5th Lesson『無能教師の助手、食堂で斬殺されかける』

※この話でもビャンビャンメンの「ビャン」を用いています。時代の先取りをし過ぎてしまった為、ご了承ください。




【ノックリース魔術学校,職員室にて……】


 地獄のようなホームルームが終わり、俺と藤原は職員室に寄って授業の用意を行おうとした。


「あれ……?!」


 しかし、藤原は授業直前でとんでもないことを言い出す。


「無い……無いッ……! メロスが無いッ! メロスが、ない! メロスが! ないメロスがッ! 教科書どっか行った!!」


 好きでもない教師が教材メロスを忘れた。

 まったく、この無能教師ときたら……


「メロスどこ行ってん! 早よ出てこい! 生徒とセリヌンティウスが待ってんねんぞ! メロスゥゥゥゥゥウ!!!」

「アンタ静かに探せないの?」


 仕方ない。一応助手だし、俺も一緒に探してやろう。

 それに、コイツの評判が悪くなれば、俺にも被害が被りそうだからな。


「俺も一緒に探します」

「ほんまか! 堪忍やでぇ!」

「仕方ないでしょ。あと数分で授業始まっちゃうんだから」

「俺ら、焦ってるな。アセリヌンティウスやな!」

「探すのやめますよ?」


 俺は藤原に、最後に教材を置いた場所を確認する。


「ホームルーム前はちゃんと机の上に置いてたんですよね?」

「あぁ、間違いない。俺のハイスペック脳みそメモリが記憶してるから」


 不安な記憶媒体だな。

 ただ、俺もうっすらとだが、藤原が机の上に教材を置いていたのを見た記憶がある。


「──ちょっと、他のメモリの方にも聞いてみます」


 妙な違和感を感じた俺は、職員室に居た他の教職員の人たちに、無くなった教科書の行方を聞いてみる。


「すみません。此処にあった僕らの教材、どなたか知りませんか?」


 しかし、帰ってくるのはヒソヒソ声だけで、誰も直接伝えてくれる者は居なかった。

 ──もしかして、隠された?


「どなたか、間違って持っていってしまった、なんて方いらっしゃいませんかね?」


 俺が再び、全体に教科書の行方を問いかけると、一人の男性教職員がニヤニヤ笑みを浮かべて、こちらにやってきた。


「なんだね、キミ。まさか、僕らを疑ってるのかい?」


 見た目は20代前半で、中々のハンサムだ。

 それに、スーツにメガネと、見るからにエリートっぽい。

 男は先を続けた。


「他人を──それも、同僚を疑うなんて、余程民度の低い土地で育ったと見える。キミの故郷は牢屋か?」


 その男が声を出して笑うと、同調するかのように、他の教職員たちも声を出して笑った。

 ──確定的だ。

 教科書をどこかへやったのはコイツらだ。


「おっと、ごめんよ僕ぅ? 別にキミを馬鹿にしてるわけじゃない。むしろ賞賛してるのさ。そんな幼稚で野蛮な考え、僕の価値観じゃ浮かんでこないからね。素晴らしい発想力だ、うん。転職をお勧めするよ。キミは今からでも創作者になるべきだ」


 再び、職員室内に嫌な笑い声が響く。

 ──あぁ、これが噂に聞く「職場いじめ」ってやつか。

 笑っている顔の中に、昨日ここで見た奴が居る。

 恐らく、俺たちをいじめるコイツらは反理事長派の人間だろう。

 そして、その筆頭がこのキザメガネということか。


「おいおい、黙ってないで何か言ったらどうだ。もしかして、そういう人、だったりするのかなぁ? ──おっと失礼、口が滑ってしまった。謝ろう! でもおかしいなぁ? この学校でそういう雇用制度があるなんて聞いたことが────」


