第11話
一人ぼっちで二人分の食卓を並べることは、虚しいことだろうか。
第三者からみたらそうかもしれない。実際私も自分がやっていることにあまり肯定的な気分にはなれない。
でも、実際にお願いしてくる幽霊がいるのだから仕方がない。うーん、相変わらず意味不明な思考だな。なんだよ、ご飯をねだる幽霊がいるって。
まあ繰り返しにはなるが、今更そこまで遡って現実逃避をしても仕方がない。
仕方なく隣の席に箸を一膳おいて私も席に着く。
「いただきます。」
『いただきます。』
ここまでのことから考えると当然かもしれないが、クロネは少なくとも一人では何にも触れない。わたしがそれを手づたいに触れさせてあげないといけない。それで本当に食べ物が食べられるかは別問題としてだ。
「…………………………ほら。」
私は箸でクロネの分のお皿から肉と野菜の塊をとって虚空に向ける。
『食べていいんですか?』
「さっさと食え。」
私が言うのと同時に、橋の先に重みが加わり、そこに何かが触れたのを感じた。そして、シャクシャクといった野菜の咀嚼音が誰もいない空間から響く。
気がつくと、箸先には何もなくなっていた。
『おいしいですっ。』
「………そりゃどーも。」
今日一番の嬉しそうな歓声とともに私が作った料理が飲み込まれていく。
本当に食べ物を食べられるのか。排泄をしないってことは食べたものは一体どこにいくのだろうか。そのまま完全に消滅するというのなら、質量保存の法則がひっくり返るぞ。
嬉々として口をもごもごさせるクロネをよそに現実逃避的な考察を繰り返すが、やはり状況は現在進行形の事実として変わらない。
『………なんか、懐かしい味がします。すごく美味しい。』
「久しぶりに食べ物食べたからじゃないの?幽霊になって初めてなんでしょ?何か食べたの。」
『そうかもしれないですね。』
………………ん?懐かしい味?クロネは記憶がある中で初めて食べ物というものを食べたはずだ。じゃあ懐かしいっていうのは?
一つの疑問が大きくなって、私の頭がなにか手がかりを探そうと必死になっているのを感じる。パズルのピースを解いている感じがしてなんとなく悪い気分じゃない。
………よくよく考えたら、クロネは記憶が一切ないと言うが、それならクロネが普段持っている社会的常識はどこで手に入れたというのか。
本当に記憶が全くないなら、言語だって話せないはずだ。
つまり…………
「………もしかして、感覚で体が覚えていることがあるのかもしれない。」
『?どういう意味です?』
「ほら、さっき懐かしい味って言ったでしょ?それってクロネの前世の感覚を身体が覚えているってことじゃないの?理性的な記憶はなくても、本能で感じているものは覚えているのかも。」
『ああ。確かに、時々、ここ見たことあるような気がするって感覚になったりしますね。もしかしたらぼんやり覚えていることがあるのかもしれません。』
ふむ。もし私の考えが合っているとしたら、まあまあ大きいヒントになるかもしれない。何か彼女の手掛かりになるかもしれないものを見せて、それがなんとなくでも覚えていたら、特定は大幅に近づく可能性がある。
例えば、ある家の車を見せてその車に見覚えがあれば、そこの家族の可能性が高い、みたいな感じで。まあ現実的にそんなにうまくいくとも限らないが。
ついでに、今クロネが言った、ここ見たことがある、と感じる時があるってセリフから、彼女が生前この街に馴染みが深い関係である人物であったということはほぼ確定と言ってもいいだろう。
「……………案外すぐに正体わかるかもな。」
そうだ。こうやって、少しずつクロネと日常を過ごしてヒントを見つけていけば、情報が自然と多くなって彼女のことがわかるかもしれない。私の命がかかっているのだ。もっとクロネとの生活を密接的なものにして、より精密な情報を
『朱莉さん。もう一口欲しいです。あーん♡てしてくれてもいいんですよ?』
………………………………………。
ベシッ!
『いだっ!?』
次の瞬間にはクロネの頭を平手でぶっ叩いていた。
いや、こいつと一緒に生活するとか、先が思いやられすぎるな。我慢するしかないんだろうけど、何よりこのおちょうし女のことを知るために私が苦悩するとかまじでバカバカしい。
そう思いつつも、箸でお米を掴んでクロネの口に持っていってしまう私がいた。
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