3rd Lesson『無能教師、アイスブレイクする』

【ノックリース魔術学校,理事長にて……】


 火災事件を解決した後、俺と藤原は再び理事長室へと招かれていた。


「ここにサインをお願いしますじゃ」


 主に、藤原がここの教師になる手続きをする為に。


「よし! 確かに承りました! これでお二人は今日からうちの教師です!」


 ん、二人……?


「早速明日から働いてもらいますぞ!」

「ちょ、ちょっと?! なんで、僕まで教師に──」

「うっし! 任せてください! この藤田、全力で魔法先生やらせてもらいます! うっし!」

「いや、『うっし』じゃなくて……」


 俺はナルガ理事長が手に持つ、藤原が記入した書類を覗き見る。

 なんか書類の要所要所に俺の名前──正確には「ワキバラ」──が書いてあるのが見えた。

 え、なに? 俺勝手に名前書かれた? これ普通に犯罪じゃね?


「──そんで、僕は一体何をしたらええんですか?」


 藤原こいつ、何も分からずに書類にサインしてたのかよ、怖。


「藤田先生には、貴方が元の世界で教えていたと言う『国語』という学問について、授業で取り扱って欲しいのです」

「ええですけど……国語なんか一番要らん科目ですよ? 要ります?」


 お前、今までどんな気持ちで授業してきたの?


「──藤田先生。貴方は黒魔術の文字を一瞬で理解し、応用した。貴方のその解読術はその『国語』によるものだとワシは考えとるのですよ」


 ナルガ理事長は椅子から立ち上がり、理事長室の端にある本棚から一冊の書物を手に取った。


「魔法は『語』によって生まれ、『音』によって発し、『形』によって制御される。しかし、今や『語』は自由を無くし、ただ身につけるものと化している。これでは魔術界に進歩は訪れん」


 ナルガ理事長は俺たちに見えるように本を開く。

 そこにはいくつもの魔法陣が描かれていた。


「だから、今の子たちには『読み解く力』をつけて欲しい。先代が残してきた『語』を『唱える力』ではなく……」


 なるほど、何となく理事長の言いたいことはわかった。

 つまり、暗記じゃなく考える能力を上げたいってことだ。教育に関しては異世界も現実と変わらないんだな。


「──なるほど、あれがあるならこれもあるわなって感じですわな。わっかりましたよ理事長。そういうことなら初っ端の授業から、メロス、かましたりますよ!」


 コイツ本当に分かってんのか? 読解力があるとは到底思えないんだが。


「ワキバラ、そうと決まれば今から授業スケジュール組むぞ! お前は教材の用意せえ! 今から俺たちが学年主任や!」

「いや、気が早い荷が重い。あとなんで俺も一緒に教師やる流れになってるんですか?」

「書類にサインしたやんけ」

「アンタがな」


 つーか俺、ワキバラじゃねーし。


「じゃあ、こっちの世界におる間、お前は働くこともせず、ずっと俺や理事長さんの世話になるっちゅうことやな! なんて厚かましい奴や! このヒキニート!」

「……あのですね先生、俺、別に働きたくないとか言ってるんじゃなくて──」

「確かに、お前の言う通り、一生元の世界に帰られへんくても、メシ食って寝てりゃ生きていける……」

「いや、一言もそんなこと言って──」

「でもな、それやったらまるで家畜やないかッ!!」

「聞けよッ!!」


 コイツ、リスニング力まで終わってんのか?!

 あと後半が諸々どっかのイェーガーなんだよ!


「僕はですね、別に働きたくないとか言ってるんじゃないんです! 教師が無理だって言ってるんですよ!」

「なんでや?」

「だって僕、高一ですよ? 別に国語も得意じゃないし。清掃員とかにしてください」

「なんや、そんなことか。安心せえ。お前は授業とか、別にやらんでええぞ」

「えっ……?」

「お前は俺の助手になるんや!」


 え、もっと嫌なんだけど。




 結果、俺は流れで藤原の助手になることが決定した。


「実は、お二人にはF-8組の担任になってもらいたいんです」

「え、担任ですか……?」

「はい、こっちもちょっと色々ありましてのぉ。今、F-8に担任はいない状況なんですじゃ。そこで、お二人にF-8の担任をお願いしたいというわけで──」


 おいおい、俺ら常勤なの? そんなの責任持てないって、俺。

 ──まぁでも、俺は藤原先生の助手だし、藤原先生も教師暦はかなりのものだ。

 俺は言われたことだけやっとこう。


「ちなみに、前の先生はどうされたんですか?」

「前任の先生は出張先で拷魔の呪いにかかって────あっ! す、少し身体を悪くされてのぉ〜! まったくお茶目な人じゃわい! ほっほっほ!」

「なに! 何で隠すの?! 怖いんだけど?!」


 拷魔ってなに?! 前任の先生呪われたの?!


