第5話「契約」

アリス視点






もう、何も感じないや。痛くなくて良かったなぁ。


死ぬってこんな感じなんだ。


視界がぼやけて、ほとんど何も見えないや。


レイシくんが私の名前呼んでくれてる。




これだけは伝えないと、


レイシくん、私を「お姫様」って言ってくれてありがとう。私は君のお姫様になりたかったなぁ。






「レ……イシ……くん……は…わた……しの…おう…じ…さま………だよ」






生まれたときからずっと変わらない世界でみんなが平等な孤児院。


教会で毎日お祈りして、神様の前ではみんな平等なんだなぁって思い知らされて。


でも絵本の世界だけは違って。


絵本の中のお姫様はもっと違って見えたの。


勝手にどこかに行っても、魔王に連れ去られても、庶民の中で暮らしていても


必ず王子様がやってくるの。


それはお姫様って言う地位とか王様の命令だからとかじゃなくて王子様はお姫様自身のことを見てくれる。


好きでいてくれる。




「神子様」


「神子様」


って呼ぶけれどみんなは神子って言う存在を見てるだけなの。


自分の怪我と神子の力ばかり見てるの。




レイシくん。


気を失って孤児院に運ばれて来た。


黒髪。すごく珍しいなって思ったの。


私と違って見た目も特別なんだって。


傷を直してる時も「お兄ちゃん」って唸ってた。


お兄ちゃんがいたんだ。


愛してくれる存在がいたんだ。


羨ましいなぁって思った。


私にはそんな存在いたかすらわかんないや。




お昼の休み時間。


いつも庭の隅っこでなにかしてるの。


能力を見せてもらった。


こんなすごい能力見たことない。


自分は神の子だってみんなに言って能力も見せればみんなが特別扱いしてくれるのに。




毎日隅っこで筋トレしたり、刀振ったりしてこの子は全然自分のこと特別だって思ってないし私のことも特別だと思ってないみたい。


私が他の神子よりもすごいって言ってみても全然興味なさそうだった。




レイシくんって将来なにになるのかな。


よく刀作ってるし、刀鍛冶?剣術の練習もしてるし剣術の師範とかかな?




冒険者。


普通の男の子みたいなところもあるんだ。


意外だなぁ。


そっか。みんな大人になったら孤児院から出ていくんだよね。


「アリスは将来何になりたいの?」


そんなこと考えたことなかったなぁ。


全然わかんないや。


このままレイシくんやみんなと一緒にいるものだと勝手に思ってたなぁ。


レイシくんと離ればなれになっちゃうのやだなぁ。


そうだ!


私も冒険者になってレイシくんについていけばいいんだ!




「私も連れてってよ!」




「じゃあ、アリスも強くならないとね、筋トレしよ」




また冗談言ってさ。


真剣に言ったら伝わるのかな。




わがまま言ってもいいのかな。








もしかしたら。


もしかしたらだけど。


レイシくんなら私のわがまま聞いてくれるかな。




「私を置いていかないで。」




言っちゃった。絶対重い女って思われたよね。


でも本気なの。だからこわい。


どうしよう。断られたら。




「もちろんですよ。お姫様。あなたをここから連れ出します。」




───!?


まさかレイシくんからそんな言葉が出てくるなんて。


ああ、言ってよかった。


初めて言われた。お姫様。


それを私自身を見てくれるレイシくんに言って貰えて。














───私は幸せです。




このときかな、レイシくんが私のかっこいい王子様になったのは。


あの時のレイシくんの手温かかったなぁ。


もう1回だけ、手を握ってほしいな。






ほとんど力の入らない右手を上に伸ばす。




───ギュッ




レイシくんが両手で握ってくれてる。






「アリス!!アリス!!」




そんなに叫ばなくてもいいよぉ。聴こえてるよ。




最期は笑っていたい。絵本の物語の最後みたいに。






───にっ




上手く笑えてるかな。


もう意識が。


手にも力が入らなくて───










───条件の達成を確認。契約を遂行します。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


レイシ視点






彼女は右手を伸ばす。


僕は彼女の右手を両手で力強く握る。




「アリス!!アリス!!」




死んじゃダメだ。そんなの嫌だ。


まだ想いも伝えれてない。


気づかないようにしてたんだ。


他の人と同じように接して。


自分では誰にでも笑顔で分け隔てなく接する彼女とは不釣合いだから。


けど、あの時の笑顔は僕だけに向けてる笑顔な気がして──




───にっ




ああ、あの時と同じ笑顔だ。他の人とは違う。


幸せな顔。




嫌だ嫌だ。そんなの。いかないで。


約束したのに。ここから連れ出すって……!!


僕はまた見てるだけなのか。僕が強ければ。


アリスを守れるくらい強ければ!


どんな脅威からも守れるくらいの力が僕にあれば!




「うあぁぁぁぁぁぁぁ」




上を向いて泣き叫んだ。もうなにをすればいいかも分からない。僕はこれからどう──








「ガッハッハッ、滑稽だな、今の姿、お似合いだぞ、下等生物。」




竜人はこちらを見下しながら笑う。




僕はアリスの腕を彼女の胸の上に置こうとしたそのとき──






───ふふっ




アリスの方から声が聞こえた。




「アリス」




「触るな」




僕の手が振り払われた。


アリスじゃない。誰だ。顔も声もアリスだ。


けど全く違う。髪の毛は綺麗な金色から白く長髪に変わった。


大きな目は細められ、目つきは悪くなっている。


瞳孔は緋色になっている。


血が滲んだ桃色のワンピースは真っ黒なドレスに変わり背中からは真っ黒な翼が生えている。




アリスだったものはその場に立ち上がる。




「君は──」




「お前は誰だ!!」




僕より早く竜人が叫ぶ。なんだ。竜人から焦りを感じる。




「おいおい、たった2000年で忘れたとは言わせんぞ。クソガキが。」




絶対にアリスが言わないことをアリスの口が言っている。不愉快だ。


だけどこの人今2000年と言ったのか?