 瞬間、キザメガネの顔面に何かが勢いよく飛んできた。


「ぬぐごッ!!!」


 それは分厚さと重量に定評のある国語辞典だった。

 国語辞典の直撃を喰らったキザメガネは地面に倒れる。

 そこへ、やってくる藤原────


「堪忍かんにーん。手が滑ってしもたわ」


 表情でわかる──彼は、怒っていた。


「でも、これでおあいこやな」

「な、なにがあいこだ、貴様ぁぁ……!!」

「俺は手が滑った。お前は口が滑った。そういうことや」


 そんな一休さんみたいな屁理屈──じゃなくてトンチ、通用するわけないのに。

 でも、今は何故だか、藤原を、とても心強いと思ってしまっている。


「悪いなぁ。アイスブレイクどころか、メガネブレイクさせてもうたわ」

「メガネが、ない! メガネが! ないメガネがッ!」


 キザメガネは、国語辞典がぶつかった拍子に外れたメガネを探している。

 いい気味だ、ばーか。


「行くぞ、ワキバラ。そろそろ授業の時間や」

「はい! センセー!」


 俺たちは教室へと向かった。




【ノックリース魔術学校,廊下にて……】


 俺と藤原は、最初の授業が行われるE-3組の教室へと移動していた。

 勿論、また物を隠されると面倒なので、鞄は持ち歩いている。


「──でも、どうしましょう? 教材無かったら困りますよね?」

「心配すんな、ワキバラ。俺は忘れ物の達人や。こんな危機、幾度となく乗り越えてきたんだドン!」

「無能フルコンボっすね」


 まぁ無能でも、30年以上も教師を続けてきたんだから、授業の一つぐらい何とかなるだろう。

 それに、さっきの藤原ザマァムーブを見たおかげで、何となく、コイツを信頼しても良いかなって────


「ワキバラ……教科書、鞄の中に入ってたわ……」

「は……?」


 ──そう思い始めた矢先にこれだよ。


「え、どゆこと…………?」

「いやぁー、やからぁー、教科書ありました。鞄の中に移してたの忘れてました。メロスできます」

「はぁ?! じゃあ、なに? 教材隠されてなかったの?! アイツら何にも悪いことしてないの?!」

「いや、ワキバラ、実はそれがやなぁ…………」

「それが…………?」

「全く持ってその通りやッ…………!!」


 俺は国語辞典で藤原の頭をどつく。


「お、お前ぇ……! とうとう物理ツッコミしやがったな! それ傷害罪やねんぞ!」

「うるせぇ、この冤罪製造機! ちゃんと探せや、ボケ! なんであるんだよ!」


 あーあ、コイツのせいで反対派との溝深めちゃったよ。

 学長やアマリリス先生に申し訳ない。


「もう俺、学長たちに顔向けできねぇよ……」

「心配すんな、ワキバラ。俺はおっちょこちょいの達人や。こんな危機、幾度となく乗り越えてきたんだドカッドドカッドドカドカドカッ!」

「無能APは人間やめてるので勘弁してください」


 これまでに一体どれほどの教師が藤原の犠牲になってきたのやら。

 上げて落とすのが本当に上手い藤原だった。




【ノックリース魔術学校,E-3組の教室にて……】


 紆余曲折なんやかんやありましたが、今は無事に初回の授業を迎えることができた。


「「「zzz………………」」」


 ──いや、全然無事じゃなかった。

 E-3組の生徒は全員、一人残らず、マジで全員、爆睡している。


「つまりやな、作者が何を言いたかったかって言うとやな──」


 そうだ、忘れてたけど、藤原こいつの授業ってクソつまんなかったんだった!


「つまりやな、作者が何を言いたかったかって言うとやな──」


 コイツの授業で寝ない奴は居ない、その無能っぷりは異世界でも健在。

 やばい……助手の俺まで、寝てしまいそうだ……!


「つまりやな、作者が何を言いたかったかって言うとやな──」


 眠ったら駄目だ! 俺が寝たら、生徒に示しがつかないだろ! 耐えろ俺!


「つまりやな、作者が何を言いたかったかって言うとやな──」


 てかコイツ、何回同じこと言ってんだ!

 もう治の主張はいいんだよ!


「つまりやな、作者が何を言いたかったかって言うとやな──」


 くそ……! 俺は、こんな地獄を、あと何回続けなければならないんだ!!


