7th Lesson『無能教師の助手、生徒と交流する、その2』
【魔法都市ソイソース,喫茶ボスゴビナにて……】
放課後、俺は生徒に異世界トークをするという建前の元、カフェでおやつタイムを嗜んでいた。
人数は俺を含め六人。
成金天使のモネさん。からかい上手のリーシャさん。無口幼女のベロニカさん。人体錬成のユナさん。異世界に興味があり、この催しのキッカケを作ったマーガレットさん。そして、俺。
「お待たせいたしました」
テーブルには彼女たちが注文した洋風っぽいスイーツが次々に並べられていく。
勿論、これらの代金は全て俺が払わなければならない為、俺は白湯を注文した。
「「「いただきまーす!!!」」」
彼女たちはテーブルに並べられたスイーツを食していく。
くそ、美味そうに食いやがって。俺だって異世界スイーツ食べたいんだぞ!
そんな不幸な俺に、リーシャは追い打ちをかける。
「ねぇ、紅茶飲み比べしよーよ!」
コイツ、人の金だと思って……!
「…………」
ちょっと待てよ。
俺は今、異世界でとびきり可愛い女の子たちに囲まれながら白湯を飲んでいる。
よく考えたら、これって……異世界ハーレムなんじゃないか──?
──異世界でハーレムを作るんやがな──
藤原のあの言葉が、脳裏にこだまする。
「この俺が、ハーレム……?!」
──そうか。俺は、自分でも知らぬ間に、ハーレムを作ってしまったのか!
そう思ったら、なんだか急に胸が熱くなって、なんか、ドキドキしてきたぞ?! ワンチャンあるか?!
「あれれ? ワッキーなんか顔赤くない?」
「本当ですわ……具合でも悪いのでしょうか?」
瞬間、モネさんの柔らかい手が俺の額に触れた。
「少し熱っぽいですね。ワキバラさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だよ! へーきへーき! ちょっと白湯飲み過ぎちゃったみたい! 白湯のせいだよ!」
俺は、身体の火照りを白湯のせいにして、興奮を誤魔化す。
「……なんか、ワッキーの顔、ニヤけてない? キモいんですけど」
俺は、下心から来る顔のニヤつきを、またも白湯のせいにした。
「……ワキバラさん、流石に無理がありますわ」
誤魔化しきれなかった。
「どーせ、エロいことでも考えてたんでしょ。ワッキー、むっつりそうだし」
「し、失礼な! 俺はそんなこと──!」
まだちょびっとしか考えてない。
「おいおい〜そんなに慌てちゃって〜図星かよ〜! いったいこの童貞先生はナニを妄想してたんだろーねー!」
「か、勝手に決めつけるな!」
童貞だけども!!!
「キャハハ! ワッキー本当にわかりやすいね! ほら、白湯あるよ? 白湯で童貞、誤魔化してみなよ!」
「ぐぬぬ……!!」
腹が立つ。
でも、それはリーシャに対してじゃない。
馬鹿にされているのに、気持ち良くなっている自分に対して、腹が立ってるんだ。
俺は、変態だった。
「あのー」
その時、ポカンとした表情のユナさんが、俺にこう問いかけてきた。
「どーてーって、なんですか?」
──なるほど、一つ疑問が解けた。
リーシャの「童貞」発言に、皆、一様の動揺を見せていたのだが、ユナさんだけはそうじゃなかった。
その理由がこれ──ユナさんは童貞の意味を知らなかったのだ。
「みんな、知ってるの?」
ユナさんは皆に問うも、それを答えたくない少女たちは、顔を赤くして目線を逸らす。
ただ一人を除いて────
「ちゃんユナ〜、前に教えたじゃんか〜、赤ちゃんの作り方について」
「あっ、思い出した! 確か、人体錬成したことない男の人のことだよね!」
「そう!」
リーシャ(おまえ)か、人体錬成の犯人は!
