1st Lesson『無能教師、異世界へ征く』

 俺の名前は脇谷わきや国治くにはる。高一。これといって特徴がないのが特徴みたいなモブ筆頭男だ。

 実はこの夏、俺はとある事情で関西に引っ越すことになった。今日は転校初日だったりする。


「生『なんでやねん』聞けるかなー、楽しみだなー、友達いっぱいできるかなー」


 俺は期待と不安に胸を膨らませ、少し早めに登校し、担任の先生に挨拶すべく、職員室へと向かっていた。


「失礼します」


 職員室のドアを開け、事務的な挨拶をすると、一人の若い女性教師が俺に対応してくれた。


「あ、もしかして転校生?」

「はい。脇谷国治です」

「こんな朝早よから学校来るなんて、自分偉いなぁ」

「えへへ……」


 うわぁすげぇ! 生関西弁だぁ! 二人称が「自分」だもん!


「何処のクラスやっけ?」

「一応、今日から藤原ふじわら先生のクラスに所属することになってるんですが、藤原先生はいらっしゃいますか?」

「あー、はいはい、藤原先生、ね……」


 その名を口にすると、女性教師は途端に歯切れが悪くなり、苦笑いをした。


「藤原先生なぁ、今、教頭先生と校長先生に怒られてんねん」

「えっ……」


 なんで?


「あの人いっつも教科書忘れて、その度に隣の席の嘉名かめい先生に教科書貸してもらってんねん。それ教頭にバレたらしい」


 小学生かな?


「あとこの前もポケカ持ってきて怒られてたし」


 小学生かな?


「脇谷くん、やっけ?」

「はい」

「あの人が担任なんは気の毒やけど、これも運命や。まぁ気を強く持って、頑張りぃな!」

「え、あぁ、はい……」


 この人、藤原先生のこと嫌いなのか? あと何のフォローにもなってないし、すごい不安だけが残ったんだが。


 その時、俺の背後──職員室のドアが勢いよく開くと同時に、野太い男の声が響き渡る。


「いやぁー、参った参ったー、めっちゃシバかれたわー。なぁんであんなに怒ってたんやろ、わけわからんわ」


 振り返ると、そこにはガタイの良い四角い顔のおっさんが立っていた。

 ──いや、正確には真四角ってわけじゃない。角刈りと筋肉質な顎のせいでそう見えるだけ。ちゃんと人間的な丸みはある。


 おっさんは俺の顔を視認すると、思い出したかのように話し始めた。


「あっ、そういや今日、転校生来るって言うてたな。お前か!」

「は、はい」

「おお、それはすまんかったなぁ! 待たせてしもた! 堪忍かんにーん! 俺が担任の藤原や」


 この人が噂の藤原先生──俺の担任か。なんか厳格そうな見た目の割に軽いな。テンション高いし。


「脇谷国治です。よろしくお願いします」

「おう、ご丁寧にどうも。俺の名は藤原や!」


 さっき聞いたけど。


「家名の無いただの藤原や……って『かめい』かいな!」

「……」


 この「かめい」はきっと、さっき話で出ていた嘉名先生のことだろう。理解するのに少し時間がかかった。

 ──てか、こんなクソしょーもない身内ネタを転校生にするなよ。通じないぞ。


「──なんやこの空気。俺またなんかやってしもたんか?」


 しかも無自覚系と来たか。


「すまんな、ワキバラ。俺、知らん間に色々やらかしてしまうらしくてな、いっつも誰かにシバかれてんねん」

「脇谷です」

「やっぱし、これだけシバかれるってことは、俺まだ学生気分が抜けてへんねやろなぁー。今年で五十二歳やのにー」


 引き摺りすぎだろ。歴とした社会不適合者じゃねーか。


「おい、ワキバラ。お前、今俺のこと社会不適合者やと心の中で思ったやろ?」

「え゛ッ?!」


 やばい、バレてる。


「おおお思ってないです!」

「嘘つけ! 俺は国語教師や! 生徒の心情なんか全部お見通しなんじゃボケェ!」


 国語教師をメンタリストと勘違いしてないか、この人。


「こんな屈辱は生まれて初めてや……!」


 この程度で? 今までさぞ幸せな人生送ってきたんだろうな。


「俺はな、教師になってから三十年間、社会適合者を名乗ってきた人間や。それなりに、社会適合者としてのプライドはある」


 それ名乗ってる奴、絶対に社会適合者じゃないよね。やべー奴じゃん。

 ──てか社会適合者ってなに? 普通の人ってこと? 名乗るメリットある?


