(リビア・エヴィルバードのお話3)


作者より


ちょっと性的な描写あります。


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夕食を彼女に持ってきて貰った際、彼女の包帯の巻いた手に目をやった。


「...ループス、ほんとにもう痛くない?」


もうかれこれ3回は聞いてる。

でも、ループスは表情が動かないから嘘か本当か分からないんだもの。


「はい、もう痛くありません。」


...ほんとかしら。

きっと私がその傷を負ったら、痛くて泣いちゃうと思う。

それなのに、ループスはへっちゃらだと言うような表情をしていて、つい眉をひそめてしまう。


「...ごめんなさい。」


好きな人にこんな傷を負わせてしまうなんて。私ってばダメダメね。


「謝らないで下さい。もう、大丈夫ですよ。」


彼女はそう言って、何故か逆に、私を心配そうに見つめる。


「...うん。」


「今更傷だらけのこの身体に、ひとつ傷が増えたところで問題ありません。

それに、きっとこの傷もすぐ治って、跡にもなりませんから。」


……?見たところ傷なんて無いのに。


「...ループスはどこかに傷があるの?」


「はい、沢山。ですから───」


「どこ?」


「...え?」


私の食い気味の質問にクエスチョンマークを浮かべたループスを横目に、彼女の素肌をぺたぺたと触る。


一体どこにそんな傷が…


彼女が来ている使用人の服は、ワンピースの型で、首元まできっちりと襟があり、手首には汚れないように白のカフスが付けてある。


純真を大事にする貴族社会において、肌を見せるのはあまり良くないとされている事から、使用人達の制服は極端に露出が少ない。


なので目視で見れる場所は首と、手、顔の3つの部位だけ。


そんなたくさんと言うほどは見当たらない。


もしかしたら右目のことを言っているのかしら。


あ、手の甲に大きな傷跡がある…ケロイドになっているから昔のものよね……。

これはいつ怪我したのかしら。


ぶつぶつと呟きながら彼女の肌に触れる。



「...お嬢様、もう、昔のことですから。今は完治しておりますし、痛い事もありません。」


……あ、悲しそう。


ループスはどこか遠い目をして、何かを我慢するように自分の手を握りしめる様子を時々見る。


彼女は一体何を抱えていると言うの?


全部、全部私に、教えて欲しい。頼ってくれればいいのに。私はあなたに救われたから、私も貴方を救いたいのよ、ループス。



「ループス...、ループスは、どうして、そんな...傷付いたの?」



「...なんで、でしょうね。」



そう言ったループスは、グ、と眉間に皺を寄せて何かに怯えるように目を細めた。


「...ループス...貴方は一体───」


「お嬢様。...そういえば、昼食の人参ちゃんと食べれて偉かったですよ。」



何を抱えていると言うのか、と、言葉を続けようとした時、ループスの声にかき消されてしまった。


今まで私の言葉を遮ることなんて無かったのに。


……でも、まだ言えないという事ね。この先ずっと一緒にいたら、彼女はいつか話してくれるわ。


そう信じて、私は態とらしく照れたような表情を作る。


「...ま、まあ。美味しかったわ...。

.....やっぱり少し苦手だけど。」


「ちなみに今日の晩御飯はピーマン入りです。」


間髪入れず、私の苦手なものを目の前にある晩ご飯に入れたと自白するループス。


「...ループスの...」


「...?」


「ループスのばか!!もう嫌い!」


下唇を突き出し、彼女の憎らしいほど綺麗な顔を見上げる。


なんて、大好きよ、ループス。


これは、貴方が私に抱えたものを教えてくれなかった罰。


全く怒っていない内心とは裏腹に、立腹したような素振りで彼女を部屋の外へ押し出す。



バタン、と扉の閉まる音がする。


踵を返し、ベッドにうつ伏せで倒れ込む。



「……はぁ…ループスループスループス……」


タオルケットを握りしめ愛しい人の名前を呼ぶ。


──────私は、あの時、彼女に傷を作る直前に感じたあの感覚が忘れられない。


自身の下腹部に手を伸ばし、そっと触れる。


ジンジンと熱くなったあの時、私はきっととても恥ずかしい事を体験してしまったのね。


あの熱が頭から離れない。


私は気が付くと、手を下にずらし、下着の上からソコを撫でていた。


「な……にこれ…あっ………なに、なん……なのよっ……」


全身が沸騰しそうなくらい熱い。

恥ずかしいのに、それなのに、


……こんなに、気持ちいいなんて。


夢中になってソコを触っていると、あの時とは違った熱が迫るのを感じる。


「ループス……ル……プス……好き、よ、ループスッ」


だめよ、リビア、はしたない、こんなのだめなのに。


「〜〜っぁ……あっ……はっん……っ。」


じわ、と涙が出てくる。

腰がピクピクと勝手に動いて、足の力が抜ける。


──────わたくし、、なんてことを!!



その日は自分のしてしまったことがなんだったのか、名前も分からないまま夜を悶々とすごした。




─────────────────────


今日は昼食時間になってもループスが来なかった。

毎回びっくりするくらい時間を厳守するのに。

何かあったのかしら。


……まさか、私の昨日の声が聞こえていたの?


少しゾッとして、心の中が焦り出す。


それなのに、私ってば、アレを聞いているループスと、あの行為を想像すると下腹部がまたぎゅ、っと締まってしまう。


もう、私もしかして変態なのかしら。



今までになかった煩悩が最近の頭の中の大部分を占める。



「〜〜っもう!遅いのよループス!!」



自分の煩悩をループスへの怒りへと変換し、私は椅子に足を組んで座った。


……ベッドに座ったら、きっと昨日のことを思い出してしまうから。






コンコン、とノックの音がする。


……来た!!!


