第14話
今回短めです。
作者より
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リビアお嬢様と恋人の関係になって2日が経った。
あの日から連日、忙しくてバタバタとしており、お嬢様の世話係としての仕事が出来ず、手の空いているメイドに代わりを頼んでいた。
というのも明日、三大公爵家であるエヴィルバード、クレアモント、ブラックフォースの公爵が集まり、話し合う会議がこのエヴィルバード邸で行われる。
その会議室のセッティングや、お出しする物、全てにおいて5回くらいの確認を終えなければならない。
その確認では毎回何かが追加されたり、逆に省かれたり、メイドや執事たちが慌ただしく動く理由に他ならない。
「っあー!!もう!」
メリルが限界だと言わんばかりに突然叫んだ。
「どいつもこいつも!あれだめこれだめって!食器なんてどうせ気にしないでしょーが!」
今にも火を吹きそうな勢いで怒声を上げる。
これを聞かれてしまったらきっと大変なことになってしまうんだろうな……と心の中で思いつつ、この状況に少しのイラつきを感じている私は、メリルの怒声に共感の旨を隠し持っていた。
約2日にも及ぶダメ出しに、皆疲弊を通り越してイラつきを露わにしていた。
今私達は、会議の際の食器を、料理長の指示で取り出したり仕舞ったり、を繰り返している。
先程しまえと言われた皿を、また取り出せと言われ、料理で汚れた皿を洗ってまたしまう。
気が狂いそうだ。
「……いい加減疲弊してきましたね。」
もうイラつきでか、ほぼ半泣き状態のメリルを見て言うと、下唇を突き出して私を見つめてきた。
「もう嫌よ、2人で逃げましょ。」
「……いいかもしれませんね。」
もう正直逃げたい。
生産性の無い、無間地獄のようなこの仕事にはいい加減飽き飽きしてきた。
しかしまぁ、私達にそんな事は出来るはずもなく、ブツクサと文句を言いながら料理長に食器を持って行く作業を続けた。
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「お疲れ様。2人共働き詰めだったでしょうから、少し休んで来てください。」
会議室のセッティングを終えた様子のメイド長が、私とメリルを解放してくれた。
「ああぁー、やっとね、ありがとうメイド長〜!」
メリルはその言葉を聞いた後、手を合わせて、拝むようなポーズで頭を下げたあと、スキップにも見える軽快な足取りで休憩に向かった。
「では私も有難く休憩をもら…」
「ああごめんなさいねループス、お嬢様が呼んでるから先にそちらへ行ってくれませんか。」
解放されたとばかりに、私も心做しか軽い足取りで部屋へと戻ろうとした時、メイド長からそんなことを伝えられた。
了承の旨を伝えて、私はお嬢様の元へと向かった。
お嬢様の部屋の扉をノックし、入ってもいいかと聞こうとした時、すぐさま扉が開く。
「……お呼びだと聞いたのでお伺いしたのですが、」
「え、えぇ。入って。」
久しぶりにお嬢様と顔を合わせると、一拍もおかずに顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「失礼致します。…それで、どうかなされましたか?」
何か用事なのかと思い、背を向けたお嬢様に質問する。
「……最近、来ないから…。」
「…………ああ、申し訳ございません。三大公爵家の当主様方がこの屋敷でお集まりになるそうで、そちらの準備に追われておりました。」
「知ってる……。」
理由を知っても尚声のトーンが一向に上がらないお嬢様に、後ろからゆっくりと近付く。
「……お嬢様。」
彼女の小さな背中にそっと抱き着くと、お嬢様は肩をピクリと跳ねさせた。
「…っ、さ、さみ……さ、」
「なんです?」
言葉にならないお嬢様の声を聞き取るために、お嬢様の顔に自身の顔を近づける。
「さみ……しかった……。」
ギュムッと心臓が掴まれたような感じがした。
可愛い……。
「寂しかったのですか?」
「…ル、ループスは?」
私……?
