6th Lesson『無能教師の助手、生徒と交流する、その1』
【ノックリース魔術学校,図書館にて……】
昼休み、ヒトヒトメンを食べ終え、モネさん達と別れた俺は、次の授業までの時間を潰すべく、学内の図書館へとやってきた。
「文字の勉強でもしようかな……」
こっちの世界の文字が読めないと不便で仕方がない。
ヒトヒトメンの件もあるし、今後、文字が読めないことでの誤解やトラブルが生まれるかもしれないしな。
「えーっと、語学に関する本は────」
その時、俺の腰に何か小さいものがぶつかってきた。
「あっ……」
それはブカブカの制服を着た小さな女の子だった。
女の子は俺にぶつかった拍子に、床に尻餅をついていた。
「ごめん! 大丈夫?!」
俺はすぐさま少女に手を差し伸べる。
──この子、制服を着てるから、一応この学校の生徒なんだろうけど、明らかに子供だよな。迷子じゃないよな?
「……」
少女は俺の手に頼る事なく、無言のまま、自力で立ち上がった。
なんか悪い事しちゃったな。こういう時どうすればいいんだろう。
「あ、あのぉ、怪我とか無い……?」
「……」
またも無言。
「ぶつかってごめんね。ちょっと本探しててさ。周り見てなかった。ほんとごめん」
「……」
…………。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ブチ切れてる?」
「……」
「そ、それじゃ俺はもう行くね────」
瞬間、少女に上着の裾を引かれた。
「ど、どうしたの……?」
「……」
少女は右目を閉じ、左目だけでこちらをじっと見上げている。
「あれ、キミは……」
その顔に見覚えがあった。
青いおさげ髪、眠そうな目。そして、この子供フェイス&フォルム────
「ベロニカさん、だっけ……?」
思い出した。
彼女は俺のクラスの生徒、ベロニカ(9)さんだ。
「俺のこと覚えてる? F-8の担任補佐の脇谷──」
「アイスブレイクの人」
「うッ……!!」
またも目眩がッ……!!
「そ、そうです……アイスブレイクの人、です……」
俺は本棚に寄りかかり、なんとか転倒を堪えた。
「覚えててくれてありがとう……できれば、今度からは名前で呼んで──」
「取って」
「え……?」
少女──ベロニカさんは見上げる。
「アレ」
「アレ……?」
振り返る。
──そうか、彼女が見上げていたのは俺ではなく、背後の本棚だったのか。
そして、ぶつかった詫びに本を取れと目で訴えていたんだ。
「この本、かな?」
「……」
ベロニカさんはこくりと頷く。
背が低いから上まで手が届かなかったんだな。
──俺がいなかったらどうやって本取るつもりだったんだ?
「はい、どうぞ」
「……」
ベロニカさんは無言・無表情のまま本を受け取った。
「それ、何の本? 俺、字読めなくてさ」
「……」
ベロニカさんはじっと俺の目を見つめる。
──この子、何考えてるか全然わかんない。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……やっぱりブチ切れてる?」
「……」
「そ、それじゃ俺はもう行くから────」
すると、またもやベロニカさんは俺の上着の裾を掴んできた。
「あのー、ベロニカさん。何か言いたい事があるなら目じゃなく言葉で──」
「何探してるの?」
「えっ……?」
「何か、探してた」
「俺が?」
「……」
ベロニカさんは頷く。
──そういや俺、文字覚えようとして此処に来たんだった。
「あぁ、ちょっとこの世界の文字の勉強したくてさ。さっきも言ったように、俺、字読めな──」
「こっち」
俺がまだ話してる途中でしょうが!