「zzz…………」


 俺は立ったまま眠ってしまった。




【ノックリース魔術学校,食堂にて……】


 メロスの睡魔地獄フルマラソンを耐え抜いた俺は、お昼休みに昼食を摂る為、食堂へと向かっていた。

 一方で藤原は────


「俺、食堂はええわ」


 藤原は一人、職員室に残った。


「俺なぁ、昼はキャロリメイしか喉通らへんねん」


 とか言って、今頃は職員室で漫画読みながらカロリー〇イトを食っている。

 ──そもそも、あんなパッサパサなの、端から喉通らないと思うが。


「──さて、なに食べようかな」


 壁に掛かってあるメニュー表を見た。


「読めない……」


 勿論、全てこの世界の文字で書かれている為、何があるのか全然わからない。


「あら? ワキバラさんじゃありませんこと?」


 メニューに困惑する俺の元へ、二人の女子生徒がやってきた。

 一人はモネさん。もう一人は、モネさんよりもやや背の低い金髪ボブの女子生徒。

 どちらも僕のクラスの生徒だ。


「モネさん。それと……」


 確か、もう一人の子の名前は────


「リーシャ・キャノーラさん……で、合ってるかな?」


 俺が自信無さげに尋ねると、その女子生徒は満面の笑みでこう答えた。


「マルかバツ、どっちだと思う?」


 え、なに? これ、試されてんの?


「ま、マルかな……」

「答えはバツ! リーシャは基本、皆からリーシャって呼び捨てで呼ばれてるから『さん』と苗字が要らないことに注意しなければならない!」


 車校の学科試験か。

 ──まぁ、根本的には間違っていないみたいだし、会話の流れからするに「私のことはリーシャと呼べ」ってことなんだろうな。


「よろしくね、リーシャ」


 俺がそう呼ぶと、リーシャは自分の両肩を抱き、嫌悪の表情で俺を見る。


「え、急に呼び捨て……? 距離の詰め方エグいね……主食は女の子?」


 なんか、ものすごい勘違いされてる。

 誤解を解かねば────


「ち、違うよ! キミがさっき『皆からは呼び捨てにされてる』って話してたから、俺てっきり呼び捨てで呼んで欲しいのかなって……!」

「そんなこと一言も言ってなくない? キモいんですけど?」

「……ごもっともです……」


 あまりの恥ずかしさに涙が出そうになったその時、モネさんがリーシャの頭を軽く小突いた。


「イテ……」

「揶揄うのも程々にしなさい、リーシャ」


 テヘヘと幼く微笑むリーシャを隣に、モネさんは申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「申し訳ありません、ワキバラさん。この娘の言ってることは全部冗談ですので、気になさらないでくださいまし」

「冗談……?」


 冗談で初対面の人に「キモい」とか「主食は女の子」とか言っちゃうの? ヤバくない?

 すると、俺の中でのヤバい女第2位リーシャ・キャノーラは──ちなみに第1位はアマリリス──ヘラヘラ笑いながら悪びれた様子もなく、俺にこう言ってきた。


「ごめんごめーん! だってキミ、ノリ良さそうだったからさ! ついイジりたくなっちゃった!」

「そういうのはもうちょい仲良くなってからでお願い……あと、俺なんかの何処を見て『ノリ良さそう』って思ったの……?」

「アイスブレイク!」

「うッ…………!!」


 急に眩暈が……!


「だ、大丈夫ですか、ワキバラさん……」

「う、うん。大丈夫だよ……」


 俺はモネさんの手を借り、ふらつきながらもなんとか立ち上がる。

 ──つーか、モネさんまで俺のこと「ワキバラ」って呼び始めてるよ。昨日ちゃんと名乗ったのに。


 まずいな、俺の黒歴史が現代にまで影響を及ぼしている。

 ──ちょっと待て。ってことは俺、このまま「ワキガの妖精ワキバラ」で生きていかなくちゃならないの?


