋で、目を閉じ、眠りに落ちるのをじっと待つ。
「…………」
眠れない。
身体は疲れているはずなのに、全く眠気が襲ってこない。
理由はわかる。昼間のアレのせいだ。
目を閉じるたび、あの光景がフラッシュバックして、俺の心臓が高鳴る。
「くそ…………!」
あの時、俺は「ずっと異世界に居ても良い」と思ってしまった。
やるべきことを放棄して、目の前の快楽に浸り、あの日の出来事を無かったことにしたんだ。
そんな自分が、心底許せない。
「帰るんだ……」
そうだ、俺は元の世界に帰らなければならない。
その為に、あの高校に入ったんだから────
「……ワキバラ、ちょっとええか?」
その時、上の段から藤原がひょこっと顔を覗かせた。
「……なんすか?」
いつもなら鬱陶しいって思うのだが、寝付けない今は好都合だ。
コイツの中身空っぽの話聞いてたら、授業の時みたく、すぐに眠たくなるだろう。
「実はな────」
しかし、俺の予想は悪い方に外れた。
「俺、
「はぁ?!」
なお目が覚めた。
「アンタ、またなんかやっちゃったのか?!」
「いやぁ、それがやなぁ────」
どうやら、今朝の眼鏡キザ野郎──ナイル先生というらしい──の忠告によれば「藤原の授業の評価が今後も改善しなければ、俺たちは強制解雇になる」というものらしい。
「流石の俺もな、めっちゃビビってんねん。まじぴえんって感じ?」
「その発言にビビってるよ、俺は」
「……なぁ、ワキバラ。どうすればええと思う?」
「俺に聞かないでくださいよ……」
「……」
あーあ、泣いちゃったよ藤原。めんどくせぇ大人だな。
「……とにかく、まずは生徒が寝ないように工夫すればいいんじゃないですか?」
「そんなん無理に決まってるやろ! お前、もっと真面目に考えろよ!」
「……じゃあもう睡眠学習するしかないですね」
「お前、賢いな……!」
「アンタ、大馬鹿だよ」
こりゃもう、交流を深めた生徒たちにお別れの準備しといた方が良いな。
「……まぁ、教師クビになっても生活支援はしてくれるみたいですし、別に良いじゃないですか。教師にこだわらなくても」
「絶対嫌や」
その時、藤原はベッドから降りて、俺に背を向けて話し始めた。
「この俺の背中に、何が書かれてるか言うてみぃ」
「…………『ユニセックス』って書いてます」
「ちゃうわ! パジャマの字ぃ読んでどないすんねん、ボケ!」
言われた通り読んだのにキレられた。
「俺の魂の背中に書いてあるやろ! でっかくドーンと『生涯、国語教師』ってな!」
「……見えないです」
「心の目ぇで見ろ! 心の目ぇで!」
見えねぇっつってんだろ。
何なんだよ、コイツ。魂に背中付けたり、心に目ぇ付けたり。
「……俺はな、文学が好きやったんや」
「それ、もしかして長くなります?」
「アレは……俺が、まだ下の毛も生えてへん、ケツの青いガキやった頃────」
藤原は遠い目をしている────長くなりそうだ。寝落ちに丁度良い。
俺は布団を被り、寝る体勢を取って、藤原の話に耳を傾ける。
「俺はなぁ、昔、いじめられっ子やったんや。大人しくて、身体も小さかったからな。助けてくれる友達もおらんから、毎日ボコボコにされてたわ。実は柔道始めたんも、いじめられんようにする為やねん」
なんか色々と意外な事実が語られてる。めっちゃ興味が湧いてきたんだが。
「クラスに一人も友達居らんかったから、休み時間が苦痛でなぁ。いっつも図書室に篭って、本ばっか読んでたんや」
普通に同情してきたな。
「そこで俺は、一冊の名作に出会った。これが俺の人生のターニングポイントであり、国語教師を目指したキッカケでもある」
なんて名前の本だろう?
「その作品は、なんというかめっちゃ名作でな、ほんま凄いねん。なんというか、こう……ほんまに凄くてな、うわぁって来てんよ」
国語教師の語彙力とは思えないな。
──てか、なんて名前の本だよ。
「俺は、その作品に感化されてな、どんな苦境に立たされても諦めへん心を手に入れたんや。そっからの俺はマジで凄いぞぉ。柔道もメキメキ上達してな、中学の時は関東大会で優勝、高校の引退試合では全国でベスト8や」
マジで凄いな、通りで強いわけだ。
──え、てか、関東? コイツ、もしかして、元は関東の人なのか?
「その作品は俺の人生のバイブルや」
だからなんて名前の作品だよ。
「俺も、この作品のように、誰かの人生を救えるような名作を世に出したい! そう思って、俺は小説家を目指したっちゅうわけやな!」
「いや、教師目指した話ちゃうんかい!」
思わず関西弁でツッコんでしまった。
魂の背中の文字はなんなんだよ。
「焦るなや、ワキバラ。こっから本題やねんから」
「……その前に、その作品の名前教えてくださいよ」
「今持ってるぞー。見るかー?」
「あー、はい」
藤原は鞄から一冊の本を取り出し、俺に放り投げた。
「おい、なに投げてんだよ?! これ、アンタの人生のバイブルなんだろ?!」
「うわホンマや! お前そういうことは先言えよ! 投げてしもたやないか!」
「予測できるかッ!!」
藤原の無能うっかりはさておき、本の表紙に書かれたタイトルを拝見する。
さてさて、俺でも知ってる小説かな──?