「ワキバラ、お前やって社会適合者としてのプライドはあるやろ? それを踏み躙られたら嫌やろ?」

「いや、別に無いですし、そもそも社会適合者なんてパワーワード、人生で初めて聞きました。あと僕の名前はワキバラじゃなくて脇谷──」


 瞬間、藤原先生は俺の胸ぐらを掴む。


「殺すぞッ!!!」

「ひぇーーー!!!」


 この人、教師じゃない! 絶対に、社会適合者なんかじゃない!


 すると、藤原先生は俺の胸ぐらから手を離して「モホハハハー!」と笑った。


「悪い悪い! 少々おふざけが過ぎたな! 今のはただのアイスブレイクや!」

「えぇ……?!」


 怖過ぎてハートブレイクしかけたんだけど。


「これが関西流のアイスブレイクや! 慣れてかな死ぬぞ〜!」


 関西怖ぇ。


「──おっと、もう朝礼まで時間が無い。お前のせいで長話になってしもたからな」


 藤原おまえのせいな。


「ほら、グズグズすんな。教室行くぞ」

「はい……」


 俺は藤原先生と共に職員室を出て、廊下を歩く。

 藤原先生は堂々と廊下の真ん中を歩く。一方、俺の足取りは重かった。


 最初は新しい環境に少なからずワクワクを感じていたんだ。

 けど、この人と話してからは不安しか感じなくなっていた。早くも関西へのトラウマが芽生え始めている。


「──なぁ、ワキバラ、知ってるか?」

「何がですか……?」

「裏技があんねや」

「裏技?」

「廊下は走ったらアカン──そんなルールの穴を突く、えっぐい裏技がな」


 死ぬほどどうでもいい。


「なんやと思う?」

「さぁ、わからないです」

「スキップするんや!!」


 さっきっから何言ってんだ、こいつ。


「俺もな、生徒以上によぉ遅刻すんねんけどな、廊下走ってんのバレたらまた教頭にシバかれるやろ? そこで考え出したんがスキップや! どうや?! お前の担任は天才やぞ!」


 その時、朝礼のチャイムが鳴り始めた。


「や、やばい! また遅刻や! ワキバラ、走れーーー!!!」

「いや、結局走っちゃうのーー?!?!」


 俺たちは教室まで全力疾走した。勿論、その道中の曲がり角で教頭先生にぶつかり、死ぬほど怒られたのは言うまでもない。

 そして、見事、俺の初登校は遅刻となった。藤原先生のせいで。




【一年一組の教室にて……】


 自己紹介を終え、幾つもの休み時間と質問ラッシュを経て、今は国語の授業。

 そして、授業を行うは担任の藤原先生。


「つまりやな、作者が何を言いたかったかって言うとやな……」


 ────眠いッ!!!!!!!!!


 な、なんて眠さだ。授業でここまで眠くなったのは初めてだ。あの人、口からクロロホルムでも出しているのか?

 そして、なんてわかりにくい授業なんだろう。何一つ納得できない。



──藤原って無能教師だから──



 俺は休み時間にクラスメイトから聞いたその言葉を思い返す。

 ──あぁ、それはこういう意味だったのか。


 藤原先生はこの学校で無能教師として有名で、おまけに同僚からも疎まれているらしい。

 彼の授業で寝ない者はいないと言われるほどで、実際、今がそうなっている。


「つまりやな、作者が何を言いたかったかって言うとやな……」


 文法は「覚えろ」の一点張りだし、読解問題に至っては「こんなん考えたらわかるやろ!」と言う始末。

 彼に国語を教わると、共通テストで二割しか取れなくなるとまで言われている。


「…………」


 一応任期の長さ故、一時は学年主任にもなってはいたようだが、調査書の中身入れ忘れ事件により一年で降任させられているとかなんとか。

 大丈夫かな、俺の学生生活。この先、不安しかない。


「…………」


 ──あれ? そういえば、さっきからやけに静かだな。

 俺は恐る恐る黒板の方を見た。


「えっ──」


 なんと、先生が黒板に吸い込まれていた。


「先生ぇぇええ?!?!」


 なになに?! 何が起こってるんだ?! 全く理解できない!


