(リビア・エヴィルバードのお話)
『悪魔の子だ、近寄るな』
『お前に触ると死ぬって聞いたぞ』
『悪魔の瞳だ、なんて恐ろしい』
────────皆、大嫌いだ。
好き
10の歳にもならない頃は、まだ貴族のパーティ等には参加していた。
いつ行っても後ろ指を刺され、悪魔の子だのなんだのと罵倒された。
でも、いつか私自身を見てくれる人が現れると信じて、希望を捨てずに社交界にパパと足を踏み入れる。
今日こそ、友達が出来るかもしれない!
しかしいざ入ると皆、私を異物を見る目で内緒話をするばかり。
その度に、私の心臓はキュッと悲しげに痛む。
─────────────────────
私のママは、私を産んで3年後に亡くなった。
私のママの髪の毛は、私と同じくるみ色だった。
瞳は青く澄んでいて、笑うとエクボが出来る。
私はそのエクボを人差し指でつつき、反撃としてママにくすぐられていた。
ママはよく、
『リビアの瞳は赤くて綺麗ね』
と言ってくれた。
だから、使用人達が私を怖がっても、屋敷に来る他の貴族が私の目を見て蔑んでも、全然気になんてならなかった。
私は、ママが笑顔になってくれるこの瞳が好きだった。
私が知る中でのママは、いつもベッドで横になっていた。
庭に出ることも出来ず、部屋の窓から見える庭園のお花を見るだけ。
そんな姿が私には酷く可哀想に見えた。
だから、喜んでもらいたい一心で私はママの手を引いて、無理矢理外へ連れ出してしまった。
『綺麗ね』
なんて言いながら、ママは私と手を繋いで庭園の花を見たり、嗅いだりしてまわる。
その日からだった。
ママは前よりもずっと、ベッドの上で起き上がれない時間が増えた。
顔も、体も前よりずっとやせ細ったように見えた。
内緒話をしているメイド達の話によると、ママは私が外に連れ出したせいで、風をひいてしまったらしい。
私は早くママに謝りたかった。
しかし、パパに部屋に入るのを止められた。
どうしてと、泣いて暴れる私をパパは抱き上げて私の部屋へ戻らせ、その日私は泣き疲れて眠った。
朝起きると、屋敷の中がいつもより騒々しかった。
使用人達がバタバタと走ったり、大きな声で指示したりしていた。
私はママに謝る為に、ママの部屋へと向かった。
重い扉を開け、部屋の中に入ってママと顔を合わせる。
声を掛けても返事が無いので、ベッドの上によじ登り、ママの頬に手をやった。
薄く瞼が開き、澄んだ青色が見える。
『ああ、来てくれたの、リビア。
....リビア...綺麗ね、私、リビアの赤、大好きよ。』
そう言ってママは、浅い息を吐いて眠ってしまった。
珍しく、バンとすごい勢いで部屋に入ってくるパパに体が跳ねる。
私には目もくれず、ママの名前を呼び続けるパパを、何も知らない私はただ見上げるばかり。
『目を開けてくれ...フィーネ...僕の愛しのフィーネ...』
私はその時、初めてパパの涙を見た。
パパと私がどんなに名前を呼んでも、ママは眠ったまま起きなかった。
─────────────────────
ママが死んだと気付いたのはママが棺桶に入った時だった。
泣いても帰ってきてはくれないのに、私はただただ涙を流し続けた。
たくさんの知らない貴族や、偉い人がママの葬式に来ていた。
ママが入った棺桶を埋める時、私は耳にしてしまった。
『悪魔の子に殺されたんだ』
その言葉を聞いて、私は頭を石で殴られた様な感覚になった。
パパはそれを聞いて、言った貴族の胸ぐらを掴んで怒号を鳴らしていた。
私は1人、呆然とその場に立ちつくした。
しかし、私はこの瞳を嫌いにはなれなかった。
だってママが褒めてくれた瞳だもの。
きっと彼らは嘘をついているんだと思って、どんなに悲しいことを言われても、社交界に足を運び続けた。
でも、ずっと心の中で、私のせいだともう1人の私が私に向かって叫んでいた。
8歳の時、周りの声に心が折れそうになりながら行った最後の社交界。
その日も私は後ろ指を刺され、“悪魔の瞳”と、どこからともなく聞こえる声に赤い瞳を濡らした。
もう私の心は限界だった。
ママが最後まで綺麗と褒めてくれたこの瞳を、嫌いになった方がずっと楽だった。
自分を責めた方が、気が楽なことに気がついてしまった。
それから私は部屋から出れなくなった。
パパがたまに会いに来て、頭を撫でてくれるだけでよかった。
誰にも指をさされることもないし、悪魔の瞳だと恐れられることも無い。
世話係の人達は、この部屋に入るといつも震えてこちらを見ていたのが嫌だったけど、社交界に行くよりはずっと良かった。
それから6年後の春、私の世話係が変わったとメイド長のランマットが教えてくれた。
ランマットは私の瞳を嫌がらないから、話しやすくて気に入っている。
世話係が変わるのは、もう数えるのも面倒になる程で、全然期待していなかった。
出来ればあまり構ってこない人がいいな、なんて思っていた。
今までの世話係の中には、私の事を恐れているにも関わらず、私にいらぬ世話まで焼こうとして来る人もいた。
最初は少しだけ、ほんの少しだけ嬉しかった。
でも、すぐに辞めていってしまうのを2回ほど経験して、喜んでから悲しくなる方がよっぽど辛いと知った。
昼すぎ、ベッド上で本を読んでいると、ノックの音が聞こえた。
いつも通り、ノックに返事をせずにいた。
どうせ返事をせずとも入ってくる。
「お嬢様のお世話係に配属されました、ループス・パトロニウスと申します。入ってもよろしいでしょうか。」
淡々と、ただ事実を言葉にするだけのなんの感情も持ち合わせないその声に、少しだけ怖くなった。
隠れるように、ベッドの横の隙間に入る。
ママがくれたタオルケットに頭まで包まれながら部屋の隅へと視線を落として縮こまった。
ガチャリ...