本当に何がどうなっている。


アリスじゃないなにかがこっちを向いて




「あと貴様、私はアリスじゃない。"リリス"だ」




「お前は悪魔『リリス・リインカーネーション』か……!!」




悪魔?なんで悪魔が神子…天使と呼ばれるアリスの体を?




悪魔は再び竜人の方を振り返り──




「"お前"とは……貴様も偉くなったものだな。クリュスタロッス。」




いったいなんなんだ。全くついていけない。




「なぜお前が生きているんだ。お前は魔神に殺されたんじゃないのか!」




「ああ、それは保険をかけていたからな。」




「あれは保険でどうにかなるものではないはずだぞ!」






「ふふっ、お前は昔から他者を舐める癖が治っていないようだな。」




口の前に握った拳を持ってきてケラケラと笑っている。


笑い方も表情の使い方も全くアリスと違う。


人をコケにした笑い方だ。






「お前も油断する癖が治っていないようだな!!」




───竜人が消えた






───ドカーーーーン




爆発音が辺りに響きわたる。






音をした方を見ると竜人が壁にぶつかっている。


どういうことだ。


竜人が高速移動で攻撃を仕掛けたんじゃないのか…?


悪魔の方を見る。上がった足は竜が吹き飛ばされた方を向いている。




───反応したのか?あの速度に






「2000年前から全く強くなっていないな」


悪魔は余裕そうだ。




────ガラガラ




壊れた壁から竜人が立ち上がる。




「舐めるなーー!!適応進化-形態モード:破」






───カッ




辺りが眩しい光に覆われる。








───ゴオォーー




音がする。


見ると竜人はさっきより2回り程体格が大きくなり、全身を覆う鱗は分厚く大きくなっている。


そして右腕は巨大な丸い大きな筒に変わり、凄まじい量の魔力を集めている。






「ほう」




相変わらず悪魔は余裕そうだ




「その薄ら笑い事一撃で吹き飛ばしてやる」




竜人は自信に満ちた表情で言う。




「ならばこちらも貴様を一撃で跡形もなく消し飛ばしてやろう」




いったい何が起こるんだ。






「反射魔法、慣性抑制魔法、防御無効魔法、蓄電魔法、蓄電短縮魔法、エネルギー変換魔法、波動魔法、指向設定魔法、多重発動。」




悪魔が何かを唱えだした。そして──






「これは印が刻まれた円……?」






「……ふむ。これは魔法陣だ」






「魔法陣……」




魔法陣というものが何枚も悪魔のかざした手の前に現れ重なる。




「綺麗だ」




ついこぼれてしまった。




「もっといいものが見られるぞ」




悪魔は横目で笑いかける。




「うおおおおお」




竜人がブレスのようなものを腕の筒から放出する。




「ふふっ、ふふふふ」




悪魔も笑いながら魔法時から魔力とは全く異質の何かを放出した。




───一瞬だった






悪魔が放出したものと竜人が放出したものが衝突した瞬間、




竜人が放出したものは跳ね返り、悪魔が放出したものと共に竜人を包む。




───全ての音が周りから消え、凄まじい光が目に刺さる












───ドゴーーーーーーーン




凄まじい爆風と爆音が僕を襲う。




「もっといいものが見られたろう?」




悪魔が自信満々に言ってくる。


竜人がいた方を見る。


文字通り跡形もない。


孤児院の外壁もなくなり。周りの村の状態が見える。


悲惨な状態だ。魔族が人を襲っている。


視界に入る建物は全て壊されている。


火も着いている。


あの時と同じだ。


カタナ村が襲われたときと。




「ふむ」




「全部消すか?」




顎に手を当て悪魔が問う。こいつに聞きたいことがたくさんあるがあとにしよう。






「シスターたちが逃げられたか確認しないと」




僕はシスター達が逃げ出た出口の方から外に出る。






────絶句した








視界前方で子供たちとそれを庇おうとしたのか両手を広げたまま倒れているシスター達がいる。




急いで近づいてみんなの生存を確認した。
















───誰も息をしていなかった




僕はその場に跪いた。


希望がなさすぎる。なさすぎた。


結局アリスを逃がしても結末は変わらなかった。


僕が強ければ。この悪魔くらい強ければ。






「全部消すか?」




「ついてきてたのか」




「ああ、というかそうせざるを得ない。」




意味がわからない。


僕らの周りに魔族が集まりだし囲まれた。


村人は全員殺されたんだろう。




「ドラゴンを殺したのか?」




「お前たちも魔王軍に入らないか?」




「いや、危険だ、ここで殺しておこう。」




などと鎧を着て槍を持った魔族の連中は各々話している。




もう、全部どうでもいい。


アリスもシスターも孤児院の人たちも全部奪われた。


もう僕にはなにもない。






「全部消してくれ」




悪魔は気持ちの悪いほど口角を上げて




「了解だ。」




「防御魔法」




僕は円状の半透明のものに包まれた。




「終焉魔法」














───次の瞬間、村の家も死体も魔族も全部消えて辺りは更地になっていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る