第3話「お姫様」

英雄歴220年レイシ15歳




部屋のベッドの上にて




今日は僕の誕生日だ。そして成人になる日。


5年前ここに入る時に比べ、僕の身長は遥かに伸び(成人男性の平均よりかは低いらしいけど)、体格も毎日の鍛練のおかげかたくましいものとなった。


職業が決まるまではこの孤児院にいていいらしい。


そのぶん孤児院の運営に関わる仕事を手伝わなければならないらしい。


正直、就きたい職業は決まっている。男の子が一度は夢見る職業、「冒険者」だ。


冒険者ギルドで与えられた依頼をこなして稼ぐもよし、ダンジョン攻略で入手した財宝を売って稼ぐもよし。自由度が高い職業なのだ。


この約5年間毎日本当によく頑張ってきた。


今ではこの孤児院の中では1番強いだろう。(今となっては孤児の中で僕が1番年上だから威張ってもかっこ悪いけど)




じゃあ、なぜ孤児院に残るのかって?


アリスだ。アリスは僕と同い年だったのだ。だからアリスが成人するまではここに残ろうと思う。というかアリスが僕と一緒に冒険したいらしい。




















───2年前




「レイシくんは将来何になりたいの?」




アリスが微笑みながら訊ねてくる。


その質問、カタナ村にいたときに聞かれたら刀鍛冶とか答えるんだろうなぁ。でも僕はここで色んなことを学んで本当になりたいものを見つけたんだ。




「冒険者」




「うわぁー、すっごい男の子だ!」




「…別にいいじゃん」


口を尖らせながら言う。




「かっこよくていいと思う!冒険者のレイシくん、絶対かっこいいよ!刀持って戦うんでしょ?……うん!すごくかっこいい!」




ああ、本気で言ってくれてるんだ。すごく湧き上がるものがある。




「かっこよくなれるように頑張るね。アリスは将来何になりたいの?」






「……えへへ、わかんないや」




てっきり自分が話したくて話しかけて来たものかと…


しかも即答しないとは。アリスにしてはかなり珍しい。




「アリスはかっこいい王子様のお嫁さんになるんでしょ?」




冗談を吹っ掛けてみた。




「ふふん、そうだよ!だからいつかかっこいい王子様作ってね!」




よく考えずとも結構グロいこと言ってるよな。


しかも割と本気まじで。


それ聞いて人体の勉強してる僕はイカれてるんだろうな。ちなみに髪の毛は作ったことがある。


気持ち悪かった。


そりゃそうだ。掌の上に突然自分のものとは違う髪の毛が出てくるんだから。


かっこいい王子様の髪だと思ってもあれは無理だわ。






「あ!いいこと思いついた!」




いつもの倍くらい大きい声を近距離で出してきた。


びっくりした。




「どうしたの?」




両耳を手で抑えながら聞く。




「レイシくんが冒険者になるなら私も連れてってよ!」




「え、それって…」




「そう!ダンジョンとかに行ったら他の人にもきっと会うでしょう?だからもしかしたらかっこいい王子様に出会えるかも!」




なんだ。新手のプロポーズか何かかと思った。全然違った。




「じゃあアリスも強くならないとね、筋トレしよ」




僕がアリスを守る!とかそんな事は言えない。


たぶん僕は戦いが起きても自分のことで精一杯になるだろうし、正直自分の能力が戦闘向きとは思ってない。むしろアリスの癒す能力の方が役に立つだろうな。いけない、すぐネガティブに考える癖直さないと!




「筋トレ、無理。」




すごい嫌そうな顔で言うじゃん!




「レイシくん」




胸の前にギュッと両手を握ってアリスが言う。


夕日の逆光であまり表情は見えないが声色でわかる、真剣な顔をしているんだろう。




「アリスが大人になるまでここから出ていかないで。私を置いていかないで。」




夕暮れの陽射しと穏やかな秋風が彼女の金色の髪の毛を華やかに飾る中、僕は彼女の見づらい顔を見た。真剣な顔とは少し違う寂しそうな顔。僕はらしくもなく彼女の前に跪き、右手を差し伸ばして、




「もちろんですよ。お姫様。あなたをここから連れ出します。」




彼女は少しびっくりした顔をした後




───にっ




すごく幸せそうな顔をした。


彼女は胸の前に握っていた手を解き、僕の右手を彼女の左手でとった。










───現在


くぅぅぅぅぅ、恥ずかしい、恥ずかしすぎる。とんでもない黒歴史だ。でもあの時のアリスの顔は本当に嬉しそうだったな。


それでもなお恥ずい!


