第2話

「...といった内容です。また分からないことがあれば他のメイドに聞いて下さいね。

では、リビアお嬢様のお部屋の掃除と食事配膳が終えたら先程教えた業務に取り掛かって下さい。」


丈の長いスカートで、上品な装飾が施されたメイド服を着用し、各使用人に挨拶を済ませてから、メイド長であるランマットに一通り、仕事内容を見学させてもらった。

命令通りに、早速お嬢様の部屋へと掃除用具を持って向かう。




─────────────────────


「お嬢様のお世話係に配属されました、ループス・パトロニウスと申します。入ってもよろしいでしょうか。」


お嬢様の部屋の扉をノックして、ジッと待っていても返事が返ってこなかったため、自分の名を名乗ってみる。


返事が返ってこない。部屋の中に1人の気配を感じる。いるのがバレないようにか、部屋の隅で縮こまっている。

皆が、部屋から出てこないというのだから部屋の中にいることはバレているに決まっているだろうに。


「お嬢様...入りますね。」


そう断りを入れて、ドアノブに手をかけ、扉を開く。


部屋の中は真っ暗で、カーテンも締め切られている。

部屋の主人はベッドと壁の、大人一人分が通れる程の隙間に座り込んでいるようだ。


「...リビアお嬢様。」


その隙間を覗き、タオルケットを頭まで覆い、小さく震えるお嬢様に話しかける。



「っ...はっ...早く出ていって...。」


...少し悲しい。怯えたように震えた声でそう言ったお嬢様は、先程よりも小さくなっている。公爵様から聞いた話によると、今年、お嬢様は14歳になるらしく、私の知っている14歳程の人間と比べても、お嬢様の体は平均よりも小さく見える。


「お嬢様。これから私はあなたのお側に仕えさせて頂く身。お願いです、私に主人のお顔をお見せ頂けませんでしょうか。」


「...どうせ、パパに言われたからでしょっ。本当は私の事なんて...」


そこまで言うと、私にもしっかり聞こえる程の音量でお嬢様のお腹が鳴った。


「...お食事を先にお持ちしましょうか?」


「...〜っ!は、早く掃除して出てって!」


そう怒鳴られてしまえば私としてはどうにも出来ない。

彼女の可愛らしいお腹の音に免じて、私は部屋の中の掃除を始めた。



ベッドメイキングが終わり、残るは彼女のいる壁とベッドの隙間だけなのだが、彼女はずっとその場に縮こまって、私に背を向けて座っている。


「お嬢様、そこを掃除したいのですが。」


「...。」


「お嬢様。」


「.....。」


どうしたものか。

お嬢様のお部屋の掃除は3日に1回だと聞いている。

3日もあればホコリも溜まるだろうし、そのせいでお嬢様にけむたい思いをさせるのは、恩を返す上で自身が許せる事では無かった。

隙間と言えども見逃すことは出来ない。


「お嬢様、不敬をお許し下さい。」


そう言ってから、小さく震える彼女の身体をヒョイと持ち上げる。


「ひっ...えっ、わっ...!」


軽すぎる、食事の量を増やした方がいいんじゃないか、と思いながら腕の中の彼女の顔を見る。


零れそうな程大きな赤い瞳が、ガラス玉のようにキラキラと艶めいている。その瞳を隠すように、長いくるみ色の前髪がふわふわと風に揺られ、長く伸ばされたであろう髪の毛は、白いタオルケットに包まれていた。


