4th Lesson『無能教師の助手、アイスブレイクする』

※この話ではビャンビャンメンの「ビャン」を用いています。時代の先取りをし過ぎてしまった為、ご了承ください。




【ノックリース魔術学校,職員寮にて……】


 書類の提出、学内の案内、明日の授業の用意などを終え、俺と藤原は寝床についていた。

 何故か同じ部屋で、何故か二段ベッドである。

 ちなみに、藤原が駄々を捏ねた為、俺が下で寝ている。


「先生」

「なんや、ワキバラ」

「俺たち、帰れますかね……?」

「帰れんちゃう? 知らんけど」


 お手本のような「知らんけど」だな。

 ──てか、なんでコイツはこんなにも楽観的なんだろう。とことん理解できない。


「はぁ……」


 長い一日だったなぁ。

 転校初日に無能教師に絡まれて、その教師と異世界に飛ばされて、チンピラ倒して魔法学校の教師になって、学校案内してもらって…………


「結局、この世界について全然調べられませんでしたね」

「せやな。でもなワキバラ、俺たちには、もっとちゃんと話さなアカン重要なことがあるんとちゃうか?」

「重要なこと……?」


 すると、藤原は二段ベッドの上からひょこっと顔を出す。


「お前、クラスに好きな奴おるか?」

「修学旅行か」

「ええから言えって! 早よせな先生来るやろ! あ、ちなみにクラスって日野高の方な」

「だから修学旅行か、って……」


 あと先生はお前だ。


「誤魔化すなや〜! ホンマはおるんやろ〜?」

「今日転校してきたんですよ? どんだけ惚れやすいんですか、僕。産まれたてのひよこじゃないんですから」

「それ『ニワトリが先かタマゴが先か』的な話か?」

「全然違います」


 なんかこのセリフ、昼にも言ってたな。


「なんや、おもんない奴やなぁ。恋しとけや、ボケ」

「そんな無茶な……」

「言っとくけど、俺のクラスの女子生徒たち、他クラス・他学年からめっちゃ評判ええねんぞ?」

「そう、なんすか……」


 そう言われてみれば、日野校の1-1組には整った顔の女子生徒が多かった気がする。


「あぁ、そうや。例えばやな──」


 例えば、不思議ちゃん系美少女の鳴彼なるかれさんとか──


「全ての授業において熟睡してる鳴彼とか──」

「…………」


 くりくりお目目で童顔美少女の霜月しもつきさんとか──


「9教科合計9点の霜月とか──」

「…………」


 ハーフで金髪ギャル美少女の月江つきえさんとか──


「この前こっそり体育館裏でヤニ吹かしてた月江とか──」

「…………」


 転校しようかな。


「どうや? 好きになってきたか?」

「その情報でどうやって好きになれって言うんですか……」

「顔が良い!!」

「顔が良い『だけ』でしょ。いくら『絶品』って書かれてもうんこは所詮うんこなんですよ」

「おい、ワキバラ! うんこを見かけで判断したらアカンぞ! 中身がカレーやったらどないすんねん!」

「ただのカレー味のうんこじゃないですか」

「それ『うんこ味のカレーが先かカレー味のうんこが先か』的な話か?」

「あー! もう! それ以上話さないで! 眠れなくなる!!」


 俺は布団に潜り込む。


「なぁ、ワキバラ。百万貰えるならうんこ食える派? それとも食えない派? あ、俺、十万超えたら悩む派」


 この夜、俺は「カレー味のうんこを食べて一万円貰う」というイかれた夢を見てしまい、死にたくなった。




【ノックリース魔術学校,職員室にて……】


 翌朝、俺と藤原は身支度を済ませ、時間ギリギリに職員室に登校──いや、通勤した。


「先生、トイレ長過ぎです」

「トイレが長いんやない。俺のトイレにかける時間が長いんや」

「いちいち突っかからないで下さい。俺、今、機嫌悪いんで」


 あのイかれた夢のせいだ。全然寝た気がしない。


「アカン。言葉はちゃんと使え。お前、今日から国語教師補佐やねんぞ? その自覚を持て」


 珍しくまともなこと言いやがってクソが。


「まぁ、今回は水に流したるわ。トイレだけにな……!」


 うっざ。


 職員室では端的な会議が行われていた。

 主に「今日も頑張りましょー」ってことを偉そうな人が長々と話し、その後に各教員からの報告などがあった。


「私は藤田です。家名の無い──(以下省略)──」


 そして、最後に俺たちの自己紹介を行い、この会議は幕を閉じた。


「では、アイスブレイクとして、私の超絶オモロショートコントでも──」


 させるかッ……!!