「…………」
かいけつゾ〇リ。
「漫画じゃねぇか!!」
俺でも知ってる漫画だった。
「小説じゃねぇのかよ?!」
「誰も小説なんか言うてへんやろ」
「じゃあなんで小説家目指したんだよ?!」
「……絵ぇが描かれへんからに決まっとるやろボケェェェェ!!!」
逆ギレかよ、怖っ。
──あれ? そういえば、これ、何の話してたんだっけ?
「そんじゃ、気を取り直して、俺が国語教師になった本題に移るとするか」
「もういいよ、なんか疲れた。おやすみ」
「アレはー、俺がー、まだ下の毛も生えてへん、ケツの青いガキやった頃────」
俺は無視して寝た。
【ノックリース魔術学校,F-8教室にて……】
翌朝、思いの外ぐっすり眠れたようで、俺は気分の良い目覚めを迎えることができた。
対して、藤原は明け方まで自分語りをしていたらしく、朝の職員会議に遅刻していた。
そして、今、俺たちは担当クラスで朝のホームルームを行っている。
「俺、教師クビになるかもしれへんねん」
藤原は朝イチから
藤原の解雇発言にクラスの女生徒たちは当然困惑している。
「先生、生徒を困惑させるのはやめてください」
「でも事実やんけ」
「……学校来てまだ2日目の担任が『俺、クビになるかも』って言われた彼女たちの気持ち、考えたことあるんですか?」
「それは……イカついなぁ」
「見た目も中身も相当イカついよ、アンタ」
その時、モネさんが手を挙げ、質問をする。
「
そりゃ当然そう来るよな。藤原、説明不足すぎるもん。
藤原はイカついので、彼女たちには俺から説明を施す。
「あー、そう、なるほど、ね」
「あの授業ですもの……」
「そりゃあまぁそうなるかぁ」
「納得」
「ナイル先生って誰?」
概ね、彼女たちも俺と同様の反応で「藤原のあの授業の質なら解雇されても当然」と思っているようだ。
──つーか
「安心せえ。まだ『かもしれへん』や。俺の授業の評価さえ変われば、解雇は免れる」
何故か自信満々にそう言い張る藤原に、女生徒たちの顔が明るくなる。
しかし、俺はむしろ不安を覚えた。
「藤田先生は、もう既に、有効的な策を何かお考えなのですね!」
「おう! 当たり前やろ! 俺は国語教師やからな!」
モネさんの質問に対して、何の関係性も無い肩書を出す藤原に、俺は尚更の不安を覚える。
そして、そんな俺の不安はズバリ的中した。
「俺は、ワキバラが提案してくれた『睡眠学習法』を実施する!」
皆、脱臼するんじゃないかってくらい、ガックリと肩を落とした。
「おいおい、お前ら何がっかりしとんねん? これはワキバラの案やねんぞ? ワキバラが信じられへんってんか?」
「やめろ、俺を巻き込むな……」
確かに、提案したけども。
「今回で
その時、ユナさんの呟きをキッカケに、一同は静まり返った。
どうやら「言ってはいけないことを言ってしまった」みたいだ。
その意味がわかっていないのは、俺と藤原のみ。
「ユナさん、五人目って何……?」
俺はユナさんに問う。
「…………」
しかし、ユナさんは両手で口を押さえ、机に突っ伏したまま動かない。黙りを決め込むつもりだ。
他の人に聞いてみるか。
「リーシャは『五人目』の意味知ってる?」
「さぁー、ちゃんユナの経験人数なんじゃなーい?」
リーシャは俺と目を合わせようとせず、その素振りがなお怪しく思えて仕方がない。
「おい、リーシャ、真面目に答えろよ。知ってんだろ?」
「なんで? 私が知ってるわけないじゃん。ちゃんユナが言ったんだよ?」
「いやいや、さっきの反応からしてキミも知ってるだろ? 何で内緒にすんだよ」
「あのさぁ、ワッキーさぁ、マジでしつこいよぉ? いい加減にしないと────」
「もう良いですわ、リーシャ」
痺れを切らしたモネさんが俺とリーシャの会話に介入する。
「モネ、いーのー? 言っちゃって。ワッキーたちの為でもあるんだよー?」
「構いません。こうなった以上、変に隠し立てる方が危険ですわ。それに、教師は私たちと違って、命まで落とす危険はありませんもの」
命を、落とす……?
「最悪、この魔法都市に二度と入れなくなるぐらい……」
「それ、どのみち死ぬでしょ?」
モネさんとリーシャが何やら不穏なことを話している。
そんなに、重大なことなのか……?
