第8話


 六限の終了を告げるチャイムの音が、教室の時計の隣に取り付けられたスピーカーから鳴り響いた。先生が話を切り上げて教室を後にする様子を見送る。

 クラス中を見渡すと、すでに下校後の話をしている生徒たちの声がざわめき立っていた。


「ひな、今日ちょっと用事があるから先に帰るね。また明日。」


 できることなら話は早く進めたい。いつも一緒に帰っている比奈綺には悪いが、人の生死が関わっているのでさすがに一人で急ぐしか選択肢はない。


「あ、うん。珍しいね。」


 私が手を振ると、比奈綺は少し表情を歪めた様子だったが、特に言及することもなく手を振り返してくれた。

 

 私はそのまま駆け足で教室を出ると、人混みで詰まっていた階段をできるだけ早く降りる。そしてそのまま校舎を出ると、あまり人に見られないように少し早歩き程度で目的の場所へと向かった。

 

 着いた場所は小高い地にある神社の、その裏にある公園だった。

 昔は多くの人が参拝に来ていた神社らしいが、一度火事で燃えてから再建の目処が立っておらず、人気が消えて荒地となっていた。そしてその裏の公園も同じく誰も整備していないので子供もいない。

 普段感じるような海の近くの撫でるような風が、ここにいると少し不気味にざわめき立つように感じる。


「もう来てる?」


 待ち合わせは四時十五分で今の時刻は四時十分。少し早く来てしまったけど、姿が見えない以上一応声をかけてみる。


『あ、いますよここに。ずっと隣についていましたから。』

 

「うわっ。」


 すぐ右隣からクロネが語りかけてきて、やはり驚いて少しのけぞってしまう。透明な姿で不意をつかれるのはもう何度目かというくらいだが、まったく慣れる気がしない。目に見えるものだけが存在している、という感覚に十六年間付き合ってきたのだ。今更特異存在が現れても対応するのは簡単ではないのは普通に考えれば分かる。


「まったく、もうちょっと離れたところから小さく声をかけるとか配慮はできないの?まあいいや。早速本題に入りたいんだけど。その前に」

『?』

「クロネが言ったことって全部本当なんだよね?やっぱり嘘ついてましたとかいうオチはなしだよ。」

『ああ、それは間違いなく本当です。神に誓って嘘はついていません!』

「………………………。」


 実はなにかのドッキリでした、という結末を0.1パーセントくらい期待してたけど、やはりダメそうだ。クロネが嘘をついていたらどれだけ良かったことか。


「じゃあ、話に入るけど。クロネって自分の過去については本当に何も覚えてないの?」


 とにかく私の目標とすべきことはクロネの本名を知ること。それさえ分かれば来年以降も私は生きていられるしクロネは救われるのだ。最終的には私は死を回避できるってだけで、新たなメリットはないわけだけど運悪く詐欺に引っかかったと思うしかない。


『はい。本当に何も覚えていないんです。あ、でもわたしが何かしらの原因で死んだってことと、声からして女の人だったてことは確実だと思います。』

「ふむ………。声質からして10代から20代の女性。同じく声から判断して言語的に日本人であること、もしくは日本語にかなり精通している人間であることは間違いない……か。」


 もちろん特定には程遠いが、これで全人類からはかなり絞れたほうだろう。なんとか一つずつ条件を見つけていけばどうにかなるかもしれない。


「いつ頃死んだとかは分かるの?」

『いいえ。まったく。でも人の魂って四次元には留まらないっていいますけど、三次元に留まるっていいますよね。』

「何言ってるか全然わからん。」

『えっと、つまり時間には囚われないけど、空間には囚われるってことです。ほら、お盆参りとかってそこに死者の魂が帰ってくるっていう前提を元に行われてるじゃないですか。』


「じゃあ、いつ死んだかは分からないけど、どこで死んだかは分かるってこと?」


『おおまかにはそう考えていいと思います。でも死亡時期に関しては、魂は時空を越えるとも言いますし、もしかしたら大昔に死んでいたのかもしれませんね、わたし。』


「だとしたらめんどくさいこと極まりないな……調べるにしても記録がなけりゃどうしようもないのに……。まあいいや。いやよくないけど話を続けたほうがいい。それで、クロネはどこで死んだの?」


『わたしが霊として目覚めた場所はこの街でした。つまりこの街、或いはその近辺で死んだ可能性が高いんだと思います。』


「………この街か。確かに話し方の訛りもちょっとここら辺っぽい感じはするな。」


 先ほどからしている特定行為は、あくまで推定であって断定するのは危険だが、とりあえず絞り込まないと話にならないので、ある程度信用に足らないような条件も情報の足しにしておこう。


「どういう風に死んだかは覚えてないの?」

『まったく。』

「じゃあクロネって名前は何かに由来してたりするの?」

『適当につけただけです。』

「役立たずが。」

『ひどい!』

「酷いのはクロネのほうでしょ。勝手に私を巻き込んで。」


 言い争ってても仕方がない。まあ、こうやってクロネの性格を確認することも何かしらのヒントにつながる可能性はなくもないが。

 クロネの性格は、敬語は使っているけど割と調子に乗ったり私をイラつかせる態度をとることもしばしばある、まあまあ楽観的なものだ。でもそれが私にはどこか憎めないものを感じる。現実に、クロネによって命の危機が脅かされているというのに、そこまで激しく負の感情が生まれないから不思議だ。まあ比較的にだけど。


「ここまででまとめると、年齢は10〜20代。性別女性。おそらくこの街かその付近の出身。死亡年代不明。か。」


 うーん。まだまだ候補が多いし、そもそもこの情報が本当かも分からないけど、ここ数年のこの街の若い女性が巻き込まれた事故や事件を調べてれば、当たりを引ける可能性もありそうだ。


「ていうか、『自分の正体を知ること』って言ってたけど、正体って何?名前を知ればいいの?そもそも名前を知ったところで、それが正解なのかどうかってどうやって判別できるの?どんな過程を通してあなたは救われるの?」


 そうだ。そもそも何をすればいいかが曖昧すぎる。

 何かの機械に名前を入力して正解だったらファンファーレが鳴るとかならシンプルでいいんだけど、現状答え合わせをする場が存在していない。もしクロネの正体が分かったら、どうするべきなのか。


『うーん。それに関してはわたしもよく分かってないんですよね。ただ自分の事を知れっていうことだけが脳裏に焼きつかれるだけで。わたしの名前を口にしたらびびーんって衝撃を受けて、それで救われるのかも知らないですけど。』

「………………………」


 うん。先が思いやられるね、これは。


 やっぱり無理かもしれないと心中絶望する。そんなことをしている余裕もないかもしれないが、後一年もあるんだし、少しくらいは肩を落とす時間があってもいいだろう。


 




 

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