第6話

「私が絶対に必要なの?」

『絶対に必要です。』

「私じゃないとダメなの?」

『ダメです。』


 先ほどの軽やかな話し方とは打って変わって真剣に話すクロネに思わず精神的に後ずさる。

 こんな値もしれない、人かすらもわからない謎の生命体からでも、こんなに自分を求められるとついついたじろいでしまう私が情けない。


「……聞くだけ聞いてあげる。どうして私が必要なの?」


 このまま無視しても良かったが、今後も学校で付き纏われるのも嫌だし、恨まれて後ろから押されたりしてもいいことはない。だから一応話だけは聞いておこう。決して私が求められて断れないちょろい女というわけではない。


『ほんと!?』


 クロネは顔を輝かせて──いるかは分からないが──声も弾ませる。聞くだけだと言ったのに、一喜一憂するやつだな。


『こほん。えーっと、どこから話せばいいものか。』

『まず、わたしの最終的な目標は自分の正体を知ることなんです。』


「正体?」


 自分でもどういう存在なのか分からないとは言っていたが、それが最終目標なのか。だとしたら私が必要ってことに繋がるのはよく分からないな。


『はい。わたしは自分が生前どんな人間だったか。名前も、誕生日も、顔も、何も知らないんです。だから、それをなんとかして知りたいんです。』

「なんで知りたいの?」

『それを知れたら、わたしは救われるからです。』


 彼女は至って真剣に話すが、話の整合性が全くない。自分の人生について思い出せないってことは、私たちで言う記憶喪失的なものなのかもしれないけど、姿が見えない彼女にとってそれを知ることはなんの利益があるのだろうか。ただの気休めだろう。

 というか、姿が見えない、私にしか触れられない話せない、本当の名前も姿わからない、って何もわからなすぎだろこの女。


「救われるって成仏的なやつ?幽霊なんだし」

『たぶんそんな感じかもしれないし、違うかもしれないです。』


 またしても分かんないか。

 いやこいつが実在しているかすら信じきれないんだから、分かんないことだらけなのも当然かもしれない。


「その『救われる』っていうのはなんで分かるの?」

『それもよく………いや、なんか本能的にそうしないといけないって自覚してる?みたいな?です。』


 分からないことだらけじゃ良くない印象を与えると自覚したのか、言葉を濁しているけど、つまるところそれもよく分かっていないということだ。

 

「……あなたの目的は分かったけど、そこにどうして私が必要になるの?私が協力しなくたって自分で調べればいいじゃん。」


 クロネの言い分が仮に正しかったとして、つまるところ彼女は救われるために自分の正体を知りたいということだ。それに関して、私を必要としていると言っていたことには繋がらないはず。ただの協力者が欲しいならお断りだ。そうじゃなくてもお断りだけど。


『ちょ、ちょっと待って。あなたが必要なのは、運命の人だからです。』


 完全に話に乗る気がない私をなんとかして引き止めるように、クロネがあわてて声をあげる。


「さっきも言ってたけど運命の人ってなんなの?なんか意味のある言葉なの?」


『はい。わたしにとっての運命の人とは、わたしのことを認識できる人のことです。さっきも見せましたけど、わたしって誰にも認識もされないし、触れることもできないんです。だから、私のことを知れる人は特別な人ってことです。』


「運命じゃなくてただの偶然だと思うけどなあ。」


『ともかく!わたしにとって朱莉さんは大切な人なんです。なぜなら、わたしが救われることの前提条件に、運命の人に出会って時を過ごすこと、があるからです。』


 声の張りから、これがクロネが一番言いたいことだっていうのが分かる。姿が見えなくてもそういうのが伝わるとは、言語って面白い。いやどうでもいい。


 ………まあ、把握はした。私がいないとクロネが救われないってことなのね。


「ちなみに、その『救われることの前提条件に運命の人と時を過ごすこと』っていうのはどうして知っているの?」


『それも、そうしないといけないって使命感が初めからあるんです。いつの間にか知っていたっていうか。』

「胡散臭い。」

『そんなこと言ったらそもそも誰にも見えない透明幽霊がいるってこと自体が胡散臭さの極みみたいなものじゃないですか。』


 こいつ、開き直ったな。

 まあ実際のところ、クロネの存在そのものが不思議の塊みたいなものなんだし、さらに不思議なことが上書きされていてもおかしくないのは事実だ。

 納得はしてないが理解はした。

 が、


「悪いけど他の運命の人を探して。私はクロネと一緒にいたくない。未知の生命体と日々を過ごせるほど胆力がある人間じゃない。」


 きっぱりと、あなたとは付き合いたくない、と宣言して私は再び足を前へと出した。こうやってこいつと話している間にも私が授業に出ていないという意味で評判は下がる。悪い意味での特別は、よくない結果しかもたらさないものだ。


『わあ。待ってってば。もうちょっとだけ話を聞いてくださいー。』


 クロネが私さっさとその場をさろうとする私の手を握って引き止めようとする。


「いやだ。待たない。もう話なんてない。はやく戻らせろ。」


 私はその手をなんとか振り払おうと、力ずくで体を動かす。


『いやだ!せっかく運命の人を見つけたのに、今更新しく探せなんて人の心無いんですか?絶対離しません!』


「ぐぐぐ」


 この幽霊、実態なんてないはずなのに意外に力がある。こんなところで綱引きしてたって周りから見れば一人でパントマイムしてるだけのヤバいやつでしかないというのに。


『お願いです!わたしと一緒にわたしの前世の正体を調べてください。』

「離せ!だから誰か他の人を探せって言ってるでしょ!クロネが年取るのか知らないけど、時間たくさんあるんでしょ?なんとかして次の機会がんばれ。」


 私としてもここで振り回されるわけにはいかない。なんとかしてこいつの手を振り解いて、今日会ったことは全部無かったことにするんだ。


『そういうわけにもいかないんですって。実は時間制限があって、運命の人と出会ってから一年以内で元の自分の正体が分からないと、わたしたち完全に消滅して無になっちゃうんですよ。』


「はいはい、それは大変ですねー。かわいそうに。でも私には関係ないから。自分でなんとか……………………………………………………………ん?」


 今、こいつなんて言った?

 どさくさに紛れてなんか変なこと言わなかった?私たちが消滅するとかなんとか。


 嫌な予感がした私は、力を抜いてその場に棒立ちになり、その場でクロネがいる方向に問いかける。


「ねえ、私が間違ってたらそれでいいんだけどさ。今、わたしたち、って言った?」


『言いましたけど。』


「……私たちって誰のこと?」


『そりゃ、わたしと朱莉さんのことですけど。』


「…………さっき行ったこと、もう一回言ってくれる?できれば簡潔に分かりやすく。」


『え。今から一年以内に元の自分の正体が分からなければ、わたしと朱莉さんが消滅して無になるってことです。そういうルールがあるんですよ。』


 『まったく困ったもんですよね』とクロネは苦笑いを含みつつも、どこか楽しそうにへらへらと笑う。


 ………………………………………………。


 ん?何それ?は?

 よく分かんない。分かりたくない。

 今の話が正しければ、私死ぬの?

 こいつに協力するだけじゃなくて、その目的を達成できなければ死ぬの?


 なんで?

 いや…………………なんで?


 もうそれしか言えない。

 意味がわからない。

 意味が分からないとかいう前に自分の不幸を呪うべきなのか?


 なんでそんなことするの?

 なんでそんなことがまかり通るの?

 なんでこんな奴のために私が死ななきゃいけないの?


 直後、私は声が聞こえる右隣に向けて、思いっきりグーパンチを振りかざした。それくらいしても良かったと思う。


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