2nd Lesson『無能教師、またなんかやってしまう』
【とある都市にて……】
俺と藤原先生は少女に案内され、王道ファンタジー風の街──いや、規模的には都市か──を歩いていた。
「すげぇ……」
その様相に思わず声が出る。
鎧やローブを身に纏う冒険者はもちろん、エルフや獣人、ドワーフやリザードマンなんかが街中を歩いている。
「めっちゃ王道ファンタジーって感じっすね、藤原先生!」
「おうどんファクトリー?」
「それただの〇亀製麺」
「いつもの、うどん。いつでも、うどん」
「違う! それ、はな〇うどんのキャッチコピー!」
「……お二人とも、一体何を話してますの?」
「あぁ、いや、ごめんなさい、ただの異世界トークです……」
そうだ。こんなおっさんと漫才してる場合じゃない。
まずは彼女から異世界のことを聞かなくちゃ──
「ところで、お二人のお名前は?」
俺よりも先に彼女が話題を振ってきた。
「あ、はい。僕は脇谷国治、高一……って言ってもわかんないか。今年で十六歳です」
「あら、そうでしたの?! じゃあ私と同い年ですわね! タメ口で構いませんわよ」
「あぁ、じゃあそうさせてもらうね」
色々あって──いや、色々ありすぎて気づかなかったけど、この子めっちゃ美人さんじゃん! なんで気づかなかったんだろう! 急に緊張してきたな。
「き、キミの名前は? なんて言うの?」
「私はモネ・オリーブ・フレイグラント。ノックリース魔術学校に通う一年生ですわ」
橙色の長髪に凛とした目。やや長身に丁寧な言葉遣い。見たところ、良いとこのお嬢様って感じだな。可愛い。
次に、モネさんは藤原先生に名を尋ねた。
どことなく頬が紅潮しているようにも見えるが、気のせい……だよな。
「お名前、教えていただけませんか……?」
「ん? なんや? 俺か? 俺以外か?」
「貴方です」
ホスト界の帝王か。
「よくぞ聞いてくれた! 俺の名は
は──?
「家名の無いただの
「……」
その身内ネタはもういいよ! モネさん困ってるだろ!
──ってそれより、は?!
「ちょ、ちょっと先生!」
「どうした、ワキバラ? そんなに腹抱えて」
「頭抱えてんだよ! アンタの身内ネタなんかで笑うか! ──てか、なんで嘘吐くんですか?!」
俺の発言にモネさんは「嘘?」と首を傾げている。
「俺はな、ワキバラ、ド〇クエやる時はいっつも名前は『藤田』にしてんねや。お前もあるやろ? そういう、ゲームの時だけ決めてる主人公の名前が」
「んまぁ、ありますけど……でも、これ今は現実ですよ?」
「お前、夢と現実の区別もつかへんのか?」
いや、だから現実だっつってんだろ。腹立つな。なんだこの野郎。
「俺はな、名前変えて生まれ変わるんや。この異世界でな、チートスキル駆使してな、ハーレムを作るんやがな〜」
お前が夢見てんのかよ。
「てか、チートスキルとかハーレムとか、アンタ異世界知ってんだろ!」
「実は、
「も、もきまつ……?」
「クラスにおったやろ。あの天パの」
「あー! あの天パの! めっちゃブル〇カ誘って来ました──って違う!」
どうして異世界へ来たのに学校の話題で担任と盛り上がらなくちゃならないんだ!
せっかくだからもっと異世界らしいことをさせてくれよ!
──いや、そもそも転校初日に異世界って、よくよく考えたらおかしくないか?
なんで新天地からの新天地なんだよ。異世界への迷い込み方も雑だし。
「もう関西なんか来るんじゃなかった……」
「何言うてんねん。ここ異世界やぞ?」
「うるさい。アンタが居る所、それ即ち関西なんだよ……」
「それ『ニワトリが先かタマゴが先か』的な話か?」
「ちょい近いかもです……」
「──あのぉ〜」
その時、放ったらかしにしてたモネさんが痺れを切らして話に入って来た。
「先ほどの『嘘』とは?」
「あぁ、なんでもないよ。俺の勘違い。この人、
「家名の無いただの藤田や……って『かめい』かいな!」
「そのネタはもういいよ」
「もうお腹いっぱいか?」
「割と一回目から」
俺は気を取り直してモネさんに異世界のことを尋ね──
「着きましたわ」
うぉーい、着いちゃったよ!
街の名前とか、魔法のこととか、何一つ異世界のこと聞かずに、モネさんのお祖父さんがいる魔術学校まで来ちゃったよ!
そういえば、モネさんを襲ってたあの男たち結局どうしたんだっけ──?