「た、助けてくれーーー!!!」


 瞬間、先生は黒板から顔を出し、俺たち生徒に向かって助けを求める。


 俺はとっさに駆け寄り、黒板から伸びる先生の手を引っ張った。


「先生、これ何が起こってるんですか?! なんで黒板に吸い込まれてるんですか?!」

「俺が知るかボケェ! ええから早よ引っ張り上げてくれ!」

「そ、そんなこと言ってもッ……!」


 くっ……! なんて強い力で引っ張られてるんだ……! 俺一人の力じゃ無理だ……!


 ──そうだ! クラスのみんなに協力してもらえばいいんだ!

 俺は先生を引っ張り続けたまま、教室の方を振り返る。


「み、みんな! 手を貸してくれ! 先生がわけわかんないことになってるから!」


 しかし、クラスメイトたちは熟睡していた。


「いや、これだけ騒いでて起きないってなに?! みんな生きてる?!」

「大丈夫や、みんな生きてる。俺の授業受けてる時はいつもこんなもんや」

「うるせぇ、黙ってろ無能教師! もう助けねーぞ!」

「おまっ?! 担任に向かって無能とはなんや! ちょっとこっち来い! 指導したる!」

「お、おいバカ! 引っ張るなっ──うわぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」


 俺は藤原先生と共に黒板の中へと吸い込まれていった。


「あれ、先生は?」

「おらんやん」

「自習にしてくれたんちゃう?」

「やったー!」

「これで思う存分寝れるな!」




【???にて……】


 黒板の中に引き摺り込まれた俺の目に最初に映ったものは葉の緑、そして、四角い顔。


「おい、ワキバラ! 無能とはなんや! 無能とは!」

「す、すみません! さっきはちょっとテンパってて……」

「なに謝ってんねん。それよりワキバラ、無能とはなんや?」

「あぁ、ホントにわかんなくて意味尋ねてたのね」


 俺は藤原先生を無視して辺りを見渡す。


「森の、中……?」


 俺は草むらの上に尻餅をついた状態だった。

 周囲には木や草が生い茂っており、辺りからは鳥の囀りが響き、木々の隙間からは太陽の光が差し込んで神秘的な雰囲気を醸し出している。


「僕ら、今一体どこにいるんでしょうか……?」

「話を逸らすな! 今は指導中やぞ!」

「いや、それどころじゃないでしょ?! 周り見えてないの?!」

「俺、馬ちゃうからな」

「草食動物並みの視野は求めてない!」

「じゃあ何の動物の視野を求めてんねやお前は! 犬か?! 猫か?! それともタコか?!」

「うるせぇこのタコ」


 俺は立ち上がり、再び周囲を見渡す。


「僕ら、さっきまで教室にいましたよね?」

「あぁ、おったな」

「黒板に吸い込まれましたよね?」

「あぁ、吸い込まれたな」

「そして、気づいたら森の中にいた」


 なんだ、その状況?


「それはつまり、お前が俺の授業をこっそり抜け出して、森の中へキャンプしに来たってことやな。この不良生徒め!」

「読解力終わってんなぁ、アンタほんとに国語教師?」

「や、やめろや! 照れてしまうやろがい!」

「褒めてない。それにその理屈だと、僕と一緒にいる貴方もキャンプしに来たことになりません?」

「は? そうはならんやろ? 読解力終わってんのか?」


 あ、俺こいつ嫌いだわ。


 ──瞬間、近くから女性の悲鳴が聞こえてきた。


「キャーーーーーー!!!!」


 声色からして何やら只事ではなさそうだ。


「だ、誰か叫んでますけど……」

「定価で買ったゲームが一週間後にセールで90%OFFになってた悲鳴かもしれん。助けに行くぞ」

「もしそうなら助けられませんけどね」

「冗談じゃボケ、わかれや」

「いや、わかってるわ! あと、なんでこの状況でそんな発想ができるんですか?」

「俺、昔、小説家目指しててん……」

「あぁ、芽吹かなかったんですね」

「ええから早よ助けに行くぞ! なに無駄話してんねん殺すぞ!」

「助けに行く人が『殺すぞ』はダメ!」


 俺たちは声のする方へと走った。


 ──すると、木々の奥に人だかりが見えてきた。

 奇抜で原始的な服装の男たちが女の子を押さえつけている。

 そして、男たちの手には剣や斧などの武器が携えられていた。


「先生、あれって……」

「……」


 俺らは近くの木の陰で様子を見る。


「キミ、あの魔法学校の理事長の娘なんだってなぁ?」


 ──魔法学校?


