第9話

「じゃあ身長とか体型は?」

『さあ?鏡とかにも写んないんでよく分かりません。目線は朱莉さんよりちょっと低い気がしますけど。』

「160センチくらいかな?まあちょうど目の前に本人がいるんだし、実際に確かめたほうがいいか。じゃあクロネ。ちょっと手、貸して。」

『?』


 私がおもむろに右手を差し出すと、クロネは訝しみながらも私の手に触れて、ぎゅっと握った。やっぱり暖かかった。


「ふむ。」


 そのまま左手でクロネの握った手の位置を確認しながら、手の指先、腕の先から根元へと指を滑らせていく。

 クロネの体型や身長を確認するためだ。ある程度平均的なのかそうでないかが分かるだけでも調べるにも役に立つだろう。姿が見えないからじっくりと手触りで確かめるしかないのが面倒だが。

 腕の体温を感じながらたどっていると、手触りが肌とは違う部分にたどり着いた。ひらひらとしていて掴んでみると布の感触を覚える。

 服か。

 さすがに全裸ではないだろうと思ってたけど、ノースリーブに近いような半袖と言ったところか。寒くないのかな。ていうか服着てるってのもどういう原理が働いているのか。

 すすす、と撫でるように身体を確認しながら考える。


『んっ。』


 肩と腕の境目であろう場所に差し掛かった時、クロネから溶けるような短い声が出た。


「ちょっと。変な声出さないでよ。体型確認してるだけなんだから。」


『脇の下弱いんですよ。平気でそういうところに触れてくるのが悪いです。』


 幽霊の癖に脇が弱いとかいう概念があるんだ。私しか触れられないんだからクロネをくすぐれるのは私の特権ということになる。別に嬉しくないけど。

 そう思いつつも、そのままクロネの脇と思われる部分を軽く触れ続けると、『あっ、あっ』

とクロネの鳴き声がどんどん出てくる。面白いなこれ。


 ………何バカなことやってんだわたし。こんなくだらないことしてる暇はないのに。


「悪いのは私をこんなことに巻き込んだクロネでしょ。」

『それ、禁止カードですよ………。わたしが何か文句言うたびにそのことを持ち出されたら何も言えません。』


 自分が悪い自覚あったんだ。

 でも実際命を狙われてるのと同じなんだから、クロネに対して遠慮なんてしてられない。禁止カードだろうがなんだろうが好きに不満をかましてやる。それくらいしてもいい権利があるはずだ。

 肩まで辿り着いた後は、首筋をたどって顔に触れていく。

 多分ほっぺたらしき場所を触って優しめにつねってみるが、すごくもちもちしてて感触がいい。乾燥してる私とは全くの別物だ。


「クロネって汗かいたり水分抜けたりするの?」

『さあ?でもトイレとかしないしご飯も食べないので、そういうのもなさそうですけどね。』

「便利な体だな。」

『何にも触らないのは結構キツイですよ。基本虚無ですし。』


 ちょうど手が頭の頂点まで辿り着いたこと等だったので、寂しそうに呟いていたクロネの頭を撫でてみた。


『あっ、それ嬉しいかも。』


 満更でもなく嬉しそうな声を出すクロネの反応が気になって、少しずつ理解し始めた体の外形のあちこちを触ってみたりしてみる。

 ………何バカなことやってんだ私 (2回目)


 まあ触れ続けた結果だいたいのことは分かったからいいとしよう。


 身長はおそらく150センチ前後。私が167センチなんだからちょっと小さい程度の差ではない。やっぱりちゃんと確かめてよかった。体型はいたって普通。痩せすぎてもいないし太りすぎてもいない。髪はそんなに長くはないけど、ショートヘアというには若干肩下まで降りている気がする。