「──ねぇ、早くご飯食べようよ?」


 アイスブレイクの後遺症に震える俺を気にも留めず、リーシャはモネさんを昼食に急かす。


「そうですわね。ワキバラさんもご一緒にいかがかしら?」

「えっ……なに……?」


 心ここに在らずだったから、急に話を振られてびっくりした。


「昼食、ワキバラさんも食べにきたんですよね? 一緒に食べましょう」

「えー、でも……俺が居たらお邪魔じゃない?」


 俺、ワキガの妖精だし。


「そんなことありませんわ! 一人で食べるより大勢で食べた方が美味しいですわよ! それに私、ワキバラさんの異世界トークとやらも聞いてみたかったんです!」

「あー、そう、なの…………?」

「そうですわよ!」


 すると、モネさんは俺の手を掴み、注文コーナーへと歩く。


「ささ、私たちも早く並びましょう!」

「まぁ、うん……別に、良いけど…………」


 モネさん、優しい。モネさん、好き。


 ──おっといけない。モネさんへの好きが強まり過ぎて、俺の言語能力が著しく低下してしまっていた。

 お金持ち口調の奴は大体、高飛車で嫌味な奴ってイメージがあるのに、モネさんは全くそんなことなく、こんなモブ男の俺にも優しくしてくれる。

 そう、まるで天使だ。

 今日からモネさんのことは敬意を込めて「成金天使」と呼ぼう。


「ワキバラさんは何をご注文に?」

「あ、いや、その……字が読めなくて……」

「なるほど、それでメニューの前に立ち尽くしていたんですのね」

「お恥ずかしながら……」


 早くこの世界の文字の勉強するか。


「じゃあさ、ワッキー! 今日の日替わりランチにしたら?!」


 リーシャに変なあだ名をつけられた。

 ──まぁ、本名が脇谷だから「ワッキー」の方が「ワキバラ」より遥かに近い。


「リーシャもモネもそれを食べにきたんだー!」

「ワキバラさんもどうですか?」


 じゃあ、俺もそれにしようかな。


「ちなみに、今日はどんな日替わりメニューなの?」

「ヒトヒトメンだよー!」

「ヒトヒトメン……?」


 聞き覚えのない料理に困惑すると、モネさんがその料理の説明をしてくれた。


「小麦で出来た生地を平く伸ばして、それに甘酸っぱいタレを和えたものですわ。唐辛子が乗ってるので少し辛いかもしれません」


 なるほど、じゃあ日本で言う「ちょいからのつけ麺」みたいなものか。

 ──てかこっちの世界でも麺の発音は「メン」なんだな。


「はいー! ヒトヒトメンお待ちー!」


 すると、厨房の親父さんが俺の目の前にヒトヒトメンなるものを置いた。


「これって────」


 ──𰻞𰻞麺ビャンビャンメンじゃね?


「どうです、ワキバラさん。異世界には無い変わった料理でしょ?」

「あ、いや……これ、𰻞𰻞麺ビャンビャンメンですよね……?」

「ん? なにボケたこと抜かしてますの? ヒトヒトメンですわよ? ──あ、ちなみに文字はああ書きます」


 モネさんはメニュー表を指差す。

 そこには「𰻞𰻞麺」と書かれていた


「いや、𰻞𰻞麺ビャンビャンメンじゃん!!」

「違いますわ、ワキバラさん! ヒトヒトメンです! 朝のホームルームで私が『ヒト』という字を教えましたよね!」


 確かに、こっちの世界の「ヒト」って文字は「𰻞」って書くって言われたけど、「麺」は言い逃れできないよ?!

 その時、厨房の親父が包丁を構え、鬼の形相でこちらを見つめてきた。


「おい、あんちゃん。俺の料理が気に食わねぇって言いたいのか? あ゛ぁ゛?!」

「ちちちちちち違います違います! ただ、何でビャン──ヒトヒトメンって言うのかなぁ〜って!!」


 だって日本語に直すと「人人麺」になって明らかに料理の名前としては不自然。

 もはやカニバリズム食じゃないか。


「ヒトヒトメンはなぁ……人と人とが支え合い、改良に改良を重ねて創られた麺なんだ。だからヒトヒトメンなんだよ!」


 その理屈だと、麺類みなヒトヒトメンになるけど?


「あんちゃん、それ以上ヒトヒトメンをコケにしたら、殺すッ!!」

「ひえーーーー!!!」


 シンプルイズ恐怖ッ!!

 厨房の親父に胸ぐらを掴まれ、斬殺されそうになる俺。

 その時、モネさんとリーシャが俺の背後からフォローを入れてくれた。


「ご、ごめんなさい! 彼は異世界から来たばかりなので、こちらの食には慣れてなくて……!」

「そ、そうそう! 脇谷コイツ、イかれトンチキなんだよ〜! だからおっちゃん、大目に見てやって〜! ね?!」


 すると、親父は俺を離し、厨房奥へと消えていった。


「異世界、怖っ…………」


 俺は、この日食べたヒトヒトメンの味を一生忘れることはないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

藤田転生〜担任の無能教師五十二歳(男)と異世界に迷い込んだら有能教師として返り咲く様を見せつけられた話〜 天谷なや @amayana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