椅子から飛ぶように扉まで走り、その勢いで扉を開ける。


「っ...遅いわよループスっ!」


運動なんて部屋から出ない私には無縁のものだから、少し走っただけで息切れが起きる。


「申し訳ありません...少し話し込んでしまいまして...。」


そう言ってループスは、着ているエプロンから懐中時計を少し出して、そちらに目線をやった。



は?


私との時間を差し置いて、何処の誰と話し込んだと言うの?

そんなにも話が盛り上がったの?

私は、部屋の外から出られないから……貴方がここに来てくれる時しか貴方と話せないのに。


私の心の中に、強烈な嫉妬心と怒りが渦巻いた。



「……入って。」


彼女が入ったのを背中で感じて、私は足を止めた。



「...お嬢様?」


どうしたのか、と何も気にしていない様子の声色に、渦巻く怒りが溢れ出る。


「...誰といたの。」


「はい?」


「だから!わたくし以外の誰と話し込んだというの!?」



私、いつも冷静でいたいのに。


彼女の前では何もコントロール出来ない。


こんなに泣き虫じゃないのに。



私、貴方の1番になりたい。

貴方の、唯一になりたいのよ。


「...エヴィルバード公爵様とお話しておりました。」


……へ?


ポロポロと、私の頬を伝う涙を彼女の指がすくい上げる。



「...パ...お父様と?」


思わぬ返答に私の毒気はすっかり抜けてしまった。


そろそろ、外部ではお父様と言うべき年齢であると、週一でくる家庭教師に言われ癖付けを行っていたんだった。


冷静にならなくちゃ、冷静に……


「はい。最近のお嬢様の様子をお聞きになられました。」


パ……お父様は私を心配してくれているものね。


「...なんて答えたの?」


お姫様のようだ……とか、可愛い、とか、、言ってくれてたら良いな、なんて、も、もう!!


心の中で期待が跳ね上がる。


「...ピーマンが嫌い、と。」


跳ね上がった期待は天井に頭をぶつけて壊れ果てた。


「〜〜なっ、バカ!!ループスの大馬鹿者!それ置いて早く出てって!」


お父様にそんなことを知られるなんて!!

本当は私ピーマンも食べれるわよ!!確かに……苦手ではあるけれど……でも、それをお父様に言う必要なんてないじゃない!!!

なんて酷い女なの!


ペシペシと、我ながら全く攻撃力というものを持ち合わせていない平手打ちを、彼女の脇腹目掛けて振る。




「...ああそうだ、お嬢様。タスマリアの聖火祭を知っていますか?」


効いていないのは分かっていたが、ループスは何かしましたか?と言わんばかりの気に食わぬ顔で口を開いた。


「...知ってる。」


叩く手を止め、幼少期一度行った時の事を思い出す。



「...嫌なら断って下さい。私と一緒に、行きませんか?」


「え?」



一瞬言葉の理解が追いつかなかった。


ループスと一緒に、聖火祭へ……?


私は意図が分からず、彼女の紫の瞳を見つめる。



「...お嬢様が、外に出るのが怖いのは知っています。ですから、隠す為にフード付きのマントを羽織ってもよろしいですし、ただ...メリルさんがとても綺麗だと教えてくれるものですから...その...」


言い訳の様に見えるそれは、私の傷付いた過去に気を遣っているのが分かる。

これは無理強いじゃない。

彼女は私に配慮して、私の答えを聞こうとしてくれているのね。


「あー、分からん...。

もう、なんて言えば良いのか...その...私は、お嬢様と、綺麗なものを見たいのです。」


ずっと黙ったままの私に焦ったのかループスは頭を抱える仕草をする。


あぁ、あなたの素の話し方ってそんな感じなのね。

綺麗な顔に似合わない、少し男性的な話し方。


ただそれが、私の為に取り乱している姿が、とてもとても愛おしくて、胸が暖かさでいっぱいになる。

苦しい。そんな、愛しい仕草をしないで。胸が張り裂けてしまいそうだわ。




「...く...」


喉がつっかえて声が出にくい。


「...?」


「行く。ループスと...一緒なら、行くわ。マントも着るし...もしかしたら私、帰りたくなるかもしれないけど...あの、あの、私...」


きっと、貴方が居なくなったら怖くなって逃げ出しちゃうけど、それでも許してくれるなら、私はこのひとりぼっちのお部屋から、出たい。



「...綺麗だ。」



彼女は私の瞳を真っ直ぐに見つめ、うっとりしたような表情で言った。


その姿が、生前の母の姿と重なった。




きっと今、酷い顔してる。

でも、涙が止まらない。

私の事を綺麗だなんて言ってくれる人は、もう現れないと思っていたんだもの。


ずっと昔のように感じられる、あの最後の舞踏会。

あの日朽ちて枯れてしまった私の希望が今目の前にいる。



────いつか私自身を見てくれる人が現れる



そんな夢が今叶った。


ループス、ループス、ループス。

愛しいわたくしのループス。


もう、絶対離してあげないんだから。

ずっと私のそばに居て、ループス。



「わた...っ...わたく...し、貴方がだいっ...大好きよ。あなたの事が...大好き。」



ループスは、もたれかかった私の身体を慣れない様子で抱きしめてくれる。



「わたくしも...っ...ループスと...綺麗なものを一緒に見たい...。」



汚い物も、辛いものも、貴方と一緒ならきっと見れるでしょうね。


でも、願うなら、愛しい貴女には綺麗なものを見ていて欲しいから。




「楽しみですね...リビアお嬢様。」



頭に響いて離れないその声に、私はうん、と返事した。












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