 声がかなり若いことと身長が低いことからして、私よりも年下の可能性もなくはないかな。それにしては身体のあちこちがやけに出っ張っているような気もするが。


『分かりそうですかね?わたしの正体。』


 自分も消滅の危機にあるというのに、随分と余裕ありげにクロネが聞いてくる。


 ここまでの情報を整理したところ、ちゃんと調べればある程度には絞り込めるような気がする。でも、それはあくまで記録が残っている場合であり、誰々がいつ亡くなったか、ということが何らかのメディア情報になっている場合だけだ。

 そもそも死後に魂がその場に留まるうんぬんは正しいかどうかすら曖昧なんだし、それ以前にクロネの正体を知れば消滅しないという話も全くもって信頼に足らない。

 まあそこまで遡ってしまっても仕方がない。クロネの言うことを全て偽りだとして無視し続けて、一年後本当に消滅するとも限らないわけだが、クロネ本人の時折見せる真剣さや実際にありえない現象をすでに経験していることが私をここまで真面目に考察するに至らしめている。


「はあ、まあ少しでも事態が前進しただけましかな。帰ったら携帯でこの辺で近年若い女性が巻き込まれた事故や事件を調べてみるよ。それでもぱっとしなかったら休日に図書館にでも行って資料を探そう。」


 まあ今できることはこの辺りが無難だろう。正直それで見つかればわけないんだが、逆に言えばそれでも無理だったら他の方法が思い浮かばない。


『思ったんですけど、誰かに協力してもらうことってできないんですかね?友達に事情話せば、案外分かってくれるかもしれませんよ。命が関わっているわけですし。』


 こいつ、全部自分が元凶だとわかっているはずなのに、なんという傲慢さか。

 

「あのね。クロネは私以外から見たらそもそも存在してないの。友達に頼んだところで、私がありもしないものに必死になっているふりをしているだけのただの厨二病になっちゃうの。」

『いいじゃないですか。厨二病。かっこいいですよ。』

「こいつテキトーに言いやがって……。とにかく、あんまり周りに迷惑はかけたくないから、できる限り私たち二人でなんとかする。」

『呑気ですねぇ。後一年しかタイムリミットはないというのに。』

「お前にだけは言われたくない。」


 軽く叩くつもりで、ベシっとクロネの頭に手刀を下すと、『いだっ!』という鈍い悲鳴と共にクロネが膝をつく音がした。


「あ、ごめん。」


 もうちょっと下の方に頭があると思ってたからつい力加減を間違えて頭をぶってしまった。

 いやよく考えたらごめんじゃないや。クロネが全面的に全体的に悪い。

 後こんなこと漫才みたいなことしてる暇はない (3回目)


「まあいいや。とにかく今日はもう帰るから。何か分かったら連絡…………は無理か。じゃあ毎日ここでこの時間に会うのが一番合理的かな。」


 とりあえず今日は帰ることにして、また明日以降クロネの痕跡を探していこう。

 そう思って公園の外へと足を踏み出した時だ。


『え。わたしここで置いてきぼりなんですか?』


 少し離れたところからクロネの声が届いた。


「ん?いや、別に好きなところに行ってていいよ。毎日この時間にここにいればそれで。」

『えっと。そうじゃなくて、その。』

「?何が言いたいの?」

『いや、連れてってもらえるかなって思ってたから』

「………………え私の家についてきたいの?」

『うん。』


 いや、うん、と言われましても。


 なんで厄介ごとの原因のこいつを家に招かなきゃいけないんだ。

 第一、私にだって家族がいるわけだし、クロネと話してたら家族に心配されかねないし。


『お願い……。』


 ……………………………。

 クソが。なんて傲慢であざといやつなんだ。そんなに不安げに揺れる声でお願いされたら簡単に断れないだろ。顔が見えないから余計に自分の中で想像してしまい、混乱させられる。

 いやいや普通に突き放さないと私の立場がないんだ。こちとら間接的に殺されかけているというのに、いちいち気を遣ってなんていられない。

 断れ私。


「………………勝手についてくれば。」


 ………何やってんだ私 (4回目)

 クロネよりも私の方が理解不能な人間かもしれないと、言ってから思った。

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