ベロニカさんは俺の袖を引っ張り、別のコーナーへと歩く。
「この本が良い」
移動した先で、ベロニカさんは一冊の本を本棚から取り出し、俺に手渡す。
おそらく、文字の勉強に適した書物を教えてくれたんだろう。
なんだ、良い子じゃないか。
「ありがとう、ベロニカさん」
「おうとも」
独特な返答の後、ベロニカさんはどこかへ消えてしまった。
「おう、とも……」
自由な子だな。
【ノックリース魔術学校,教室にて……】
昼休みも終わり、午後の
「つまりやな、作者が何を言いたかったかって言うとやな──」
「「「zzz…………」」」
ねんむい。
「つまりやな、作者が何を言いたかったかって言うとやな──って、茶色のチョーク無くなったわ。ワキバラ、悪いけど職員室から茶色のチョーク取ってきてくれ」
「あ、はい……」
茶色のチョークなんて使う教師いるんだ。チョークTier表で最下位の色だろ。
【ノックリース魔術学校,中庭にて……】
職員室から茶色のチョークを調達した俺は、教室へ戻る為、中庭横の通路を歩いていた。
「ん……?」
その時、俺は中庭に人影を認めた。
「あの娘……」
淡い髪色に、どことなく神秘的なオーラを発している彼女に、俺は見覚えがあった。
彼女はうちのクラスの生徒だ。朝のホームルームで見かけたのを覚えている。
俺は草むらの上に座り込む彼女に話しかけた。
「ユナ・アイゼリアさん、だよね?」
俺の呼びかけに、ユナさんは座ったまま、顔をこちらに向ける。
「その声……アイスブレイクの人ですね」
「うぐぁッ……!!」
やめてくれ。俺のライフはもうゼロよ。
「ワキバラさん、でしたっけ?」
「あー、まぁ、はい……」
この世界での俺の名前、もうワキバラで決まりなのね。
今後、改名してくれるキャラとか出てこないかな?
「ワキバラさんは何しに此処へ? 今は授業中のはずですけど」
「いや、それこっちのセリフ。ユナさんこそ何してるのさ?」
「虫の声を聞いています。つまりサボりです」
堂々と答えるなよ。俺、一応副担任だぞ?
しかしまぁ、受け持ちの生徒が堂々とサボってるのはいかんよな。注意せねば。
「え、えーっと、ユナさん。授業をサボる事はいけない事です。何故、いけない事かというと──」
「あ! バッタがおんぶしてる!」
「おーい、ユナさーん」
ユナさんは俺の話を無視し、おんぶバッタを手の上に乗せて愛ている。
──てか、それおんぶじゃなくて交尾じゃね?
「このバッタ、親子でしょうか? 可愛いですね」
「いや、多分だけど交尾中なんじゃないかな?」
「こーび???」
ユナさんは首を傾げる。
まじか。この人、心が処女の人だ。どっかの大罪司教が喜ぶぞこりゃあ。
「ワキバラさん。こーびって何ですか?」
「えっ……」
答えなくちゃダメ?
でも俺も一応教師だしな。答えよう。
「ええと、その、こ、交尾って言うのは、その……あ、あああ、赤ちゃんを作る事、で……」
あぁん、駄目だぁ! 身も心も童貞の俺には荷が重すぎる!
しかし、俺の全力赤ちゃん講座は彼女に理解されなかったみたいで、ユナさんは怪訝な顔のまま、こう言った。
「赤ちゃんは人体錬成工場で作られるんじゃないんですか?」
「なに、その狂気的な施設……」
「人体錬成工場で赤ちゃんを受け取るんですよね? それが出産って聞きましたけど?」
「キミ、妊婦さん見たことないの……?」
「妊婦さんは知ってますよ。人体錬成待ちの人ですよね?」
「ユナさん、もう人体錬成の話はやめよう」
この世界は子供たちにもっとちゃんとした性教育を行った方がいい気がする。
──さて、気を取り直して、堂々と授業をサボる彼女を注意しなくては。
「ユナさん。話を戻しますが──」
「あ! 毛虫がいます!」
「おいこら、ユナてめぇこら」
ユナさんはおんぶバッタを投げ捨て、毛虫を指で突く。
──うちの生徒、自由すぎない?
「ユナさん、どうして授業サボってるの?」
「それは……」
俺の質問に、ユナさんは毛虫を突く指を止め、こう答えた。
「ずっと自習だからです」
ずっと自習……?
「どういう事?」
「……そっか。ワキバラさんはまだ知らないんですね」
ユナさんは立ち上がる。
「そろそろ戻ります」
意味深な発言を残し、彼女は自分の教室の方へと歩き始めた。
【ノックリース魔術学校,教室にて……】
俺は茶色のチョークを手に、教室へと戻ってきた。
「鬼に金棒! 藤田に茶色チョーク! これで授業も本調子! ほぃぃじゃ、授業再開するぞー」
誰も喜ぶ者はいない。
「つまりやな、作者が何を言いたかったかって言うとやな──」
授業が本調子に戻った。
【ノックリース魔術学校,F-8教室にて……】
全ての授業を終え、俺と藤原はF-8の教室に戻り、帰りのホームルームを行っていた。
「報告事項はなんもない。言いたい事もなんもない。明日も頑張れ。以上や」
内容、酷すぎない?
