(リビア・エヴィルバードのお話2)

紫色の彼女、ループスが来て次の日の朝、またループスが掃除をしにやってきた。


私の部屋の掃除は、3日に1度だったのを毎日する様パパにお願いした。


人に会いたくないがために3日に1度とお願いしたのも私だったので、パパも少し驚いている様子だった。



彼女はまた私の返事がないにも関わらず、部屋に入ろうとドアノブを捻る。


ガッ


数回捻ったあと、扉の前の人物は沈黙した。




私だってこんなことしたくない!!でも!


顔を合わせると私、恥ずかしくて死んじゃうかもしれないから!!

彼女と顔を合わせるのを想像しただけで、顔から火が出そうになるのよ!!



そうこうしているうちに、コツコツとヒールの音を鳴らし、彼女は去ってしまう。


「あっ...」


...こんな私、嫌になってしまったのかしら。


私を見てくれるかもしれない人に出会えたというのに。

どうしてか私は素直になれない。

本当はもっと彼女の傍にいたい。あの頭が痺れる様な甘くてハスキーな声を聞きたい。


そして、頭を撫でて、体を包み込むように抱かれて...それでそれで...キス...なんて...


──────────!?!?


「わ、わたくし...今...何を...!?」


1人頭を抱えて自身の思考に混乱していると、また彼女の声が聞こえた。



「お嬢様、鍵を開けてはくれませんか。」


また、来てくれた。

良かった、と胸を撫で下ろした。

なんと返事をしよう、と考えていると、なんだか金属の音がガチャ、と鳴る。


.....まさか!!


落ち着いて考えればそりゃそうだ、と思わざるを得ないが、この時の私は彼女が鍵を開けて入ってくるなんて考えはこれっぽっちもなかった。


ドアが開いて、薄暗い部屋に光が差し込む。



「あっ...!」



中から入ってきたループスは、困ったような呆れたような顔をして


「お嬢様、鍵が掛かっているとお嬢様の部屋の掃除が出来ません。」


と言った。


「だ、だから掛けたの。」


そっぽを向き、態とらしく悪態をつく。


私の悪態にはなんの反応も返さず、ループスは1人何かを考える様に私を見つめた。


そんなに私を見つめないで...!!

また顔が熱くなるじゃない...!


「私がお嫌いですか。」


...違う。違うの、


「...っ、き、嫌い...よ。」


思っている真逆の答えを口に出してしまう。

天邪鬼な自分に本気で嫌気がさした。



「...では、私は世話係を辞退します。他の者であれば──────」



それはいけない、貴方がいなくなるなんて!!


思わず頭を大きく振り上げて、彼女の顔を見る。


「だめ!!」


パサリとタオルケットが頭から落ちたことに気が付き、赤い瞳を隠さないと、と落ちたタオルケットを掴む。


彼女はきっと、この瞳を見ても怖がらない。

そう信じているのに、頭の中にはいつぞやの蔑んだ目が浮かぶ。


必死にタオルケットを掴み直す手を、暖かい何かが覆った。


顔を上げると紫色が見える。


廊下から漏れる光で、彼女の肌が、この国ではあまり見ない褐色だと知る。


「...あ...わたし...その...」


思わずわたし、と言ってしまう。


ずっと、心にいたママの一人称。自分をわたくしと呼ぶと、少しだけ強くいられる気がしたから。

でも本当のわたしは、強くなんてない。ママのように美しい青い瞳は持っていない...



「私がお世話係でも、嫌じゃないですか?」


貴方を見ると、辛い気持ちが嘘みたいに無くなるの。

心がトントンと跳ねて、まるで、本当に強くなれたように錯覚してしまう...。


「い...やじゃない。」


「私のことがお嫌いなのに...ですか?」


違う、それは私の本心じゃない。

でも、なんて言えば...。


本心が頭にうかび、恥ずかしくて彼女の顔を見れなくなった。


どこに目をやればいいのか分からず、結局また、俯いて逃げてしまう。



...嫌いじゃない。


「...?...お嬢様、なんと...」


「嫌いじゃ...ない...わ...」


いつの間にか呟くように出ていた言葉をもう一度伝える。


顔が熱い。本当はちゃんと、伝えたい。

...伝えたいって、なにを?