 すると、ナルガ理事長はヒソヒソ声でこう俺に呟く。


「教職員が呪いにかかったなんて、大きな声では言えないんですよ。学校の心象的に……」


 なんかこの学校、ブラックみが見え隠れしてる気がするんだが。


「んまぁ、心配なされんでも大丈夫ですわい。我が校では、毎朝の検温にアルコール消毒など、徹底した呪い対策を行っておる。そう易々と呪われたりはせんよ!」

「え、呪いって風邪かなんかなの……?」

「いえ、激痛を伴って死にます」

「もっとちゃんと対策したほうがいいと思いますよ?!」

「マスクぅ〜……とかですか?」

「呪い舐めんなよ」


 その時、理事長室のドアが優しくノックされた。


「おお、来た来た。入って構わんよ〜」


 理事長の入室オーケーの声の後、部屋に入ってきたのは、なんとも……なんともエッッッな女性だった。


「はぁい、理事長ぉ〜、おひさ〜♡」

「おひさ〜♡」


 トップモデルのようなトンデモスタイルに大きくひらけた胸元が特徴的な女性。


「彼女はアマリリス先生、うちの教師でお主らの先輩じゃ」

「はぁい♡」


 なんてことだぁ、こんな人が先生だなんてぇ、PTAが黙ってないぞぉ。


「アマリリス先生にはお主らの世話係を任命した。わからないことがあれば彼女に聞くとよい」

「手取り足取り教えてあげるわ♡」


 そんなエッッッな女性──アマリリス先生は、クセのある長い茶髪を靡かせ、僕の目の前まで歩く。

 とても、近い……!!


「この子がF-8の新しい先生ぇ? 結構可愛いじゃなぁい。仲良くしましょ、ボ・ウ・ヤ♡」


 瞬間、エッ女アマリリスはあろうことが僕のやんごとなきソフトボールを指を弾いてきた!


「ハァァァァァアんッ!!!!!!」


 普通に痛かった。

 ──でも、何故だろう。嫌じゃない。


「あ、あああ貴方、何のつもりですか?!」

「うふふ、ごめんなさいね。キミがとっても可愛かったから、ついイジメたくなっちゃった♡」


 なるほど、それなら仕方ないな。

 意を決してイジメられる覚悟をすると、エッ女アマリリスは俺から離れてしまったああぁぁん。


 ──いやいや、落ち着け俺!

 あまりのエッッッッさに全てを受け入れてしまったが、よく考えたらこの女だいぶイカれてるぞ! 初対面でアソコ弾かれたんだぞ?!

 変態じゃないかアマリリス!!


 すると今度、変態アマリリスは藤原の元へ移動し、身体を絡めた。


「貴方がもう一人の新人さん? 身体すごくがっしりしてるのね、男らしくて素敵だわ♡」


 変態は舐め回すように藤原の胸を弄っており、藤原も藤原で嫌がる素振りは見せるものの、満更でもない顔をしている。


「や、やめてください! 俺にはッ、妻とッ、娘がッ……!」

「うふふ、大丈夫よ。私が全部忘れさせて、あ・げ・────臭ッ!!!」


 瞬間、変態は嗚咽を始め、藤原から飛び退いた。


「おぅえッ! オゥエッ! ごめんなさい無理です! 近づかないでッ!」

「いや、近づいたのアンタだろ」


 思わず俺がツッコんでしまった。


 変態は涙目になりながら、赤くなるまで鼻先を指で擦っている。

 一方、拒絶を喰らった藤原はというと──


「お前も、俺を、臭いと、言うんか……」


 両の瞳に涙を溜めていた。




【藤原の回想にて……】


 あれは、俺が風呂から上がって、脱衣所で身体を拭いている時や。

 リビングから聞こえてきた娘と妻の会話。


「おかあーさーん! 最近なんか服臭いねんけどー!」

「えー? 生乾きとか?」

「そんなにおいじゃない! ほら!」

「うわ、ホンマや、臭いな」

「……これ、お父さんのにおいせーへん?」

「んー、確かに」

「今度から別に洗ってーや」

「せやな」


 その翌日から──


「お父さん、今日からこっちの籠入れてな。チワワ(もんちゃん)のタオルと一緒に洗うから」

「…………」


 俺の家では、洗濯物入れの籠が二つに増えた。




【ノックリース魔術学校、職員室にて……】


 理事長室でのゴタゴタの後、俺と藤原は変態教師アマリリスに学校案内をしてもらっていた。


「ここが職員室よ」


 まず異世界の学校に職員室があることに俺は驚いていた。

 見た目も全く現実と同じ感じ。デスクが仕切られて各々がそこで作業を行う。パソコンが無かったり、妙な魔法陣が描かれていたりと、所々違う箇所はあるが。


「貴方たちの机はここ、前任の先生の席ね」

「えっ、一つ……?」


 まさか、この一つの席を俺と藤原先生が共用で使えと?