私は正直なところ忙しくて寂しいなんてあまり思わなかったな。
「私は別に。」
「……っもう、いい。出てって。」
お嬢様は怒ったようにそう言い放つと、グリグリと身体をねじりながら、私の腕から逃れようとする。
まだ彼女の温もりを欲している私は、そのうさぎのような動きを制するように、腕に力を込める。
言葉の選択を誤ってしまったのだろうか。
「…でも会えて嬉しいです。」
そう言うと、腕の中の小さなうさぎは抵抗をやめた。
「そ、そう。……ねえループス、私またループスとお出掛けしたいわ。」
可愛い提案をしながら、くるりと私の腕の中で身体の向きを変え、私に向き直る。
「…外に出るのは怖くないですか?」
以前の聖火祭で、怯えたような表情をしていたお嬢様を思い出す。
最終的には楽しそうな顔をしてくれていたが、もし何かあった時、傷つく彼女を快く見ることは出来ない。
「……ループスが一緒でしょ?」
まただ、心臓がいっぱいになって爆発しそうだ。
「…お嬢様、この気持ちはなんでしょうか。」
「どんな気持ち…?」
「……心臓が、はち切れてしまいそう。」
返答を返すと、吹き出すようにお嬢様は笑った。
笑われているのがヤケに恥ずかしくて、私はお嬢様を持ち上げて、彼女の胸に顔を埋めた。
「きゃっ、もうっ、ふふふっ…ループスは力持ちなのね?」
「……貴女が笑うから。」
「わたくしが笑うと力持ちになるの?ふふっ。」
抱き上げられているくせに、子供をあやす様に私の頭を撫でる。
「馬鹿にしているという事は、私のこの気持ちが何か知っているということですよね。」
顔を上げて、お嬢様の顔を覗き込む。
「……好きって事。好きすぎてたまらなくなる時にそうなるの。」
私は、鼻先を赤くして、照れたようにはにかむお嬢様を見つめ続ける。
よく分からない。好きって言うのも、よく知らない。
でも、たまらなくなってしまうのはその通りだと思う。
「……お嬢様は、人間の気持ちをよくご存知なのですね。」
そう言うと、お嬢様はキョトンとした顔をして、困ったように笑った。
「その言い方じゃ、ループスは人間じゃないみたいね。」
確かに、私は人間じゃないのかもしれない。
いつも、居心地が悪かった。
アキシアルンドが消滅してから、私は行き場を失った。
フェルマーと共にいても、どこか自分の居場所はここでは無いような気がした。
頭の中の私が、戦場に戻りたく嘆き叫んでいることを知っていたから。
私は、優しい世界なんて知らない。辛く苦しい世界で、ただ命令されたとおりに人を殺して進むだけ。
「私は、化け物だと言われていましたから。普通に暮らす人々の事をよく知りません。」
「……ループス。」
「…私は、あなた達、普通に生活を送る方々の中に入る資格がありません。」
私は戦う為に育て上げられた人間になりきれない『生きた屍』だから。
「……何を抱えているというの、ループス…。……愛してるわ、ループス。貴女は資格が無いと勝手に思っていればいい。私が資格を作ってあげる。」
そう言って、私の頭を胸に抱き込んだ。
「作る……?」
「ええ、貴女に命令してあげる。私が願ってあげる。わたくしのそばに居なさい、ループス。ずっと離れないで。」
きゅ、っと私の喉が鳴る。
だから嫌なんだ。
温かいのは好きだ。ご飯も、寝床も、服も、人も。
でも、無くなってしまう時を想像すると、温かさを知らないあの時よりも、ずっと恐ろしく、寂しく感じる。
こんな事を言われてしまうと、本当に離してやりたく無くなってしまう。
いつかは離れないといけない。いつかは壊れる関係。
それなのに、そんな、温かくて、希望を作らないで欲しい。
縋りついて離したく無くなってしまうから。
「泣いてるの?ループス。」
「……貴女を、…っ、」
「……うん、」
「攫ってしまいたい……っ。」
ぶわりと、お嬢様の顔が赤くなる。
そんな、絵画のように美しい光景を見詰めながら、徐々に近付くお嬢様が眩くて目をつむる。
ちゅ……
静かな部屋に、艶かしいリップ音が響く。
「は……、おじょ、…さま。」
「……ふぅ...りびあ、」
「……?」
「リビアって、呼びなさい。」
抱き上げた彼女を、ベッドに押し倒す。
お嬢様の絡めてきた指先を強く握りこみ、溶けてしまいそうな彼女の瞳に溺れてゆく。
「…リビア様。」
「……様、いらない。」
「それはダメです。」
「な……んんっ、」
カチンときた様な顔をして、何か言おうとするお嬢様の口を、私の唇で塞ぐ。
「は……、かわい、温かくて気持ちいいですリビア様。」
唇を離してそう言うと、
「……〜〜〜っぁん、っ……はぁっ、」
お嬢様は身体をビクビクと痙攣させて、目から涙を零した。
「……お嬢様、大丈夫ですか?」
どこか痛みがあるのかとお嬢様の顔を見ると、わなわなと怒るような、恥じるような顔をして、近くにあったタオルケットを自身の顔に覆った。
「……やだもう、ばか、ばか、わたくしって……やだ、ああぁっもう。」
バタバタと足をベッドに叩きつけ、よく分からない独り言を言うお嬢様を、私は静かにみつめる。
「……。」
「…今日はっ……もう、出てって!」
今日のところは、私がいる限りもう出てこないであろう、タオルケットに包まれた彼女の頭にひとつキスをして、私はお嬢様の部屋を後にした。
静かな廊下で一人、困ったな、と独り言を零した。
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「おかえりなさい、お嬢様の様子はどうでした?」
お嬢様の部屋を後にしたあと、少しだけ自室で休んで、再度メイド長の元へ戻った。
「…お元気そうでした。」
「そうですか…。それは良かった。お嬢様はとてもループスの事が気に入ってらっしゃるみたいですから。」
執務室のデスクで、書類を片付けながら話すメイド長は、どこか困ったような顔をして、私に向き直った。
「明日はよりいっそう忙しくなりますから、今日はゆっくりと休んで下さいね。」
「…かしこまりました。ありがとうございます。」
私は一礼をしてから、執務室から出た。
「本当に、困りましたね。」
執務室の中で1人、そう呟いたランマットは、大きくため息をついた。
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