【魔術学校にて……】
モネさんは一度寮へ戻り、破れた服を着替え、藤原──もとい、
その間、俺たちはとても居心地が悪かった。何故なら──
「えぇ、ここは魔女校ですわよ」
なんと、モネさんの通う魔術学校は魔女校──つまり、女子校だったのだ。
女子校に男が入ってるのが珍しいのか、はたまた気持ち悪がられてるのか、多くの女学生たちが寮の前でモネさんを待つ俺たちをジロジロ見てきて、すごく居心地が悪かった。
「お待たせいたしましたわ。ささ、理事長室へ行きましょう」
俺はすごい場違い感に堪えながら、モネさんの後ろをついて歩く。
一方、藤田先生は理事長という権力者に会うという緊張故か、見たこともないぐらい動揺している。
「2……3……5……7……9……11……13……14……17……」
本当に素数を数えて落ち着こうとしてるよ、この人。たまに割り切れる数入っちゃってるけど。
「この部屋ですわよ」
モネさんは理事長室の扉をノックする。
「お祖父様、モネです」
「おいでー」
軽いな。
モネさんは理事長室の扉を開き、俺らを招き入れた。
【理事長室にて……】
部屋の中は意外に広く、中央には高級そうなテーブルと椅子、奥には巨大な本棚、そして、その手前には椅子に座る老人の姿があった。
おそらく、彼がこの学校の理事長──モネさんのお祖父さんだろう。
「モネや、そちらの方々は?」
「実は──」
モネさんは老人に、俺たちと出会った経緯を話す。勿論、俺たちが異世界から来たということも含めて。
「──なるほど。それはそれは、孫娘を助けていただき、ありがとうございました」
老人は俺らに深々と頭を下げる。
「いえいえ、僕は何も。助けたのは藤わ……藤田先生ですから」
「先生?」
老人は藤田先生の顔を眺める。
「先生というのは、異世界で教師をやっていたということですかな?」
「23……19……17……13……」
まだ数えてるよこの人。いつの間にか素数カウントダウンになってるし。
俺は藤田先生の脇を肘で小突く。
「先生、聞かれてますよ?」
先生はビクッとした後、老人の顔を見て口を開いた。
「ぼ、僕、またなんかやってしまいましたか……?!」
「またぁ?」
「は、はい。僕、前おった学校でめっちゃ目ぇつけられてて……」
「ほっほっほ! それは難儀じゃのぉ」
藤田先生、ヤンキーに絡まれた中学生みたいな挙動だな。
それに対して理事長めっちゃ優しい。
「──ところで、元の世界に帰りたいと聞いたのですが?」
「えぇ、僕はそうですけど、先生は──」
「僕もです」
噓吐けよ、生まれ変わるんだろ。チートスキルどこいった。
「僕、娘と妻がおるんです」
おい、ハーレムおい。
──まぁ先生のことはさておき、とっとと本題を話してもらおう。
「それで、僕と先生は元の世界に帰れるんでしょうか?」
俺の言葉に理事長は言い淀む。
「現時点では難しいかと……」
「そんな……!」
難しい? それは帰れないってこと?
──ダメだ。
そんなのは絶対にダメだ。
俺は何が何でも、あの学校に帰らなくちゃならない理由があるんだ。
「その理由をお話しする前に、まずは自己紹介などなど、色々と説明いたしましょう」
理事長は「こほん」と喉の調子を整えた。
「わしはこの『ノックリース魔術学校』の理事長を務めております、ナルガ・オリーブ・フレイグラントと申しますじゃ」
「あっ、脇谷国治です」
「藤田です」
あ、今度は「かめいかいな」言わなかった。
「此処はマスタード公国の中心に位置する魔法都市ソイソース。世界一の規模を誇る魔力炉が設置され、最先端の魔法研究を可能とするベリーハイテクな街ですじゃ」
「マスタード……」
「ソイソース……」
「しかし、近年は魔法による公害が問題視され、特にこの魔力炉から漏れ出る魔術促進因子が国全体、ひいては別次元の世界にまで影響を及ぼし始めている」
別次元──俺たちがいた世界か。
つまり、俺たちはその魔力炉という装置の影響によって、この世界へ迷い込んでしまったということだな。
「過度な魔術促進効果により、魔術の暴走や自然発生が相次ぎ、このままでは大災害が起こると、一部では脱魔力炉化を望む声も挙がる始末。だが、魔法技術によって成り立つこの国で、魔力炉を停止させるなんて出来るわけなくもなく……いやはや、我々も頭を抱えている状態でしてなぁ」
そりゃそうなるわ。しかも話聞く限り、俺ら完全に被害者じゃん。
「その影響で、現在は魔力炉を使用しての大規模実験が行い難く、召喚魔法分野の研究も滞ってしまいましてのぉ。あなた方が元の世界へ戻るには、もうしばらく時間がかかるでしょう」
「つまり、時期が悪いだけで、僕らが帰れる技術的なものはすでに確立されているってことですか?」
「えぇ、そうなりますな」
なんだ、帰れる方法はあるのか。ちょっと安心した。
「ただ魔力炉を使うには申請が必要でしてな……」
「それには時間がかかると?」
「……もしくは、申請が通らない可能性も」
「どうしてですか?」
「先ほど言った通り、魔力炉の使用には危険が伴う。迷い人を元の世界へ帰すという『慈善』だけでは、国ひいては国民が許さんでしょう。現に、そう言った申請が通った例は無い」
言い切ったな。つまり、俺ら以外にもこの世界に迷い込んだ人間がいるということか。
その人たちと徒党を組んで署名活動でもすれば、まだ可能性はあるかも……
「今まで何人くらいがこの世界に迷い込んでいるんですか?」
「この世界全体となると把握しておりませんが、マスタード公国全体ではあなた方を入れて十名ほどかと」
十人か、ちょっと心許ないな。
その時、今までだんまりだった藤原先生が口を開いた。
「すんません、トイレ行ってきていいですか?」
こいつ、本当に帰りたいって思ってんのか?