自分の感情が分からなくなり、クルクルと目を回していると、あの甘い声が、ほっとしたように「それは良かったです」と言った。






─────────────────────

彼女と出会ってから2ヶ月が経過した。


2ヶ月もすれば、毎日顔を合わせる彼女にも慣れてきた。


本当にループスは私の瞳を嫌だと思っていない様だった。


タオルケットで隠す必要も、部屋を暗くして少しでも赤が目立たないようにする必要も無くなり、私は明るい部屋で彼女を出迎えた。




「ループス、私《わたくし》ニンジンは嫌だと言ったのだけれど。」


態とらしく頬を膨らませ、嫌がってるぞとアピールするために、行儀が悪いことを承知にフォークの先でニンジンをつつく。


「好き嫌いはいけません、ちゃんと食べて下さい。」


「いーや。だって不味いもの。」


本当は、ニンジンも食べれるのよ。

苦手って言うのは本当だけれど、出された物はなんだって食べれるの。


でもね、ループス。

私、貴方と少しでも長く一緒にいるには、どうするのがいい方法なのか分からないのよ。


だからこうやってワガママばかり言って、貴方の気を引きたいの。

許してね、ループス。




「...お嬢様、ニンジンは貴方のお父様の領地に住む、領民が作ったものです。それを、貴方の家に仕える料理人が丹精込めて調理したものです。貴方はそれを事実として受け止め、彼らの為にも食べるべきだと私は考えます。」


ループスが珍しく真剣な表情で私に長々と説教をする。


...何よ、そんな怖い顔しないでよ。



「...む...。私の領民ではなくパパの領民なんでしょ。私には関係ないわ。」


「私は、民を腐らせる人間を軽蔑します。」


ループスにしては珍しい強い語気。


「なにを...」


「お言葉ですが、貴方のお父様は、民を活かすお方です。そのお方のご令嬢が民を敬愛しないでどうします。」


ループスが怒っている。

今まで感情を表に出すことはなかったのに。

何をそんなに怒ることがあるの。


だって、だって彼らは私を指さして嗤うのよ。

こちらから歩み寄ったって、彼らは本当の私を見てはくれないもの!!



「...でも、彼らは私を嫌うのよ。」


「嫌う?」


「パパの領民も、この家の使用人も、皆、この赤い目を...嫌うのよ。」


貴方はそんな彼らのために怒るのに、私の為には怒ってくれない。

彼らの方が大事だというの?



「...私は2人、お嬢様の瞳を好きになった人間を知っています。」


ループスが突然、脈絡がないように思える話を始める。


「え...?」


「彼女はこの家のメイドのメリルと言います。初めはお嬢様の瞳を恐れているのが私にも伝わるほどでした。

彼女は宝石が好きで、1番好きな宝石はルビーだそうです。

彼女は、お嬢様の瞳がルビーの様な色をしている事に気付き、今ではよく、私にお嬢様の瞳を見たいと話して下さります。」


「メリル...?」


「はい。メリル、と言います。いつか、お嬢様にはもう一度彼女と会って欲しいと私は思うのです。」


...そういえば、私はパパの執事のロイと、メイド長のランマットの名前しか知らなかった。


私の事瞳を、ルビーのようだと言う人がいるというの?


先程より少し気分が上がった気がする。



「...も、もう1人は?」


2人も、私の瞳を恐れていた人が、私の瞳を好きになったというの?


「私です。」


...え?


ループスは、私の瞳が嫌いだったのかしら。

好きなった、なんて。

あの日、私を抱えあげた日、彼女と目が合った気がした。

あの時、私の瞳を、この私を、見てくれていたと思っていたのに。


「...ループスも私の瞳が嫌いだったの?」


私の質問に、ループスが眉をひそめた。


なによ、何よ何よ何よ。

貴方の考えている事、全く分からない。

それはどう言う表情なの?


悪い方ばかりに考える癖がついてしまった私は、一度良くない事を考えると、どんどんと最悪の方向へと思考が走ってしまう。


「...ループスは違うって思ってたのに!!」


私の記憶の中の彼女は、私に『悪魔』ではなく、『お姫様』だといってくれた。


貴方も悪魔と思っていたの?わたくしは、一体何を信じれば─────



「違います!」


初めて聞く彼女の大きな声。

反射的に体が跳ね、嫌われたかも、なんて考える。


「...違います。私は初めから貴方の瞳を美しいと感じていました。」


彼女の手が私の手を握る。


真っ直ぐ伝わる彼女の言葉に胸が高鳴った。


「うん...。」


分かったわよ、ごめんなさい疑ってしまって、私は貴方を信じたいのに、


「...貴方の瞳も、姿も全て、私はこの世でいちばん美しいと思っております。」


...──────???