「ワキバラですッ!! よろしくお願いしますッ!!」

「くッ……!!」


 俺は、奴のアイスブレイクを阻止した。




【ノックリース魔術学校、廊下にて……】


 此処は校舎の最南端に位置するF-8組の教室前の通路だ。

 職員室並びに他の施設から最も離れた場所に位置する為、移動時には非常に手間がかかる。


「とりあえず、ホームルームを済ませるんですよね?」

「あぁ。それが終わったら、次はE-3の教室で授業や。ちなみに、途中で職員室寄って教材取りにいくからな」

「はい」


 コイツ、まともに話せたんだな。


「なんか、俺、緊張してきました……」

「なんで緊張してんねん。お前何もせぇへんやんけ」

「そう、なんですけど……」


 俺自身、まだ教師という自覚が無い。

 それなのに、同い年くらいの人たちが俺の教え子だという事実。

 しかも異世界。しかも女子校。

 極めつきは、相棒が藤原こいつ


「大丈夫や、俺がお────私が来たッ!!」

「言い直さなくていいんですよ」


 不安しかない、が────


「やるしかない、か……」


 藤原はドアを開け、教室へと入る。

 俺も意を決して、藤原の後に続いた。




【教室内にて……】


 段のある床に設置された長い机、固定された椅子。黒板は上下に動くタイプで、まるでアニメとかで見る大学の教室みたいだった。

 そして何より広い。日本の高校のギュウギュウ感とはまるで違う、空間にゆとりがある造り。

 その広さを際立てているのは、やはり生徒の数だろう。


「5人だけ……?」


 50人は軽く座れるであろうこの教室には、なんと5人の生徒しか存在しなかったのだ。

 ──まぁ、このクラスの名簿は貰っていたから、今更人数の少なさには驚かない。

 ただ、このクラスは合計で7人いると書いてあった。

 病欠か、それとも────


「お前ら『人』って漢字知ってるやろ」


 藤原は人数の疑問に全く構うことなく、それでいて自己紹介とかもすることなく、唐突に、黒板に字を書き出した。


「『人』って漢字はな、人と人とが支え合って出来てんねや」


 藤原はいにしえの教師ネタを繰り広げているが、どうやら生徒たちはピンときていないようだ。


「あれ『ヒト』って読むの……?」

「『カンジ』ってなに……?」


 そうか、こっちじゃ日本で使われてる文字は通じないんだな。

 ──ん? じゃあ、なんで言葉は通じるんだ?


