第17話


お嬢様の部屋から出た後、私達は使用人部屋へと向かっていた。



「それで、用事とは?」


後ろから、黙ったまま着いてくるペリーに質問する。


「そんなもの無いよ。分かってるのに聞かないでよ、意地の悪い。」


「あなたもこれ見よがしと、私を騒動に巻き込みましたよね。」


言い合いの後に、またピリッとした沈黙が流れる。


……それにしても、本当に足音が静かだ。


以前、ペリーから暗殺者なのではないかと聞かれたが、お前が言うかと本当に思う。


騎士を見た事が無いから分からないが、こんなにも静かに動くものなのか?



「…お嬢様と何してたの?」


考え事をしながら歩いていると、後ろからペリーの硬い声が聞こえる。


その質問に、一瞬熱い接吻をする私達を思い浮かべ、それを振り払う。


「……秘密の話です。」


そう、秘密の関係の、秘密の話。


「…へえ。お嬢様は本当にループスの事が好きみた───」


「なぜ急に呼び捨てに?」


彼女の言葉を遮るように、お嬢様からも出てきた疑問を再び問いかける。


「別にいいでしょ?ランマットさんもそう呼んでるし。」


ちゃらけた雰囲気に戻ったペリーが、よく分からない理由とともに答える。


「……ペリーさんは、ランマットさんの事を大変尊敬しているようですがなにか理由でも?」


ランマットに会うと、安心したように顔をほころばせるペリーを思い出し、振り返って聞くと、ペリーは目に見えて不快そうに顔をしかめる。


「君に関係あるかなぁ?」


「……別に気になっただけです。」


ただの質問にそうも嫌な態度を取られると、こちらだって不快に思う。




その後は使用人部屋まで一切の会話は無いまま、ペリーと離れた。



使用人部屋で、やっと落ち着いた様子のメリルが、延々と続きそうな愚痴をこぼし始めたので、流して聞いている時ふと思った



ペリーは結局、あんなに焦って何をしにきたのだろうか。










─────────────────────


「ねえループス、ループースゥ!」


「……嫌です。」


「お願いお願いお願い〜!ちょっとだけでいいから!」



メリルと私は、繁忙が終わり暇を持て余していた。

あと少しで公爵様方がお帰りになられるが、それもまた、見送る担当では無い私達には関係が無い。


そこで、暇を持て余した私達はカードゲームをしていた。

ただのソリティアなのだが、これがどうにも難しい。

私には運がないのか、出てくるカードは宛の外れたものばかり。

反対にメリルのカードはポンポンと数字を揃えていく。


結局、ボロ負けしてしまった私は、メリルから罰ゲームという名の脅迫をされていた。




「絶対に嫌です。」


「なによー!別に良いでしょ!!!」



言い訳あるか。

こんな仕事中に露出するのはいくら私でも良くない事だと言うことは分かる。


フェルマーがうるさかった淑女の嗜みとやらは良く知らないが、メリルの提案は私の尊厳に関わる気がする。


「……良いわけないでしょう。だめです。」


軽蔑に近い目線を送ると、


「…負けたのに?」


メリルは私の闘争心を煽る様にこちらに含み笑いをする。


「だめですから、職務中ですよ。」


「ボタンを外して手を入れるだけよ、ほんとに少しだけだからっ。」


「………っ、少しだけ、ですからね。」


負けた手前、どうにも強く出られずに、メリルの押しに負けた私は、腹部のボタンを2つ外した。


「うひょほほ、失礼失礼。」


おかしな声を出しながら、ニヤけるメリルに少し殴りたくなる気持ちを抑えて目を瞑る。


エプロンの隙間から手を入れ、シャツの中にメリルの冷えた手が侵入してくるのが分かる。


「……っん、」


冷たい指先が腹に当たり、体が跳ねた。


口を手で塞ぎ、メリルの顔を見ると、メリルは動きを止めて私の顔を見上げていた。



「…どうしましょ、興奮してきちゃったわ。」


「は?」



彼女の言葉に顔が強ばる。


「さて、腹筋腹筋ーっと、おおっ、これは、凄いわ。溝が深いのね。あらあらあらぁ。」


頬を染めながらニヤニヤと笑うメリルに不穏な空気を感じる。


「な……っ、長く、無いですか。」


普段、腹部を生身で触られる事など無かった私は、ゾワゾワとした感覚に息を荒らげる。


「もーちょっと、先っぽ、先っぽだけだから……。」


先っぽってなんだ……。


徐々に下にズレていく彼女の手を掴み、反抗の目を向ける。


「……メリルさん。」


「あ、あっははは!ごめんごめん、あまりにもこう……ループスの顔が素敵で…。」


我に返ったように急いで私の服から手を抜いたメリルは、頬に手を当てて照れたように笑った。


「腹筋ではなく、顔ですか…?」


「……と、とりあえずありがとう!癒されたわ!あはは…トランプ、片付けましょ!」



私の言葉に慌てた様子で、バタバタとトランプを片付け始めるメリルを怪訝に思いながら、私は腹部のボタンを付けなおした。







─────────────────────


無事会議が終わり公爵達が帰った後、夕食も口にしないまま、私は自室に戻りベッドで眠りについた。