まだ続くわけ?もう十分よ。これ以上言われると私、顔がとけちゃうわ。


「...っ、わ、わかったから。」


握られた手に意識がいき、背中がゾクゾクと震えた。

なにこれなにこれ!!

はじめての感覚に、無性に恥ずかしくなる。

今、私絶対変な顔してる!!

見られないように急いで彼女から顔を逸らすと、彼女の手がより一層私の手を強く握る。


腰がビクリと動く。


ねえ、なにこれ、なんだっていうの。



「お嬢様、私は初めから貴方の瞳を愛しています。」



追い打ちをかけるように言われたその言葉に、お腹の下がじわ、と熱くなるのを感じた。


何か、とても恥ずかしい事が自分の体に起こった気がして、私は何かを叫んで彼女の手を振り払った。



ガシャンッ



振り払った彼女の手が机に当たった様で、食事が乗った金属のトレイが音を立てた。


ハッとした私は彼女の手を見る。


私の瞳のような、赤い液体が彼女の肌を伝うのが見える。



やってしまった。


私、彼女を傷付けてしまった。

こんなにも大切に思っているのに、どうして私は。


ガタガタと身体が震える。


私は必死で謝りながら、痛いであろう彼女の傷を触ろうとした。

触って治る訳でもない。

それなのに、どうしてもその手に触れて、謝りたかった。


だが、彼女は私の手を拒むように避けた。


「...っぁ。...ご、ごめんなさい...」


頭が真っ白になった。

私は、やっぱり悪魔だ。大事に思う人すら、大事に出来ない。

ママも、あの時私が庭に連れ出さなかったら死ななかった。

パパも、私がママを殺したせいで泣いた。


わたくしは.......わたしは....



ループスが何か言っているような気がするが、耳に入らない。

自分がとても醜く感じた。


見ないで...ループス...お願い、その綺麗な瞳で、この醜い赤を見ないで、ループス...。




不意に、コツン、と額に温もりを感じる。



目を開けると、ループスの整った顔が視界を満たす。


「お嬢様。大丈夫です。ただの事故です。お嬢様のせいではありません。」


「でも...っ...手が...手...血が...怪我した、私が貴方にっ...」


カチカチと口が震えて上手く話せない。


私は、その手を怪我させてしまったのよ。ループス。貴方のその綺麗な身体に怪我を負わせてしまったの。


赤く濡れた彼女の手の甲に、自身の手を伸ばす。


すんでのところで、ループスに怪我した手とは反対の手で止められる。


「お嬢様。手が汚れてしまいます。大丈夫です、リビアお嬢様。私は怒っていませんし、辛くもありません。」



辛くない...?

そう、そうなのね...良かった、貴方が辛くないなら良かったわ...。


体の力が抜け、震えが止まる。


やっと息が上手く出来るようになってくる。



彼女は私の手を離して、私の頬に触れた。



─────温かい。



「...ごめんなさい、ループス。」


貴方は辛くないと言うけれど、きっと痛かったと思う。

ごめんなさい、本当に、ごめんなさいループス。



「大丈夫です。お嬢様は悪くありません。」



うん。優しいループスは、きっと私を咎めたりはしない。

でも、私は大切な貴方を傷つけてしまったのよ。私自身が、私を許せないの。



「ううん、私が悪いの。だから、ごめんなさい。」


「...はい。大丈夫ですよ。お嬢様に怪我がなくて良かったです。」


頑固な私に諦めたようで、彼女は私の謝罪を受け取ってくれた。


そんなに血を流している癖に、私の心配をするループスに若干呆れながら、愛おしいと心から思う。


その後、傷が残るから手当をしてきて欲しいと言うと、彼女は困った様な表情で笑った。



ループスの笑顔は人を殺してしまうわ。


だって私、こんなに綺麗な笑顔初めて見たもの。


彼女の笑顔で見事にやられてしまった私は、真っ赤なリンゴのような顔を見られないように、部屋から彼女の背中を押し出した。



──────────ループスのバカ。


わたくし、まんまとやられてしまったわ。

貴方のこと、愛してしまったの。














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