「ほっほっほ。構いませんぞ。我慢は体に良くない」
先生は「すんませーん」と心ない謝罪を繰り返しながら、理事長室の扉に手をかける。
──まったく、あれで教育者ってのが考えられないな。
俺は先生を無視して話を続ける。
「僕ら、これからどうすればいいでしょうか……?」
「それは心配はご無用。実は、わしは迷い人の保護役も行っていてのぉ。こっちにいる間、あなた方の衣食住はわしがなんとかいたしましょうぞ」
「いいんですか?」
「勿論ですじゃ。それにあなた方は孫娘の恩人。あなた方が元の世界へ帰れるように、全力を尽くさせていただきますましょう!」
「あ、ありがとうございます!!」
なんて気の良い老人なんだ! 藤原の野郎とは大違いだ!
でもまぁ、モネさんを助けてキッカケを作ったのはあの人だし、それなりに尊敬できる面も──
「「「キャーーーー!!!」」」
「ふぉまーーーーー!!!」
女性と藤原先生の悲鳴が聞こえて来た。
おいおい、ちょっと見直そうとした瞬間にこれだよ。
アイツまた何かやっちゃったのか?
【中庭にて……】
俺とモネさん、そして理事長のナルガさんが駆けつけた時、中庭では火災──巨大な火柱が立ち昇る──が発生していた。
そして、野次馬の女生徒たちの中には藤原の姿があった。
「ちょっと藤わ……田先生! 次は何をやらかしたんですか?!」
「ちゃうぞ、ワキバラ! 今回は俺やない!」
そう主張する先生の側には、大火傷を負った女生徒が倒れており、さらにその傍らには彼女に必死で呼びかける女生徒の姿があった。
ナルガ理事長は無事な方の女生徒に話を伺う。
「一体何があったんじゃ?!」
「わ、私たち、魔術の練習を……そ、そしたら急に魔力が高まって……それで……」
「なるほど、魔力暴走じゃな────ん、これは……?!」
ナルガ理事長は火柱の元に浮かぶ魔法陣を一瞥した後、女生徒が手に持つ古めかしい本を取り上げる。
「黒魔術の魔道書?! まさか、これを使ったのか?!」
理事長のその言葉を聞いたモネさんは青い顔をして、その女生徒に強い口調で告げる。
「黒魔術を?! あなた方、黒魔術の使用は禁止されているのをご存知でしょ?! 大罪ですわよ!」
「ご、ごめんなさい……!!」
女生徒は泣きじゃくりながら謝罪を繰り返している。
その様子を見るに、どうやら彼女はとんでもないことをやらかしてしまったようで、それは異世界に来たばっかの俺でもわかる。
「黒魔術は謎多き禁術。消魔法すら確立されていない。それに加え魔力暴走……」
ナルガ理事長は青い顔でそう呟いた後、野次馬生徒たちに向けて叫ぶ。
「早くこの場所から離れなさい! それと黒魔術の専門家と憲兵を! 早く──!」
瞬間、火柱が縮み、辺りを包む熱が一気に弱くなった。
「「「えっ…………」」」
皆、何が起こったのかと目を丸くする。
火は瞬く間に消えた。
「やっぱ、この文字が原因やったんやな。魔法とか異世界語とか、なんとなくわかってきたわ」
光を失った魔法陣の前に膝をつく藤原が意味深なことを言っていた。
ナルガ理事長は戸惑いながらも藤原に聞く。
「藤田さん、まさか、あなたが……?!」
「えっ、俺またなんかやってしもたんですか?!」
すると、ナルガ理事長は無自覚おっさんの手を強く握り、こう言った。
「素晴らしい! ぜひ、我が校の教師になってくだされ!!」
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