「そう、貴方たちは二人で一つよ」


 プリ〇ュアか?


「安心して。椅子は二人分あるから」


 不安しかない。


「……あの、アマリリス先生」

「なに? おっぱい吸う?」

「ナチュラルにセクハラやめてください」


 反射的にツッコミが出てしまったクソが。


「ぶっちゃけ、この学校の職場環境って結構酷かったりしますか?」

「うーん……そうね、給与や福利厚生なんかはしっかりしてるし、融通が効く分には逆に優良かな。でも──」


 アマリリス先生は職員室内を一瞥した後、俺の耳元で小さく呟いた。


「人間関係には気をつけた方が良いわ。特に同僚には」


 耳元で囁かれて興奮したことはさておき、彼女の意味深な発言に俺は困惑した。


「それってどういう……」

「派閥があるの。すぐにわかるわ」


 なんかめっちゃ嫌なこと聞いちゃったんだけど……

 なお不安になる俺に対して、藤原先生は余裕綽々な態度で椅子に座った。


「派閥か。日野ひの校でもあったな、そういうしょーもないもんが」


 彼の言う日野校は俺が転校してきた高校──日野ヶ下ひのがもと高等学校の略称だ。


「日野校は中高一貫校やから、一貫生と高入生で派閥ができてたんや。生徒同士はまぁそうでもないけど、教師同士の仲が最悪でな、授業中、生徒相手に愚痴こぼす先生も少なくない」

「へ、へぇ……」


 知りたくなかったな。


「ちなみに俺は、何でかわからへんけど、両方から村八分にされてた。平和やったわぁ」

「でしょうね」

「おい、ワキバラ。お前、あとで職員室来い」

「もういますよ」


 その時、早速と言わんばかりに、近くから俺たちへの陰口が聞こえてきた。


「また来たわよ、理事長の犬が」

「ガキとおっさんじゃん、見るからに無能そう」

「何考えてるのやら、あの朦朧じじい」

「アイツら、異世界から来たらしいですよ」

「魔法界から追放されそうだからって今度は異世界の奴らに媚び売ってんだとさ」


 その陰口の大体はナルガ理事長に対するものばかり。

 そうか。派閥ってナルガ理事長派と反対派って感じか。

 それで、俺たちはナルガ理事長の推薦で教師になったから、そりゃもう敵視されてるってわけね。すごく居心地が悪ぅい。


「──そろそろ出ましょ」

「そうですね」


 居心地の悪さを察してくれたアマリリス先生が職員室を出ようと促してくれた。

 しかし──


「アイスブレイクしてくる」


 藤原は自由だった。


「「え゛ッ……」」


 俺とアマリリス先生が止める間もなく、藤原は反ナルガ派のデスク島へと走る。


「初めまして! 明日からF-8の担任になる藤田です! 家名の無い──(以下省略)──」


 アイツ、ホント好きだな、あの挨拶。


「「「…………」」」


 うっわ、無視されてる。白い目で見られてる。

 だけど藤原はめげない。


「今度、僕の歓迎会やりません? 皆さんで飲みに行きましょうよ! 僕、酒入ったらめっちゃおもろいんすよ! 以前の飲み会でも盛り上がり過ぎて警察沙汰になりましたもん! そや! そん時披露した右乳首と根性焼きの一発芸、お近づきの印に見せましょか!」


 駄目だ、ツッコミきれない。情報過多で頭がパンクしそうだ。

 ──とにかく、警察沙汰になる前にあのアイスブレイカーを止めよう。


「先生、落ち着いてください。一旦、深呼吸しましょう」

「ひっひっふー、ひっひっふー……どや、ワキバラ! 俺のボケ、オモロイやろ! 安産型の面白さやろ!」

「落ち着いてください」


 お前から面白さは生まれねぇよ。


 その後、俺は暴走アイスブレイカーを回収して、職員室を出た。

 結果、同僚に対する俺たちの第一印象が最悪になってしまったのは言うまでもない。


「先生、もうアイスブレイクはやめた方がいいと思います」

「じゃあ俺はこれから何をブレイクすればええんや?」

「何もブレイクすな」

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