第7話
「大丈夫?今日はなんかおかしいよあかりん。」
最後列の席で項垂れる私を、正面の席の比奈綺が心配そうに見つめる。この子には悪いけど、今は構っている暇がない。
午後の昼下がり、昨日までと同じく今日の私も授業を受ける気はさらさらない。
でも、事情が違った。大きく違った。昨日までは面倒くさいから、今日はそんな余裕がないからだ。
午前中のこと。
私は、私としか話せないらしい見えない幽霊と校舎裏で会話をした。もうこの時点で何もかも意味がわからない。すでに論理が破綻している。
でも現実に起こったことなんだからもう信じるしかない。百聞は一見にしかずと言うし、現実に何人もの偉い学者が見つけられなかったものを私は見つけてしまったのだ。嬉しくねえ。実際には姿が見えないから一見にもなっていないんだけど。
そして、クロネと名乗る幽霊から、私を見つけるに至った経緯、そしてこれから協力して欲しいという頼みを聞いた。
最初混乱していた私だったが、現実を受け入れて考えれば、私がクロネに協力する謂れはない。だからさっさと断って二度と関わらないようにしようとした。が、諸々の事情で結局は私は協力せざるを得なくなってしまった。主な事情というのはこれだ。
①クロネは自分の生前がどんな人間であったのか全く覚えていない。理解しているのは、彼女にはやるべき使命があるということ。
②その使命というのは、自分の本当の名前を知ることと、『運命の人』と出会って時を過ごすこと。そうすることでクロネは救われる。運命の人とはクロネのことを認識できる人。ここでいう私のこと。救われるということの意味は本人も理解していないが、おそらく成仏的ななにか。
③クロネは『運命の人』と出会った瞬間からその一年後までに自分の本当の名前を知らないといけない。一年たっても分からなければ、『運命の人』の人と共に世界から消滅し、無になる。
正直、クロネがどんな深刻な問題と向き合っていたとしても私はどうでもいい。彼女のことは偶然私が認識できるというだけで、それ以外は何の関連性もない。もし比奈綺がクロネと同じ立場にあったとしたらさすがに協力するけど、私とクロネは友達ではないのだから。
と、おもっていたのだが、③で一気に事情が変わる。注目すべきは『運命の人』と共に消滅するということだ。つまりクロネの正体が分からなければ私が死ぬのだ。一年後に。
は?
今考えても?マークしか頭の中には浮かんでこない。なんで私がそんな目に合わないといけないのか。運命だか知らんけど、生き死ににまで関わってくるとは思わないじゃん。
いくら私が人生にあまり興味がないと言っても、知らないやつのせいで強制的に死ぬのはごめんだ。知ってるやつでも嫌だけど。
だから協力しないといけない。
後一年後には私の生死が決まるのだ。流石に生存本能にはめんどくさがりな性格も勝てない。
「来年には死ぬのか、私。」
その事実を理解しただけで心臓に緊張感が走って息苦しくなる。普通に怖い。だって、死ぬってことは死ぬってことだ。人生終了。物理的に。苦しんで死ぬのか一瞬で死ぬのか分からないけど、どっちにしろこんな若さで死ぬのは嫌だ。それに、私が死ぬこと以上に、
「えー!?あかりん死んじゃうの!?そんなの嫌だ。どうしたの?誰かにいじめられてるの?わたしが相談に乗るから、あかりんは生きなきゃダメだって!」
私の小さな呟きを聞き逃さなかった比奈綺が、その数倍くらいの声量で私が死ぬと言ったことを感情的に批判する。
そうなんだよな。
比奈綺は優しい子だ。
今だって、普通に考えたら本気とは思えない『死ぬ』という単語に反応して止めるくらいだ。本当に私が死んでしまったらどんな反応をするだろうか。比奈綺だけじゃない。母も悲しむはずだ。周りの人の反応なんて死んでしまったらわからないけど、想像するだけでも心苦しいので、やはり私は死ねない。
「大丈夫だよ。本気で死ぬと思ってるわけじゃないから。」
そうだ。本当に死ぬかどうかはこれからの私次第なんだ。
というか、クロネの話が本当かどうかも分からない。本人もなんとなくそんな話が脳に刻まれてるだけで、それが本当かどうかは判断できていないらしいし。それ以前に彼女が嘘をついている可能性だって十分ある。
でも既に超常的な現象が起こっていることを目にした以上、絶対に違うとは言い切れない。運命線的に死ぬなんて空想話も本当になりうる。
人生がかかっている私がすべきことは、まずクロネとちゃんと向き合って会話をすることだ。幸い、彼女は私とは好意的に接してきている。お互いに協力すれば何かしらの糸口が掴めるはずだ。
そういうわけで、今日の放課後、人が寄りつかない公園で落ち合うことにした。学校で話しかけられると私が独り言マシーンになってしまうのでそれは辞めてもらう。いま現在どこにいるかは分からないけど、すぐ近くで私を見ているかもしれないし、案外どこかに出かけているかもしれない。
「…………来年で人生が決まるのか。」
「ん?まあ、受験は人生の通過点って言うしね。今の世の中、どこの大学出身かは結構大切だよ。」
比奈綺はいたって真面目に言うが、私からすれば通過点どころか終着点になりうるんだから、もはや受験とかどうでもいいよ。大学に落ちても死なないからいいやと思っていた頃が懐かしい。
考えるべきことは山積みだけど、私の人生でいまこの瞬間が一番生を感じていると思う。こんな感じで感じたくなかったけど、もはや過去は変えられないのだ。
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