「...お姫様みたいだ。」


ベッドの上に移動させるだけのつもりが、何十秒の間、私の目は彼女の姿に釘付けになった。

彼女の目線は、白く濁って機能しなくなった、私の右目に止まった。

そんな何十秒の止まった時を再度動かしたのは、お嬢様の叫び声だった。


「そ...そんな...嘘いらないっ!」


そう叫びながらお嬢様は私の腕の中で暴れる。

少し顔が赤いようだった。

びっくりさせてしまったのだろうか。


「失礼しました、お嬢様。私がここを掃除をする間は、ベッドの上にいて下さるようお願いいたします。」


そう言って、お人形のように美しいお嬢様の顔を思い出しながら、私は掃除を終えた。


その間、お嬢様はタオルケットに身を隠しながら、掃除をする私をジッと見つめていた。




─────────────────────


お嬢様の部屋の掃除が終わり、お嬢様がお腹を鳴らしていたことを思い出して、食事の配膳を少し前倒しに出来ないかとメイド長と料理長に相談した。

快く頭を縦に振ってくれ、今は配膳する食事を待っているところだった。


「ループスちゃん、大丈夫だった?」


そう言って私に話しかけてきたのは、先輩メイドのメリルさんだった。


質問の意図が分からず、私が少し首を傾げたのを見て、彼女は私の耳元に顔を近づけた。


「お嬢様の事よ!」


「...お嬢様がなんでしょうか。」


「え...だから、赤い瞳でしょ、何かされたりしなかったの?」


ああ、そういえば使用人はお嬢様を畏怖していたと聞く。

あんなに可憐な方に何を言っているのか、私には到底理解が出来なかった。


「特に何も。」


「ほんとに?前回も前々回も、そのもっと前だって、お嬢様の世話係が立て続けに1ヶ月も持たず辞めていくし、その中の1人は事故にあって亡くなったらしいのよ!だから...」


「...メリルさん、私は大丈夫です。ご心配心より感謝いたします。では。」


噂話が好きなのか、嬉々として話す彼女を放って、用意してもらったお嬢様のお食事を部屋まで持っていく。



─────────────────────


「はぁ...」


ああ言った話は苦手だ。

私は今まで自分と同年代の人間と、世間話や噂話の類をしたことがなかった。

どう接すれば良いのか分からない。

...しかしそれはお嬢様相手にも言えることだった。

どうすれば彼女を安心させてあげられるだろうか。彼女が好きなものはなんだろうか。

かつて私に愛をくれたフェルマーの様に、私も彼女に安らぎを与えたい。


そうこう考えているうちに、お嬢様の部屋の前へと辿り着いた。


「お嬢様、お食事をお持ち致しました。」


ギッ、とベッドが軋む音がした。

しかし、中からは何の返答も返ってこない。


「お嬢様、入りますよ。」


私はまた、彼女の返答を聞けないまま部屋に入る。


せっかくフェルマーがくれた機会なのに、これじゃあいつこの機会が終わるか分からないな、なんて自身のクビを危惧しながら部屋のテーブルに食事のプレートを置く。


彼女は次はベッドの上で小さく丸まっている。

お腹が減っているようだし、早く退室してご飯を食べて頂いた方がいいと考え、私は扉のドアノブに手をかけた。


「ま...って。」


「...はい。どうかなさいましたか。」


「...えっと...」


お嬢様はオロオロと必死になにかを伝えようとしているのが分かる。

私は黙って、次にくる言葉に耳を傾ける。


「あ...あの.....」


次第に声が涙声を帯びてくる。


決心したのかバッと顔を上げた際に、タオルケットの隙間から赤い瞳が私を捉えた。


本当にガラス玉のように綺麗な瞳だ。


「はい、お嬢様。」


彼女の瞳があまりにも綺麗だから、目を細めてほうっとしてしまう。


「...ぃっあ、」


声にならない声を出して、彼女は私の顔を見て、真っ赤になって固まってしまった。


「えっと、お嬢様?」


何かあったのかと思い、私はお嬢様に近寄り、声をかけた。


「ち...」


「ち?」


「...ち、近付かないで!出てって!」


そう叫ばれてしまい、私は放り出されるように彼女の部屋から出た。


「...一体、なんなんだ。全く訳が分からない。」


1人、ポツリと誰もいない広い廊下に呟いた。







─────────────────────


午後からの勤務だったので、あっさりと今日の業務は終了した。私は荷解きの為に、先に使用人用の個室に帰らせてもらい、日が暮れる頃には荷解きは完了した。




「はっ...はっ...はっ...」


荷解きが終わったあとは、物心ついた時から続けている、トレーニングを始める。

もう必要が無いトレーニングメニューでも、身体が勝手に始めるものだから、私は日課として受け入れれるようになった。

受け入れなくても、勝手に動いてしまうのだけれど。


この体は、どれだけ疲れようが、病に侵されようが、怪我をして動けそうになかろうが、その機能を止めてはくれない。

戦う必要が無くなった今でさえも、気が付けば気を張り巡らし、気配を察知する。

身体が弱る事を良しとしないのか、頭の中に警報が鳴り響く。動け、鍛えろ、敵を殺せ、と。


忌々しいこの精神は、幼少期から人を殺す為に作り上げられた。

私の価値は殺すことでその実を得られる、と。


「ふっ...ふっ...ふっ...」


汗が地面にポタポタと落ちる。


ああ、嫌だ。

トレーニングしてる時は、自分の心が昔に持っていかれそうになる。


私は見えぬはずの右目に、過去を映し出した。



































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