「あ、貴方たち、こんなことをしてタダで済むと思ってるの! きっとお祖父様が黙ってませんわよ!」

「ギャハハ! じゃあ呼んでみろよ! そのおじーさまって奴をよぉ!」


 瞬間、男の一人が女の子の服を引き裂いた。


「嫌ぁぁぁ!! 離してぇぇ!!」

「おらおら! お得意の魔法はどうしたぁ? 優秀な先生たちから習ってんだろぉ!」


 魔法──もしかして、ここって……


「早く使わねぇと大変なことになっちまうぜぇ!!」

「おい」


 聞き慣れた野太い声。そして、鈍い地鳴り。

 少女の服を破った男が地面に叩きつけられていた。

 同時に、俺は隣にいたはずの先生が今、いないことに気づく。


「先生……?!」


 先生が男を地面に叩きつけたのだ。


「大の大人が寄ってたかって、恥ずかしいと思わんのか?」

「な、なんだてめぇ!!」

「通りすがりの国語教師や」


 男たちは武器を構え、一斉に先生へ襲いかかった。

 やられるッ! ──そう思った次の瞬間、先生は男たちの武器を叩き、次々と迫り来る男たちをのしていく。


「悪いなぁ、手加減が苦手なんや。受け身は自己責任で取ってくれよ」


 ──え、強すぎない? 見た感じ「柔道」だよな、先生が使ってるのって。

 先生はあっという間に男たちを一掃し、はだけた少女に自身のスーツを手渡す。


「あ、ありがとうございます……」

「なぁに、礼なんか要らん。教師は生徒を守るもんや。それが他校の生徒であってもな。俺は当たり前のことしただけや」


 か、かっけー!!!

 藤原先生、今俺は貴方に会って初めて尊敬の眼差しを向けています!


 俺は二人の元へと駆け寄った。


「先生、めっちゃ強いじゃないですか! ちょっと見直しましたよ!」

「おん? 俺またなんかやってしもたんか?」


 ここも無自覚系かよ。


 一方、少女はいきなりの俺の登場にやや戸惑いを見せる。


「貴方は?」

藤原先生このひとの生徒です。ちょっといくつかお尋ねしたいことがあって──」

「ええぞええぞ! 俺がなんでも教えたる!」

「お前じゃねーよ」


 この時、俺は既にここがどこなのかを大体理解していた。

 その確認を少女に取る。


「もしかして、ここ、異世界ですか?」

「異世界……」


 少女は俺の言葉を呟き、俺と藤原先生の身なりを見て納得の表情をした。


「もしかして、別世界からの迷い人ですか?」


 おっ、よかった。異世界の存在を知ってる系の異世界だった。話が早い。


「はい、そうなんです。できれば帰り方とか教えて欲しいかなーって……」


 その時、藤原先生が俺の肩をツンツンしてきた。


「おい、なんの話してんねや?」

「先生、どうやら僕ら、異世界に迷い込んじゃったみたいです」

「伊勢会──ってことは、ここは三重県か?」

「その伊勢じゃないです。別の世界ってことです」

「別…………別府か!」

「もういいです」


 俺は藤原先生を無視して少女の面と向かう。


「──それで、帰り方とかは……?」

「ごめんなさい、存じあげませんわ。ですが、祖父なら何か知っているかも」

「お祖父さん、ですか?」

「はい、私の祖父は魔法学校の理事長をやってまして、有名な魔術師なのですよ」


 なるほど。それなら聞いてみる価値はありそうだ。

 それにいつまでも森の中を彷徨ってるわけにもいかない。ここで彼女に会えたのが幸いだったな。


「では、ついてきてくださいまし。助けていただいたご恩もありますし、案内して差し上げますわ!」

「あ、ありがとうございます」


 なんか上からだな、この子。


「おい、ワキバラ、今からどこ行くんや?」

「……話聞いてなかったんですか?」

「質問を質問で返すな! バイツァーダストされるぞ!」


 異世界知らないくせに漫画は詳しいのなに。


「魔法学校の理事長やってる彼女のお祖父さんの所ですよ。帰り方教えてもらうんです」

「り、理事長?! 嫌や嫌や!! また怒られるやーん!!」

「怒られることしなきゃいいでしょ!」

「アカンねん、俺またなんかやってしまう体質やから、社会的地位の高い人間は苦手やねん!」

「じゃあもう、ずっと素数でも数えていてください」

「……ワキバラ、素数って何や?」

「もう教師辞めちまえ!!」

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