第7話

暗い話が続きます(作者より)



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私は事情聴取を受けたその1日、休ませてもらうことになった。




「はぁ……もう何もしたくない……。」


頭を垂らして、ベッド端に座る。


何故こうも昔の記憶がついてまわるんだ。


もう終わった事だという事は理解している。

だが、まだ成熟しきらないあの歳頃に受けた、拷問ともいえる痛みと吐き気、苦しみがいつも頭をよぎる。




ため息を吐き捨て、ベッドに沈むようにして倒れ込む。



やがて瞼がゆっくりと落ちてきて、視界が暗くなる。







一番最初に命の危険を感じたのは、育ての親の軍人と揉み合った時だった。


司令官に命令されて立ち尽くすだけの私達に、情もない彼は腰のナイフを手に持ち、襲いかかってきた。


攻撃をすんでのところでかわしたダムルの耳が、目の前で切り落とされたのを見て初めて、私達は殺意というものを知った。


子供であれど関係なく、彼は筋肉で肥大した腕を容赦なく振るってきた。


右目から光が消えた時、耳に聞こえた音は今でも覚えている。


水音が混じった、圧縮されるようなギュ、という音と共に、ミシミシと頭の奥が潰れるような感覚。


そこで私は初めて反撃に出た。


どんな攻撃をしたのかも覚えていないが、肉を切る感覚に、喉を潰す感覚。

余裕綽々の表情が、徐々に死への恐怖に染まるその瞬間。


私は男の亡骸から溢れ出る真っ赤な血液に、恐怖と吐き気、そして、これでもう殺されないという安心感を得た。



軍の訓練に入らされてすぐの頃、リンが立て掛けてあった槍に手が当たり、地面に落としてしまった。


リンは立て掛けてあった場所に槍を戻し、その場を後にしようとした。


そんなリンの腕を掴み、軍人の1人が彼女の下腹部に3度膝蹴りをした。

1回1回、体重を乗せて振るわれる大きな暴力に、リンのとても小さな身体は弓のように曲がって力無く地面に倒れ込んだ。


見ていた私は、呆気にとられてその場から動けなかった。


そんな私を見て男は、お前もやられたいのか、なんて言った。

私は急いで首を横に振った。


リンはその時から、目が死んだように虚ろになって、表情も抜け落ち、極端に口数が少なくなった。


前は4人の中で、1番お喋りが大好きな女の子だったのに。


彼女は恐怖で、夜寝る前によく枕を濡らしていた。

そんな彼女を包むように抱き込んで、大丈夫、と慰めていたのがダムルだった。

必然的に、リンはダムルにベッタリ傍にいるようになった。


そんな2人を見て何か癪に障ったのか、ダムルは軍人達複数人に暴行され、身体中から血を流して部屋に戻ってきた。


ナイフや、槍で刺した傷、タコ殴りされて青紫色になった顔や身体を見て、いよいよ私達4人の中の恐怖心が最高潮に上り詰めた。


私やウェスティも例外に漏れず、4人の体には切り傷や刺傷、痣が日に日に増えていく。



ある日、私達の寝室に軍人2人組が入ってきた。

4人は気配に気付き、藁のベッドから身体を起こした。


「なんだよ、起きてんのかよ。」


そう言ってガッカリした様子で、私達に近付き、私の腕を掴んだ。


心臓がドクンドクンと速く打ち、頭へ血流が上手くいかず、呼吸もはやくなる。


「ループス、こっち来い。抵抗すんな、殺されてぇのか?」


引き摺られるまま、私は彼ら2人と共に人気のない武器庫に連れ込まれる。


後頭部がドクドクと脈打つ。四肢が冷たくなって上手く動かない。


「やべぇ、はやくしてぇわ。」


訳の分からないことを呟きながら、男2人は軍服のズボンのジッパーを下ろした。


男達は私の体を押さえ込み、寝巻きのワンピースの裾を乱雑にまくる。


顕になった胸に、ハァハァといやな息がかかる。



気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、



しかし、成人より大きく上回る彼らの体躯に、6歳になったばかりの女の私が叶うはずもなかった。

涙を流して、恐怖で声も出ない。

声を出したところで、誰も助けになんて来てくれないけれど。



諦めようとした時、私の膝をもって、股の間に身体を入れこもうとしていた男の喉元から鈍く光る槍が貫通した。


その槍の先は私の頬をかすめ、鋭い痛みに顔をしかめる。



「おい貴様ら。そいつは私の兵器だ、性奴隷は別で仕入れろ。」



顔を上げると、もう既に絶命しているの背後に、私が1番恐れる男が立っていた。



「し……れえ、かん……」



声を無理矢理捻り出し、彼を呼ぶ。


彼はその声に、ウザったい様子で顔を歪め、蔑んだ目で私を見下ろす。


「ループス。お前は男二人もまともに殺せないのか。殺せないお前に価値はないんだ。強くなれないのなら、俺がお前を処分する。」


その暗い目には感情なんてこれっぽっちも感じられない。

本当に、私はここで殺されるんだ。

どうすればいい、どうすれば殺されずに済むんだ。


考えている時、司令官が殺した男と共に、私を襲おうとしていた男と目が合った。


私はすかさずその男の腰に下げた刀身の細い剣を抜く。


それに気付いた男は、私の左腕を掴み、足を払う。


バランスを崩し、胸部を地で強打する。

地べたに這う芋虫の様に私はうごめいた。


「ゔ……あぁ……ぅ、」


苦しい、息が出来ない。



彼は私から剣を奪おうと、剣を持つ私の左手を踏みつけた。


痛い。


でも、きっと手を離せば殺される。