キンキンと耳鳴りがする。


思わず目を開けると、目の前には真っ暗闇の森林だった。


闇に目を慣らしつつ前に進むが、思うように進めない。



「……ぅ、ん。」


なんだ、自分から出る声が幼い。


視界に自身の掌を映すと、今と比べて一回り小さな、血に濡れた手が映る。



「…?」


そうだ、私は何かを探しているんだった。

こんなことをしている場合では無い。


パキ、と枝を踏み折る音が森に響く。


息を押し殺し、敵に悟られることがないように。



ポタ……



頬になにか冷たいものが当たった。


1粒、また1粒と、早く強くなっていくその雫は、やがて木のざわめきよりも大きい音をたてる。


「……雨。」


なんだったか、私はこの光景を知っている。


この、冷たい雨を、今探しているものを、知っているはず。



思い出そうとするとズキズキと頭が痛みだす。



「……行かないと…。」


歩く音は次第にグシャグシャと水気を帯びた音に変わる。


行かないと、いけないのに、なんだ、この不安は。


心がザワザワと砂嵐のように霞む。



「……はぁ、はぁ……はぁ……」


雨に濡れて冷たいはずなのに、嫌な汗が止まらない。


動悸がして息が上手く出来ない。


足を止めたい、行ってはいけないはずなのに、別人の身体のような、私の制御下に無いようなこの身体はズンズンと足を進めていく。



「はぁ……はぁ……」


私の身体だったものが、動きを止める。


暗闇で良く見えない、だけどそこに、


目を凝らすべきでは無い事を私は知っているのに、探し物に必死に目を凝らしてしまう。



「はぁ……はぁ……はぁ……」


豪雨の音よりも大きな、心臓の音と呼吸の音。


雷が近くで落ちたようだ、爆発音が大きく木霊する。





見るな。


見ないでくれ。




バッと雷の光で、視界が明るく照らされる。



「……。」


息が止まった。




そうだ、これはの私の記憶だった。



目の前には、惨いと言わざるを得ない2つの亡骸。

臭う腐敗臭に、所々獣に食われたような傷跡。



どうしてこの時の私は、彼らを見ようと思ったのだろう。

私自身の事なのに、何も覚えていない。


ただ、ダムルとリンの亡骸を見たあの時、私はとてつもない恐怖に包まれた。


私が未来こうなるかもしれぬ恐怖、死への恐怖が増長された。


そして、ダムルやリン、殺したサビルメの軍人達が私を恨んでいるかもしれない、呪い殺されるかもしれないと、私は自分の生への執着心を知らしめられた。


醜い自分が嫌で死にたいのに、なんの希望も、なんの楽しみもないこの人生に、終止符を打つ勇気を持つ事など出来なかった。







バーーーーンッ




「っ!?……はっ……はぁ、はぁ……。」



大きな雷の音で瞬発的に身体を起こした時、私がいたのは自室だった。


これは現実か?


あれは、昔の夢?




視界が揺れ動く中、私は自室から出て、フラフラとおぼつかない足を前に動かし続けた。



「……こっちが……夢?……現実は、まだ……戦争……終わっていないのか……?」



自分が置かれている世界と、先程見た昔の世界、どちらが現実なのか分からなくなってきた。


「……戦争が、終わってないなら……早く戻らないと……。」



司令官の命令を遂行しないといけない。


早くサビルメを、殺さないと、私が司令官に殺される。




目の前に扉が立ちはだかり、前に進めない。


この扉を壊さないと進めない。



「……進まないと………。」



チカチカと視界が点滅する中、視界の左に何かが映り、目をやると、2つの何かが操られているかのように、カクカクと廊下を歩いている。


それは、私のことを見ており、確実にこちらに向かって足を動かしている。


薄暗い廊下を、雷の光が照らし出す。


映し出されたその2つの何かは、先程見た昔の夢の中の亡骸そのもの。



「ちが、う。死にだぐなぃ。」


無様とも思えるその声は、喉から笛のような音と共に捻り出すように出てくる。


「……助けて、誰か……。」


ガクガクと足が震え出して、思わず尻もちを着く。


徐々に近づく2つの影は、私の知っているダムルとリンの動きでは無く、関節がぐにゃぐにゃとあらぬ方向に動いていて、まるで操り人形のような動きをしている。


「っ……誰っ……か……助けてくれっ…。」



心臓を守るように自身の肩を強く抱き込み、過去の罪を忘れたように、見苦しくも助けを乞う。



「……おじょ……さま……っ。」



名前を呼んだその時、扉が開く音が右から聞こえる。


暗い右半分の視界を、首を捻らせ左目に映す。



「……ループス!?ループス、大丈夫なの?」



その姿、声を見聞きした途端、全身の筋肉の緊張が抜ける。



「……お嬢様。」


呆気に取られたままの私は、お嬢様に手を引かれるままに、お嬢様のお部屋へと連れられた。





































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