もうちょっとなんかあるだろ。
「ワキバラ。お前、なんか伝えなアカン事あるか?」
「え?! ぼ、僕ですか……?」
そ、そんなこと言われても……
「な、何も、ありません……」
藤原ごめん。ホームルームってむずいわ。
「そうか。じゃあ生徒の方から、何か伝えなアカン事ある奴おるか?」
誰も手を挙げない。
「じゃ、今日はおしまいや! お疲れさん! 家帰ってもちゃんと勉強しろよ! 学生の本分は勉強やからな!」
それだけ伝えると藤原は「モホハハハー!」と高笑いをしながら、颯爽と教室を後にした。
──さて、俺はどうしようか。
「脇谷先生」
その時、黒髪の女子生徒が俺の元へとやってきた。
「ええと、キミは確か……」
「マーガレットです」
彼女の名はマーガレット・クローバー。確か俺よりも一つ年下のうちの生徒だ。
「マーガレットさん、どうかしたの?」
「脇谷先生に聞きたい事があるんです」
脇谷……あぁ、俺は脇谷だ。懐かしい響きだ。
自己紹介もワキバラだったから、本名で呼ばれるの久しぶりな気がする。
──って、俺、この子に本名言ったっけ?
「聞きたい事って?」
「異世界についてです」
「異世界?」
「はい。脇谷先生たちって、異世界から来たんですよね?」
そうか、俺たちにとっては此処が異世界だけど、この娘たちからしたらあっちが異世界になるのか。
「うん、そうだよ。でも、なんで?」
「私、異世界に興味があって……ネットとかゲームとか……」
逆にネットとかゲームとか知ってるんだ。凄いな、異世界の浸透力。
まぁ俺のいた世界でも、アニメとか小説とかで異世界のこと結構知れ渡ってるし、逆も然りって事か。
その時、リーシャが話に入ってきた。
「なになに?! ワッキー、今から異世界トークするの?! 私も聞きたーい!」
彼女の後ろには友人のモネさんもいる。
「モネも聴きたいよね!」
「えぇ、食堂では聴きそびれてしまったので」
食堂じゃ圧倒的にヒトヒトメンだったからな。
俺は二人の参加に了承する。
「うん、俺は全然構わないよ」
「じゃあ、どっかカフェでも行こーよ! 私、スイーツ食べたい! 勿論、ワッキーの奢りだよね!」
「え、なんで……?」
「だって先生じゃん」
この女、それが目的か。
すると、リーシャは席の方を振り返り、残りの女生徒たちを誘う。
「ちゃんユナもニカベロもおいでよー! ただ飯だよー?」
リーシャの誘いにちゃんユナこと、ユナさんはこう答える。
「フワフワパンケーキでお願いします」
次いでニカベロこと、ベロニカも──
「プリン乗ってるパフェ」
コイツら、人の金でスイーツ食べたいだけだろ。
「プリン」
「パンパン」
「プリン」
「パンパン」
「プリン」
「パンパンケーキ」
妙に聴き馴染みのあるリズムと音程を取りながら、ユナさんとベロニカは俺たちの元へとやってくる。
「人のお金で食べるパンケーキが一番美味しいんですよ」
「それな」
「それな」じゃねえーよ。どういう教育受けてんだコイツら。
──てか、まだ奢りなんて言ってないし。
唯一、モネさんだけが俺の財布を心配してくれている。
「私がお支払いしましょうか……?」
「ありがとう、モネさん。大丈夫だよ。だって俺、教師だから」
モネさんの手前、見栄を張ってしまった。全然大丈夫じゃないのに。
一応、生活費として学長からいくらか支給されてはいるが、まさか初めてのお買い物が奢りになるとは、幸先不安だ。
そんな俺とは対照的に、リーシャはゲハゲハ笑いながら先陣を切った。
「よーし! 良い財布も手に入ったし、今日はとことん食べるよー! みんな行こー!」
「「「おーーー!!!」」」
「誰が財布じゃボケ」
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