あの時は感じなかったけどめっっっちゃくちゃ恥ずかしい。


ベッドの上で悶える。






──トントン




ドアをノックする音だ。




「どうぞ」


誰だろう。




「失礼します」




シスターだ。正確にはシスターナギサ。


でも他のシスターの人とはほとんど関わらないから僕はシスターと呼んでいる。


この人は僕が孤児院に入った年に成人していて、この孤児院に勤めだしたらしい。


あの頃からすごく大人っぽかったからもっと年上だと思ってた。


なにがとは言わないがあの頃よりもさらに大きい。


修道服との絶妙な相性が──




「どこを見てるのかしら」




やべ、僕も年頃なのかもな。




「それよりもどうしたんですか」




「はぁー、『それよりも』じゃないわよ。……まったく」




シスターは胸の下で両腕を組みんで言う。


結構呆れられてる。僕の考えてることはお見通しなのだろう。




「誕生日会の準備ができたから呼びに来たの」




今日は僕の誕生日だから準備は手伝わずに部屋で待機するよう言われていたのだ。




「今行きます」




シスターと一緒に食堂まで歩いていった。






食堂につくと壁にはたくさんの手作りの飾りが付けてあり、大きな長机にいつも以上に豪華な料理が並べられ、真ん中には大きなケーキがある。


そして周りの椅子には子供たちが大勢座っている。


僕は1番奥の1人席に座る。誕生日席と言うやつだ。


もうこの光景は何度も見てきたが何度見ても感動する。








その後は一応主役なのでみんなの前で話したり、シスターとこの孤児院に来た時のことを語り合ったりと楽しい時間を過ごせた。その間、アリスは周りの子たちを盛り上げたり、世話したりしてくれていた。本当にいい子だと思った。




一生こんな時間が続けばいいなぁっと思った。












その夜、アリスに庭に呼び出された。


本当はこの時間は庭に出てはダメだけど今日は特別だとシスターは許してくれた。


つまり文字通り2人きりだ。


今夜は星が綺麗に見えるらしい。


この貸切の庭の真ん中で見るのもいいけど、


僕らはいつも通り庭の隅に行き、座った。


アリスの方を見た。上を向いている。


僕も上を見た。星がたくさんある。


天文学の勉強は全然してないから分からないけど、うん。綺麗というのは分かる。




───『レイシくんの魔力、紫の中にキラキラしてるのがある!夜空みたい!!』




ベルの言葉を思い出す。




今までまじまじと夜空を見たことがなかったけど僕の魔力は本当に夜空みたいだな。




いつもならアリスが『見て!星空が綺麗だよ!』とか言い出しそうなのだが、なにも喋らない。彼女は稀にこんな風に全く話さなくなるときがある。怒ってるときでさえ、声に出すのに。


本人曰く考え事をしてるらしい。内容を教えて貰ったことは一度もない。




もう一度そっとアリスの方を向いた。




───目が合った




いつから向いてたんだ?全然気づかなかった。


ほとんど真っ暗で何も見えないが彼女の頬が赤く染まっている気がする。


じっと僕の方を見てる。僕はなんだか緊張してきた。耐えきれず僕が話しかけようとした時──






「レイシくん」




いつになく真面目だ。なんだろう、心臓の音が大きくなってるような気がする。




「覚えてるかな。レイシくんが1回だけ私のことをお姫様と呼んでくれた日のこと。」




もちろんだ。それで数時間前まで悶えてたんだから。




「私あの時言えなかったけど………すごく嬉しかったの」






「……そうなんだ」




「私生まれてからの記憶が孤児院のことしかないの」




産まれた直後に孤児院に入れられたのか。






「そっか」






「それで私にとってはここが人生の全てで……でも絵本の中は違って…」






「ゆっくりでいいよ」




彼女が自分のことを話すのは珍しい。年齢だって結構最近知ったし、というかそれなら恐らく誕生日はこの孤児院に預けられた日なのだろうな。




「うん。ありがとう。」




彼女はゆっくりと深呼吸をする。




「私ね、絵本の読み聞かせが好きだったの。今でも絵本を読むの好きなの」




「うん」




「絵本の世界って色んなことが起きるし、色んな物語があるでしょ……でもこの孤児院ってずっと決まった生活をしてるから私にとってはここは魔王に捕まったお姫様が閉じ込められる檻と一緒なの」






「そうだね」




「だからあの時私を連れ出してくれるって言ってくれて私は───」




そこで彼女は口を閉じて首を横に振った。




「ううん、これはまだいいかな」




「そっか」




結局なにを言おうとしたんだろうか。


でも悪いことではなさそうだ。




「レイシくん、目つぶって」




「え?」




「いいからいいから」




言われた通り目を瞑る。


なんだろう。






──ちゅ、






ほっぺに一瞬柔らかい感触を感じた。




………え?


まさかそんな、え?






「なにしたの?」




聞いてしまった。




「ないしょ!」




彼女はその場に立ち口の前で人差し指を立て笑いかける。


ずるい。




「さ、そろそろ冷えてきたし入ろっか」




彼女は座っている僕に手を伸ばし僕はそれを握り立ち上がる。




「置いてくよー!」




彼女は走り出した。




「あ、待ってよー」




僕はその小さな背を追いかけた。


























───翌日、アリスは死んだ
















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