目の前に、死んだ男の喉に刺さった槍が見えた。


右手から剣を離し槍の柄をもつ。

その槍を、男の体ごと引き摺るようにして、男の喉から抜いた。


抜いた勢いで、その槍は男の腿に刺さる。


瞬時に地面に落とした剣に持ち替え、身体を起こして男の胸に刺した。


心の中には恐怖と共に、どこか冷静な自分もいた。



ああ、ナイフの方が使い易いなあ。



なんて考えながら、彼の胸に刺さった剣に体重を乗せて貫通させる。


男は、私の肩に爪をたててもがき苦しんでいる。


しかし、次第に力無く倒れ込んで、虚ろな目をして動きをとめた。



「ふっ……はははっははははははは!!」



ずっと傍観するだけであっただろう司令官は、それを見て心の底から楽しそうに笑った。



しゃがんで、血に濡れた私の頬を撫でた彼は冷たい笑みを浮かべた。


「心臓を突き刺すよりも、ここの方がやり易い。」


そう言って、私の目から視線を離さないまま、私が殺した男の首にナイフを突き刺した。


生きていたら拍動に合わせて血が吹き出したであろうその傷は、トロトロと緩やかに血を流していた。




私を見つめて死体を傷つけるその様が、私には恐ろしくて恐ろしくて仕方がなかった。




私達4人は、司令官本人から暴力を受けたことがなかった。


痛いのも、苦しいのも、全て他の軍人からのものだった。


それなのに、私達4人は軍人の中の誰よりも司令官を恐れていた。


他の軍人は、きっと私達を殺さない。


きっと、これは野生の勘というものなんだろう、彼が私達を傷付けようと考えたら最後、確実に私達の息の根を止めにかかってくるであろうことを理解していた。


彼は、私達を人としてなんて見ていない。



サビルメ公国との戦争の際、進軍前に彼は私達4人を集めた。


そうして私達は呪いを刻まれることになる。


彼の命令は実に簡潔で短いものだった。


『殺さなければ価値はない。進めなければ価値はない。進んで殺せ。邪魔するものは皆殺しだ。』


彼の命令に逆らえる訳が無い私達は、うわ言の様にその命令を呟きながら、日に日に死にゆく仲間を脇目に、ただ進み、ただ殺した。



私は、森を抜けてサビルメ軍の弓軍による待ち伏せにあったあの時、第一軍の死体が積み重なる中に司令官の死体を見つけた。


死んでいても変わらない、なんの感情も持たないその目と目が合った。


私達の恐れる者は、もういない。

それなのに、私達は死んだはずの司令官の命令から逃れようとはしなかった。

誰一人、『もうやめよう』なんて口にすることはなかった。


私達は、物心ついた時から人の命令で動いてきた。


自由なんて無いものだと思い生きてきた。


私達は、行先の見えぬ自由より、目の前にある命令を選んだ。


自由になるのが怖かったんだ。





死んだ2人は……ダムルとリンは、やはり私を恨んでいるだろうか。


彼らは最後まで命令に忠実に従った。


彼らを置いて、自由を手に入れた私をどう思うだろう。



『進めぬ者は価値がない』



ああ、そうだなダムル。私は、価値がない人間だ。



『殺さぬ者は価値がない』



リン、私はもう人を殺したくないんだ。許してくれ。




『『許さない』』




重なって聞こえたその声に驚き、目を開ける。


ダムルとリンが、あの頃の姿のまま私にナイフを向ける。



「っ……やめてくれ、すまない……もう、嫌なんだ、許してくれ……。」



────ああ、こんなの死んだ方がマシだ。


私は自分の震えた体を守るようにして抱く。

ふと、自分を抱く手が何かを握っている事に気が付く。



『心臓を突き刺すよりも、ここの方がやり易い。』



後ろから聞こえる司令官の声に目を開けると、手にはナイフが握りこまれている。



「なに……なんなんだ、もう……もういいだろ、もう嫌だ……」



離そうとしても身体が言うことを聞かない。



『殺さぬ者は、価値がない。』



その声につられるようにして、いつの間にか眠っているように倒れた、ダムルとリンに自分の体が近付いていく。



「っ……あああぁっ嫌だ。嫌だ……。」




耳元で、あの時の司令官の笑い声がこだますように鳴り響く。


手から皮膚を裂く感覚と筋肉を切り開く感覚が伝わる。



ああ、懐かしい感覚だ。



ぼう、とそんな事を考えていることに気がつき、やはり自分は普通にはなれないんだと自戒する。


目を開けると、馬乗りになった私の下に、最期に見たダムルの死体が転がっている。


『お前が殺した』


違う。


『どうして進まなかった、どうして殺さなかった。』


違うだろ、これは違う。


これは、良くない。


この幻覚は、私を殺してしまう。





───────『ループス。』


ああ、この声は、一体誰だったっけ。



『ループス、わたくしは』


はやく、助けてくれ。誰でもいいから。


私を、



『大好きよ、ループス。』







「はっ……はぁ……はぁ……ふー、」



いつの間にか寝ていたようで、窓から外を見ると夕暮れの紫が視界に映った。


身体が汗でぐしょぐしょだ。




きっと、最後の声はお嬢様だ。




ダムルを殺す夢なんて初めてだったが、誰かが私を助けてくれる夢を見るのも初めてだった。



「こんな……助ける価値の無い私を……」


ベッドが軋む音がやけに大きく聞こえた。






















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