第12話
『朱莉さん、何やってるんですか?』
食事も終わり片付けも終わったところで、作業に取り掛かっていた私にクロネが後ろから覗き見るように話しかける。
「クロネが巻き込まれてそうな事件事故を調べてる。この街付近で年齢が若い女性なら、割と絞れるんじゃないかと思って。」
携帯で地元のネットニュースで年代を遡って調べ、ノートパソコンでそれをまとめる、まあこれが一番手っ取り早いと思う。
「クロネもネット記事一緒に見てよ。思い出すこともあるかもしれないし。」
『はあ。』
「あ、そうだ。クロネってスマホの使い方とかわかる?もしわかるなら年代的にかなり最近ってわかるんだけど。」
『うーん。電話とかできるのは知ってますけど、調べ物とかはよく分からないです。幽霊になってから、結構一人で放浪してたので、その間にスマホの存在を知ったのかもしれないですし。あんまり覚えてないんですよねそこらへん。』
……………ほんとに使えないやつだなこいつ。
自分の正体知りたいんだから、そう言う自分の情報は最初に整理しとけよ、と思う。
その後、調べていったが、クロネが覚えがあるような事件は見つからなかった。ただ覚えていないだけの可能性も高いので、違うとは断定できないから面倒だ。
『にしても、連続殺人事件、通り魔事件、行方不明事件、船舶事故、この街ここ数年でいろんな不幸起こりすぎでは?』
「………たまにニュースでこの町の名前が出るたびに、またか、って思うくらいだし、あんまり街の整備もされてないからよくないことが起こりやすいんだよ。」
データに残っている事件だけで数十人はくだらない数の候補が出てしまった。事故も含めれば相当な人数だ。
こればっかりは運がないとしか言いようがない。平和な田舎だったら事例も少なかっただろうな。
「うーむ。まとめてみたはいいものの、これじゃあどうしようもないな。一件一件事件事故の細部まで調べるわけにもいかないし、そもそも警察でもないんだからそんなの物理的に不可能だし。」
『どーしますかねぇ。』
大欠伸をしながら、呑気にクロネが耳元で囁く。
なんでこいつはこんなに緊張感がないんだ。自分の未来がかかっているんだから真剣に考えろよ。一人だけ真面目になっている私がバカみたいじゃないか。
でも真面目な話、これからどうするべきだろうか。
どうすることがクロネの正体を知るのに一番の近道になる?
何か、ヒントらしいものはクロネとの会話でなかったか?
ヒント、ヒント…………………
「あ、そうだ、クロネ。今日の数学の時間、数学の問題の答え教えてくれたよね?あれって自分でといたの?」
『へ?まあ、わたしが自力で解いた問題ですよ。』
あの問題はそこそこの大学の入試問題レベルだったはずだ。
「よし。ちょっとこの問題解いてみて。」
わたしは徐に数学のテキストを取り出して、クロネに見せる。
『えー、宿題ですかぁ?それくらい自分でやってくださいよ。』
「ばか。そんなつもりで言ったんじゃないよ。クロネがどれくらい問題解けるかで、だいたいの年齢とか学歴とか分かるかもしれないじゃん。」
まあ、私の宿題であることには違いないけどね。
『役に立ちますかね?その情報。』
「だいたいの生い立ちが想像つくのはいいことだと思うよ。」
『ま、損はないか。』
そういうと、クロネは静かになって問題を解き始めた。いや、本当に解いているかを確かめる術はないのだが、その場で真面目に問題に向き合っていることを願うしかできない。
十数分後。
『終わりましたー。大門1のカッコ1の答えは5±√13、カッコ2の答えはx=5^5/2z、カッコ3の答えは………………』
全ての答えを合わせると、クロネの回答は全問正解だった。
「すごい………全問正解だ。」
『ふふん。まあこんなもんですよ。』
いや、これは本当にすごい。
何も使えないということは当然ペンも触れないから、暗算で全て計算したことになる。
そして今し方解かせた問題は、去年の共通テストの数学IAの大問3、4。
それを全て暗算で十数分で満点となると、かなりクロネは頭が良いことになる。
ふざけた態度のくせに、私よりも断然頭がいいのはなんかムカつくな。
まあそれはそれとして、これでクロネが私の年下という線はほとんどなくなったと言っていいだろう。
仮に年下だとしても、せいぜい一つ下の、それも目立つレベルの頭の良さがある人物ということになる。
あとは、相当昔の人ということもないだろう。なぜなら、高等教育が発展していなかった時代に、ここまでの問題が解ける人は学者でもないとそうそういないと思う。そもそも、本人の発言から、この街で見覚えがある場所があるとのことだし、今の街の外形が作られた後にクロネは生まれたことになる。
ということは、最低でも昭和以降の人な気がする。
「この街出身、生年は昭和以降、女性、年上もしくは頭が良い同年代や年下、身長150センチ前後、髪は短め、ばか。」
『最後の一ついりませんよね!?』
まあまあ情報はあるけど、まだ足りない。もっと決定的なものを掴まないと。
とりあえず、休日あたりにクロネと街を歩いてみるのもいいかもしれない。それで、思い出すことがあれば万々歳だ。
でもまあとりあえず
「クロネ、これ解いておいて。おやすみ。」
どさっ、とクロネの前に去年の共通テスト全教科置いて、私は寝ることにした。
得意教科とか全体的な頭の良さが分かればそれでいいし、なんかこいつが頭いいのはムカつくから腹いせでもある。
『へ?ちょっ、これ全部?』
「そ。朝までに終わらせておいて。問題用紙一枚一枚全部床に並べといてあげるから、ページを捲る必要もないでしょ?」
クロネはまだ文句を言っていた様子だったが、わたしは無視して寝室へ飛び込んだ。
まあこれくらいは許されるよね?なんてったってコイツのせいで死にかけてるんだから。
冬に望む。君と薄氷を。 佐古橋トーラ @sakohashitora
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