「ちょっとよろしいでしょうか」


 その時、一人の女生徒が手を挙げる。

 理事長の孫娘のモネさんだ。


「僭越ながら、私が板書のお手伝いをいたしますわ」

「あ、お、おう……助かり、ます……」


 国語の教師なのに文字が書けないという必殺面目丸潰しを喰らい、藤原は顔を赤くする。

 それを見た俺は、何故かちょっとだけ、気分が良くなった。


「ちなみに『人』はこう書きますわ」


 モネさんは黒板の前に立ち、見たこともない非常に画数の多い文字──𰻞←ビャンビャンメンの「ビャン」みたいな文字──を黒板に書く。


「では先生。続きをどうぞ」

「お、おう……」


 藤原は新たに現れた𰻞ひとと対峙する。


「お前ら『𰻞ひと』って文字知ってるやろ。『𰻞ひと』って文字はな、𰻞ひと𰻞ひととが支え合って……さ、支え……支え合、い…………」


 瞬間、藤原は黒板を殴った。


「人、居りすぎやろォォォォォ!!!」


 そして、叫ぶ。


「何人で支え合ってんねん! ちっさい国出来てしまうわ!」


 ツッコミ──いや、もはや癇癪の域だ。

 文字を書けなかったことに対する恥ずかしさと、この世界での「人」の画数の多さに困惑しているのだろう。


 ──そう言えば、コイツのツッコミを見るのは初めてかも。新鮮で良いな。

 女生徒たちが怖がってるから止めないとだけど、もう少しだけ、コイツのツッコミを聞いてみるか。


「なんや、𰻞と𰻞とが支え合うって! それはもう𰻞と𰻞が麺と絡み合って𰻞𰻞麺ビャンビャンメンやねん! 中華か! ──って、タ〇トシみたいなツッコミしてもうたわ!」


 駄目だ、異世界の人じゃ絶対にわからないツッコミしてる。

 止めなきゃ────


「先生、落ち着いてください。ほら、安産型の深呼吸でもして」

「ひっひっふー、ひっひっふー…………すまんな、ワキバラ。過去最大に取り乱した。失態やわ……Shit!!」

「欧米か」


 藤原は気を取り直し、さっきの癇癪は無かったことにして、いつもの挨拶を始めた。


「今日からこのクラスの担任になった藤田や。家名の無いただの藤田や……って『かめい』かいな!」

「「「………………」」」


 モネさん含め、クラスの女生徒たちは皆、あまりの唐突さと前後の藤原の変容に、まるで轢き逃げに遭った直後かのような顔をしていた。

 恐怖だろうな、こんな奴が担任になるなんて。

 ほら、見てよ。昨日は藤原に好意を寄せてる感じだったモネさんですら、今は泣きそうな顔してるもん。

 他の皆も震えてる。軽いトラウマだよ、これ。


「ホームルームの前に、アイスブレイクでもしよ思うねんけど────」


 まずい、コイツのアイスブレイクは駄目だ。

 これ以上彼女たちにトラウマを植え付けるわけにはいかない。

 俺が彼女たちを守るんだ……!!


 俺に、守るべきものができた瞬間だった────


「先生、待ってください!」

「いいや、待たへん! 俺は三度の飯よりアイスブレイクが好きなんや! お前はそこで見とけ!」

「やめろ! これ以上彼女たちを傷つけるな!」

「黙れ、ワキバラ! さっきはよくも俺のアイスブレイクを封じてくれたな……! 今回は絶対にやるぞ!」


 藤原はアイスブレイクの構えを取る。

 ──くそ、こうなったらやるしかない!!


「俺が、やりますッ……!」


 俺は真っ直ぐに藤原の目を見つめる。


「やるってお前……何をやるつもりや……?!」

「決まってるじゃないですか……アイスブレイクですよッ……!」

「あ、アイスブレイクやとぉぉぉ?!」


 藤原がたじろぐ。


「僕がアイスブレイクをします。だから、先生は引っ込んでてくださいよ……?」

「くっ……!」


 もはやこのアイスブレイカーを止めるには、俺がコイツよりもレベルの高いアイスブレイクをして、コイツを納得させるしかない!


「……わかった。認めたる」


 やった──!


「ただしッ! もし、お前のアイスブレイクが、アイスブレイクとも呼べへん代物やった時は…………」


 藤原は鬼の形相で俺を睨みつけた。


「ワキバラァ、お前ぇ、どうなるかわかってるわなぁ……?」

「承知の上です…………!!」


 俺は覚悟を決めて、教卓の前に出た。


「…………」


 ────なんだか急に冷めてきた。


 これ、ただアイスブレイクするだけだよな? なんでこんな生死をかけた戦いみたいな感じになってんの?

 それに、時間が経ったからか、最初は怖がってた女生徒たちも白い目で見始めてきている。

 ──なんか、恥ずいな。


「あっ……あっ……」


 やばい、そう思ったら急に緊張してきた。

 俺、アイスブレイクって言ったって持ちネタとか何も無いよ!

 そもそもアイスブレイクって何するの? アイスをブレイクするの?!


「あっ……やっ……わぁ…………」


 やばいやばいやばい!

 アイスブレイクがゲシュタルト崩壊して俺のお口がち〇かわしてるよぉお!!


「どうした、ワキバラ。早よせぇよ」


 藤原が俺を急かす。

 ええい、ままよっ────!!


「こ、こんにちワキバラ〜! オイラ、ワキガの妖精、ワキバラだバラ! 皆に会えて、オイラ、ウキウキワキワキとまらないバラ〜! えっ、臭いから出てけってぇ〜? ひどいバラ〜! これでも毎日お風呂入ってるバラよ? もちろん、ローズ風呂だバラ! 薔薇だけに! なんつって〜!」

「「「…………」」」


 誰か俺を殺してくれ。

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