純粋な娘を
「こらこら、リーシャさん。純粋無垢な娘に嘘教えるのはやめなさい。その娘、本当に信じちゃってるから」
「えー、別に良いじゃん。コウノトリより遥かに現実味あると思うけど?」
「犯罪味があるんだよ、その嘘。普通の人が聞いたらびっくりしちゃうって」
実際、俺も初めて聞いた時は「異世界怖っ」って思ったし。
「でもその方が面白くない? ちゃんユナに好きな人ができた時とか、絶対見ものだよ!」
「お前、悪魔か?」
そんな俺たちの会話を聞き、ちゃんユナが黙っているはずもなく────
「リーシャちゃん、嘘ってどういうこと?!」
悪魔に唆された純粋無垢ユナは怒りを表に出す。
それに対して悪魔はというと────
「さぁ? 私よくわかんにゃい。ワッキー先生に聞いてみたら? 童貞の本当の意味」
「お、おい、お前──?!」
俺に回答を振ってきた。
「ワキバラ先生!!! どーてーって何なんですか!!!」
ちゃんユナ、声がデカい。
「ユナさん、ちょっと落ち着いて。声のボリューム抑えよう? ね? 店の中だし、他のお客さんもいるし、ね?」
「教えて下さい!!! 先生はどーてーなんですよね!!!」
「うおおーーー!!! ユナーーー!!! だまれーーー!!!」
「お客様──」
その時、痺れを切らした店員が俺たちの元へやってきた。
「他のお客様のご迷惑になりますので、お静かにお願いします」
「「ご、ごめんなさい……」」
周りの視線が痛い。
モネさんやマーガレットさんは顔を真っ赤にして下を向いている。申し訳ない。
一方、
「はぁ……」
ため息が出る。
──けど、不思議と俺は、心地良さというものを感じていた。
可愛い娘たちに囲まれて、こんなにも感情を剥き出しに話ができるなんて、今まで一回もなかったからな。
藤原と二人で異世界に来た時はどうしようかと思ったが、結構楽しくやれそうだ。
もう「元の世界になんて帰れなくても良い」って思えてきた。
「先生──」
異世界ハーレムの余韻に浸っていると、マーガレットさんに話を振られた。
「そろそろ、異世界のことについて教えてくれませんか?」
「え、あー、そういえばそうだったね」
いけない、完全に趣旨を忘れてた。
この茶会はマーガレットさんや皆に異世界知識を教える、いわば課外学習のようなものだった。
「それじゃあ、何から話そうか……?」
やっぱり、テレビやパソコンみたいな、この世界に無い物の話の方が良いかな?
それとも、この世界の人にもわかりやすい、料理やスポーツについて話した方が────
「先生の家族って……」
「え?」
俺が何を話すか考えていたその時、彼女の口から予想だにしない質問が飛んできた。
「先生の……ご家族について、教えてください」
家族。
「どう、して……」
どうして、このタイミングで────
「あ、いや、その……異世界の前に先ず、先生のこと知りたいなーって思って」
「おお? 脈あり?! マーちゃん、もしかしてワッキー脈あり?!」
「ち、違っ……そ、そうじゃなくて────」
駄目だ。リーシャたちが何か言っているようだが、あの時のサイレンがうるさくて、邪魔で、何も聞き取れない。
川の中に転がる⬛︎を眺めていると、次第に、焼けるような痛みが眼球を襲う。
いっそのこと、この両目を潰してしまおうか────
「ワッキー?」
誰かが俺の名を呼ぶ。
「リーシャ、さん……」
目の前には、リーシャのとぼけた顔が在った。
「ワッキー、話聞いてたぁ? どーせまたエロいこと考えてたんでしょー?」
「あ、いや……」
勿論、川なんて何処にも無いし、サイレンの音なんて鳴ってない。
「先生、大丈夫ですか?」
「すごい汗ですわよ?」
皆、俺の明らかな動揺に困惑してしまっているみたいだ。
「……ごめん、なんでもない」
彼女たちが変に気を回さないよう、俺は平然を装い、話を続けた。
「俺の、家族のことだよね──?」
「言わなくていい」
その時、プリンを食すだけでずっと黙りだったベロニカが言葉を発した。
「え、でもマーガレットさんが──」
「聞きたくない」
ベロニカは頑なに、俺に話をさせたがらなかった。
そんな彼女の態度に皆、疑惑や不満の声をあげる。
「ベロニカちゃん、急にどうしたの? お腹痛い?」
「ニカベロ、もしかしてワッキーのこと嫌いだったり?」