「藤田先生。それに、ワキバラさん──」
モネさんはいつになく真剣な表情でこう言った。
「このクラスは、呪われているんです」
「呪われてる……?」
その時、俺はナルガ理事長が言っていた言葉を思い出した。
──前任の先生は出張先で拷魔の呪いにかかって──
そして、俺の脳裏に一つの可能性が過った。
まさか、俺たちは、あの理事長にまんまと嵌められたんじゃないか……?!
藤原の方を向くと、藤原も同様に俺の方を向いていた。
その表情から察するに、俺と同じことを考えているのだろう。
そして────
「「あのハゲェェェェェェェェ!!!!!!」」
某議員を彷彿とさせる叫びを上げながら、俺と藤原は脇目も振らずに理事長室へと走り出した。
「あぁ、ちょっと待って────!!」
【ノックリース魔術学校,理事長室にて……】
俺と藤原は理事長室のドアを蹴破り、理事長室に乗り込んだ。
「な、なんじゃあ?!」
「なに?! なんなの?!」
理事長室では、ナルガ理事長(ハゲ)とアマリリス先生(エロ)がソファに座り、呑気に紅茶を楽しんでいた。
「うるぁぁぁぁぁあ!!!!」
「ふぉるぁぁぁぁぁあ!!!!」
俺はお茶やお菓子が置かれたテーブルを、藤原はハゲとエロの座るソファをひっくり返した。
ハゲとエロは無様に床へと倒れ込んだ。
「な、何するんじゃ!!」
「そうよ! 痛いじゃない!」
瞬間、藤原は苦言を呈する二匹の害虫の胸ぐらを掴み、ドスの効いた関西弁で怒りをぶつけた。
「『何するんじゃ』はこっちの台詞じゃボケェ! よくもわしらのこと嵌めてくれたのぉ! いてこましたろかワレェ! そっちの女も絡んでんねやろぉ! 両方イってまうぞこらぁ!」
藤原の威圧にハゲとエロはビビり散らかしている。
すげーぞ、藤原! アンタ、ファ〇ルに出れるよ! もっといったれ!
俺はやることがないからその辺の花瓶を破壊する!
「なんやぁ、呪いて? そんなん聞いてへんぞ、あぁ? お前、隠してたやろ?」
「ち、違うんじゃ! これには深いわけが──」
「『わけ』やぁ? ほな『わけ』があれば何してもええんか、あぁ?!」
いけ! 藤原! 生意気な口利くジジイの指詰めちまえ!
「違うんじゃー! あの呪いは『知らなければ無害』なんじゃー!」
「あぁ?」
知らなければ無害?
そういえば、それっぽいニュアンス的なことをリーシャが言っていたような気が────
「お祖父様!!」
モネさんの声が理事長室入り口あたりから聞こえてきた。
振り向いて確認すると、そこにはモネさんをはじめとしたF-8の生徒たちが集まっていた。
俺と藤原を追ってきたのか。
「先生、やめてくたさい! お祖父様は悪くないの!」
モネさんの──生徒の懇願に折れた藤原はナルガ理事長、ついでにアマリリス先生を離す。
解放されたナルガ理事長は、息を整えることも忘れ、興奮気味にモネさんに尋ねた。
「モネや! まさか、話してしまったのか?!」
「……ごめんなさい、お祖父様」
モネさんは泣きそうな顔で答える。
対して、ナルガ理事長はモネさんの肩を掴み、さらに質問を重ねた。
「どこまで話したんじゃ?!」
「く、クラスに呪いがかけられていることと……その、五人目ってことだけ……」
それを聞いたナルガ理事長は胸を撫で下ろし、深呼吸をした。
「……なるほど。それなら、まだ取り返しはつくかもしれん」
「ごめんなさい……私…………」
とうとう泣き出してしまったモネさんに、ナルガ理事長は優しく胸を貸し、彼女の頭を撫でる。
「いいんじゃ、モネ。ワシの方こそすまんのぉ。嫌な役を押し付けてしもうて。本当に辛いのはお主らじゃろうに……」
嫌な役──?
それは「俺たちに呪いのことを隠す役」のことなのだろうか。
そして、ナルガ理事長の「どこまで話したか」という発言。
「知らないうちは、無害……」
もしかして────
「ゔッ…………!!」
俺の思考がその結論に辿り着いた瞬間、胸の奥が圧迫されるような痛みに襲われた。
その痛みは、まるで心臓が鎖状のナニカで縛られるように、窮屈で、とても不自由に感じられた。
「なんだ────?!」
自分の胸部を目視する為、視線を下に向ける。
「ッ────!!」
俺の左胸には、まるで血のように、どす黒い赤の魔法陣が描かれていた。
「ま、まさか、これが────?!」
「拷魔の呪い」
ベロニカは俺を指差し、そう発した。
それを聞いていた周りのクラスメイト、教員らが、一斉に俺を凝視し、小さく悲鳴を上げる。
「察してしまったのね。呪いの性質に」
しかし、アマリリス先生だけは俺を──俺の胸に浮かんだ魔法陣を見て、不敵に笑う。
「呪いの性質……それって────」
「えぇ、そうよ。知ってしまったが最期。ニンゲンの好奇心を利用した最も狡猾な呪い。それが『拷魔の呪い』よ」
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