やはり、私の返事を聞かずとも入ってくる。
「...お嬢様」
すぐ真後ろで聞こえる声にビクリと体がはねる。
なんでここにいるってバレたの!?
つい、語調を強めて早く出て行けと大きな声を出す。
少しの間を置いて、姿も分からない新しい世話係が口を開いた。
「お嬢様。これから私はあなたのお側に仕えさせて頂く身。お願いです、私に主人のお顔をお見せ頂けませんでしょうか。」
先程と一緒の、なんの感情も持ち合わせない声で、私の顔を見たいと話す。
分からない...。興味本位で私の目を見たい?それとも瞳の噂を知らないのかしら。
色んな考えが浮かぶが、どれが正解なのかも分からない。
あぁ、もしかしたらパパの権力目当てかも。
きっとそうよ。私の事をパパが大事にしてるって知ってるんだわ。
どうせ私個人を見てくれる人なんて居ない。
「...どうせ、パパに言われたからでしょっ。本当は私の事なんて...」
そこまで話すと、自分のお腹がきゅるる、と音を立てた。
顔が熱くなるのが分かった。
私ってば、こんな世話係にお腹の音を聞かれて...!
「...お食事を先にお持ちしましょうか?」
憐れむようなその声に、恥ずかしいよりも、カチンときた。
ムカつくムカつくッ、パパのご機嫌取りのために来たくせに!!!
「...~っ!は、早く掃除して出てって!」
怒りすぎて少し裏返ってしまった。
こんなにムカムカとしたのはいつ以来だろう。
その声に返事をせず、その新しい世話係とやらは部屋の掃除を始めた。
「お嬢様」
なにかしら...もう早く出ていって欲しい。
「お嬢様、そこを掃除したいのですが。」
こんな少しの隅、ほっとけばいいでしょ。
「お嬢様」
〜〜っ!!ああもう煩い!!
なんてしつこい世話係なの。こんな人初めてよ。皆、無視するとすぐに出てって行くのに...。
「お嬢様、不敬をお許し下さい。」
...?なにを────────
肩に触れられたと思えば、急に視界が宙に浮いた。
な...!?
「ひっ...えっ、わっ...!」
驚きに訳の分からない声が出る。
なになになになに...!?!?
宙に浮いているにも関わらずとても安定した所で、ぴたりと動きを止める。
何...
視界に入ったのは、綺麗な紫色だった。
こんな綺麗な瞳の人、いるのか...。
しかし、右の目を見ると白く濁っていて、その瞳には何も写していなかった。
「...お姫様みたいだ。」
ボーッと白く濁った瞳を見つめていると、
目の前の人がハスキーな甘い声でそう呟く。
一瞬誰に言っているのかと思ったが、彼女の紫色に映し出された人物は、紛れもない赤い瞳の私だった。
いつの間にか、顔を隠していたタオルケットがズレていて、私の顔を顕にしていた。
「〜〜っ!!そんな嘘いらない!!」
恥ずかしさからそう叫び、バタバタと手足を力いっぱい振り上げる。
その動きにビクともしない彼女の身体は、私をゆっくりと運びながら、ベッドの上へと私を下ろしてくれる。
掃除をしている間はベッドの上にいるように、と言われたので私は熱い顔をタオルケットで隠すように包み込んで、掃除する彼女をじっと見つめた。
無表情で、何を考えているのか分からない彼女の顔を見つめながら、さっきの言葉が本心だと良いな、なんて考えていた。
数時間すると、またあの声が聞こえる。
食事を持ってきてくれたらしい。
慌ててベッドから身体を起こし、タオルケットを被る。
心臓がトクントクンと少し早く脈打った。
嫌なドクドクじゃない...。
期待のような、そんな感情が私の胸に芽生える。
どうせ、また裏切られる。すぐに辞めていく。
そう思っているのに、胸の高鳴りは収まらない。
──────ああ、彼女は私を好きだったらいいな
食事を置いて出ようとする彼女を引き止める。
聞かないと...私の瞳をどう思うか、きっと、嫌な顔をする。そしたらきっとまたガッカリする事はなくなる。
.......でも、やっぱり、彼女の口からは聞きたくないな、なんて思ったり。
「あ...あの...」
今のうちなら傷が浅いはず、もう傷付くのは嫌だ、と勢い付けて顔を上げる。
「はい、お嬢様。」
ああ...だめだ。そんな愛おしそうに、微笑まれてしまったらもう、
わたくしは.....諦められなくなってしまう...。
彼女の笑顔を見て、ドキドキと胸が痛んだ。
いつもの苦しい痛みじゃない。
顔が熱い。
もっと、この人ともっと話したいのに。
それなのにムズムズしていてもたってもいられなくなる。
「えっと、お嬢様?」
ぐい、と、突然近付いてきた紫色の瞳に、全身の血管が爆発してしまうかと思った。
私はどうすればいいのか分からず、彼女に近付くなと叫んでしまった。
こんなこと言ってしまっても、嫌わないで...
本心じゃないのに出てしまうの。
だってわたくし、貴方が近付くとどうすればいいのか分からなくなってしまうんだもの!!
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