「……」
しかし、ベロニカは再びプリンを食べ始め、またも黙りを決め込んでしまった。
──まさか、こんな子供に気を遣われるなんて。
「ちょいちょいニカベロ〜、無視すんなし〜」
「こら、やめなさいリーシャ」
ベロニカの側頭部を指でツンツンするリーシャに、それを注意するモネさん。
「別にいいではないですか。誰だって話したくないことの一つや二つありますわ」
「ちぇ〜」
どうやら、俺がこの話をしたくないこと、そして、ベロニカの言動が俺を気遣ってのことだと、察しの良いモネさんも気づいたようだ。
気を遣わせちゃったな。
「マーガレットさんも、もうよろしいですわね?」
「でも…………!」
マーガレットさんは、どこか悔しそうな表情で俺を見つめた後、がっくりと肩を落とした。
「わかった……」
【ノックリース魔術学校,廊下にて……】
放課後。
終礼が済んだ後、職員室に向かってる途中、俺は一人の男性教職員に話しかけられた。
「やあやあ。今朝はどうも、藤田先生」
それは今朝、俺が国語辞典で眼鏡をかち割った、あの若い男性教員やった。
「なんや、お前か。なんか用か?」
「……あのですね、私は一応、役職的には貴方の上司に当たるんですよ? 敬語とか使おうって思わないのですか? それとも、学が無くて使えない、とか?」
学が無い──?
コイツ、アホか? この俺の何処を見たらそんな発言ができんねん。学の塊やろ。
──まぁ、コイツ、眼鏡掛けてるし、目ぇ悪くて、俺のことよぉ見えてへんねやろな。
しゃーない、許したる。俺の心はアマゾン川より広いからな。
「敬語は堅苦しいからな、あえて使うてへんねん。その方がフレンドリーやろ? めっちゃ話しかけ易いやろ?」
「貴方と親密になるつもりはありませんよ」
「なんやねん、お前ツンデレやな?」
「違います。あと、その『お前』って言うのやめてもらえませんかね? 貴方に言われるとイラっと来るんですよ」
「やって俺、お前の名前知らんもん」
「……ギヌマ・ダスティ・ミラーです。それくらい就業前に調べとくもんでしょ、普通」
「ぎ、ぎぬ……ぎ、ぎぬ…………」
なんて長い名前や。ナイル川より長い。覚えられへんわ。
「……ナイル先生でええか?」
「良いわけないでしょ。何ですか、ナイルって」
「ナイル川、知らんのか? 世界一長い川やんけ。お前、学無いなー」
「き、さ、まッ…………!!」
ナイル先生はデコの血管をピクピクさせながら、全身をプルプル震わせてる。
──あれ? これ、キレてる? 俺、また何かやってしもたんか?
ようわからんけど、とりあえず謝るか。
「なんか悪かったわ。堪忍堪忍」
「貴様、それで謝ったつもりか……!!」
「お、おい落ち着けって。そんなキレんなや。血管切れてまうぞ?」
──てかコイツ、なんで俺に話しかけにきたんや?
「なぁ、お前、なんか俺に用あったんとちゃうんか?」
「また『お前』って、貴様という奴は……!」
その時、ナイル先生は唐突に深呼吸を始めた。忙しいやっちゃ。
──5回ほど深呼吸をした後、ナイル先生は眼鏡をクイっと掛け直し、喋り始めた。
「……貴方に素敵なお知らせを持ってきました」
「なんや? ドジャース勝ったんか?」
次の瞬間、俺は、そんなボケをかましてる余裕は無いことを思い知らされた。
「貴方の授業、つまらないそうです」
「……」
なん、やと……?
「噂によると、貴方の授業中、起きてる生徒は一人も居ないみたいじゃないですか。どういうことですかねぇ? 睡眠魔法でも詠唱しながら授業を行なっているのですかぁ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、明らかに俺を馬鹿にした態度を取るナイル先生。
──やばい、手が出そうや。
「ここは貴方の居た世界とは違うんですよぉ? やり方を変えた方が良いかもですねぇ? でないと────」
ナイル先生は俺に近づき、俺の肩に手を置いて、こう言った。
「このまま無能な授業が続けば、貴方、クビですからね」
く……解雇(クビ)?!?!
「まぁ、せいぜい頑張ってくださいよ。ベビーシッターさ────ぐはッ!!!」
手が出た。
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